2019年3月 5日 (火)

今年も首位浮上!

書くべきか悩んだのですが、記念に載せましょう…
ホーリーホックが約1年ぶりに首位に立ったJ2順位表を。どーん!
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まだシーズンが始まったばかりですし、一喜一憂しちゃいけないとは分かってるんですが、なかなか体験できないので。実際、前回も僅か1節で首位陥落し、二度と戻れませんでしたからね。今回は何節維持出来るか、もしくはもし陥落してもまた返り咲けるのか。
今年はクラブ創設25周年に加え、J2加入20年目でもあるので、そろそろシーズン通して上位争いを体験してみたいもんです。

ちなみに今年も、15年連続で開幕戦を無事に観戦出来ました。家を出る時には既に雨で、正直なところ心が折れそうでしたが、スタジアムの雰囲気とか、目の前で勝利の瞬間を見届けられるのは、やっぱり生観戦ならではの醍醐味なので、行けて良かったです。

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2019年2月 8日 (金)

勇気ある辞退

明日は『いばらきサッカーフェスティバル2019 Jリーグプレシーズンマッチ 鹿島アントラーズ vs. 水戸ホーリーホック』の開催日。Jリーグ開幕まで1ヶ月を切るこの時期の恒例行事となっており、第1回開催から皆勤賞を続けてきた。
勿論、今年も観戦する気満々でいた。先週の週間天気予報で「雪が降るかも」と言われてからも、だ。毎日気にはしていたが「曇り時々雪」だったこともあり、「実際には多少雪が舞う程度だったりするんだろうな」と思っていたし、たとえどんな天候であれ、中止にならない限りは行くつもりだった。
そう、中止と言えば、一度だけ、第10回(2014年)が前日の積雪の影響で中止になったことがある。

数日前になっても相変わらず曇りマークの右肩の雪マークが取れることはなく、家族からも止められ始めたが、「それでも皆勤賞は譲れない」という私の決意は固かった。防寒着で着膨れして観戦している自分を想像してもいた。しかし、予報は好転するどころか、昨日になって「そこそこ積もる恐れ」と、いよいよ具体的になってきた時には流石に心が揺らぎ始めた。むしろ、第10回のように、「公式に中止になれば…」と考えてしまう自分もいた。
ただ、良いのか悪いのか、茨城県内のほぼ全域が雪の予報にも拘わらず、開催地のカシマ辺りだけは雪は短時間で、後は雨に変わってしまう予報であり、実際昨晩の時点でも両チームから「中止」を匂わす何らかの発表もなかった。

そして迎えた今晩の予報では更に悪化し、「午前中(朝)から夜まで降り続く」ようなことを言っていて、実際の程度は明日にならないと分からないものの、外出は極力控えるべき状況が確実になってしまった。それでも、相変わらずカシマ辺りは昼頃には雨になってしまう予報であった。
それもあってか、「周辺の交通状況やご来場の皆様の安全などを考慮し…」などという中止に至った理由が述べられる展開になることなく、遂には公式に「開催決定」が発表されてしまった。だからと言って、主催者を責めたり恨んだりするつもりは毛頭ない。開催するからにはどんな状況だろうと、自分だって本当は行って応援したいのだ。

スタジアムに行ってしまえば、恐らく冷たい雨に打たれながらだとしても雪の影響はない。しかし、行き帰りの道中や、帰宅後の我が家は雪塗(まみ)れになっている可能性が高い。
以前の私なら、むしろこの状況を楽しんで、それでも頑なに観戦を敢行していたに違いない。「購入したチケット代が無駄になるから」という理由じゃない。サポーターとして、ホーム戦も以前ほど行けなくなってしまった中でも、「PSMは全対戦を生で観戦している」という数少ない誇れるものの一つだからだ。まぁ勝手に自分で誇りに思っているだけで、実際端からみたら「ちっぽけなプライド」だと笑われてしまうとは思うが。

何だかんだで私も家庭を顧みる人間になってしまったのだ。心配を掛けてまで一人で突っ走る訳にはいかない。何より、結果的に私や家族に何かあったらそっちの方が後悔することになりかねない。かくして、かなり悩んだものの(もしも雪が大したことなければ、行きたい気持ちは残っているが)、ここは敢えて記録が途切れることも納得して受け入れようと思う。

