2018年3月18日 (日)

水戸ホーリーホック首位に!

「HH観戦記」を書かなくなって久しくなり、以前楽しみに読んで下さっていた方には申し訳ない気持ちもずっとあるのですが、観戦はその後もコンスタントに続けておりまして、今年でサポーター歴15年目になりました。
その私が観戦を始めた2004年の前年に、一度だけ春先に首位に立ったことがあることは知っていましたが、今回はその時以来15年ぶり、つまり私にとっては初めて、水戸が首位に立った所を目の当たりにすることが出来ました。とうとう待ちに待ったこの日が訪れました!

相変わらず素人目線なので、私が偉そうに戦評を語ったり、分析するのは何か違うような気もするので、あえて今回は以前の「HH観戦記」というタイトルにしませんでした。
でも、水戸がやっと首位に立てたことを書かない訳にはいきません。

以前から、水戸が首位に立てるとしたら、最も可能性が高いのは、開幕戦での大量得点勝利や、それに続く何試合かで連勝を続けることだと思っていました。
そういう意味では、昨年一時4位まで浮上したのは第20節の時でしたから、団子状態だったとは言え、あの時期に好位置に付けられたことは、クラブ史に残る出来事で大いに盛り上がりました。
ここぞという所でモノにすることが出来ずに、最終的にはズルズルと順位を落として例年通りのシーズンになってしまったものの、過去最強とも言われ、多いにサポーターを熱くしてくれた昨季。
そのメンバーのうち、中盤から前線の選手がごっそり抜けてしまった今季の期待値は未知数というか、ある程度厳しくなることを覚悟しないといけないかもしれないと思っていましたが、2月に鹿島と行ったプレシーズンマッチを観て急上昇し、開幕戦、そして今節(第4節)と、見応えのある面白い試合を観させてもらっています。

22チームになり、J1からの降格組も交えての毎年激戦のJ2にあって、一日天下ですら獲るのが難しいことは分かっているので、先のことは分かりませんが、ここは舞い上がらせて下さい。3位で迎えた首位攻防戦で、1回でチャンスをモノにしたのですから。

それにしても、強豪が犇めく中で、全チームの一番上に立つってかなり気持ち良いですね。強豪はいつもこういう景色を見たり、味わっているんですね。いつも中位から下位で、1勝の重みを強く感じているチームにはこれは未知の境地ですね。
これが本当にJ1昇格が決まる時だったらさぞ堪らんでしょうね。その日がいつか来ることを信じて、これからも謙虚に1勝の有り難みを忘れずに応援し続けます。
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2018年2月21日 (水)

カーナビからCD救出大作戦

ネット上の情報は真偽が怪しいものもたくさんあるけど、
困った時や知りたい時に助けになることもよくある。
逆に、自分が何気なく書いたことが自分の知らないところで
誰かの助けになっていることもひょっとしたらあるのかも。

ということで、今日は「カーナビからCDが取り出せなくなった」出来事の解決策について、あくまで私の成功体験に過ぎない、と前置きさせてもらって書きます。
しかもかなり強引な力技のため、多少の傷は覚悟しないといけないかもしれず、あくまで打つ手がなくなった時の最終手段くらいに考えて下さい。
ディーラーに持って行って、メーカーにナビごと取り出してもらうのが確実らしいので、工賃費は高いようですが、心配な方はそちらをオススメします。

カーナビの型式は書きませんがメーカーはカロッツェリア製です。ボタンの反応が悪いなどの怪しい動きは今までもあったらしいのですが、何とかなっていたということと、ナビなどの機能に問題はなかったため、ついつい車検の時も点検をお願いするのを忘れてしまっていたようです。
(そう、私の車の話じゃないんです。)

そんな状態のナビに、レンタルしたCDを録音すべく、
久し振りにCDを挿入してしまったことが全ての始まりだったと。
無事に録音を終え、取り出しボタンを押したがCDが出て来ず、
ネットで取り出し方法を調べて、
取り出しボタン連打や、本体に刺激を与える、エンジンを切って再始動する、カードや別のCDを軽く差し込んで上から押したり、下から持ち上げながら取り出しボタンを押す、リセットボタンを押す、など色々試してみるもどれも効果無し。

今回、CDが取り出せないことを除いては、ナビや他の機能の動作は全く問題なく、入っているCDもきちんと認識され、普通に再生出来る状態でした。
「緊急取り出し機能」的なものは搭載されていないらしく、エンジンを入れたり切ったりしても内部でウインウインと音がするだけで一向に出てくる気配はありませんでした。そもそも、取り出しボタンが全く反応していないようでした。
ただ、そういう状況からして、ナビ自体が壊れている訳ではないように見えました。

