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2007年1月の19件の記事

2007年1月30日 (火)

Windows Vista発売

今日からWindows Vistaが発売になったということで、
ちょっと興味のあるところではあります。
今のXPも前のOSに比べると、
だいぶ使い勝手の面では改善されていたので、
使っていてあまり不満はなかったのですが、
今度のVistaは更に進化しているということなので、
試してみたい気持ちはあります。

特に、パソコンでは簡略字で表示されてしまう字体が、
今度のは正式な字体に対応しているということなので、
漢字に対して拘りのある私としては嬉しい限りです。


ところで、余談になりますが、
今日仕事中に右手中指を深爪してしまい、
こうやってキーを押す度に激痛が走っております。
「中指って意外に結構使ってるんだな」って思いました。

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2007年1月29日 (月)

『日本国憲法前文』の歌

5日ほど前の話になりますが、
「7&Y」での商品注文第2弾として、
ある商品を受け取ってきました。
その商品とは、
『日本国憲法前文と九条の歌』(あけび書房)
というCDブックスです。

何故この本を買ったのかというと、
半月前に映画『硫黄島からの手紙』を観て
ブログ(1月14日参照)を書いていた時、
ふと中学時代のことを思い出したのがきっかけでした。
中学生の時、「公民」の先生が、
日本国憲法についての授業の時、ある曲を流し、
私たちの間ではちょっとしたブームになりました。
あまりにもインパクトが強烈過ぎて、
今でも何となく歌えてしまう程です。

詳しくは分かりませんが、
恐らく「ソノシート」と呼ばれるものだと思いますが、
赤くて薄っぺらいビニールのような素材のレコードで、
実際に昔売り出された曲のようで、
別の教員が偶(たまたま)持っていたそのソノシートを、
カセットテープにダビングして授業中生徒に聞かせ、
それを希望する生徒にはダビングしてくれたのです。

怪しさ満点ながら、どこか惹き付けられるものがあり、
希望する生徒は続出し、順番待ちになりました。
私もカセットテープを持って行って
ダビングして貰いました。
繰り返し聞いてテープが擦り切れるのを
少しでも防ぐため、
自分でそれを別のカセットにダビングし、
更にA面に入るだけ繰り返しダビングしました。
そうすれば、A面全て同じ曲なので、
「何度も巻き戻したり再生したり」を
繰り返さなくて済むからです。

この曲のタイトルが、
ずばり『日本国憲法前文』でした。
歌詞は憲法前文そのままなのですが、
ソフトな甘~い歌声で真面目に歌い上げられており、
そのギャップがなかなか好評だった訳です。

未だにそのカセットは持っているのですが、
聴けば聴くだけ劣化していくのが
カセットテープの運命ですから、
なるべくそっとしておきたいのが本音なのです。
そこで、CD化されていないかと気になり、
ネットで調べた所、これに辿り着いたという訳です。

この魅惑的な歌声の持ち主は、
「きたがわ てつ」さんという方だったようです。
なるほど、ネットで調べてみると、
いろんな情報が載っておりました。
早速購入せずには居られませんでした。
ただ、CDブックスという特殊商品であることと、
何となく店にあまり置いていなさそうという理由で、
ネット注文にしたのでした。

早速わくわくしながら、
10年振りにその曲を聴いてみることにしました。
あの頃聴いていたのは、間違いなくこの曲でした。
ただ、ボーカルを録り直したのか、
所々記憶にある歌い方とは違っていました。
若干そういうのが気になりつつも、大体同じですし、
何と言っても本人の甘い歌声に間違いないので、
良しとしましょう。

この本には、日本国憲法も第103条まで載っており、
なかなか全部読むのは大変ではありましたが、
ここで読まなかったらずっと読まなそうな気がしたので、
頑張って一通り目を通してみました。
内容はほとんど頭には入っていませんが、
何となく自分には身近なものに感じられずにいた
政治という世界が、
少しだけ分かったような気がしました。
今騒がれている憲法改正については
第9章の第96条に書かれていました。

内容は堅苦しいかもしれませんが、
「崇高な理想と目的」が至る所に垣間見えました。
誇りを持って守るべき憲法だとも書かれていました。
改めてこうして目で触れてみると、
漠然とした感想にはなってしまいますが、
「何か日本国憲法って凄いな」と純粋に思いました。