それに、私にはまだもう一つの「ちっぽけなプライド」が残されている。サポーターになった翌年から14年皆勤賞のホーム開幕戦だ。勿論、15年連続記録は譲れない。
こんな熱いブログを更新している時点でバレバレだが、最早全く勉強していない某試験の受験日翌日に行われる開幕戦を静かに待つのみだ。

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2019年1月16日 (水)

第72代横綱 稀勢の里関引退

格好良く宣言した割には結局あの後大した試験勉強もしないまま。追い込めない自分の甘さは何とかならないものかとつくづく思います。残り1ヶ月半ではかなり厳しい戦いなのは目に見えているので、「平成最後の」という縛りがなければ今回は見送りたい所ですが、世間では今頃大学受験で最後の追い込みを掛けて頑張っている受験生も大勢居るので、私もやるだけやろうと思います。

前置きはそこまでにして、横綱・稀勢の里関が今朝引退を表明したと知りました。進退を懸けて臨んだ初場所の初日から昨日で3連敗となった時点で覚悟はしていたので驚きはそれほどありませんでしたが、長く活躍することを願っていただけに、早い引退は寂しい限りです。

綱取りに挑戦する度に失敗し続け、周りからとやかく言われながらも遂に横綱に昇進し、新横綱として臨んだ翌場所も、最終盤で大怪我を負いながらも強行出場して連続優勝を果たし、しっかり貫禄を見せてくれましたが、喜びも束の間、その時心配したことが的中する形で、「さあこれから」という所でそこから怪我で休みがちになり、あまり横綱として見せ場を作れないまま引退を迎えることになってしまったことは残念でなりません。
しかし、現時点で僅か72人しかいない横綱まで登り詰め、大いに角界を盛り上げてくれた功績は郷土の誇りです。現役中は常に周りから期待され続け、大変なことも多かったと思いますが、今はゆっくり休んで欲しいと思います。本当にお疲れ様でした。

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2019年1月11日 (金)

平成最後の資格取得!?

今年の5月1日に改元されるということで、昨年の、特に下半期は、イベントや企画、テレビ番組など、やたらと「平成最後の~」と銘打たれるものが多かった。きっとそれはこの後も平成が終わるまで続くことだろう。

そんな中、昨年12月に入るかどうかという頃、ふとかつて「資格・検定」受験に励んでいたことを思い出していた。そして「今から5ヶ月で何か取得出来るものはないか」と考えた。取得年の元号が平成のうちに、最後に何かゲットしたいと思ったのだ。

まず自動二輪免許のことが浮かんだが、教習所は10万円は軽く掛かってしまうし、冬期は寒さがきついとも書いてあった。何より、仕事上の理解を深めるのに多少役立つ程度の目的で、取得しても乗る予定がないため、お金や家族との時間を使ってまで取得するか悩みどころだった。
次に、簿記検定のことが浮かんだ。頑張れば短期間で取得出来るかもしれないと思い、だいぶ前に買った参考書を開いてみたが、やはり数ページ読んでいるだけで頭に入って来なくなった。これも、知っていた方が良い知識だと思うので、いつかは取得したいと思っているのだが、すぐに仕事などに生かせるものでもない。
そんなことを考えているうちに、結局何も行動に移さぬまま新年を迎えた。

そして今日ふと風呂で「言偏(ごんべん)が付く漢字が幾つ浮かぶか」考えていた時、また思い出した。「そう言えばかつての自分は漢検取得に燃えていたではないか」と。準1級の高い壁に何度か跳ね返され放置状態になっているが、いつかは取得したい気持ちはある。「今がその時ではないか!」
しかし、急いで調べた所、既に今年度最後の受験申込みは締め切られており、来年度は例年通りなら6月が最初の受験になるため、平成のうちに取得出来る可能性は事実上消滅していた。

「ならば」と、これも仕事上「持っていた方が尚良い」程度なので勉強に身が入らず、一応ダメ元で受験はしたが惨敗した、「危険物取扱者甲種はどうか」と考え、急いで調べた。すると、会場こそ遠いがまだ3月の受験は受付中ではないか。恐らくこれも来年度は6月辺りが最初なので、平成のうちに取得出来るのは今回が最後である。でも試験日まで2ヶ月もない。基本的に自分に甘いので時間がない方が集中できる可能性もあるが、それにしても短すぎる。しかも、いつの間にか受験料が5,000円から6,500円に値上げされとる。