よく見ると、挿入口のすぐ内側にプラスチック製のストッパーというかガードのようなものが見え、これが挿入口を塞いでいるようでした。恐らく、CDが入っている時にロックを掛けるものなのかなと。つまり、このガードが上がっている状態だと、CDが飛び出さないように保護されていて、取り出しの指令がきちんと認識されていないのではないかと考えました。
よくあるらしい、ローラーが滑っているとか、取出口の高さとCDがずれてしまっているとか、その類いではなさそうでした。

幸い、最初は左右両側とも上がっていたのが、気付いたら片側は下がっていたらしいので、もう片側さえ下げられれば何とかなりそうな気もしました。
このガードは、マイナスドライバーやバターナイフで力尽くで押し付ければ一応下がるのですが、かなり反発力が強く、すぐに戻ろうとします。
強引に下げながら取り出しボタンを連打したり、エンジンを入り切りしても一向に出てきませんでした。
このガードは、ただ中のCDを守ろうとして一生懸命なだけなんです、多分。健気なやつなんです。
でも私は君が憎かった。頑なな君のせいで私は苦戦を強いられた。

このガードが邪魔して、別のCDを入れようにもぶつかって入らないし、ガードだけ下げるつもりが、ついCDごと下げてしまったりするし、何より反発力が強いので、押さえながら何とかうまく別のCDやカードを差し込むことは出来ても、取り出せないでいるうちに押さえている指や腕が疲れてくるという感じで、どうもうまく行きませんでした。

ほとほと疲れ果て、打つ手も尽きてきたので、その筋ではわりと有名という最終兵器「耳掻き」に命運を委ねることにしました。
普通にCDの下から突っ込んで、真ん中の穴に引っ掛けるという単純なやり方ですが、手前でガードが邪魔している状況はなかなか検索しても出てきません。
実際、何回か単に耳掻きを突っ込んで引っ張り出そうとしましたが、全く出て来ず、突っ込んだ状態のまま試しにエンジンを掛け直しても変わり映えしませんでした。
なので、そこから先は、うまく行く保証もなく、祈るしかなかったのですが、
四苦八苦して培った、ガードを力尽くで押さえ込む方法を駆使しながら耳掻きを併用する合わせ技に全てを懸けました。

うまく耳掻きが引っ掛からないのか、1,2回失敗したものの、
CDの端が取出口から顔を出し始めた時は、やっと長いトンネルの出口が見えた思いでした。
しかしここで安心してはいけません。ガードも任務を全うすべく必死で最後の抵抗をしてくるので、バターナイフで押し込む手を緩めれば、CDが途中で挟まれて余計な傷を付けてしまいかねません。一気に引っ張り出し、とうとう救出することに成功しました。

CDに多少の傷は付いてしまいましたが、再生に問題はなかったのと、多分ほとんどの傷は耳掻きを出動させる以前の試行錯誤の際に付いたものと思われます。早くこの方法に辿り着きたかったとは思いますが、結果論ですからね。
アルバムCDとかDVDじゃなかったので、最悪、出て来なかったら、弁償ということでCDを買い取ることも考えていたのですが、無事取り出せたのでレンタルショップに返しに行きました。
返却日に間に合わなかったため、事前に事情を話して延滞料を止めてもらっていたはずだったにも拘わらず請求されるというオチはありましたが、メーカーに修理に出して高額な出費になっていたことを考えれば安いもんなので素直に支払いました。

守るべき主が居なくなってもガードはまた任務に戻ったせいか、CDが入っていないのにCDの存在を認識しようとしてはいますが、当然何も表示されません。別のオーディオモードなどに変えれば特に動作にも問題はありません。
丁度、車を買い換える話も出始めていたので、これ以上お金を掛けることも、再びCDを挿入することももうないので放っておきますが、ナビの調子が悪いことを私も知っていたら、車検は無理に通さなかったかなぁ。後の祭りですが。

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2017年9月10日 (日)

どんと構えて生きる

先日、日本上空をミサイルが通過した。
事なきを得たが、日本に、そして自分たちの周囲に何が起きていてもおかしくはなかった。大事に至らなかったというのはあくまで結果論に過ぎない。

現代人は平和呆けしていると言われても何も反論出来ない。
毎年のように日本各地で災害が起きていても、何かが身近で起きるまでどこか他人事で、少しすれば忘れてしまうような、社会全体として危機感が足りないと思うことはよくある。
かと言って、毎時何かに脅えながら暮らすのも人生が楽しくないとは思う。

