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2006年11月の23件の記事

2006年11月30日 (木)

メジャーリーガーIGAWA

近年、メジャーリーグに移籍する日本人選手が増え、
この時期になると毎年紙面を賑わわせています。
今オフの最注目は何と言っても松坂大輔投手(西武)。
何年も希望してきたメジャー移籍が晴れて容認され、
ポスティングシステムによる入札が行われました。
その結果、当初の予定だった25億~30億円とも言われた
入札予想金額をも遙かに上回る約60億円(5111万ドル)で
レッドソックスが落札し、大きな話題を呼びました。

その後も岩村明憲選手(ヤクルト)が落札されるなど、
ワールドベースボールクラシック(WBC)での日本の優勝で
日本人選手の実力が認められつつあるのか、
今オフはメジャー移籍する選手が続々誕生しそうな勢いです。
それに関しては賛否両論あって、
なかなか難しい問題ではありますが、
少なくとも、夢を叶えたいという気持ちは大切かと思います。

ところで、井川慶投手(阪神)も前からメジャー移籍を
強く希望し続けていましたが、
こちらも晴れてポスティングシステムの行使を許され、
ヤンキースが当初の1000~1500万ドルという周りの予想を、
これまた大きく上回る2600万194ドル(約30億円)で落札した
という情報が昨日発表されましたね。
当然の如く、松坂投手が比較の対象として
引き合いに出されていますが、
額もさることながら、日本を代表する投手なので、
行くからには大活躍して欲しいと思います。

井川投手と言えば、茨城県大洗町出身、水戸商業高卒で、
かねてから注目すべき存在ではありましたが、
いよいよメジャーリーガーにまでなる(見込み)とは、
入団当初は全く考えもしませんでした。
でも、相当な努力家のようで、
今の力を蓄えてきたプロ根性は、
きっとメジャーリーグへ行っても通用すると思います。
日本人として、そして茨城県民として、
彼に最大のエールを送りたいと思います。

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2006年11月29日 (水)

全勝は良いもんだ

朝青龍関が19度目の優勝を、
5度目となる全勝で飾って幕を閉じた九州場所ですが、
相変わらず朝青龍関の圧倒的な強さが際立ちますね。
白鵬関が休場でなかったら、
少しは展開が変わっていたかもしれませんね。
また、朝青龍関に限らず、
15戦全勝の力士が出るのは、
やっぱり気持ち良いもんですね。
毎回全勝力士が出て欲しいものです。

それと同時に、
郷土力士の関脇雅山関と小結稀勢の里関の星取も
ずっと気になっていました。
両力士とも似たり寄ったりな成績で進み、
13日目には仲良く6勝7敗の崖っぷちに立たされました。
三役から落ちて欲しくないのですが、
両力士とも勝ち越しはちょっと厳しいかなと思いました。
しかし、その後連勝して何とか千秋楽で勝ち越しました。
8勝7敗という成績は決して褒められたものではありませんが、
勝ち越すというのは大事なことなので、
最低ラインではありますがひとまず労を労いたいと思います。
勿論、毎場所10勝5敗くらいの成績は残して欲しいですね。
安定した強さを誇る力士になって貰いたいです。

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2006年11月28日 (火)

もう冬ですから

部屋が散らかってて汚いとか、
部屋に暖房器具がなくて寒すぎるとか言ってるけど、
まずその夏服を仕舞っちゃいなさいよ。

(…と自分に言い聞かせてみる。)

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2006年11月27日 (月)

HH観戦記2006 vol.21(最終回)

今日は先にちょっとマラソン大会の零れ話から。

今回つくばマラソンの参加を決めることに際して、
ホーリーホックの試合と重ならないことを、
まず確認する必要がありました。
10kmの試合開始は10時10分であり、
ホーリーホックの試合開始は14時でした。
1時間半で走れるとすれば、
ゴールが11時半くらいになるので、
12時くらいに出られるとすれば、
急いで帰れば何とか試合には間に合うかな、
という計算をし、参加を決めたのでした。

しかし、果たしてどれくらいで走り終えられるかは
走ってみなくては分かりませんし、
水戸からマラソン会場のつくばまで南下し、
マラソンを走った後再び戻ってきて、
ホーリーホックの試合会場の笠松運動公園まで
更に北上するとなると、かなりのハードスケジュールでした。
でも、そういう密なスケジュールを立てても、
「間に合うならやってみよう」と考えるようになった所が、
今年の私の行動力が著しく向上した要因です。

マラソン大会前夜となる一昨日の夜のことですが、
仕事から帰ってきたのが23時過ぎでした。
本当は大会に備えてすぐにでも寝たかったのですが、
当日の朝に持ち物の準備をしていては、
絶対に忘れ物をしたりして焦るだろうと思い、
準備したりいろいろやっているうちに、
何だかんだで寝るのが夜中2時を過ぎてしまい、
起きたのが朝6時半でした。
何しろ受付が朝7時半~9時だったので、
高速道路を使っても、
会場まで1時間くらいは掛かると見積もっていて、
遅くとも7時には出発したいなと思っていたので、
かなり寝不足で疲れも取れていませんでしたが、
ゆっくりと寝ている訳にもいきませんでした。

一般道路で行く案もあったのですが、
出発までもたもたしているうちに
7時半近くになってしまったので、
高速道路で行くのが無難だと思い、そうしました。

家で朝食を摂っている暇がなかったので、
かすみがうらマラソン大会の時と同様、
車の中で食べることにして出発しました。
本当は着いてから食べたいところでしたが、
それでは消化が間に合わず、
エネルギーに変わる前に走ることになりそうな気がしたので、
なるべく早い時間帯に食べようとすると、
どうしても運転しながら食べるしかありませんでした。
サンドイッチやおにぎりみたいなのにしようか迷いましたが、
コンビニで買う時に、
いつも買うようなものばかりでは飽きると思い、
消化の悪さよりもスタミナが付くものを、と考え、
「炭火焼牛カルビ弁当」にしました。
因みにかすみがうらマラソン大会の時は、
麺類が消化に良いと聞いていたのでパスタにしましたが、
国道6号を走りながらのミートソーススパゲティは、
食べるのにかなり苦労したので今回はやめました。

ところが、高速道路を使うことを決めたのは、
弁当を買った後のことであり、
高速道路を走行しながらの朝食は想定していなかったので、
「やっぱりおにぎりかサンドイッチにするべきだった」
と後悔しました。
箸を使って肉を一切れ、ご飯を一掴みしながら、
運転に気を付けて、地味に少しずつ食べました。
(※大変危険なので絶対に真似しないで下さい)。
本当は途中のSAやPAに停まって食べたかったのですが、
それではわざわざ高速を使って
時間を節約している意味がなくなるので諦めました。

その甲斐もあって、予定より早く着いたのですが、
昨日書いた通り、いろいろと待ち時間が多く、
少し時間にゆとりを持っていたにも拘わらず、
ほとんど空き時間もないくらいにして、
スタート時刻を迎えることになってしまいました。

良い記録を出したいという純粋な思いの他に、
自分が走り終えた時点で帰れる訳ですから、
ホーリーホックの試合に間に合うも合わないも、
自分のタイム次第だという軽いプレッシャーもありました。
まぁそれはストレスに感じる程ではなかったですが、
少なくともゴールした後は、
出来る限り速やかに会場を後にしなくてはなりませんでした。
駐車場が混んでいてはまた余計な時間を取られると思い、
渋滞となりうる地域から逃れるまでは、
兎に角少しでも早めに車を走らせる方が先決だと考え、
整理体操をする時間も惜しんで車を出しました。

