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2006年4月20日 (木)

湯加減

私と父とでは、風呂の「いい湯加減」が2~3℃くらい違う。
父は結構熱めの風呂に浸かるのが好きだが、
私はそんなに熱くない方が好きなのだ。
確かに冬場などは体が冷え切っているので、
丁度良い温度に沸かしてもすぐに温くなってしまうし、
熱い湯の方が冷え切った体を芯まで温められそうな気はする。
が、私はあの熱さに耐えながら体を沈めていくのが好きでない。
それを裏付けるかのように、前にテレビ番組でも、
熱い湯に浸かるのは危険性が高いというようなことをやっていた。
急激な温度変化によって心臓に負担を掛けるとかそんな内容だ。

父は皮膚の温度感覚が鈍っているのかなとたまに思う時がある。
私にとっての「丁度良い塩梅」な湯加減は、
父にとっては「温くて物足りない」らしい。

そんな訳で、父が沸かした風呂に最初に入る時や、
父の後に風呂に入る場合は注意が必要だ。
湯加減を確かめずにいきなり入ろうものなら、
水で埋めなければとても入れるような温度ではなかったりして、
埋めている間湯船に浸かることも出来ずに
浴室内で裸のまま待機するようなことになってしまいかねない。

しかし、たまに急いでいて待っていられない時は、
風呂を沸かしてくれた人の腕を信じて、
一か八かで文字通り「飛び込む」こともある。
ところが、これが結構当てにならない。
我が家は、ハイテクなシステムではないので、
水の量と、汲んだばかりの水か汲み置きの水かと、
気温が高い、低いなどの情報を今までの経験と擦り合わせ、
長年の勘を頼りに風呂を燃す(焚く)のだ。

今日は完璧な失敗パターンだ。
日付が変わる前に急いで入ってしまおうと思い、
事前に温度を確かめずに入ろうとした。
入る前にお湯を掻き混ぜたが、一向に温くなりそうにない。
「一体(湯沸かしタイマーを)何分にセットしたんだ!」
仕方なしに、水で埋めている間に体を洗ってしまうことにした。
我が家はシャワーは使わず、湯船から汲み出す方式のため、
体を洗う際に汲み出すお湯が“熱湯”だった場合は、
普通なら洗面器に半分くらい“熱湯”を掬って、
もう半分近くを水で薄めてやれば丁度良い温度になるのだが、
倍どころか、4倍くらいに薄めてもまだ少し熱いくらいだった。
「今回はどんだけ熱いんだ」と思った。

結局、幾ら埋めても埋めても入れるような温度には薄まらず、
そうしている間に全部洗い終えてしまい、
もう待っているのも癪(しゃく)に障るくらい熱過ぎたので、
今日は湯船に入らずに出てきた。

やっぱり自分で沸かさないと駄目だ。
(私なら、やや温めを目安に沸かしますからね)。

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