先月、時期的にネット上には第二次世界大戦の経験談や写真が多数掲載されていた。それらに幾つも目を通し、自分は戦争経験者ではないけれど、戦時中の様子を自分なりに想像し思いを巡らせた。
ちょっとしたタイミングの違いが生死を分けたり、被害の大小が全く違ったり、先の読めない中で不安や恐怖や緊迫感に追われながらの生活は如何なるものだったのだろうかと。

そうして、今毎日平和に安全に過ごせていることを、お金を出せば食べ物にも物資にも困らず生活出来ていることを、明日を当たり前のように迎えられることを、「当たり前のことではなく、有り難いことなんだ」と、強く再認識させられてまだ日が浅い時に、突如ミサイルが上空を飛び、平和な朝が短時間ながら一変した。

爆撃で一瞬にして吹き飛ばされてしまえば、そこまでどんな人生を歩んできた人であろうともその瞬間に全てが終わってしまう。自分の趣味に没頭していた人、人のために役に立ちたいと頑張ってきた人、仕事が辛いと文句を言いながらも家族を養うために働いていた人、類稀な才能を持ちその道を究めた人、そういういろんな人の人生が一瞬で終わってしまう。

よく「一度死んだつもりで」などと言うこともあるが、戦時中やこういう緊急事態での最悪の結果を思えば、日々くよくよ悩んでいることや失敗や恥ずかしい思いなどは、実に小さいことのように思える。
もっと極端な話をすれば、地球や宇宙の途方もない長い時間の概念から考えれば、この100年や1000年、1万年くらいの間に起きたことなどほんの一瞬の出来事に過ぎない訳で、一個人の人生の一月や1年などは言わずもがなである。

そうは言っても、現実として毎日いろんな感情やら事情やらと向き合いながら生きている訳で、「小さいことをいちいち気にせず堂々と構えて生きれば良い」と割り切れれば苦労はしないが、それくらい俯瞰的に(冷めた見方をするということではなく、冷静に判断するという意味で)物事を捉えた方が良いとは思う。

私自身、年齢と共に以前よりはだいぶ適当さが出てきてはいるが、まだ細かいところで考えすぎてしまうところがあり、性格的に簡単に変わらないことかもしれないが、良い意味で開き直って生きていきたい。
そして、これからも今の日常が如何に有り難いことか、いつも感謝の気持ちを忘れずに居たい。

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2017年2月16日 (木)

左右盲

久し振りの投稿は「稀勢の里関の横綱昇進」について書こうかなと考えていたのにも拘わらず、「左右盲について」が先になってしまいました。

ひょんなことでこの言葉を知った訳なんですが、気になって調べてみたら自分もまさにこれでした。
ちなみに「左利きを矯正された人に多いと言われている」そうですが、何を隠そう私は右利きです。ご参考までに。

咄嗟に左右の区別が付かない、というもので、左右そのものが分からない訳ではなく、一呼吸置いたり落ち着いて考える分には勿論判断出来ますが、一瞬で口に出したり、判断するのは苦手で、まさに各所で例に挙がっているような経験は私も幼い頃から身に覚えがあります。

その一つが視力検査。まず「右目から行きます」と指示されたとして、一瞬どっちの目を隠すべきか迷います。更に検査が始まり、上下についてはすぐ口で言えますが、左右についてはランドルト環が開いている方向はすぐに判断出来るものの、それを「左」か「右」のどちらの言葉と結び付けるべきか一瞬迷います。なので、「開いている方を指で差して下さい」と言ってもらえた小学生の頃は良かったのですが、大人になるにつれ、「子供じゃないんだから口で言え」というようなことを言われ、指で差すのは恥ずかしいとされ出してからは、急いで答えようとして慌てて言い間違えたり、咄嗟に指を出しそうになったり、とにかく毎回苦手でした。今はモニターを覗き込んで、手元のレバーを倒すだけの装置も出てきたりして便利になりましたけどね。

もう一つが車の運転ですね。これ、今も本当に気を遣うんです。自分が運転で同乗者に道案内をしてもらったりすると、咄嗟に「この信号を右に曲がって」なんて言われると、一瞬どっちか分からなかったりするので、「ぎりぎりに言わないでよ~」と慌てる訳です。カーナビの音声案内も聞いているだけだと間違いかねないので、目視で確認してしまいます。 

初めて仕事に就いた時よく運転もしたのですが、社会人としてそれこそ右も左も分からない上に、ペーパードライバーで運転もおぼつかなく、しかも地元じゃないので地理もよく分からない勤務エリアというような状況からの始まりでした。最初の頃、教育係の先輩が助手席に乗っていろいろ仕事の話や世間話などもしながら道案内もしてくれたのですが、話をしながらなので余計に判断力が鈍り、「次左」「そこ右に入って」などという指示は聞こえていても、左右の判断が瞬時に出来ず、よりにもよって反射的にハンドルを切るのが大概指示と逆という有様で、頻繁に何度も間違うので仕舞いには「お前には左右逆に言わないといけないのか!?」と気を悪くさせてしまうこともありました。
自分でもどうすることも出来ず、あまりに情けなくて「すみません、本当にわざとじゃないんです」と半分涙目で謝りまくっていた時代が懐かしいです。