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2007年1月28日 (日)

第55回勝田全国マラソン

今日は、第55回勝田全国マラソンが行われました。
今日(こんにち)全国各地で開催されている
市民マラソンのさきがけ的な存在ということで、
かなり長い歴史を持っていると言えます。
隣町(ひたちなか市)であるにも拘わらず、
名前くらいしか聞いたことがなかった
(キャッチフレーズの“君よ勝田の風になれ!”
だけはよく耳にしていた)私ですが、
今回初めて、この由緒ある大会に、
ランナーとしていきなり参加することとなりました。

昨年11月末のつくばマラソンからほぼ2ヶ月。
十分鍛えて臨もうと思っていた今大会でしたが、
結局反省を生かすことは出来ませんでした。
どんどん期日が近付いていることは気にしつつ、
結局何もせぬまま前日となってしまい、
流石にぶっつけ本番では厳しいということを、
昨年のかすみがうらマラソンで経験していたので、
昨日何とか軽いジョギングを30分程度行いましたが、
練習らしい練習は全くと言って良い程しませんでした。

自己記録の更新どころか、
「肉離れや痙攣といった怪我をすることのないよう、
無理をしないで完走する」
という目標を設定するのが精一杯でした。
つくばマラソンでの記録が1時間ちょいだったので、
「今回は1時間半くらい掛けて、
ちょっとゆったり目で走ることを心掛けよう」
という感じで控え目に構えることにしました。

今日は、GODAIさんと笑さん、ロキくんが
応援に駆け付けて下さるということだったので、
いつも孤独に参加し、孤独にゴールするだけの、
ちょっと空しくもあり、切なくもあり、
しかし気楽ないつもの参加スタイルとは
少し勝手が違っていました。
人に見せられるような走りもお見せ出来ないので、
正直なところ、ちょっと戸惑いもありました。

8時過ぎに受付を済ませた時は、
まだ人もそれ程多くなかったのですが、
時間と共に会場周辺は参加者や付き添いの方で
徐々にごった返し始めました。
今回はちゃんと開会式にも終始参加しました。
ひたちなか市長の挨拶は元気があり良かったです。

私は10km(男子39歳以下の部)に出場しましたが、
フルマラソンが11時スタートで、
私たちは11時25分スタートでした。
開会式が終わってからスタート時刻までは、
まだ1時間半近くあったので、
着替えるにはちょっと早いかなと思ったのですが、
荷物を預ける都合もあって、
早々と走れる格好に着替えてしまいました。
日差しが強く、暖かくて天候には恵まれましたが、
それでもこの時期なだけあって、
半袖にハーフパンツでは流石に寒かったです。

練習不足は今更どうしようもないので、
「せめても準備運動だけはしっかりやろう」と思って、
入念に時間を掛けて体をほぐしました。
そしてスタートの時を迎えました。

市内を走り抜ける市民マラソンだけあって、
コースの沿道には大勢の観客がいらして、
声援を送って下さっていました。
何かテレビ中継しているマラソンみたいで、
これにはちょっと恥ずかしかったですね。

スタート直後は感触を確かめるように、
じっくり走っていたのですが、
周りのペースに少し影響を受け、
予定していたよりも
ちょっと早めのペースで走ってしまいました。
練習していれば丁度良いくらいのペースでしたが、
今回は兎に角、ゆったりペースで、
怪我無く最後まで走り切るというのが目標なので、
「このペースで最後まで持つかな」と心配しました。
けれど、意外に感触は悪くありませんでした。
どのみち最初からペースを落としても、
最終的にはそのペースですらきつくなって、
維持出来なくなりそうな気がしたので、
それならば最初は行けるだけ行って、
後半にペースが落ちても逃げ切る作戦で行こう、
と作戦を切り替えることにしました。

とりあえず目標を探しました。
自分とペースが近そうな人を探しながら走っていると、
偶然目の前に、ゼッケン番号が自分より1つ若い
選手が走っているのが目に付きました。
相手のペースにも何とかついて行けそうでした。
「これだ!連番で併走していたら面白いだろうな」
などと思った私は、彼の後ろにぴたりと付きました。
しかし、人のペースに合わせて走るのは、
思ったより難しいものでした。
まだ相手のペースが一定しているなら兎も角、
ちょっと速くなったかと思えば抜かしそうになったりで、
目標を失うのが怖かったので抜かしはしませんでしたが、
本当に若干ながら相手の方がペースが速いこともあり、
逆に惑わされることとなりました。
更には沿道の観衆の目を意識し、
努めてすまし顔を繕うことにも気を取られ、
ペース配分を考えるゆとりはありませんでした。

