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2006年11月 7日 (火)

盗作騒動についての私見

槇原敬之氏の盗作騒動が起きてからというもの、
何度か私もブログで私見を述べようと思っていたのですが、
なかなか勇気を出せずに投稿を控えてきました。
しかし、槇原氏が恐らく多くの人々に誤解や偏見を
持たれてしまったままでいるのを、
一ファンとしては黙って見ているのは心苦しく、
微力ながら私の見解を載せる決心をしました。

―あくまで私は評論家や専門家ではないので、
見解と言っても素人の推測の域を超えませんが―
という前置きで述べさせて頂きます。

まずこの騒動の見出しをネットのニュースで見た時、
私にとってはまさに寝耳に水でした。
慌てて記事を読んでみたのですが、
確かに問題箇所のフレーズはかなり酷似していましたが、
私には訴えた側の松本氏の言い分が、
槇原氏が盗作したことの理由にはならないと思いました。

これはあくまで推測でしかないのですが、
恐らくCMか何かで、ふとこの楽曲を耳にした松本氏が、
自分の考えた言葉とそっくりだと瞬時に気付き、
自分の作品を盗作されたと思い込み、
怒って本人に確認の電話をしたものの謝罪の姿勢はなく、
抗議騒動勃発という事態に及んだのだと思います。
盗作は犯罪ですし、
何より自分が一生懸命考えた作品を勝手に模倣されたら、
誰だって許し難いことだと思うのは当然です。

しかし、訴えるよりも先にまず本人に直接会って、
冷静に話し合って欲しかったと思います。
電話では何度か話したそうですが、
この記事を見る限りでは、槇原氏側の説明を、
最初から疑いの目で食って掛かり、
聞く耳を持っていないように思えました。
確かに盗作した本人が、
素直に自分の罪を認めるとは考えにくいですし、
個人レベルの話し合いでは尚更事実関係を揉み消され、
強引に和解案を提案されてうやむやにされるかもしれません。
そう考えれば、いきなり公に発表してしまえば、
世間を味方に相手を追い込むことが出来るので、
直ぐさま公表したのは自然な流れだったのでしょう。

けれど、似たフレーズというだけならば、
世の中に数多く存在するラブソングなどは、
似たような言い回しだらけと言っても過言ではありません。
言葉は人類共通の財産であり、
それを独占することも、使うことを束縛することも出来ません。
人は同じ言葉を使って物事を考えるのですから、
当然、似たようなフレーズを思い付いたとしても
何ら不思議なことではありません。
逆に、先の例で言えば、
松本氏だけがそのようなフレーズを考える唯一の存在である、
と考える方が不自然だろうと思います。
もし槇原氏の楽曲が、それまでのスタイルと明らかに違い、
突拍子もないような内容ならまだしも、です。

ところで、槇原氏の楽曲として一般的に有名なものは、
大方が比較的初期の頃のもので、
特にラブソングのイメージが強かった時代のものです。
その後「事件」が起きた訳ですが、
それからの彼の楽曲はガラッと内容が変わりました。
それまでの私の中では、「ちょっと好きなアーティストの一人」
というくらいの位置付けでしたが、
あの事件をきっかけにファンを辞めようか迷っていた時、
復帰後第1弾のアルバムを聴いて、
私は彼の音楽に対する真摯な気持ちを感じ、
それまで以上にファンとなっていきました。

歌詞を先に作ってからそれに合わせて曲を作るという
彼の楽曲には強いメッセージ性が感じられます。
以前のラブソングにも私の好きな楽曲は多いですし、
その頃の方が良かったというファン層もあります。
しかし、最近の彼の楽曲の内容は、
もっと精神的な、人間として大切なものを訴える、
かなりスケールの大きなものになっています。
ラブソングらしさを前面に押し出したものではないですが、
ラブソングというジャンルもその中には含まれています。
テーマとして難しい上に、
ヒット性を重視した曲作りではないと個人的には思うので、
曲のノリの良さが兎角耳に残り易く、ヒットに繋がるならば、
彼の楽曲はその良さに気付かれずにいるように思えます。