教習所での経験は忘れましたが、少なくともこの新人時代の経験から、それ以後も車で道案内してもらう時もする時も、自分がよく左右を捉え違いしやすいと分かった上で、事前に時間的余裕がある時は、一旦左か右かの言葉を飲み込んで確実に理解してから判断する、指示を出すというように、一呼吸置く習慣を付けるようにしています。

運転に慣れたこともあり、当時よりは気にならなくなりましたが、初めての道を走る時や旅行先でレンタカーを借りて運転したりすると今でもこの問題には直面します。
例えば飲み会の後、運転代行を頼んで家まで送ってもらう時には、指示を間違えないように、曲がる所が近付いてくる前に頭の中で何度か確認して、間違いないことを確認してから「次の交差点を右に」などと口に出すようにしています。なので、代行を頼む予定がある飲み会の後はどんなにほろ酔いでも、頭はわりかし冷静に働かせています。


事前にこんな風に強く意識でもしないとすぐに左右を間違えてしまう自分は「バカなのか?」と思って嫌気が差したり、「どうにかして完璧に瞬時に判断出来るようにならないものか」とわりと真剣に考えながら今日に至っていました。
人知れず悩んでいたという程大袈裟ではないですが、時折意識せざるを得ない問題で、心のどこかにずっと引っ掛かっていたのは事実です。

「左右盲」は病気ではなく、原因も治療法なども詳しいことは分かっていないそうなので、根本的な解決には至りませんが、それでも「自分が特異な訳じゃなかった」と知れたことと、自分がこうだと分かってこれから生活を送れることは、気持ちの面でかなり楽になりました。これからはこれらを踏まえて、そんな自分とうまく付き合いながら生活していこうという気持ちになれてすっきりしました。
もし周りで同じような方が居た時は、理解は出来ないかもしれませんが、そんな人も居ると分かってもらえたらと思います。

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2016年5月16日 (月)

格安スマホへのMNPへ~大いなる決意~

今、携帯電話を替えたい気持ちが激しく高まっている。
過去に機種変更してきた時も、大概こんな風に今使っている機種への愛情や魅力が急激に失せていき、新しい機種へ替えたい欲求が強くなっていたものだった。
だが、過去と違うのは今回の欲求は機種変そのものにある訳ではなく、キャリアごと変えようという大掛かりなものだ。

今のスマホは某人気漫画のコラボ商品で、全国限定5万台で発売されたものだ。
うち先行抽選予約販売の1万台に応募し見事当選し購入することが出来た。
それまでいわゆるガラケーを使っていた私は保守的な性格のため、スマホが主流になりつつあっても流行に乗ることには当初静観の立場だったが、意固地になって時代の流れに置いて行かれてしまうことへの懸念は抱いていた。
そんな悩める私の背中を押してくれたのがこのコラボスマホであった。
私がスマホへ転換するならこのタイミングしかないと思ったのだ。

当初からレスポンスの悪さや、カメラ画質の粗さなど、気になる点は多々あった。加えてバッテリー持ちの悪さも度々気になっていた。
しかし、数量限定機種を持っているという満足感や、実際他の機種には代えがたい仕様であることなどもあり、また新機種への興味が以前と違って全くと言って良いほど湧かなくなったこともあり、「バッテリー交換さえすれば使えるのなら壊れるまでは何年でもずっと使い続けよう」とつい最近まで思っていた。堅牢だしサイズも手頃で、もっさり感という不便ささえご愛嬌のように思える程だった。

きっかけはほんの些細なことだった。
携帯料金の話になった時「え、そんなに高いの?!」と言われたことだった。
スマホにしてからガラケー時代に比べ数千円だが支払額が安くなったこともあり、思いも寄らない言葉だった。

確かに近年は「格安スマホ」「格安SIM」「MVNO」などと言った言葉を目にする機会も多くなったが、「『長いものには巻かれ』ておいた方が何かと安心」という安定志向から、多少のことでは動じることもなく、MNPが始まって「某大手キャリアからの顧客流出が止まらない」というニュースを目にしても、某キャリア一筋15年という優良ユーザーであり続けた。
「浮気」を繰り返す人も多い中で、年々古株ユーザーになっていくことにある種のプライドのようなものも持っていて、「滅多なことがない限りキャリアはずっと変えずに居たい」とも思っていた。「世間が愛想を尽かそうとも私は信じている」とも。