仕事上、最も習得したいのは英会話スキルで、細々と続けてはいるが甘えがあるせいかなかなか身につかず、仕事上のストレスが解消出来るレベルには到底及ばない。優先順位はこちらが上だが、甲種を受けようが受けまいが、この2ヶ月弱での成果はさほど変わらない気がする。

それと、実はもう何年も「転職」という言葉に揺さぶられている。特にこの1,2年は年齢的なこともあって、「今のままで良いのかどうか」という自問自答が続いている。在籍期間が長くなればなるほど、知識や経験が求められていくと思うが、今は口先で誤魔化し続けているような気持ちで過ごしていて、いつまでもそれではもっと居づらくなっていくだろう。
だが、こうして急に降って湧いたような、短期集中が必至の目標が出来ると、そんな余計な邪念に時間を割くことが許されなくなる。かえって時間がある方が余計なことをしたり考えてしまうというものだ。まさに今回の年末年始の10連休がそうであった。自分を見つめ直すには有り難い時間ではあったが。

きついけどいっちょやってみるか。

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2018年3月18日 (日)

水戸ホーリーホック首位に!

「HH観戦記」を書かなくなって久しくなり、以前楽しみに読んで下さっていた方には申し訳ない気持ちもずっとあるのですが、観戦はその後もコンスタントに続けておりまして、今年でサポーター歴15年目になりました。
その私が観戦を始めた2004年の前年に、一度だけ春先に首位に立ったことがあることは知っていましたが、今回はその時以来15年ぶり、つまり私にとっては初めて、水戸が首位に立った所を目の当たりにすることが出来ました。とうとう待ちに待ったこの日が訪れました!

相変わらず素人目線なので、私が偉そうに戦評を語ったり、分析するのは何か違うような気もするので、あえて今回は以前の「HH観戦記」というタイトルにしませんでした。
でも、水戸がやっと首位に立てたことを書かない訳にはいきません。

以前から、水戸が首位に立てるとしたら、最も可能性が高いのは、開幕戦での大量得点勝利や、それに続く何試合かで連勝を続けることだと思っていました。
そういう意味では、昨年一時4位まで浮上したのは第20節の時でしたから、団子状態だったとは言え、あの時期に好位置に付けられたことは、クラブ史に残る出来事で大いに盛り上がりました。
ここぞという所でモノにすることが出来ずに、最終的にはズルズルと順位を落として例年通りのシーズンになってしまったものの、過去最強とも言われ、多いにサポーターを熱くしてくれた昨季。
そのメンバーのうち、中盤から前線の選手がごっそり抜けてしまった今季の期待値は未知数というか、ある程度厳しくなることを覚悟しないといけないかもしれないと思っていましたが、2月に鹿島と行ったプレシーズンマッチを観て急上昇し、開幕戦、そして今節(第4節)と、見応えのある面白い試合を観させてもらっています。

22チームになり、J1からの降格組も交えての毎年激戦のJ2にあって、一日天下ですら獲るのが難しいことは分かっているので、先のことは分かりませんが、ここは舞い上がらせて下さい。3位で迎えた首位攻防戦で、1回でチャンスをモノにしたのですから。

それにしても、強豪が犇めく中で、全チームの一番上に立つってかなり気持ち良いですね。強豪はいつもこういう景色を見たり、味わっているんですね。いつも中位から下位で、1勝の重みを強く感じているチームにはこれは未知の境地ですね。
これが本当にJ1昇格が決まる時だったらさぞ堪らんでしょうね。その日がいつか来ることを信じて、これからも謙虚に1勝の有り難みを忘れずに応援し続けます。
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2018年2月21日 (水)

カーナビからCD救出大作戦

ネット上の情報は真偽が怪しいものもたくさんあるけど、
困った時や知りたい時に助けになることもよくある。
逆に、自分が何気なく書いたことが自分の知らないところで
誰かの助けになっていることもひょっとしたらあるのかも。

ということで、今日は「カーナビからCDが取り出せなくなった」出来事の解決策について、あくまで私の成功体験に過ぎない、と前置きさせてもらって書きます。
しかもかなり強引な力技のため、多少の傷は覚悟しないといけないかもしれず、あくまで打つ手がなくなった時の最終手段くらいに考えて下さい。
ディーラーに持って行って、メーカーにナビごと取り出してもらうのが確実らしいので、工賃費は高いようですが、心配な方はそちらをオススメします。