3km程走った辺りでしょうか、
それまで快調に思えた足取りが急に重くなりました。
前に蹴り出したいのに思ったように進まなくなりました。
やはりスタート直後からの若干のオーバーペースは、
確実に脚に来ていたようでした。
目標の、1つ若いゼッケンの選手との差が、
徐々に開き始めました。
付きつ離れつあった距離が縮められなくなりました。
つくばマラソンの時はここで持ち堪えられたのですが、
今回は全然無理が利きませんでした。
徐々に遠くなる背中のゼッケンを見ながら、
目標を失った私の足取りは益々鈍っていきました。

今まで途中で歩いたことはありませんでしたが、
今回ばかりは「もう走るのを止めたい」と思いました。
でも本当の「完走」を常に目指す私としては、
スタートした以上、歩く訳にはいきませんでした。

駅前の昭和通りがこんなに長いとは。
5kmで折り返すコースだったので、
先頭が反対車線を走ってくるのを待っていましたが、
なかなか来ない所を見ると、
「折り返し地点まではまだ相当先なんだろうな」と
容易に見当が付きました。
アップダウンも今回はまともに影響しました。
いくら直線コースがほとんどと言っても、
やっぱり10kmはそんなに容易くないと痛感しました。

やっと先頭が白バイの先導で反対車線を走ってきて、
確実に折り返し地点に近付いていることは
何とか実感出来ましたが、
アップダウンのせいで遥か先の方まで
かなりのランナーが走っているのが見え、
しかも折り返し地点はまだまだ先のようでした。

ようやく折り返し地点に来た時には、
ちょっとホッとした反面、物理学で言うところの、
「慣性の法則」で走っていたようなもので、
今ここでこの走るという動きを止めてしまったり、
止められるようなことがあれば、
再び動き出すのは相当大変だろうなと思いました。
ただひたすら前を目指して脚を動かし続けることしか、
私に残された選択肢も、余裕もありませんでした。

ようやく給水ポイントが訪れ、喉に染み込ませました。
周りのランナーが疎(まば)らになり、
孤立状態で走ることもしばしばあったのですが、
自分としてはもう前の集団に近付くことも、
後ろの集団に抜かされまいと堅持することも出来ず、
為すがまま抜かされていきました。
脚が思ったように動かないばかりか、
脚を思ったように動かさそうと
脳が脚に伝令を出すこと自体嫌がっていました。

ゴールは果てしなく先のようでした。
最後の昭和通りから左折する所に来た時、
初めて「ゴールが近付いてきた」と思えました。
でもそこからの600mがまた長い道のりで、
ラストスパートを掛けるだけの
自分を奮い立たせる気力が残っていませんでした。
300mを切っても同じでした。
しかし、探し続けた笑さんとロキくんが、
ゴール間近の運動ひろば入口で
応援してくれているのが見え、
最後の力を振り絞って運動ひろばに突入しました。

ゴールの横に置かれた計時時計が目に入り、
「1時間28分」というのを見て思わず笑ってしまいました。
「本当に1時間半も掛かってしまった」と。
「練習不足でこんなに記録が変わってしまうのか」と。
笑いながらようやく10kmのゴールを仰ぎました。
ハムストリングの筋肉痛がひどかったのですが、
とりあえず怪我もなく走り切れて良かったです。

完走証を受け取って見てみると、
そこに書かれていたタイムは全然違うものでした。
どうやら、私がゴール直前に見た計時時計は、
私たちより25分前にスタートした
フルマラソンのものだったようです。
ということで記録は、1時間3分13秒、
参考記録で1時間2分6秒でした。
死力を尽くして走り抜いたつくばマラソンと、
僅か1、2分しか変わっていないことになります。
意外に速かったのでちょっとびっくりしました。
考えてみれば、つくばマラソンの時も、
練習が十分だったとは言えませんからね。
でも、もっと差は出ると思ったんですが…。