だが、このつまらぬプライドは一瞬にして脆くも揺らいだ。柔軟で冷静な目を持つ多くの先人たちが勇気を持って、あるいはごく自然に踏み出した一歩について、私も考えさせられそして少し悩んだ。
しかし、一度(ひとたび)勇気を出して冷静な目を持った時、誰に頼まれるでもなく一人で勝手に背負い込んでいた重荷がなくなり、ふっと身軽になるのを感じた。小さな拘りを捨てた瞬間だった。

安定志向の私にとって、今まで大手キャリアのように高い料金を払っていれば何かと手厚い保証やサービスが受けられる安心感に勝るものはなかった。
それがどうだろう。リスクが多くなるという不安から、目を背けてきた格安スマホと冷静に向き合った時、大手キャリアが持つ安心感を手放すことと引き換えに得られるものも大きいと気が付いた。
そうした中でも、12年以上変えていないキャリアメールアドレスを失うことや、コラボスマホを手放すのかどうかについては随分と悩んだ。けれども、柔軟な考えを持つことが如何に選択の自由度を広げられるのか素直に判断出来る心にもう変化していた。

「2年縛り」というのを今まであまり実感したことはなかったが、今の私はそれが他人事ではなくなった。まだ半年近くは行動に移すことは出来ない。でも心はもう完全にその先を見据えている。この決断が正しかったと思えるかどうかは未来になってみないと分からない。
挑戦と言う程大袈裟なものではないかもしれないが、私にとってはそれくらい大きな決意を固めたと言っても過言ではない。今はその2年縛りから解放される日を指折り数えている。

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2016年5月12日 (木)

電子新聞

かつて趣味の一つに「地元の情報収集」を挙げていた私。
勿論、今も地元の情報は収集したい気持ちは常に持っていますが、以前に比べるとそこまで積極的に自発的に収集していない自分がいます。
興味がない訳ではないのですが、何というか受け身で入ってくる情報が主で、例えばFacebook等SNSの口コミや記事、あるいはインターネットのニュースを読んで知りうる程度なので、発信側の嗜好なども含め情報の偏りもありますし、絶対的な情報量が不足しています。

しかし自分ではそのことにもうずっと前から気付いています。
インターネットで無料で知りうるニュースと言えば、圧倒的に全国向けのものが大半であり、私が知りたいような地元ネタの扱いはごく僅かです。
幸いテレビで地元のニュース番組を観られる環境にはおりますが、放送時間帯に帰宅出来るかどうかというタイミングに加え、食事時はテレビを観ないため、放送に間に合っても夕食と重なって結局生放送はほとんど観られないというパターンに陥っています。
毎日録画して観ようかと考えたこともありましたが、今のところ実践には至っていません。

人によって情報収集の仕方や得たい情報は違うと思うので、ネットの情報で十分という方もいると思いますが、私がこれを趣味と公言していた頃を思い出すと、私が欲するような一番の情報源はやはり何と言っても地方紙、つまり新聞でした。
親元を離れてからも帰省した時にまとめて読み返していた頃はまだ良かったのですが、最近ではそれもすっかりなくなってしまいました。

学生時代に新聞を取っていたこともありましたが、後で読もうと思っているうちに雪だるま式に未読の新聞が溜まっていき、最後は未読のまま泣く泣く廃品回収に出しトイレットペーパーに代わっただけだったという経験から、再び親元を離れてからは新聞を取ることに対しては慎重な姿勢を取ってきました。
かと言って、新聞が置いてあるような場所へ毎日足繁く通う訳にもいかず、何も妙案が浮かばないまま、地方紙が読みたい気持ちをずっと抱えながら生活し続けていました。
某地方紙のHPも見てみたのですが、無料で読める記事には限りがあり、それだけでは物足りませんでした。そのうち携帯アプリが出来たというので検討してみたのですが、これもいまいち私の希望するものとは違っていました。

そんな時、ひょんなきっかけで、再び同HPを覗いている時に課金すれば記事が読めることにハッとして早速料金を調べると、月額も携帯アプリとさほど変わらず、年間通しても新聞購読料の一月分程度で済むことに気付きました。
元々興味ある記事以外はサッと眺める程度だった私にとっては、このお試し感覚でそこそこ本紙に近い内容が読めるシステムが存在していたことは目から鱗でした。