カーナビの型式は書きませんがメーカーはカロッツェリア製です。ボタンの反応が悪いなどの怪しい動きは今までもあったらしいのですが、何とかなっていたということと、ナビなどの機能に問題はなかったため、ついつい車検の時も点検をお願いするのを忘れてしまっていたようです。
(そう、私の車の話じゃないんです。)

そんな状態のナビに、レンタルしたCDを録音すべく、
久し振りにCDを挿入してしまったことが全ての始まりだったと。
無事に録音を終え、取り出しボタンを押したがCDが出て来ず、
ネットで取り出し方法を調べて、
取り出しボタン連打や、本体に刺激を与える、エンジンを切って再始動する、カードや別のCDを軽く差し込んで上から押したり、下から持ち上げながら取り出しボタンを押す、リセットボタンを押す、など色々試してみるもどれも効果無し。

今回、CDが取り出せないことを除いては、ナビや他の機能の動作は全く問題なく、入っているCDもきちんと認識され、普通に再生出来る状態でした。
「緊急取り出し機能」的なものは搭載されていないらしく、エンジンを入れたり切ったりしても内部でウインウインと音がするだけで一向に出てくる気配はありませんでした。そもそも、取り出しボタンが全く反応していないようでした。
ただ、そういう状況からして、ナビ自体が壊れている訳ではないように見えました。

よく見ると、挿入口のすぐ内側にプラスチック製のストッパーというかガードのようなものが見え、これが挿入口を塞いでいるようでした。恐らく、CDが入っている時にロックを掛けるものなのかなと。つまり、このガードが上がっている状態だと、CDが飛び出さないように保護されていて、取り出しの指令がきちんと認識されていないのではないかと考えました。
よくあるらしい、ローラーが滑っているとか、取出口の高さとCDがずれてしまっているとか、その類いではなさそうでした。

幸い、最初は左右両側とも上がっていたのが、気付いたら片側は下がっていたらしいので、もう片側さえ下げられれば何とかなりそうな気もしました。
このガードは、マイナスドライバーやバターナイフで力尽くで押し付ければ一応下がるのですが、かなり反発力が強く、すぐに戻ろうとします。
強引に下げながら取り出しボタンを連打したり、エンジンを入り切りしても一向に出てきませんでした。
このガードは、ただ中のCDを守ろうとして一生懸命なだけなんです、多分。健気なやつなんです。
でも私は君が憎かった。頑なな君のせいで私は苦戦を強いられた。

このガードが邪魔して、別のCDを入れようにもぶつかって入らないし、ガードだけ下げるつもりが、ついCDごと下げてしまったりするし、何より反発力が強いので、押さえながら何とかうまく別のCDやカードを差し込むことは出来ても、取り出せないでいるうちに押さえている指や腕が疲れてくるという感じで、どうもうまく行きませんでした。

ほとほと疲れ果て、打つ手も尽きてきたので、その筋ではわりと有名という最終兵器「耳掻き」に命運を委ねることにしました。
普通にCDの下から突っ込んで、真ん中の穴に引っ掛けるという単純なやり方ですが、手前でガードが邪魔している状況はなかなか検索しても出てきません。
実際、何回か単に耳掻きを突っ込んで引っ張り出そうとしましたが、全く出て来ず、突っ込んだ状態のまま試しにエンジンを掛け直しても変わり映えしませんでした。
なので、そこから先は、うまく行く保証もなく、祈るしかなかったのですが、
四苦八苦して培った、ガードを力尽くで押さえ込む方法を駆使しながら耳掻きを併用する合わせ技に全てを懸けました。

うまく耳掻きが引っ掛からないのか、1,2回失敗したものの、
CDの端が取出口から顔を出し始めた時は、やっと長いトンネルの出口が見えた思いでした。
しかしここで安心してはいけません。ガードも任務を全うすべく必死で最後の抵抗をしてくるので、バターナイフで押し込む手を緩めれば、CDが途中で挟まれて余計な傷を付けてしまいかねません。一気に引っ張り出し、とうとう救出することに成功しました。