心配していた渋滞はほとんど見受けられず、
すんなりと土浦北ICから那珂ICまで行け、
競技場にも13時過ぎに着けました。
前夜から続いた怒濤のハードスケジュールも、
無事に、予定通り事が進みました。
昼食も取らずに駆け付けたのでお腹が減っていました。


では、話を昨日の続きに戻しましょう。

競技場へ向かう車の中で私は、
10kmを走り切った満足感と共に、
今季ホーム最終戦を観に行くことを考えると、
自然とわくわくするような興奮を覚えていました。

今季はこれが17試合連続21試合目の観戦で、
泣いても笑ってもこれが見納めです。
今季ホーム戦24試合のうちのほとんどを観に行きました。
5月17日の第16節から7ヶ月間皆勤とは、
我ながらよく足を運んだものです。

今日は試合開始前から異様な盛り上がりを見せました。
応援団の計らいで青いフラッグなどが貸し出され、
いつもよりも華やかにスタンドが揺れていました。
勝ってホーム最終戦を締めるんだという強い気持ちが、
応援する側からも選手側からも伝わってきました。

序盤から積極的な動きを見せるホーリーホックは、
相手を圧倒して何度もチャンスを演出しました。
巧さが足りないなら、気持ちでカバーすれば何とかなる
という訳ではないのでしょうが、
兎に角気持ちが前面に出ていたと思います。
けれど、決まりそうでなかなか点が入らず、
良い形のまま前半は0-0で終了しました。

良い形は作れても点に結び付かないという、
いつものパターンになってしまうのかなという
悪い予感もしましたが、
後半4分に積極的な攻撃がPKを生みました。
何となく外しそうな予感もしましたが、
「ネットに突き刺してくれ」と見詰めていました。
動画を撮る中、西野選手が鋭く振り抜いたボールが
鮮やかにゴールネットを大きく揺らしました。
左上隅に蹴り込まれたボールに、
キーパーも届かなかったようです。

これで待望の先制点が入りました。
ホーム最終戦勝利に向けた大きな1点が入りました。
その後も積極的な攻守に渡る動きで、
何度も良い形を作りました。
集中力が途切れずによく動いていたと思います。

けれど、拙攻続きの水戸を黙って見逃してはくれませんでした。
後半34分、ゴール前での相次ぐ中途半端なもたつく動きで、
ボールがなかなか大きくクリアされず、
危ないから早くクリアしろ、などと思っているうちに、
ゴール左に同点弾を押し込まれてしまいました。
競技場からは一瞬の沈黙と溜め息が漏れました。
時間帯からしてもかなり痛い失点でした。
何より、あの溜め息は、
ホーム最終戦を有終の美で飾って欲しいという期待が、
目の前で擦り抜けていきそうな嫌な流れになり、
心底落胆した気持ちが生んだものだったのだろうと思います。

試合はそのまま1-1で引き分けとなり、
球団年間最多勝利に並ぶ15勝目はお預けに、
そしてホーム通算50勝目は来季に持ち越されました。
決めるところで決めていれば、勝てる試合でした。
勝ち点1は得たものの、どこかすっきりしない終わり方でした。
まるで今日の空模様のようでした。
Svs0007




061127vs0051




試合後は「ホーム最終戦感謝セレモニー」が行われました。

次の今季最終戦(アウェイ)は開幕戦の相手でもあり、
手強い相手ですが、臆することなく堂々と闘って、
今季を締め括って欲しいと思います。

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2006年11月26日 (日)

第26回つくばマラソン

今日は、第26回つくばマラソンに出場してきました。
フルマラソンと10kmしか種目がないので、
仕方なく10kmにエントリーしました。
10kmというと、今の所、後にも先にも、
高校の創立記念マラソン大会で
毎年(=3度)走っただけだったので、
今日が実に6年振りの挑戦ということになります。

今大会に向けて、遅ればせながら、
10月の半ばにジョギングを開始したのですが、
その前に痛めた筋肉痛の痛みが引かないため、
何日か様子を見るために休養を取ったっきり、
3日坊主のまま何だか億劫になってしまい、
結局一昨日久し振りにジョギングをしてみた程度で、
昨日も仕事から帰ってくるのが遅くて走れず、
ほとんどぶっつけ本番状態で今日を迎えました。

ぶっつけ本番では思ったような走りが出来ないのは、
今年のかすみがうらマラソン大会でも経験済みでしたが、
その反省を生かすことが出来ませんでした。
高校生の当時ですら大変だった10kmを、
体力が衰えている今、果たして走り切れるのか心配でした。

かすみがうらマラソンも会場は参加者で溢れていましたが、
このつくばマラソンは更に桁違いの混み様でした。
少し早めに行ったにも拘わらず、
駐車場に入るだけで40分も待ち、
そこから何とか会場まで歩いて受付を済ませたものの、
今度は荷物預かり所に入るまでが凄まじい長蛇の列で、
こちらも30分くらいは待たされたので、
結局スタートまでの時間にあまり余裕がありませんでした。
これだけの人数なのですから、
もう少し人の流れがスムーズになるような一工夫があると、
参加者に優しい大会になるかなと感じました。

私は、抑(そもそも)自己ベストが分からないので、
特に目標らしい目標はありませんでしたが、
怪我と無理をしないことと、
とりあえず1時間半以内を目安に走ろうと思いました。
(はっきりとは覚えていませんが、
高校の時は1時間半くらい掛かったような気がしたので)。

マイペースを心掛けようと思っていたのですが、
スタートすると意外に皆さんのペースが速く、
私がジョギングで長めに走る時のペースより明らかに速く、
しかも、焦ったことに、私の周りの方は皆、
そのペースに付いていっていたので、
何となくペースを落とし辛く感じて、
無理してやや早めのペースで走り始めました。
しかし、数kmも走ると流石にこれでは10km持たないと思い、
更に少しずつながら脱落してくる方も居たので、
少しペースを落として自分の走りを取り戻すことにしました。

10kmコースは筑波大の構内の一部を2周するというもので、
2周目に入らなければ半分も走れていないことになるので、
1周目を走っている時は本当に先が長いなと思いました。
4.5km地点に設置されているという給水ポイントも
なかなか訪れませんでした。
1周目はほとんど抜かされるがままで、
抜かした人は数える程しか居なかった気がしました。

苦しいのを我慢して走っているうちに
急にふっと呼吸や体が楽になる時が訪れるという
「ランナーズハイ」というのを高校の授業で聞いて、
実際高校の時のマラソン大会ではそれが訪れ、
急に体が軽くなった経験もあったので、
早く訪れないかなと思いましたがなかなか来ませんでした。

しかしそれとは別に、苦しいながらも、
2周目に入ってから自然に少しペースが上がりました。
段々体が慣れてきたのかもしれません。
「あと1周目と同じ分だけの距離を走らなくてはいけない」
と考えると、確かに気持ちが滅入りそうにもなりましたが、
兎に角出来る限り良いタイムを出そうとは思っていました。
それと、余談になりますが、
基本的に私は正真正銘「完走」したい派なので、
途中で歩いたり立ち止まりたくない主義です。
どんなに苦しくて走り続けることから逃げたくなっても、
歩いているのとあまり変わらないようなペースだったとしても、
最後まで完全に走り切って初めて、
「完走した」と胸を張りたいのです。

老若男女問わず、あれだけ抜かされる一方だった展開も、
2周目に入ってくると、周りのペースもある程度落ち着いてきて、
同じような顔触れが前に居たり後ろに行ったりしてきました。
ここで私は一人の男性を標的に定めました。
背が高くてがっちりした、ほとんど白髪の男性で、
「この人のペースに付いていこう」と決めました。