次回こそはこの反省点を生かして、
良い走りをしたいと思います。
そして、まずは1時間を切りたいです。
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2007年1月27日 (土)

コンタクトレンズレスキューⅡ

今日も出勤でした。
土曜日なので平日よりは道が空いている
というのを想定して、少し起きる時間を遅くしました。
しかし、ちょっと布団の中でぐずっているうちに、
予定より15分程寝過ぎてしまいました。
朝食が好物のカレーライスだということは
昨夜のうちに分かっていたので、
朝食を摂る時間も計算していたのですが、
ちょっと微妙なところになってしまいました。

しかも、カレーを温めるという作業もあり、
すぐに食べ始められない所も難点でした。
とりあえず、霜でフロントガラスの凍った車の
エンジンを掛けてからカレーを温めました。
しかし、時間が押していたので、
食べるのは後回しにして、
先に身支度を調えることにしました。
そこで予想外の出来事が起こりました。

鏡を見ながらコンタクトレンズを入れて、
顔の水滴をタオルで拭いた後、
再び鏡を覗いてみたところ何か違和感があるので、
片目ずつ瞑って視界をチェックしてみたところ、
右の視力が弱いことに気付きました。
「さては左右のレンズを逆に装着したのかな」
と思って急いで右のレンズを取り出そうとしたのですが、
一瞬感触が変だったので、急いで鏡を覗いてみると、
何とレンズが入っていなかったのです。
「なに~~!!?どこに行ったんだー?!!」

瞬きをした弾みで、
よく装着されていなかったレンズが
瞼で叩き落とされた可能性をまず疑いました。
以前、同じようなケースで、
水道の蛇口の取っ手にくっついていたことがありました。
そんな訳で、洗面台の周りを隈無く探したのですが、
どうしても見付かりませんでした。
5分くらい懸命に捜索したのですが、
どこに行ってしまったのか見当も付きませんでした。

なかなか諦め切れませんでしたが、
あまりもたもたしていると遅刻してしまうので、
渋々諦めて、古いレンズを代用しました。
レンズは放っておくと硬化してしまうので、
「ここで探すのを諦める
=仮に後で見付かってももう使い物にならない」
ことを意味していました。

折角前もって温めておいた楽しみのカレーも、
食べる時間すらないくらいだったので、
遅刻覚悟でちょびっと食べるのが精一杯で、
満足に平らげることが出来ませんでした。
「その上コンタクトも駄目にしてしまったし…」。
楽しいはずの朝が一変、
慌ただしく、何とも遣り切れない朝になってしまいました。

その上、「今日は弁当は無しで」
と母に告げておきながら、
慌てていた上に半分寝惚けていたせいか、
前日父が持って帰ってきてテーブルの上に置いていた、
空の弁当箱を間違って持ってきてしまったことに、
出勤してから気付きました。
「うわ。今日は朝からボケまくりだ~~。」
益々気分が落ち込みそうになりました。

でもまぁ、コンタクトレンズも、
そろそろ作ってから2年くらい経つので、
替え時と言えば替え時でしたし、
紛失という形で買い替えるのは切なかったですが、
もう終わったことだからしょうがないと言い聞かせ、
今日も一日みっちり仕事に専念してきました。

。。。。。。。。。。


さて、夜、家に帰ってきて、
空の、昨日の、弁当箱をカバンから出し、
母に「間違って持ってっちゃった」と言って渡しました。
すると、「何であんたが持ってるの」と言われ、
弁当箱を拾い上げた母は、
「あれ?重い。何で?食べてないの?」
と言うので、「いや、だって昨日の空の弁当…」
と言い掛けて、ハッと気付きました。
確かに、朝は半分頭がパニック状態だったので、
てっきり弁当箱自体が重いのかと思ったのですが、
それにしてはちょっと重い気はしていたのです。
中身まではチェックしなかったのですが、
「もしかして…」と思ったと同時に、
母が弁当箱を開けました。
しっかり中身が入っておりました。

そう、実は今日仕事だった父の弁当だったのです。
紛れもなく、それは前日の空箱ではなく、
今日のために新たに作られたものでした。
「もうつくづく今日はボケボケだ~」と思い、
実際疲れていたところで、
余計に疲れがのし掛かってきました。