CDに多少の傷は付いてしまいましたが、再生に問題はなかったのと、多分ほとんどの傷は耳掻きを出動させる以前の試行錯誤の際に付いたものと思われます。早くこの方法に辿り着きたかったとは思いますが、結果論ですからね。
アルバムCDとかDVDじゃなかったので、最悪、出て来なかったら、弁償ということでCDを買い取ることも考えていたのですが、無事取り出せたのでレンタルショップに返しに行きました。
返却日に間に合わなかったため、事前に事情を話して延滞料を止めてもらっていたはずだったにも拘わらず請求されるというオチはありましたが、メーカーに修理に出して高額な出費になっていたことを考えれば安いもんなので素直に支払いました。

守るべき主が居なくなってもガードはまた任務に戻ったせいか、CDが入っていないのにCDの存在を認識しようとしてはいますが、当然何も表示されません。別のオーディオモードなどに変えれば特に動作にも問題はありません。
丁度、車を買い換える話も出始めていたので、これ以上お金を掛けることも、再びCDを挿入することももうないので放っておきますが、ナビの調子が悪いことを私も知っていたら、車検は無理に通さなかったかなぁ。後の祭りですが。

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2017年9月10日 (日)

どんと構えて生きる

先日、日本上空をミサイルが通過した。
事なきを得たが、日本に、そして自分たちの周囲に何が起きていてもおかしくはなかった。大事に至らなかったというのはあくまで結果論に過ぎない。

現代人は平和呆けしていると言われても何も反論出来ない。
毎年のように日本各地で災害が起きていても、何かが身近で起きるまでどこか他人事で、少しすれば忘れてしまうような、社会全体として危機感が足りないと思うことはよくある。
かと言って、毎時何かに脅えながら暮らすのも人生が楽しくないとは思う。

先月、時期的にネット上には第二次世界大戦の経験談や写真が多数掲載されていた。それらに幾つも目を通し、自分は戦争経験者ではないけれど、戦時中の様子を自分なりに想像し思いを巡らせた。
ちょっとしたタイミングの違いが生死を分けたり、被害の大小が全く違ったり、先の読めない中で不安や恐怖や緊迫感に追われながらの生活は如何なるものだったのだろうかと。

そうして、今毎日平和に安全に過ごせていることを、お金を出せば食べ物にも物資にも困らず生活出来ていることを、明日を当たり前のように迎えられることを、「当たり前のことではなく、有り難いことなんだ」と、強く再認識させられてまだ日が浅い時に、突如ミサイルが上空を飛び、平和な朝が短時間ながら一変した。

爆撃で一瞬にして吹き飛ばされてしまえば、そこまでどんな人生を歩んできた人であろうともその瞬間に全てが終わってしまう。自分の趣味に没頭していた人、人のために役に立ちたいと頑張ってきた人、仕事が辛いと文句を言いながらも家族を養うために働いていた人、類稀な才能を持ちその道を究めた人、そういういろんな人の人生が一瞬で終わってしまう。

よく「一度死んだつもりで」などと言うこともあるが、戦時中やこういう緊急事態での最悪の結果を思えば、日々くよくよ悩んでいることや失敗や恥ずかしい思いなどは、実に小さいことのように思える。
もっと極端な話をすれば、地球や宇宙の途方もない長い時間の概念から考えれば、この100年や1000年、1万年くらいの間に起きたことなどほんの一瞬の出来事に過ぎない訳で、一個人の人生の一月や1年などは言わずもがなである。

そうは言っても、現実として毎日いろんな感情やら事情やらと向き合いながら生きている訳で、「小さいことをいちいち気にせず堂々と構えて生きれば良い」と割り切れれば苦労はしないが、それくらい俯瞰的に(冷めた見方をするということではなく、冷静に判断するという意味で)物事を捉えた方が良いとは思う。

私自身、年齢と共に以前よりはだいぶ適当さが出てきてはいるが、まだ細かいところで考えすぎてしまうところがあり、性格的に簡単に変わらないことかもしれないが、良い意味で開き直って生きていきたい。
そして、これからも今の日常が如何に有り難いことか、いつも感謝の気持ちを忘れずに居たい。

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2017年2月16日 (木)

左右盲

久し振りの投稿は「稀勢の里関の横綱昇進」について書こうかなと考えていたのにも拘わらず、「左右盲について」が先になってしまいました。

ひょんなことでこの言葉を知った訳なんですが、気になって調べてみたら自分もまさにこれでした。
ちなみに「左利きを矯正された人に多いと言われている」そうですが、何を隠そう私は右利きです。ご参考までに。