自分と同じようなペースだと思って
勝手にペースメーカーに仕立て上げたのですが、
少しの間、この方と一定の距離を維持していたものの、
少し相手の方がペースが速く、徐々に差が広がり始めました。
しかし体が思うように動かず、体や手先はすっかり冷え切り、
それまでのように、このまま置いて行かれてしまいそうでした。
けれど、何とか付いていきたいという強い気持ちだけで、
残り2.5km辺りで少しずつペースを上げました。
相変わらずランナーズハイは来ませんでしたが、
早めにペースを上げようと思いました。

これはかすみがうらマラソンの教訓が生かされています。
あの時は前半飛ばせるだけ飛ばして、
あとは気持ちだけでそのペースを維持すれば、
意外に本当は速く走れるのではないかと考えたのですが、
途中から全く脚が上がらなくなり逆効果でした。
最後、競技場でトラック勝負になってから、
残る力を全て出し切ろうと思い、
力を振り絞って結構な人数を抜いたものの、
いくら力を出し切ってペースを上げたところで、
トラックに入ってからでは追い上げられる距離も
抜かせる人数も絶対的が限られてきます。

ということは、ゴールした後にも
実際はまだ余力が残っている可能性があるのです。
ならば、最後苦しくてどうしようもない、
これ以上もう力が出ないというくらいまで走るには、
長い距離をほぼ全力で走れば、
文字通り完全燃焼出来るのではないかなと思ったのです。
また、ゴール前になれば相手も余力を全部使ってきますから、
抜かすのも一苦労します。
そこで、今回はまだ距離が多く残っている時点で、
少しずつ力を出し切って本当の完全燃焼を目指し、
しかも早めにペースを上げて抜かすことで、
相手にプレッシャーを与えることも出来ると思ったのです。
先手必勝、先行逃げ切りの方が
記録も順位も良いのではないかなと考えました。

残り2kmを切る直前にラストスパートを掛けました。
皆、中弛みする所であり、一番辛い所でもあったので、
面白いように次々と抜かしていくことが出来ました。
このターゲットに定めたおじさんにも
一度は結構な差を付けられてしまいましたが、
徐々に近付いていき、最後は抜かしてしまいました。
もう抜き返されたくないという思いから、
ペースを下げることはしませんでした。
オーバーペースでしたが、無我夢中で走っていました。
寒さと結構な距離を走ったせいか、
足や手の感覚はほとんどなく、
気が付くと、唾も飲み込まないで走っていたので、
口も乾き切っていました。

上り坂は膝への負担を極力減らすため、重心を低くし、
ステップも摺り足に近いような感じで上ったので、
比較的体に負担が掛かりませんでしたし、
皆、最後のこの緩やかな上り坂が
相当応えていたようで、結構抜かせました。

スパートを掛けるのが少々早かったのか、
あるいはスパートを維持できるだけの体力がなかったのか、
無理が祟って徐々に疲れてきて、ペースが落ち始めました。
なかなかゴールが見えないことで、
明らかなオーバーペースと化した体を奮い立たせるのも、
正直かなりしんどい状態になっていました。
「このまま途中で倒れたりして」なんて思ったりしました。
「脚が疲労骨折するかもしれないな」などとも思いました。
1周目はすまし顔で観客の前を走りましたが、
2周目は呼吸しても酸素の供給が全然間に合わず、
息が苦しくて、必死な形相を隠し切れませんでした。

最後の1kmもかなり長く感じられましたが、
もう兎に角無我夢中でゴールを目指すだけでした。
過呼吸に陥るというのを何となく実感した気がしました。
息が吸えているか、脚がもう限界なのか、
その辺の感覚がもう分からなかったのですが、
ひたすらゴールまで全力で突っ走り続けました。
かすみがうらマラソンの時程の
爆発的な最後の力は出ませんでしたが、
それまでで十分抜かせたので悔いはありませんでした。
Svs0005




かなり無理しましたが、無事にゴール出来て良かったです。
その瞬間、走っている間ずっと体が待ち望んでいた
走る脚を止める瞬間がようやく訪れましたが、
少しの間、息がうまく吸えず呼吸が止まるかと思いました。
それくらい、ぎりぎりの所で走り切れたという
満足の行く走りが出来ました。
体の限界の状態で力を出し切った実感がありました。

そして驚いたのがタイムでした。
てっきり「1時間半くらいは掛かっているだろう」と思いきや、
1時間1分23秒(ネットタイム;参考記録)でした。
(公式記録は1時間2分34秒。ちょっと数字の並びが良い)。
もうちょっとで1時間を切れたのです。
全然速くはないのでしょうが、
自分の中では予想外に良いタイムを出せました。
作戦が見事に的中したんでしょうかね。
次回は1時間切りを目標にしようと思います。
S0001_1




こうして、無事走り終えた私は、
本音としては少しゆっくりしていきたかったのですが、
次なる予定、ホーリーホック観戦に間に合わすためには、
人が混む前に素早く帰路に就くしかないと思いました。
もたもたしているうちにまた駐車場が混んでしまって、
なかなか出られないなどということにでもなったりしたら、
14時4分のキックオフに間に合うかどうか
かなり際疾いタイミングになってしまいます。
今日が今季ホーム最終戦だったので
是が非でも試合開始に間に合いたいと思いがありました。

しかし、急いで荷物預かり所に向かったにも拘わらず、
既に100人以上の列が出来ていて
(競技前の時と比べたら大したことはなかったですが)、
なかなか自分の荷物を手にすることが出来ないばかりか、
そのうちに汗が冷えて、お腹が痛くなってきてしまいました。
「頼むから早く荷物返して!」と心の中で懇願していました。

その後は整理体操もろくすっぽせずに一目散に退散し
(明日凄まじい全身筋肉痛になることを覚悟の上です)、
めでたく12時ちょい前には会場を後に出来ました。
そんな訳で、めでたく試合開始に間に合いました。
本当は今日、その試合観戦のことも
2本立てで書こうと思ったのですが、
この記事だけでもかなりの長さになってしまったのと、
今かなり眠いのを堪えて書いているのもあるので、
この続きはまた明日書くことにします。

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2006年11月25日 (土)

ブログ開設1周年

今日は今年初だと思いますが、霜が降り、
フロントガラスが凍っていました。
雑草なども霜で凍っていて雪が積もっているようでした。
これからは起きるのが億劫になる季節ですが、
前が見えずに運転するのは危ないので、
逆に少し早めに起きて、車を暖めないといけませんね。

ところで、話は変わりますが、
今日、このブログもお陰様で1周年を迎えました。
開設当初は人に教えるのが恥ずかしくて、
こっそりひっそり自分だけで楽しんでいたのですが、
その頃は全くアクセスがなく、
折角書いているのに誰にも読まれていないことが、
どこか張り合いのなさを感じずには居られず、
少しずつですがブログの存在を公開するようになりました。
1年経った今では、それ程抵抗がなくなってきています。

もう1年も経ったという感覚はあまりないのですが、
日々の積み重ねでここまで続けられたのだと思います。
書く時は毎回必死なので、恥ずかしながら、
自分では何を書いたかあまり覚えていません。
たまに見返すと、新鮮ささえ感じる記事が多々あります。

簡潔に文章をまとめたい気持ちもありますが、
どうしても前置きや説明が長くなってしまい、
長文になってしまうので、
毎回読んで下さっている方にはご迷惑をお掛けしますが、
まぁでも多分ずっとこんなスタイルで行くと思いますので、
これからもこのブログが続く限り、
末永くお付き合い下さいますよう宜しくお願いします。

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2006年11月24日 (金)