何度考え直してもこれは私に合っていると思ったので、試しに半年くらいから契約してみることにし、先月から購読を始めました。
最初は少額とは言えせっかく料金を払っているから勿体ない、という気持ちで全部の記事をいちいちクリックして開いて読んでいましたが、最近は文字通り見出しだけ一通り見て、興味があれば更に本文に読み進めるというスタイルが確立されつつあります。
スマホやタブレットなどでも読めるというのも売りなだけあって、どちらかというと携帯向けの仕様に近いのか、PC専用に作られているサイトに比べると、「見出し一覧から記事を検索してクリックし、読み終えたら一旦前の画面に戻ってまた一覧からクリックし…」という作業の繰り返しになるのが若干煩わしく感じるものの、ほとんどの記事は見出しだけしか目を通していないせいか集中すれば短時間で全て読み終えることが出来るようになりました。

見出しだけとは言え、興味のあるなしに関わらず旬な情報が入ってきますし、手軽に地元の情報が得られるようになったことで、だいぶ満足感を取り戻しつつあるのを実感しています。現にここで得られた情報(例えば花の見頃を迎えているなど)から、週末出掛ける所のヒントをもらったりして、購読後に何ヶ所か出掛けたりもしました。
これはまるで干涸びていた地面に、久し振りに降った雨がどんどん染み込んで潤っていくような感覚です。

本当の理想は紙ベースの地方紙を購読すること、もっと平たく言えば新聞を広げて活字を読むことなのですが、とりあえず今のところはこのスタイルが嵌まっていて、地元情報弱者になっていた生活を変えることが出来てきているので、しばらくこの生活を続けてみたいと思います。
またかつてのように、常に新鮮な地元ネタを仕入れ続けられることを願って。

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2016年5月10日 (火)

2年半ぶり更新

最終更新から約2年半。
長いこと放置してしまいましたが、ちゃんとログインでき、このブログも無事残されておりました。
ありがとう、ココログさん。

この間、生活にいろんな変化がありました。
とは言え、ビバらき生活は無論100%満喫しております。

以前に比べブログを更新する時間も限られるようになり、いろいろ思うところはあったのですが、ずっと考えていたのはやっぱり文章を書くのが好きなんですよね。
なので、本当にたまにというくらい超不定期だとは思うのですが、時々更新したいなと思っています。

書きたいことは山ほどあるのですが、とりあえず時間がないので今回はこの辺で。
結局何も中身のない内容になってしまいましたが、次回更新できる時のお楽しみということで。

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2013年11月 4日 (月)

東北楽天ゴールデンイーグルス初の日本一

今季はプロ野球日本シリーズを久し振りにまともに観ました。
私が初めて日本シリーズを生観戦したのが、何年も前に東京ドームで行われた、西武対巨人の第6戦で、その後2010年にロッテが史上初めて3位から日本一になった時もそこそこテレビ中継を観ていましたが、今回はそれ以来でした。
特にパ・リーグは東北楽天ゴールデンイーグルスのエース・田中将大投手(25)が、史上初めて24勝1Sとシーズン無敗の最多勝投手として話題になったこともあり、クライマックスシリーズから楽天の動向は気にしていました。
巨人と違ってテレビ中継がなく、ネット速報などで情報だけ知ることしか出来なかったので、両リーグ優勝チーム同士がクライマックスシリーズを順当に勝ち上がり、日本シリーズからテレビ中継で観られるようになって、ようやく楽天の戦いぶりを映像で観ることが出来ました。

元巨人ファンだった私ですが、今回は楽天を応援していました。球団創設9年目でパ・リーグ初優勝を果たし、一気に日本一になれるのか、選手層に厚みのある巨人にどう立ち向かうのか注目していました。

楽天が3勝2敗で本拠地・日本製紙クリネックススタジアム宮城に戻り、第6戦で「無敗のエース」田中投手が先発することになった時点で、世間的にはこれで勝負は決するという見方が大半だったと思いますが、田中投手とて「絶対」はないし、ましてや全ての関係者の期待を一身に背負う重責も計り知れないと思ったので、もしこれで巨人が勝ったら、巨人が俄然勢いづき若干有利になるかもしれないと思いました。
その不安が的中し、勝利を信じて160球もの球数で田中投手が完投するも今季公式戦初黒星を喫し、巨人が対戦成績をタイに持ち込みました。これで星野監督(66)の「4度目の正直」は分からなくなると共に、常軌を逸する球数を投げた上、最後の1球にこの日最速の渾身のストレートを投げた田中投手の出番も、事実上これが最後と思われました。