咄嗟に左右の区別が付かない、というもので、左右そのものが分からない訳ではなく、一呼吸置いたり落ち着いて考える分には勿論判断出来ますが、一瞬で口に出したり、判断するのは苦手で、まさに各所で例に挙がっているような経験は私も幼い頃から身に覚えがあります。

その一つが視力検査。まず「右目から行きます」と指示されたとして、一瞬どっちの目を隠すべきか迷います。更に検査が始まり、上下についてはすぐ口で言えますが、左右についてはランドルト環が開いている方向はすぐに判断出来るものの、それを「左」か「右」のどちらの言葉と結び付けるべきか一瞬迷います。なので、「開いている方を指で差して下さい」と言ってもらえた小学生の頃は良かったのですが、大人になるにつれ、「子供じゃないんだから口で言え」というようなことを言われ、指で差すのは恥ずかしいとされ出してからは、急いで答えようとして慌てて言い間違えたり、咄嗟に指を出しそうになったり、とにかく毎回苦手でした。今はモニターを覗き込んで、手元のレバーを倒すだけの装置も出てきたりして便利になりましたけどね。

もう一つが車の運転ですね。これ、今も本当に気を遣うんです。自分が運転で同乗者に道案内をしてもらったりすると、咄嗟に「この信号を右に曲がって」なんて言われると、一瞬どっちか分からなかったりするので、「ぎりぎりに言わないでよ~」と慌てる訳です。カーナビの音声案内も聞いているだけだと間違いかねないので、目視で確認してしまいます。 

初めて仕事に就いた時よく運転もしたのですが、社会人としてそれこそ右も左も分からない上に、ペーパードライバーで運転もおぼつかなく、しかも地元じゃないので地理もよく分からない勤務エリアというような状況からの始まりでした。最初の頃、教育係の先輩が助手席に乗っていろいろ仕事の話や世間話などもしながら道案内もしてくれたのですが、話をしながらなので余計に判断力が鈍り、「次左」「そこ右に入って」などという指示は聞こえていても、左右の判断が瞬時に出来ず、よりにもよって反射的にハンドルを切るのが大概指示と逆という有様で、頻繁に何度も間違うので仕舞いには「お前には左右逆に言わないといけないのか!?」と気を悪くさせてしまうこともありました。
自分でもどうすることも出来ず、あまりに情けなくて「すみません、本当にわざとじゃないんです」と半分涙目で謝りまくっていた時代が懐かしいです。

教習所での経験は忘れましたが、少なくともこの新人時代の経験から、それ以後も車で道案内してもらう時もする時も、自分がよく左右を捉え違いしやすいと分かった上で、事前に時間的余裕がある時は、一旦左か右かの言葉を飲み込んで確実に理解してから判断する、指示を出すというように、一呼吸置く習慣を付けるようにしています。

運転に慣れたこともあり、当時よりは気にならなくなりましたが、初めての道を走る時や旅行先でレンタカーを借りて運転したりすると今でもこの問題には直面します。
例えば飲み会の後、運転代行を頼んで家まで送ってもらう時には、指示を間違えないように、曲がる所が近付いてくる前に頭の中で何度か確認して、間違いないことを確認してから「次の交差点を右に」などと口に出すようにしています。なので、代行を頼む予定がある飲み会の後はどんなにほろ酔いでも、頭はわりかし冷静に働かせています。


事前にこんな風に強く意識でもしないとすぐに左右を間違えてしまう自分は「バカなのか?」と思って嫌気が差したり、「どうにかして完璧に瞬時に判断出来るようにならないものか」とわりと真剣に考えながら今日に至っていました。
人知れず悩んでいたという程大袈裟ではないですが、時折意識せざるを得ない問題で、心のどこかにずっと引っ掛かっていたのは事実です。

「左右盲」は病気ではなく、原因も治療法なども詳しいことは分かっていないそうなので、根本的な解決には至りませんが、それでも「自分が特異な訳じゃなかった」と知れたことと、自分がこうだと分かってこれから生活を送れることは、気持ちの面でかなり楽になりました。これからはこれらを踏まえて、そんな自分とうまく付き合いながら生活していこうという気持ちになれてすっきりしました。
もし周りで同じような方が居た時は、理解は出来ないかもしれませんが、そんな人も居ると分かってもらえたらと思います。