冬場の浴室の換気扇

そろそろ、お風呂の換気扇を止めて入ろうかなと思います。
この時期に換気扇を止めて風呂に入ると、
湯気で浴室内がもわもわになってしまいますが、
浴室暖房などというハイテク機器のない我が家で、
冬場の入浴を少しでも快適にするために、
毎年私が密かに実行している方法なのです。

換気扇を回すことによって、
浴室内の湿気を換気出来るので、
普通は回した方が良いと思うのですが、
冬季はそうも言っていられません。
換気扇を回すことで湿気を逃がすと同時に、
冷たい外気を取り込んでしまうからです。
換気扇を止め忘れて入ろうものなら、
体を洗いながらがたがた震えているようです。
リアルに床が冷たいですし、
風呂に入っているのに、
洗っている側から体が冷えてきてしまうのです。
そんな訳で、逆にこれは、
湯気の熱を利用して浴室内を暖めていた方が
余程快適に過ごせるという、
今までの経験から生まれた知恵なのです。

さ、日付も変わってしまったことなので、
換気扇を止めて風呂に入ったらすぐ寝ようっと。

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2006年11月23日 (木)

図書館での立ち読みから

3日程前でしょうか、
灰谷健次郎作品との出会いについて
ブログに書こうと思い付いたのですが、
それを実行する前に今日の灰谷氏の訃報を知りました。

今年は特に、芸能人や著名人のご逝去が
多いような気がしていますが、
その度に寂しい気持ちを感じています。
ブラウン管などでお馴染みだった方々が
この世から居なくなってしまうということに、
不思議な気持ちも同時に感じますが、
謹んでお悔やみ申し上げます。


プロフィールにも記載している通り、
灰谷健次郎氏は私の好きな作家の一人です。
灰谷氏の作品に惹かれたのは中学生の時でした。
今はほとんど本を読まなくなってしまいましたが、
当時はそこそこ読む方でした。
とは言え、活字の小さい、所謂(いわゆる)文庫本は
あまり読みませんでした。

ある時、学校の図書室を徘徊していると、
ふと黄色い背表紙の『兎の目』という本が目に入りました。
作品名は耳にしたことがありましたが、
内容は知りませんでした。
灰谷作品と言うと、小学校の教科書に載っていた
『ろくべえ まってろよ』くらいしか知りませんでした。
そこで、何気なく手に取って何ページか読んでみました。
それが読み進めていくうちに没頭してしまい、
何度も図書館に行っては続きを読んでいましたが、
80ページくらい読んだところで、
これは自分のコレクションとして持っておきたい本だと思い、
遂に本屋に買いに行ってしまい、
最後まで読破してしまったという思い出の本です。

何故図書館で借りずに足繁く読みに通ったのかを
突っ込まれても理由はよく覚えていませんが、
兎に角、それくらいこの作品に引き込まれたのでした。
その後も何作品かではありますが読んでみたところ、
教師をしていたと言う経験が生かされているのか、
どれも暖かさを感じる作品でした。
当時、私は漠然と小説家になりたいと思っていたのですが、
灰谷作品の心情描写のリアリティさや奥深さに、
「自分にはフィクションでここまでの作品を生み出せない」
と思い、作家の凄さをしみじみ感じた契機にもなりました。

あの時、偶(たまたま)図書館で見付けていなければ、
もしかしたら未だに知らずに居たかもしれません。
世の中にはきっとそういう自分の知らない面白い作品が、
ごまんと存在しているんだろうなと思います。
読書の秋なのに読書をせずに冬になりそうです。

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2006年11月22日 (水)

上半分の衣だけ剥ぐ人

今日の昼は外食だったのですが、
ふと隣の席の人の食べ終えた皿を見て、
何か違和感を感じました。
皿の上にエビの上半分(尻尾以外)が載っていました。
その瞬間は、「気のせいかな」と思ったのですが、
よく考えてみればやっぱり変だと気付いたのです。

多分、その皿に盛られたメインディッシュは、
エビを丸ごと使ったエビフライだったと思われます。
中には頭まで丸ごと食べてしまう方もいるとは思いますが、
尻尾だけ食べる人の方が多いでしょう。
隣の方も後者タイプだと思うので、
載っていた部位に関しては何の違和感もなかったのですが、
そのエビの上半分についてよく考えてみた所、
衣が全く付いていないことに気付いたのです。

エビフライを揚げる時、
普通は全体に小麦粉を塗(まぶ)すと思うので、
上半分を残したとしても当然衣付きの筈です。
それが全く付いていないということは、
彼が衣だけ綺麗に引っ剥がして食べたということでしょう。
衣のカリカリ感がたまらなく好きな方なのかもしれません。
あるいは衣は食べられるものだから、
残すのは勿体ないとお考えなのかもしれません。

いずれにせよ、このエビフライ一つを見ても、
育った環境や嗜好性などによって、
食べ方やその癖なども様々なんだなと思いました。

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2006年11月21日 (火)

カードに嫌われる

今日は携帯電話を忘れて出勤しました。
まぁたまにやらかしますね。
まだ携帯依存症とまではなっていないものの、
多少動揺している感は拭えませんでしたが、
何とか一日遣り過ごしました。

今日は帰りが遅くなってしまったので、
家族に電話の一本もしておかないと
心配させてしまうかもしれないと思い、
帰路に就きながら公衆電話を探しました。
コンビニにでも行かないと見付からないかと思いきや、
ちゃんと途中の道端にありました。
二つ折り式の扉を押し開けて、
蜘蛛の巣がないことを確認してから電話ボックスに入りました。
そしてテレフォンカードを
財布の奥からごそごそと徐(おもむろ)に取り出し、
カード挿入口に滑り込ませました。

と、次の瞬間、すぐに下の取り出し口から
戻ってきてしまったではありませんか。
「んんん何でじゃあ!!?」と訳も分からず、
もう一度入れてみましたがまたしても戻ってきました。
今使えないのかなと思って確認したのですが、
ちゃんとカードも使用可能な状態でしたし、
ICカード対応のような特殊タイプの公衆電話でもなく、
何故カードを認識しないのか理解に苦しみました。

首を傾げながら5度も試みましたが、やはり結果は同じでした。
「古いカード(9年物)だから、劣化したか、
それとも磁気不良でも起こしたのか?」
と、折角巡ってきたテレフォンカードを使えるチャンスが、
ふいになりそうなことに遣る瀬なくなりました。
しかし、ここで意地を張ってカードに拘(こだわ)っても、
時間の無駄になりそうなので、
諦めて硬貨で掛けることにしました。

10円玉を入れようか100円玉を入れようか考えましたが、
カードが使えないことがどうにも腑に落ちなくて、
念のため最後にもう一度だけ試してみることにしました。
すると、挿入してから何秒か反応がなかった後、
「残り度数27」と画面に表示されました。
「あっ!やった!!」と思ったのと同時に、
「何だ、ちゃんと使えるんじゃん。
今までのは一体何だったんだ?」と思いました。
兎も角、無事に電話を掛けられました。

その後、家の近くまで帰ってきたのですが、
車の給油ランプがずっと点灯していたので、
その足でガソリンを入れてから帰ることにしました。
行き付けのセルフスタンドに入り、
いつもの要領でタッチパネルの前に立つと、
「いらっしゃいませ。お支払い方法を指定して下さい。」
といつものように自動音声案内が流れました。
「会員カード」のボタンをタッチすると、
今度は「カードを挿入して下さい」という音声案内。
それに従い、普段通り会員カードを入れました。

この後は、普段なら「商品を指定して下さい」という音声案内
と共に全商品のボタンがパネルに表示されるのですが、
何故かこの時聞こえてきた音声は、
「申し訳ありませんが、
当店ではこのカードはご利用になれません。」