その後、夕飯を食べたりしながら、
ひどい疲労を感じていたので、
今日は久し振りに早く寝ようと思いました。
けれど、どうも、あのコンタクトレンズが
諦めきれずにいました。
というのも、瞬きして下に落ちたのなら兎も角、
「万一、瞬きの弾みで
眼球の裏にでも入り込んでいるとしたら…」
と思うと、そのままにはしておけませんでした。
現物が発見出来ていない以上、
その可能性も否定は出来ませんでした。

もう一度、よく洗面所を探してみようと思いました。
朝あれだけあちこち見たので、
見付かるわけがないと思いながらもチェックし、
やっぱりどこにも落ちていなそうでした。
「いよいよ『眼球の裏』説も現実味を帯びてきたかな」
などと考えつつ蛇口のすぐ下を見た瞬間、
排水口に被せている網の上に乗っている、
それらしき物質が目に入ってきたのです。
それは紛れもなくコンタクトレンズでした。

朝も見た筈だったのですが、
色んな角度から目を凝らしたら見付かりました。
もしかしたら、朝の段階ではどこかにくっついていて、
時間が経って落下したのかもしれませんが、
蛇口の下という条件だったため、
奇跡的にソフトレンズはソフトさを維持していました。

問題は排水口の所にあったという衛生面でした。
けれど、諦め切れないでいたところに
見付かったという喜びは表しようがなく、
すっきりしない一日の出来事を吹き飛ばすような、
嬉しい出来事のお陰で、そんなことはお構いなしでした。
よく擦り洗いをした後、
タンパク除去剤も入れて消毒・洗浄しています。
完璧な除菌とは言えないかもしれませんが、
多分何とかなる…と思います…。
(冷静に文章で書いていたら
だんだん心配になってきた…)。
アメーバとか…。
明日も擦り洗いして、よく洗っとこう…。
でもちょっと怖いなぁ…。

まぁそんな訳で、
当初の予定では今日のタイトルは、
「コンタクト紛失」などとなる筈でしたが、
無事救出できたので変更することが出来ました。

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2007年1月26日 (金)

スイスイぐんぐんと

今日の夜、水郡線の踏切で通過待ちをしていたら、
来たのが新型車両の水郡線だったのでびっくりしました。
この前試乗会をしたというのは知っていましたが、
まさか普通に運行しているとは思いもしておらず、
かなり不意を衝かれました。
調べてみたら、1月19日から正式に
運行を開始したようですね。
暗かったのではっきりとは見えませんでしたが、
流石に旧型と新型の見分けは付きました。
多分、色は「秋の紅葉と久慈川の流れ」(青・黄・赤色)
バージョンだったと思います。

旧型はあまり格好良いとは思っていなかったんですが、
新型車両がJRで今流行のオーソドックスな型なので、
「外見的な個性は失われてしまったかな」
という寂しさを今更ながらちょっと感じてしまったり…。
まぁ今後はこの新型車両が
スタンダードになっていくと思うので、
これからも力強くスイスイぐんぐん走り続けて欲しいです。

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2007年1月24日 (水)

日記再開

実は今年になってから再び日記付けを再開しました。
ブログを書くようになってから、
日記を付ける意義は薄れつつあったのですが、
個人的なことやブログで公開出来ないこともあり、
これまでもメモ程度に記録は残していました。

かと言って、以前のように、
A5のノート(60ページ)に2ヶ月分収容する
(=一日当たり平均1ページ書く)ような、
長文を書く程の労力と時間が、
これから先確保できる保証も自信もなく、
いろいろ検討した結果、
分量が少なめの市販の日記帳を買うことにしました。

以前の日記帳は横罫線しかないただのノートで、
1日1ページというようなノルマは特別課さず、
その日の書く内容やコンディションによって、
自由な分量で仕切り、
最終的に2ヶ月で1冊に収まるよう(唯一の基準)、
分量を調整しながら書いていました。
けれど、毎日これにかなりの時間を費やし、
実際負担になっていたことも事実でした。
学生時代はそれでも、
何とかこの習慣を維持していたのですが、
社会人になってからは無理が利かなくなりました。

しかし、何も残さず日々過ごしているのは、
いくらブログを書いていても気になるところで、
何とかまた日記を付けられないものかと
あれこれ検討していたのです。
そんな昨年11月頃、本屋さんに行く度に、
平台に山積みされている手帳や日記帳、
デスクダイアリーを見て「これだ!」と思いました。