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2016年5月16日 (月)

格安スマホへのMNPへ~大いなる決意~

今、携帯電話を替えたい気持ちが激しく高まっている。
過去に機種変更してきた時も、大概こんな風に今使っている機種への愛情や魅力が急激に失せていき、新しい機種へ替えたい欲求が強くなっていたものだった。
だが、過去と違うのは今回の欲求は機種変そのものにある訳ではなく、キャリアごと変えようという大掛かりなものだ。

今のスマホは某人気漫画のコラボ商品で、全国限定5万台で発売されたものだ。
うち先行抽選予約販売の1万台に応募し見事当選し購入することが出来た。
それまでいわゆるガラケーを使っていた私は保守的な性格のため、スマホが主流になりつつあっても流行に乗ることには当初静観の立場だったが、意固地になって時代の流れに置いて行かれてしまうことへの懸念は抱いていた。
そんな悩める私の背中を押してくれたのがこのコラボスマホであった。
私がスマホへ転換するならこのタイミングしかないと思ったのだ。

当初からレスポンスの悪さや、カメラ画質の粗さなど、気になる点は多々あった。加えてバッテリー持ちの悪さも度々気になっていた。
しかし、数量限定機種を持っているという満足感や、実際他の機種には代えがたい仕様であることなどもあり、また新機種への興味が以前と違って全くと言って良いほど湧かなくなったこともあり、「バッテリー交換さえすれば使えるのなら壊れるまでは何年でもずっと使い続けよう」とつい最近まで思っていた。堅牢だしサイズも手頃で、もっさり感という不便ささえご愛嬌のように思える程だった。

きっかけはほんの些細なことだった。
携帯料金の話になった時「え、そんなに高いの?!」と言われたことだった。
スマホにしてからガラケー時代に比べ数千円だが支払額が安くなったこともあり、思いも寄らない言葉だった。

確かに近年は「格安スマホ」「格安SIM」「MVNO」などと言った言葉を目にする機会も多くなったが、「『長いものには巻かれ』ておいた方が何かと安心」という安定志向から、多少のことでは動じることもなく、MNPが始まって「某大手キャリアからの顧客流出が止まらない」というニュースを目にしても、某キャリア一筋15年という優良ユーザーであり続けた。
「浮気」を繰り返す人も多い中で、年々古株ユーザーになっていくことにある種のプライドのようなものも持っていて、「滅多なことがない限りキャリアはずっと変えずに居たい」とも思っていた。「世間が愛想を尽かそうとも私は信じている」とも。

だが、このつまらぬプライドは一瞬にして脆くも揺らいだ。柔軟で冷静な目を持つ多くの先人たちが勇気を持って、あるいはごく自然に踏み出した一歩について、私も考えさせられそして少し悩んだ。
しかし、一度(ひとたび)勇気を出して冷静な目を持った時、誰に頼まれるでもなく一人で勝手に背負い込んでいた重荷がなくなり、ふっと身軽になるのを感じた。小さな拘りを捨てた瞬間だった。

安定志向の私にとって、今まで大手キャリアのように高い料金を払っていれば何かと手厚い保証やサービスが受けられる安心感に勝るものはなかった。
それがどうだろう。リスクが多くなるという不安から、目を背けてきた格安スマホと冷静に向き合った時、大手キャリアが持つ安心感を手放すことと引き換えに得られるものも大きいと気が付いた。
そうした中でも、12年以上変えていないキャリアメールアドレスを失うことや、コラボスマホを手放すのかどうかについては随分と悩んだ。けれども、柔軟な考えを持つことが如何に選択の自由度を広げられるのか素直に判断出来る心にもう変化していた。

「2年縛り」というのを今まであまり実感したことはなかったが、今の私はそれが他人事ではなくなった。まだ半年近くは行動に移すことは出来ない。でも心はもう完全にその先を見据えている。この決断が正しかったと思えるかどうかは未来になってみないと分からない。
挑戦と言う程大袈裟なものではないかもしれないが、私にとってはそれくらい大きな決意を固めたと言っても過言ではない。今はその2年縛りから解放される日を指折り数えている。

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2016年5月12日 (木)