という初めて耳にするフレーズでした。
「な、なんじゃあ!!?」
違うカードでも入れてしまったのかと思い、
取り出したカードをまじまじと見たのですが、
いつも使っているカードに間違いはありませんでした。
まだ使用期限だって切れていませんし、
破損しているとかそういう訳でもありませんでした。

全く心当たりがなかったので、
単純にもう一度試みるしかありませんでした。
すると、今度は何事もなかったかのように、
「商品を指定して下さい」と音声が流れました。
その後も何ともなく、普通に給油出来ました。
一体あれは何だったのでしょうね。

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2006年11月20日 (月)

茨城万能地図2006

Svs0003





9月3日の記事でもちょっと触れましたが、
先週の水曜日に、以前から予約していた
「茨城万能地図2006」(茨城新聞社)を
書店まで引き取りに行きました。

11月1日に店頭に並び始めた(一応11月8日発売
ということになっている)のは知っていたのですが、
予約申込書の片割れをどこかになくしてしまい、
それを見付けてから行こうと思っているうちに、
だいぶ延び延びになってしまいました。
やっと見付けたものの、
特にそれが引換券になっていた訳ではなく、
結局そのまま店頭に行けば良かったようでした。

これでまた地図コレクションが増えてしまいました。
いくら地図に目がないとは言っても、
これは正直、自分でも買いすぎだと思います(反省)。

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2006年11月18日 (土)

HH観戦記2006 vol.20

今日の日を待ち侘びていました。
およそ1ヶ月ぶりとなるホーリーホックのホーム戦があり、
尚且つアウェイで2連勝を挙げての帰還となれば、
否が応でもわくわくせずにはいられませんでした。
この流れがあれば今日も勝てるに違いないと思いました。
今日から来年度のファンクラブ受付が開始されるということで、
早速早めに競技場に駆け付け、受付を済ませました。
まだ試合開始まで2時間近くありましたが入場しました。

試合前の選手サイン会では、
MFの椎原選手と眞行寺選手にサインを貰いました。
しかし、出場機会の多い両選手がここに居ることは、
正直言って不安材料ではありました。
特に、椎原選手の中盤から前線へ掛けての
ボール運びや守備がこの所目立つ試合が多く、
攻守のキーマンと言っても良い存在にまでなっているので、
今日椎原選手が出ないのは結構痛手でした。

さて、久し振りの試合観戦は格別でした。
今日のホーリーホックは全体的に引き気味で、
自陣の方に人数を掛けている感があり、
守備主体の試合運びをするよう指示が出ているのかな
と思いました。
また、新聞に載っていた監督のコメント通り、
久し振りにアンデルソン選手がスタメン起用されました。
この所、彼が出場停止などで出ていなかったり、
スタメン落ちしている試合で皮肉なことに、
チームの状態は上向きになりつつあり、
彼がスタメン復帰してどうなるか注目していました。

序盤は互角な戦いでしたが、
如何せん攻撃にあまり厚みを置かない布陣だったので、
ミドルシュートで遠くからゴールを狙うくらいで、
なかなかゴールは生まれませんでした。
また、今日のアンデルソン選手は、
周りの選手にパスを出すような、
いつもとは違ったプレースタイルに見えました。
悪くはないが良くもなく、
攻めているようで攻められてもいる、
そんな捉え所のない試合展開でした。
前半は両チーム無得点のまま終了しました。

後半に入って、やや攻め込まれるシーンが目立ったものの、
前半から再三良い動きをしていた鈴木選手のシュートなど
バーに嫌われる惜しいシュートも何度かあり、
歯痒さは感じましたが、
不思議と負けそうな雰囲気はあまりしませんでした。
監督もFWを4人に増やすなどして、
何とかゴールをこじ開けようとしていましたが、
思うようにゴールを割ることが出来ませんでした。

相変わらず全体的に引き気味な守備体系のためか、
どちらかというと時間が経つにつれ、
攻め込まれるシーンが目立ってきましたが、
GK本間選手のファインセーブ連発などを中心に、
相手の攻撃を度々凌いでいました。
そうこうしているうちに時計は後半35分になっていました。

そんな本間選手のファインセーブ振りを動画で撮ろうとして、
相手FKのシーンを動画モードで撮り始めました。
すると、ボールは逸れ、
それをハーフライン辺りまで一度大きくクリアしたので、
ピンチは去ったかのように見えました。
ホッと胸を撫で下ろそうとしたのですが、
そのクリアしたボールが相手の手に渡り、
左サイドから相手が突破してきました。
DFが囲んで必死でそれを阻もうとするも止められず、
圧力を掛けて(サイド)ライン際に相手を追い詰めても
ボールがラインを割りそうで割らず、
うまくクリア出来ないままずるずると前線までボールを運ばれ、
更にゴールラインも割りそうで割らずに中に出されたパスが、
GK正面に居た相手FWにすっと通されてしまい、
GKの動きを見て落ち着いて右隅に決められてしまいました。
本間選手のセーブが観られなかった時点で、
カメラを止めようと思ったのですが、
何となく止めそびれてそのまま回していたところが、
何と何と失点シーンの一部始終を
動画に収めてしまったのでした。

この後、更にFWを投入して、
何とFW5人態勢という超攻撃的な布陣を敷きましたが、
最後の絶好機も相手のレッドカード退場となる
捨て身の守備に阻まれて万事休す。
相手は10人になったものの、
終了時間が迫っていたためにあまり意味がなく、
同点に追い付くことなく0-1で終了しました。

何と3年振りとなるらしい3連勝もなくなり、
今季も残すところ2試合となってしまいました。
これで今季の順位は9~11位で確定です(現在10位)。
開幕当初はもっと上に行けると思ったのですが、
後半の失速がかなり響きました。
残り2試合で狙えるとすれば、
9位に順位を上げることと、
球団初の16勝目を挙げること、
そしてタイ記録となる勝ち点56を狙うことくらいでしょう。
いよいよ、ホーム戦も残すところあと1試合となりました。
椎原選手が次節も出場停止なのは痛いですが、
ホーム最終戦は勝利で終えられるよう祈ります。

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2006年11月17日 (金)

はち切れんばかりの財布

最近ふと気付いたのですが、
私は財布の中に千円札が少なくとも5枚以上入っていないと、
どうにもそわそわしてしまう質(たち)になってしまったようです。
1万円札や5千円札だけではどうにも不安なのです。
例えば所持金が3万円だとすれば、
理想的な内訳は万札1枚に千円札20枚という状態です。
確かに千円札で持っているとがさばりますが、
ちょっとした物を買うには千円札の方が使い勝手が良いので、
千円札を多く持っている方が落ち着くのです。
万札も高価な物を買うなら構わないというか便利なのですが、
安い買い物などで万札を出すのは気が引けますからね。

同様に、小銭もごちゃごちゃ持っている方が好きですね。
元々は小銭は出来る限りコンパクトにまとめたい派でした。
例えば、10円玉5枚を持っていると
50円玉1枚に替えたくて妙にうずうずしてしまっていましたし、
1円玉と5円玉の合計が10円以上になるのは、
特に気持ち悪くて仕方ありませんでした。
小銭をぴったり使い切れた時などは、
胸が清々して気持ちも晴れやかになったものです。

しかし、一人でやりくりする分にはそれで良かったのですが、
割り勘などの状況が生じてくると、
大概細かい小銭や千円札の不足で、
会計がごちゃごちゃになりがちです。
そんな時、ぴったり出せたら面倒なこともなく、
すっきり解決出来るので、
段々細かい小銭を持つようになりました。
そういう時には千円札もかなり重宝されます。