1日分のスペースが毎日均一に仕切られているのが、
自分のスタイルにはそぐわない点ではありましたが、
「出来事の要点だけ記録しておければ良い」
と割り切って考えてしまえば、
それはそれで便利なのかもしれないと、
考え方を変えることにしました。

見開き4日分にするか、1週間分にするかで、
買うまで2ヶ月程悩みましたが、
毎日書き続ける上でまた負担になってもいけないので、
見開き1週間分タイプを選ぶことにしました。
3年連用日記は以前付けたことがありましたが、
あまり自分のタイプには合わなかったので、
1年だけのソフトカバータイプの日記を購入しました。

元日から書いていますが今の所順調です。
「スペースが狭くて書き足りないな」
と思うこともしばしばですが、
「このスペースに収まるように要約して書け」
ということなのだろうと捉えるようにしています。
書くスペースや毎日書き続けられるかどうかなどは、
今年は試験的に様子見というのもあるのですが、
問題なければ来年以降も続けたいと思います。

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2007年1月21日 (日)

栄養はバランス良く

某番組でダイエット効果があるということで
取り上げられたという納豆が、
店頭から姿を消すという騒動が起きましたが、
まさかの情報捏造という問題が発覚しましたね。
実際のダイエット効果自体は、
あながち的外れではないという話もあるようですが、
消費者の健康に関する意識が高まっている中で、
誤解を招くような情報ですら問題になるのに、
こともあろうに情報を捏造するとは全く以て論外ですね。

でも、あまりダイエットというものに
疎いから気楽なことを言えるのかもしれませんが、
個人的には、「ダイエットに効果がある」とは言っても、
それだけを食すれば効果があるというのは、
どういうものであれ疑問に思います。
もっと広く言えば、
こういう食材が健康に良いから積極的に摂取すべきだ、
などという情報を見聞きしても、
それが嘘だとは思いませんが、
あまり鵜呑みにする気は起きません。
むしろ、それまでとほとんど変えないと言って良いでしょう。

幸いにも私には、大学時代のとある講義で、
「どういった食物にも『毒』は含まれていて、
食物をバランス良く少しずつ摂取するから、
そういう毒が作用する程の摂取量にならないだけで、
『これが好きだから』とか『体に良いから』と言って、
その食物ばかり食べ続ければ、
毒が体に影響を及ぼす量に達する可能性がある」
というような話を聞く機会がありました。
誤解のないように言っておきますが、
「毒」というと響きは悪いですが、
食物には必ずしも体に良い作用を及ぼす成分ばかりでなく、
いろんな成分が含まれているから、
過度に摂りすぎると却(かえ)って害になる恐れがある、
という話であって、普通に食べる分には問題はないです。

要は、例えば根菜類にしても、
人間に食べられる為に生息している訳ではなく、
自分達の子孫を残す為に生息しているのであって、
偶(たまたま)人間にとって良い成分が含まれていても、
同時に根菜類が敵から自分の身を守るために、
害になるような成分を含んでいることもある、
という話なのです。
人間にとっては致死量には程遠くても、
小さな生き物には十分な致死量だったりして、
そういうごく微量の世界の話ではあるけれど、
「塵も積もれば…」ということになっても
何ら不思議ではないということなのでしょう。

なるほど、言われてみればそうかもしれません。
バランス良く色んな物を食べるというのは、
そういう昔の人の知恵でもある訳です。
健康食材を紹介する番組を見ていると、
結局は「要は何でも満遍なく食べろってことね」
という結論に至ることが多く、
調理法などによって体内への吸収しやすさが
アップするなどという話はあるにしても、
狂ったようにある食物だけを摂る
というのはあまり興味のないことです。
だから、僕は仮に何かがブームになっても、
普段と変わらない生活を続けるだけです。

テレビという伝播力の強い媒体で、
事実を捏造して報道したテレビ局は勿論罪ですが、
何かの食物を極端に摂取すれば、
その分、別の成分を摂取できる食物を食べられなくなる
ということを念頭に置き、
消費者自身もいろんな情報に流されないで
正しい食生活を心掛けるべきだと思います。
まぁダイエットに対する関心が如何に高いか、
というのは分かりますけどね。

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2007年1月19日 (金)