電子新聞

かつて趣味の一つに「地元の情報収集」を挙げていた私。
勿論、今も地元の情報は収集したい気持ちは常に持っていますが、以前に比べるとそこまで積極的に自発的に収集していない自分がいます。
興味がない訳ではないのですが、何というか受け身で入ってくる情報が主で、例えばFacebook等SNSの口コミや記事、あるいはインターネットのニュースを読んで知りうる程度なので、発信側の嗜好なども含め情報の偏りもありますし、絶対的な情報量が不足しています。

しかし自分ではそのことにもうずっと前から気付いています。
インターネットで無料で知りうるニュースと言えば、圧倒的に全国向けのものが大半であり、私が知りたいような地元ネタの扱いはごく僅かです。
幸いテレビで地元のニュース番組を観られる環境にはおりますが、放送時間帯に帰宅出来るかどうかというタイミングに加え、食事時はテレビを観ないため、放送に間に合っても夕食と重なって結局生放送はほとんど観られないというパターンに陥っています。
毎日録画して観ようかと考えたこともありましたが、今のところ実践には至っていません。

人によって情報収集の仕方や得たい情報は違うと思うので、ネットの情報で十分という方もいると思いますが、私がこれを趣味と公言していた頃を思い出すと、私が欲するような一番の情報源はやはり何と言っても地方紙、つまり新聞でした。
親元を離れてからも帰省した時にまとめて読み返していた頃はまだ良かったのですが、最近ではそれもすっかりなくなってしまいました。

学生時代に新聞を取っていたこともありましたが、後で読もうと思っているうちに雪だるま式に未読の新聞が溜まっていき、最後は未読のまま泣く泣く廃品回収に出しトイレットペーパーに代わっただけだったという経験から、再び親元を離れてからは新聞を取ることに対しては慎重な姿勢を取ってきました。
かと言って、新聞が置いてあるような場所へ毎日足繁く通う訳にもいかず、何も妙案が浮かばないまま、地方紙が読みたい気持ちをずっと抱えながら生活し続けていました。
某地方紙のHPも見てみたのですが、無料で読める記事には限りがあり、それだけでは物足りませんでした。そのうち携帯アプリが出来たというので検討してみたのですが、これもいまいち私の希望するものとは違っていました。

そんな時、ひょんなきっかけで、再び同HPを覗いている時に課金すれば記事が読めることにハッとして早速料金を調べると、月額も携帯アプリとさほど変わらず、年間通しても新聞購読料の一月分程度で済むことに気付きました。
元々興味ある記事以外はサッと眺める程度だった私にとっては、このお試し感覚でそこそこ本紙に近い内容が読めるシステムが存在していたことは目から鱗でした。

何度考え直してもこれは私に合っていると思ったので、試しに半年くらいから契約してみることにし、先月から購読を始めました。
最初は少額とは言えせっかく料金を払っているから勿体ない、という気持ちで全部の記事をいちいちクリックして開いて読んでいましたが、最近は文字通り見出しだけ一通り見て、興味があれば更に本文に読み進めるというスタイルが確立されつつあります。
スマホやタブレットなどでも読めるというのも売りなだけあって、どちらかというと携帯向けの仕様に近いのか、PC専用に作られているサイトに比べると、「見出し一覧から記事を検索してクリックし、読み終えたら一旦前の画面に戻ってまた一覧からクリックし…」という作業の繰り返しになるのが若干煩わしく感じるものの、ほとんどの記事は見出しだけしか目を通していないせいか集中すれば短時間で全て読み終えることが出来るようになりました。

見出しだけとは言え、興味のあるなしに関わらず旬な情報が入ってきますし、手軽に地元の情報が得られるようになったことで、だいぶ満足感を取り戻しつつあるのを実感しています。現にここで得られた情報(例えば花の見頃を迎えているなど)から、週末出掛ける所のヒントをもらったりして、購読後に何ヶ所か出掛けたりもしました。
これはまるで干涸びていた地面に、久し振りに降った雨がどんどん染み込んで潤っていくような感覚です。

本当の理想は紙ベースの地方紙を購読すること、もっと平たく言えば新聞を広げて活字を読むことなのですが、とりあえず今のところはこのスタイルが嵌まっていて、地元情報弱者になっていた生活を変えることが出来てきているので、しばらくこの生活を続けてみたいと思います。
またかつてのように、常に新鮮な地元ネタを仕入れ続けられることを願って。

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