こんな感じで、気付いたらいつの間にか、
「あまりお金を持っていないくせに見た目はパンパン」
という財布を持つのが私の中で当たり前になっていました。
合計でいくら入っているかよりも、
どれくらい千円札が入っているかの方が気になります。
まぁ、それだけ庶民的な使い方しかしていないんでしょうね、
金銭感覚的に。

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2006年11月16日 (木)

アレ、アレ、アラレ

今日は夜になってから雨がぱらつきましたが、
昨日も朝は晴れていたのに午後には雨も降りましたね。
徐々に雲行きが怪しくなってきたなと思っているうちに、
急にバタバタバタという音がし始めたので、
随分大粒の雨が降ってきたんだなと思って外を見ると、
降っていたのは大粒の雨ではなくて、
霰(あられ)混じりの雨だったのでした。

雹(ひょう)かと思ったのですが、
雹は夏の雷雨に伴うもので夏の季語なんですね。
逆に霰は冬の上空の水蒸気が冷えたものらしく、
こちらは冬の季語だそうで、
どっちも似たようなものだと思っていたのですが、
空から氷が降ってくると言う点は同じでも、
作られ方が抑(そもそも)違うんですね。
良い勉強の機会になりました。
まだまだ無知な自分を助けてくれる辞書は有り難いです。

さて、霰と言ってすぐに思い出されたのが、
『雪』(作詞者不明)という童謡でした。
「『雪やこんこんあられやこんこん』の『あられ』って、
霰菓子の『あられ』じゃなくて、
空から降ってくる『あられ』のことだったのね!」
とこの時初めて気付きました。
24年目の真実ってやつです。
言われてみれば小さい頃も、
何かおかしいなとは思っていたんですよね、
「雪が降ってくるのは分かるけれど、
何で霰菓子が降ってくるのか」と。

童謡とか唱歌って、歌詞の意味を知らないで
歌っているケースが結構ありますからね。
大人になって語彙が豊かになって気付くことはありますよね。

さて、長年の謎が一つ解けてすっきりしたのですが、
この『雪』についてネットで調べてみたら、
これまた思わぬ収穫、24年目の真実に出交(く)わしました。
何と、「雪やこんこん霰やこんこん」だと思っていた歌詞が、
実は「雪やこんこ霰やこんこ」らしいのです。
更に、「降っても降っても まだ降りやまぬ」で続く、
お馴染みの歌詞はてっきり1番だと思っていたのですが、
実は2番だったみたいです。
というか、そんな何番もあるとは思っていませんでしたし。
1番の歌詞は全く聴いたことがありませんでした。
一人でトリビア気分を満喫した一日でした。

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2006年11月15日 (水)

茨城ゴールデンゴールズ初観戦

このブログ開設以来ですね、こんなに間を空けたのは。
更新が滞ってしまい、ご心配、ご迷惑をお掛けしました。
この4日間、何回も書こうとは思っていたのですが、
気が付いたらずるずると日にちばかりが過ぎてしまいました。
ということで5日振りに更新といきます!

4日前の話なのですが、
つくば市さくら運動公園野球場へ行ってきました。
つくばゴールデンチャレンジ『水戸信金CUP』決勝戦の
茨城ゴールデンゴールズvs岩手21赤べこ野球軍団の
試合を観戦するためです。
茨城GGが解散撤回した直後に、
この日の試合を無料にする、という話があり、
私はこの話にピンと反応しました。

前から是非一度観に行ってみたいと思っていたのですが、
実現する前に球団が解散してしまう危機に瀕し、
あの時はかなり慌てたものです。
その後、撤回になりほっと一安心しました。
折角解散危機を脱したからには、
「試合を観に行きたかったのに~」という言葉が、
口先だけのものではないということを証明するためにも、
本当に一度観に行こうと思っていました。
そんな私の背中を後押しするきっかけとして、
入場無料試合というのはかなり有効でした。

この日はちょっとだけ仕事があったので、
それが終わってからつくばまで高速を飛ばしました。
試合開始には間に合わなかったので、
試合前のやりとりやらパフォーマンスやらは
見損ねてしまったのですが、
それよりも初めて観戦に行けたことに喜んでいました。
S0030




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時折、萩本監督のマイクパフォーマンスが
聞こえてきました。
しかし、上の写真を見て頂ければ分かる通り、
外野席からではあまりよく見えませんでしたし、
当然良い写真も撮れませんでした。
途中で気付いたのですが、
監督は大体一塁側内野席前辺りに居たので、
せめて一塁側の外野席に行けば良かったです。

そして何と言ってもこの日は、
東京で木枯らし1号が吹いた程の強風でした。
冷たく強い風が、吹きっ曝しの球場を襲っていました。
寒いなんてもんじゃありませんでした。
最初はそれでも我慢して観戦していたのですが、
5回を終えた辺りでどうにも体が冷え切ってしまい、
このままでは体を壊してしまうと思い、
試合の途中ながら帰ってきてしまいました。
最後まで観たかったのは山々でしたが、
全く防寒着の用意をしていなかったので、
ちょっぴり後ろ髪を引かれる思いではありましたが、
無理をしないことにしました。
また、機会があれば観に行きたいと思います。
(ホーリーホックの試合観戦も、最初はこんな感覚でした)。

因みに、相手の赤べこ野球軍団は、
チアリーダーもしっかりしていましたし、
選手ごとに応援なんかもきちっとしていたりして、
社会人野球チームとは言え、
かなりしっかりした応援態勢が整っているなと感心しました。


さて、帰りにつくば市内を走っていると、
信号待ちで斜め前に止まった車のナンバープレートに、
何かをビビビッと感じました。
何だろうなと思ってよく見ると「柏」ナンバーではありませんか。
所謂「ご当地ナンバー」ですから、まだ導入されたばかりです。
私にとってはこれがご当地ナンバーを見掛けた第1号です。
きっと来年2月半ばになったら、
この辺も「つくば」ナンバーだらけになるんだろうな、
などと思いながらこの「柏」ナンバーを見ていました。
S0061_2

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2006年11月10日 (金)

「水星の日面通過」見逃す

今思い出しましたが、
昨日の朝、水星と太陽が重なって見えるんでしたね。
すっかり忘れていましたよ。
まぁ朝は道路の混雑状況と時計しか目に入っていないですし、
まず頭がほとんど眠っていますから、
忘れているのも無理はないですよね。
ましてや昨日の朝は、
アラームを止めてから15分も二度寝してしまい、
遅刻になるかならないかの瀬戸際でしたからね。

前回の観測から3年半ぶりらしいですが、
次回の水星の日面通過は2032年ですって。
26年後っていうと、50歳かぁ……。
……。
とりあえず、2012年に金星の日面通過が見られるようですし、
こっちの方が大きいようなので、
そっちをまず見てみます、覚えていたら。

日食とか月食とかもそうですが、
天文現象の類の次の予定っていうのは大概、
かなり先の年月だったりしてスケールが大きいですよね。
その度に、だいぶ未来の自分のことを考えてしまう、
良いきっかけにもなっていますけどね。
頑張って長生きしないと。

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2006年11月 8日 (水)

念願のカウンター設置

いつもご愛読頂いている皆様には、
既にお気付きの方も多いと思いますが、
昨日からアクセスカウンターを設置しました。
ブログ開設当初から付けたかったのですが、
付けるにはどこかのサイトなどから貰ってきて、
貼り付けなくてはいけないようだったので、
ややこしそうなのでそのままにしていました。