かく言う私自身、歌詞の意味を理解して聴かないと
曲の良さに気付かないこともしばしばですが、
何度も繰り返し聴いているうちに凄く心に響いてきます。
彼が全身全霊を振り絞って作り出しているのが
ひしひしと伝わってくる熱い曲ばかりです。
彼が一番伝えたいと思っていることを、
飾ることも偽ることもなく率直に曲で表現するという、
最早揺らぐことのない彼のスタイルなのだと思います。

そうやって、槇原氏がこつこつ積み上げてきたものが、
ようやくこの所、露出度の高まりと共に、
日の目を見るようになってきたなと思っていた矢先の、
寝耳に水の騒動でした。
「名誉毀損」という言葉が、
非常に身近に感じられた瞬間でした。
自分のスタイルを頑ななまでに貫いてきた
あの時からの彼の直向きな音楽活動を、
一瞬にして打ち砕かんばかりの抗議でした。

ちょっと聴いたくらいの多くの方なら、
「盗作なのかな」と思ったとしても仕方ないと思います。
最終的には、作詞した本人にしか事実は分かりません。
しかし、今までの(特にここ5,6年の)彼の楽曲を
いつも耳にしていた私にとっては、
彼の魂から生まれたフレーズだということに、
何の疑いも生じません。
仮令(たとえ)盗作だという結論が出されようとも、
それは正当な判断が下されたとは私には考えられません。
「ファンなら贔屓目もあるし」と言われるかもしれませんが、
一生懸命作ったものを盗作呼ばわりされた
彼の心境を思い遣ると、
無関心を装って黙っているのは酷なことでした。

もう一度、このようなことを踏まえた上で、
この『約束の場所』の歌詞を見ながら曲を聴いて貰えたら、
と勝手にお節介を焼いている次第です。
夢を持つことの大切さがきっと伝わってくると思います。

私はあくまでも、松本、槇原両氏に対して、
喧嘩別れにはなって貰いたくありません。
こういう事態になってしまい、「これを機に友好を深めて」
というのは難しいかもしれませんが、
何が大切で何を気を付けなければいけないのかは、
槇原氏が常に曲の中に込めていて
一番分かっていることだと思うので、
良い結末へ向かってくれたらと願ってやみません。

最後に、奇しくも私がこの記事の投稿を決心した本日付で、
彼の公式HPに本人のコメントが掲載されましたので、
そちらも参考にして頂ければ幸いに思います。

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コメント

非常に勇気のいる発言、すばらしいです。
心に思いながら、つい公表することをやめてしまうことの多い私ですので、男爵くんの発言に拍手!

松本、槇原両氏は自分の作品に思い入れの強い方たちです。
「あ、盗まれた」と感じた松本氏しかり、自分の創作だと主張し続けた槇原氏しかり。
どちらも悪いとは言えないし、言ってはいけないと思います。
二人とも素晴らしい芸術家であることは誰もが認めることで、はじめは「盗作!?」と思った人々も振り上げたこぶしの行き場に困ってしまったような…

こういう事件が起きると、次の活動で判断されることもあるところ、槇原氏はすばらしい出発を飾ったようです。
これを乗り越えてもっともっと頑張って欲しいものです。

投稿: 笑 | 2006年11月 8日 (水) 09時07分

おっしゃる通りだと思います。ですから、松本氏を批判するつもりは全くありません。
この記事をまとめ上げるのに、相当な労力を消費することは分かっていたので、なかなか書く決心が出来なかったというのもありましたが、その間、どうも気持ちの中ですっきりしないものがあって、書くことから逃げずに立ち向かうことでしか解決出来ないように思えて、今回のアップに至りました。
騒動になってしまったことはどうしようもないので、今後どういった歩み寄りを見せるかに期待したいです。

投稿: メークイン男爵 | 2006年11月 8日 (水) 21時41分

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