こうなると、第7戦の先発・美馬投手(27、茨城・藤代高出身)が第3戦に続き好投出来るかどうか、そして打線が援護出来るかどうかに全てが懸かりました。その美馬投手がシリーズMVPに選ばれたように、この日も6回まで無失点の好投でしっかりと試合を作ると、打線も爆発とは行かないまでも序盤に着実に3点を取り、後は継投に委ねられました。
ここで2番手は、第1戦で先発し、中4日の第5戦では5回79球のロングリリーフした新人の則本投手(22)がまさかの中2日で登板。陰のMVPは則本選手ではないかと思うくらい、クライマックスシリーズも含め、絶えずフル稼働していたので疲労が心配されましたが、気迫の籠もった投球で2回を無失点に抑え、楽天が3点リードのまま最終回を迎えました。

試合前の情報で、田中投手自ら志願してブルペン入りしたというだけでも驚きましたが、仮に出るとすれば、勝っている展開なら9回2死であと1人という場面で、抑えとして試合を締めるという演出はあるかもしれないと思いました。それでも、前夜の疲労を考えればかなり無茶な話だとは思いましたが。
それが7回辺りから投球練習している様子が度々中継され、解説の古田氏や工藤氏も「昨日の試合後から筋肉が徐々に固くなってきて思い通りには投げられないはずだ」と驚きを隠せず、本当に登板するのか、どのタイミングで登板するかなど、成り行きは誰にも分からず憶測だけが飛び交う中、なんと9回頭から3番手として登板。これには本当に驚きました。
「負けたままでは終われない」というエースとしての強い気持ちがあったのだと思います。この田中投手の鬼気迫る決意に、思わず涙腺が緩みました。

場内アナウンスで田中投手の名が告げられた瞬間、割れんばかりの大歓声が沸き起こりました。その凄まじさはテレビ越しでも伝わってきました。それまでも、1アウト取る度に、そしてヒットが出てチャンスになる度に、これぞホームという楽天ファンの大声援がスタジアムに響き渡り、選手達を後押ししていましたが、観客はまさか今日もまた田中投手の投球する姿を見られるとは夢にも思っていなかったと思うので、驚くと共に嬉しいサプライズだったに違いありません。

かくして、最高潮の盛り上がりで迎えた最終回は、40年ぶりの日本一連覇を狙う巨人が9回2死1,3塁と粘って、最後の1球までどうなるか分からない痺れた試合となりましたが、最後は空振り三振に討ち取り、楽天が悲願の日本一を初めて成し遂げました。その瞬間、スタジアムはこの日一番の大歓声に包まれました。伝説となるであろうこの第7戦は「録画しておけば良かった」と後悔するほど、感動的な試合でした。

横で観ていた巨人ファンの父は試合後、「もし最後3点差じゃなかったら(星野監督は田中投手を)怖くて出せなかったっぺな」と言っていましたが、私は多分1点差でも志願登板していたと思います。本当に魂の籠もった良い試合を見せてもらいました。

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2013年10月18日 (金)

10年物のリクルートスーツの運命や如何に

正直なところ、私は何事も準備が頗(すこぶ)る遅い。
毎度間際になって慌てて準備する。
海外旅行ですら前日までほぼ何もしていなかったこともある。
引っ越しの際、家族や業者が到着した時点で、荷造りがまだ半分も出来ていなかったことも2回ほどある。

前回結婚式に招待された時は、ワイシャツをクリーニング屋に持って行ったら、仕上がり予定日が式の前日か当日かという際疾いタイミングになってしまい、辛うじて間に合わせたことがあった。

余裕を持って準備しておくべきなのは頭では分かっていて、慌てて準備すると大概何かしら忘れ物をしがちなのもあって、最近は多少改善する努力はしている。

そんな私は前々からスーツのクリーニングを依頼しようと思いながらも、あまり着る機会がないことを良いことに、依頼を先延ばししては使用直前に思い出し、間に合わないのでヨレヨレのまま着ていくということをもう何回も繰り返してきた。

しかし、来週末にも結婚式に呼んでもらっているのだが、流石に今回こそはクリーニングを掛けておきたいと思った。
と、次の瞬間、すっかり忘れていたことを思い出して私はぎょっとした。クリーニングを掛ける以前の事態を。

先月か先々月か、とにかく帰宅した私がスラックスを脱いだ時異変に気付いた。何と、後ろのポケットの端が破れていたのだ。ぱっと見た感じではちょっと解(ほつ)れた糸が見える程度で、上着を着ていれば隠れてしまうような位置でもあるが、左右に引っ張れば下着が透けるような直径1cm以上の穴になる。履けばヒップ圧によりパンツが見える状態になることは避けられそうにない。

少なくともこの時は夏で暑かったので上着は着ておらず、気付いた人は気付いたと思う。どこかに引っ掛けたのか、あるいは生地が疲労を起こして破けたのかは分からない。修復しようと思えば出来そうだが、直しづらそうな気もする。
とりあえず後で考えようと思ってそのままだったことを、あと1週間余りというタイミングで思い出したのだ。