しかし、昨日久し振りに設定の所を見ていたら、
いつの間にかカウンター設定という項目があったので、
心躍るような思いで、早速付けてみました。
単に私が気付かなかっただけで、
前からこの機能があった可能性もありますが、
この前のメンテナンス時に追加されたのかもしれません。
兎に角、やっと念願のアクセスカウンターを設置出来、
少しはそれらしくなってきたでしょうかね。

因みに、設定時のカウントは7,864アクセスでした。
今までにこんなに多くアクセスして頂いて光栄です。
これからも、細々と頑張っていきますので宜しくお願いします。

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2006年11月 7日 (火)

盗作騒動についての私見

槇原敬之氏の盗作騒動が起きてからというもの、
何度か私もブログで私見を述べようと思っていたのですが、
なかなか勇気を出せずに投稿を控えてきました。
しかし、槇原氏が恐らく多くの人々に誤解や偏見を
持たれてしまったままでいるのを、
一ファンとしては黙って見ているのは心苦しく、
微力ながら私の見解を載せる決心をしました。

―あくまで私は評論家や専門家ではないので、
見解と言っても素人の推測の域を超えませんが―
という前置きで述べさせて頂きます。

まずこの騒動の見出しをネットのニュースで見た時、
私にとってはまさに寝耳に水でした。
慌てて記事を読んでみたのですが、
確かに問題箇所のフレーズはかなり酷似していましたが、
私には訴えた側の松本氏の言い分が、
槇原氏が盗作したことの理由にはならないと思いました。

これはあくまで推測でしかないのですが、
恐らくCMか何かで、ふとこの楽曲を耳にした松本氏が、
自分の考えた言葉とそっくりだと瞬時に気付き、
自分の作品を盗作されたと思い込み、
怒って本人に確認の電話をしたものの謝罪の姿勢はなく、
抗議騒動勃発という事態に及んだのだと思います。
盗作は犯罪ですし、
何より自分が一生懸命考えた作品を勝手に模倣されたら、
誰だって許し難いことだと思うのは当然です。

しかし、訴えるよりも先にまず本人に直接会って、
冷静に話し合って欲しかったと思います。
電話では何度か話したそうですが、
この記事を見る限りでは、槇原氏側の説明を、
最初から疑いの目で食って掛かり、
聞く耳を持っていないように思えました。
確かに盗作した本人が、
素直に自分の罪を認めるとは考えにくいですし、
個人レベルの話し合いでは尚更事実関係を揉み消され、
強引に和解案を提案されてうやむやにされるかもしれません。
そう考えれば、いきなり公に発表してしまえば、
世間を味方に相手を追い込むことが出来るので、
直ぐさま公表したのは自然な流れだったのでしょう。

けれど、似たフレーズというだけならば、
世の中に数多く存在するラブソングなどは、
似たような言い回しだらけと言っても過言ではありません。
言葉は人類共通の財産であり、
それを独占することも、使うことを束縛することも出来ません。
人は同じ言葉を使って物事を考えるのですから、
当然、似たようなフレーズを思い付いたとしても
何ら不思議なことではありません。
逆に、先の例で言えば、
松本氏だけがそのようなフレーズを考える唯一の存在である、
と考える方が不自然だろうと思います。
もし槇原氏の楽曲が、それまでのスタイルと明らかに違い、
突拍子もないような内容ならまだしも、です。

ところで、槇原氏の楽曲として一般的に有名なものは、
大方が比較的初期の頃のもので、
特にラブソングのイメージが強かった時代のものです。
その後「事件」が起きた訳ですが、
それからの彼の楽曲はガラッと内容が変わりました。
それまでの私の中では、「ちょっと好きなアーティストの一人」
というくらいの位置付けでしたが、
あの事件をきっかけにファンを辞めようか迷っていた時、
復帰後第1弾のアルバムを聴いて、
私は彼の音楽に対する真摯な気持ちを感じ、
それまで以上にファンとなっていきました。

歌詞を先に作ってからそれに合わせて曲を作るという
彼の楽曲には強いメッセージ性が感じられます。
以前のラブソングにも私の好きな楽曲は多いですし、
その頃の方が良かったというファン層もあります。
しかし、最近の彼の楽曲の内容は、
もっと精神的な、人間として大切なものを訴える、
かなりスケールの大きなものになっています。
ラブソングらしさを前面に押し出したものではないですが、
ラブソングというジャンルもその中には含まれています。
テーマとして難しい上に、
ヒット性を重視した曲作りではないと個人的には思うので、
曲のノリの良さが兎角耳に残り易く、ヒットに繋がるならば、
彼の楽曲はその良さに気付かれずにいるように思えます。

かく言う私自身、歌詞の意味を理解して聴かないと
曲の良さに気付かないこともしばしばですが、
何度も繰り返し聴いているうちに凄く心に響いてきます。
彼が全身全霊を振り絞って作り出しているのが
ひしひしと伝わってくる熱い曲ばかりです。
彼が一番伝えたいと思っていることを、
飾ることも偽ることもなく率直に曲で表現するという、
最早揺らぐことのない彼のスタイルなのだと思います。

そうやって、槇原氏がこつこつ積み上げてきたものが、
ようやくこの所、露出度の高まりと共に、
日の目を見るようになってきたなと思っていた矢先の、
寝耳に水の騒動でした。
「名誉毀損」という言葉が、
非常に身近に感じられた瞬間でした。
自分のスタイルを頑ななまでに貫いてきた
あの時からの彼の直向きな音楽活動を、
一瞬にして打ち砕かんばかりの抗議でした。

ちょっと聴いたくらいの多くの方なら、
「盗作なのかな」と思ったとしても仕方ないと思います。
最終的には、作詞した本人にしか事実は分かりません。
しかし、今までの(特にここ5,6年の)彼の楽曲を
いつも耳にしていた私にとっては、
彼の魂から生まれたフレーズだということに、
何の疑いも生じません。
仮令(たとえ)盗作だという結論が出されようとも、
それは正当な判断が下されたとは私には考えられません。
「ファンなら贔屓目もあるし」と言われるかもしれませんが、
一生懸命作ったものを盗作呼ばわりされた
彼の心境を思い遣ると、
無関心を装って黙っているのは酷なことでした。

もう一度、このようなことを踏まえた上で、
この『約束の場所』の歌詞を見ながら曲を聴いて貰えたら、
と勝手にお節介を焼いている次第です。
夢を持つことの大切さがきっと伝わってくると思います。

私はあくまでも、松本、槇原両氏に対して、
喧嘩別れにはなって貰いたくありません。
こういう事態になってしまい、「これを機に友好を深めて」
というのは難しいかもしれませんが、
何が大切で何を気を付けなければいけないのかは、
槇原氏が常に曲の中に込めていて
一番分かっていることだと思うので、
良い結末へ向かってくれたらと願ってやみません。

最後に、奇しくも私がこの記事の投稿を決心した本日付で、
彼の公式HPに本人のコメントが掲載されましたので、
そちらも参考にして頂ければ幸いに思います。

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2006年11月 6日 (月)

風呂場の電球

我が家では、廊下や階段、トイレなどで
オレンジ色の電球を使っている。
すっかりこの色に慣れてしまっているせいで、
一度廊下の電球が切れて白色球になった時などは、
かなり違和感があり、その後オレンジ色に戻された。

普通の部屋は白色の蛍光灯を使っているので、
白色に対して抵抗があるという訳ではないのだが、
どうもオレンジ色の電球であるべき場所は、
オレンジ色でないと落ち着けなくなっているらしい。

そんな我が家に昨夜、激震が走った。
何気なく廊下から風呂場を見遣ると、
ドアは閉まっていたが電気が点いていた。
そして、その明かりが異様に白かったのだ。
正確に言えば、緑掛かったような白だ。
風呂場もオレンジ色の電球だったので、
この光景を見て瞬時に違和感を覚えた。