ところで、このスーツは学生の時に就活を見据えて買ったもので、スリムシルエットスーツなるものだ。
買った当時は母に「男の人は社会人になると体型が変わるんだから、こんなぴったりした造りじゃ、3年とか5年後には着られなくなるよ」と咎められたものだが、幸い10年後の今でも問題なく着られている。
そもそも、社会に出てから基本的にスーツを着ない職についてきたため、せいぜい年に5回かそこらしか着ておらず、礼服を1着買ったこと以外は、全てこのスーツだけで事を済ませてきた。

使い込んだとは言えないが、期間で言えばかなり長持ちさせてきたのは事実だ。紳士服店で下取りセールなども行われていることを考えれば、ここらで新調するのも手ではある。
来週の結婚式に際しては他に、礼服を着ていくか、破れたまま上着で隠して今回はごまかすという選択肢もあり3択である。

しかし、いずれこのスラックスを修繕するか、新調するかしなければ、ずっとこのままという訳にはいかない。こういう機会だからこそ、思い切って新調するという選択もあるし、この破れ以外はまだまだ問題なく使えそうなことを思えば、直して大事に着続けるという選択もあり、慎重にならざるを得ない。

考える時間はまだ1週間あるとも言えるし、1週間しかないとも言える。現時点で思い出せたことは良かったが、やはりもう少し早めに準備を検討していればその分考える時間にも余裕があったはずなので、反省材料にしないといけないと思った。

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2013年10月 3日 (木)

未来の自分への投資

レーシック手術後の感想等はまた機会があった時に書くとして、
今日は私の向こう見ずな行動が生んだ、
際疾い残高劇場の幕開けについて書きます。

学生時代、国民年金の学生特例納付免除を申請し、
二十歳から卒業までの期間は納付していませんでした。
ところが昨年でしたか、30歳になろうかという時に通知が届きまして、要約すると「最長10年まで遡って追納出来る(但しその間毎年手数料が上乗せされるため、当時の支払額より高くなる)システムなんで、当時免除した期間についての支払いもまだ今なら間に合うけどどうよ?もうちょっとで期限でっせ。」というような内容でした。

世間の冷めた見方に従い、「どうせ自分たちがもらう頃には…」なんて考えもあって、当時は軽く免除申請してしまったのですが、支給額の減額対象にはならないものの、支払期間が短くなるということで、ちゃんと約束通りもらえるなら免除した期間分も支払っておいた方が幾分支給額は増えるということだったので、「どうすっぺ」と悩んだ挙げ句、追納することにしました。

その都度払っていれば僅かな額だったはずが、手数料が上乗せされている上、まとめて支払うとなるとなかなか思い切った金額だったので、まずは期限切れが近付いている期間分から支払っていきました。
そして、支払いが残り20万円を切ったところまで漕ぎ着けました。
いっそのこと一気に支払って気分的にすっきりしてしまおうか、まだ期限まで余裕があるからもうちょっと貯金が溜まって余裕が出るまで引っ張ろうか、結論を数ヶ月間保留にしていました。

それが今日突如、「いずれ支払うのであれば、熱いものは早めに喉元を過ぎさせた方が良いし、今なら一気に支払っても何とかなるだろう」と支払うことを決めました。
決意した勢いそのままに、あえて残高も確認せずに口座から支払い分を引き出しました。10万円くらいは残っているはずだったので、次の給料日までは何とか凌げると考えたのです。

ところが、表示された残高は14000円台。一瞬桁を見間違えたかと思いましたが、再確認してもやっぱり14000円ちょっとしか残っていませんでした。
給料日までまだ3週間もあるというのに、財布の中にある分とこれを足して僅か数万円だけで、果たして乗り切れるのか、流石の私でも心配になりました。
仮にこれを凌げたとしても再来月には2度目の車検が待ち構えております。更にその2ヶ月後には保険の年払い請求がドーンと来ます。一難去ってまた一難去ってまたまた一難。
ちなみに、今月末にも別の保険の年払いがあり、これもなかなかの額ですが、予めその分は別の口座に移してあるので、これに関しては問題なく支払える予定になっています。

手持ちで使えるお金を極力減らしているせいとは言え、ここまで来ると若干自分を苦しめすぎな気がしないでもないですが、持っていると持っている分だけ使ってしまうタイプなので、多分これで良いんです。
そう、これは未来の自分への投資。
藻掻き苦しみながらもまもなく31歳を迎えますが、きっと未来の私が今の自分に感謝する日が来ると信じて今日も生きています。
まずはこの残高危機の現実と向き合っていかなくちゃいけませんけどね。

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