どうやら電球が切れたので交換したらしく、
その際、ワット数も同じで省エネでもあるという
この緑掛かった白色球にしたらしい。
実際、その風呂に入ったのだが、
まるで昼間のように風呂場が明るく照らされていた。
まぁしかし、
「これはこれで、何となくモダンな雰囲気が醸し出されていて
オシャレな色かもな」と思ったのだった。

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2006年11月 5日 (日)

高校の必修科目履修漏れ問題

何かのきっかけで、ある事柄が問題になると、
それに関連した情報や実態などが、
芋蔓式に次々に明らかになるケースが多々見られます。

そして今一番ホットなニュースは何と言っても、
全国高校の必修科目の履修漏れ問題。
その多くは、学習指導要領の改正や
完全週5日制の導入などによる、
学習時間の絶対的な不足が背景にあるとされています。
「ゆとり教育」などが度々取り沙汰されますが、
ぎりぎりでその時代の前を駆け抜けた私としては、
勝手な都合で良いように翻弄されている生徒たちが
気の毒に思えてなりません。

恐らく自分が高校生の頃は問題なかったと思いますが、
我が母校も該当校として挙げられてしまい、
新聞に校名が載っているのを見た時は、
かなりショックというかがっくり来ました。
けれど、全国的に少なくとも540校で発覚している事態であり、
「後々『うちもそうでした』と報告して非難されるよりは、
下手に隠そうとせずに先に潔く報告した方がましなのかな」
などと思い直して開き直っている自分が居ました。

もう既に卒業してしまった生徒たちは良いでしょうが、
在校生、特にこれから卒業を控える3年生は、
「何でこんな一番大事な時に…」と、
こういうことが今になって判明したことを
恨めしく思うかもしれません。
「もっと早く表沙汰になっていれば」、
あるいは「自分達が卒業した後に発覚していれば」
と思っている生徒が居ても不思議ではないと思います。
生徒達自身には何の罪もないのに、
被害の上に被害を上乗せされているようで気の毒です。

私などは怠け者なので、
当時、大学受験の時期が近付いても、
今一つ気持ちが入らずに焦りばかりが募っていただけで、
もし今同じ状況下に置かれても、
一生懸命計画的に対策している彼らとは
受けたダメージも違った(軽かった)でしょうが、
それでも無駄に日々ストレスばかりは感じていましたからね。
そこに来て、学校の落ち度で補習なんか課せられたら、
発狂していたかもしれません。

かと言って、学校ばかりも責められない実態ですしね。
何か、社会全体に歪(ひず)みが生じているのかなと思います。
それの氷山の一角として、
このような問題が垣間見えただけに過ぎないのかなと。
何が良いのか悪いのか、
何を信じてすがれば良いものか、
考えれば考えるだけ分からなくなってしまいます。

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2006年11月 4日 (土)

まだまだ精進を

普段から正しい日本語を意識し、
きちんと使うように気を付けているのですが、
日常会話では兎角乱れがちです。

ら抜き言葉(表現)というのが一時話題になり、
私はその時、自分は大丈夫だと思っていたのですが、
「来れる」がら抜き言葉だということを知り、
無意識のうちに使っていた自分に愕然としました。
「流石に手では持って来れないよ」とか
「その日ならみんなも来れるみたいだよ」のように、
複合語としても自然に使っていましたからね。
ら抜き言葉は今や世間的には普通に浸透してますね。

さて、この前自分が話した言葉を、
ふと頭の中で反芻していた時、
「斜めっている」という表現を使ったことに気付きました。
「斜める」という動詞は当然おかしな日本語です。
意味は「斜めになっている(傾いている、曲がっている)」で、
「あの看板、ちょっと斜めってない?」などのように、
ほとんどが「斜めっている」「斜めった」の形で使います。
名詞・形容動詞の「斜め」を動詞化したものだと思われます。
…などと真面目に解説している場合じゃないですね。

動詞ではない単語を動詞化した言葉として有名なものに、
「サボる」(サボタージュ;フランス語)というのがありますが、
「ダブる」(ダブル)なども自然に使っていますがこの類ですね。

確かに「言葉は時代と共に変化し、
普遍的に使われるようになれば、
それは正しい言葉ということになる」
というようなことをどこかで聞いたことがありますが、
美しい日本語を残すためにも、
時代の流れに出来るだけ最後まで逆らい続けようと思います。
そしてこれからも、自分の中に自然に馴染んでしまっている、
おかしな日本語に疑問を抱ける自分でありたいと思うと同時に、
まだまだ勉強不足の自分は精進していかないといけないな
と勝手に思っている次第です。

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2006年11月 3日 (金)

2006世界バレー女子1次リーグ

素敵やね!
格好良いやね!

今日、2006世界バレー女子大会1次ラウンドを
第3戦にして初めて第1セットから全部観ました。

試合をよく観るようになったのは
柳本監督になってからがほとんどですが、
毎回魅力あるチームで観ていて楽しいですね。

華麗さの中に激しさあり、
しなやかさの中に力強さあり、
笑顔の中に厳しさありと、
日本チームには魅力が溢れていると思います。

今日の相手、ケニアもなかなか手強かったですが、
第2戦の完勝に浮かれることなく、
ブロックに弱点を見出し最終確認するという、
手抜かりのない準備で見事に勝利を手繰り寄せました。
結果はストレート勝ちでしたが、
内容的には重要ポイントを逃さなかった日本に
流れが傾いたという感じで、
もし相手に隙を見せていたら、
果たしてどういう結果になっていたのかは分かりません。

とまぁ厳しいコメントをしつつも、
日本の連続ポイントが目立つ試合で、
観ていて楽しかったというのが本音ですけどね。
どのメンバーもその良さを存分に発揮し、
全員が全員良い働きを見せてくれました。

これから所謂(いわゆる)強豪と当たった時に、
日本がどこまで太刀打ち出来るかを考えると、
まだまだこんなものではないと思うので、
しっかりと日本の持てる力を出し切って欲しいですね。

今度、出来ることなら生で観戦してみたいです。

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2006年11月 1日 (水)

【告知】新タイトル(案)

今日から11月ということで、年賀状の販売も始まりました。
来年のカレンダーや日記帳、手帳なども店頭に並び出し、
街は徐々に年末ムードに突入し始めています。
残り2ヶ月、2006年をしっかりと堪能したいものです。

さて、話はガラッと変わりますが、
このブログのタイトルを替えようかなと考えています。
ブログ開設時には何の方向性もなく始まり、
少ししてやっと考えた現在のタイトル、
「目指せ!日記王(にっキング)
~真の日記王になるための日々の記録~

にも今やすっかり慣れ、
今更替えなくても良いかなとも思うのですが、
何かの拍子にラジオなどの番組名を思い浮かべていたら、
タイトルに個人名が入っていることが多いことに気付き、
私もHN入りのタイトルにしようかなと急に思い付いたのです。

「日記王」の魂を受け継ぎつつ、
よりインパクトと個性のあるタイトルを
物は試しであれこれ考えてみたところ、
偶然良い案が思い浮かんだため、
俄然替えることに前向きな姿勢になったのです。

その名も、、、

「メークイン男爵の
Viva!茨城(ビバらき)生活100」
(仮題)

です。

ええ、どうでしょう。
賛否両論あると思うので、
いきなり変更せずにまずは告知しておきます。
あくまでこれは案ということで、
まだ正式に変更すると決めた訳ではありませんが、
年の変わり目に合わせて、
来年の元日からこのタイトルで行こうかなと考えています。

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