続・ブログ本の見本

昨日の続編なのですが、
あの後、更に気になってしまった私は、
他の印刷会社でもPDFファイルを作成して貰おうと思い、
早速調べてみました。
というのも、昨日の印刷会社は値段がお得なことや、
仕上がりがしっかりしているのが魅力だったとは言え、
文字色や大きさの設定が無効になってしまうため、
ちょっと物足りない感じが拭い切れなかったのです。

更に、予定していた日数分の記事が
1冊に収まり切れないということで、
2冊に分けるなどの対応を余儀なくされていて、
1ページに収まる行数と1行当たりの文字数の設定を
変更することが出来ないことが大きなネックでした。
諦めて、大人しく2冊に分けることも考えましたが、
何とか1冊にまとめる方法はないものかと考えたのです。

新たに見付けた印刷会社は、値段こそ標準並みでしたが、
よく調べてみると、本文やタイトルのフォントや大きさを
それぞれ別々に設定することが出来、
目次も作成出来ることが分かりました。
何しろ、記事は300を超えているので、
目次があったら分かり易いなと思っているだけに、
これも大きな魅力に映りました。
更に、文字色や大きさもある程度再現することが出来、
ブログの雰囲気がそのまま残せるという点も、
かなり魅力的に感じました。

早速、細かい設定を指定し、
PDFファイルを幾つか作って貰いました。
フォントサイズを変えて色々試した結果、
ページ数の上限自体は先の会社より少ないものの、
フォントサイズを調節することによって、
何と丸ごと1冊に収められることが分かりました。
ただし、本文のサイズを8ポイント、
若しくは9ポイントに設定する必要がありました。
パソコンをやっている方なら分かるでしょうが、
物凄く小さいサイズの文字です。
これでは折角全部が1冊に収まっても、
字が小さくて読むのが大変です。

どうしようか迷いましたが、
とりあえず見積もりだけ見てみることにしました。
でも、よく計算してみれば、そりゃ高くなりますよ。
カラー印刷だと1ページ34円ですから。
それが400ページもあれば、
それだけで優に13,000円は超えているのです。
何と、8ポイントに設定した場合は15,000円強、
更にページ数が増えてしまう9ポイントの設定では、
16,000円を超えてしまうことが判明しました。
1冊16,000円ってどんな本ですか?!
専門書並みですよ。
広辞苑(岩波出版)が余裕で2冊買えてしまいます。
1桁減らして貰いたいくらいです。

当初は、5,6冊頼んで、
何人かにプレゼントしようかなとも考えたのですが、
これでは「流石にプレゼントするには高すぎるので、
結局頼むとしても自分一人で持っていれば良いかな、
と考えざるを得ません。
大量印刷するものではないので、
コストがかさむのは分かるのですが、
これはモノクロ印刷で値段を抑えることも、
選択肢として考えざるを得なくなりました。
因みに、先の会社にしても、
幾ら値下がりしたとは言っても、
やはり1万円は超えてしまうので、
数千円の違いといったところです。
ページが多すぎるんですよね、いずれにしても。

そんなこんなですっかりのめり込んでしまい、
夜中の4時近くまで起きてしまっていました。
今朝、よく寝坊せずに起きられたものです。
眠らなきゃダメだこりゃ。

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2007年1月18日 (木)

ブログ本の見本

新年を迎えたらすぐにでも申し込もうと思っていた
「ブログの書籍化」でしたが、
ただでさえ納品まで時間が掛かるというのに、
ずるずると過ごしてしまい、
気が付けば1月も半月以上が過ぎてしまいました。

「これはいかん」と思って、早速今日調べました。
印刷会社によってもページ数の上限や、
どこまで再現出来るかのサービスは異なるようですが、
私が作成を依頼しようと決めた会社では、
何とも良いタイミングで追い風が吹いたというか、
有り難いことに、年末からカラー印刷料金が改定され、
値引きになったとのことでした。
ページ数が多くなりそうな私にとっては大助かりです。

無料でPDFファイルを作成してくれるようなので、
とりあえずどんな風になるのか
一度申し込んでみることにしました。
ページ数の都合で、印刷対象を必要最低限に絞らないと、
一冊に収まり切らなそうだったのでそうしたのですが、
早速出来上がったPDFファイルを確認して愕然としました。

「ページ数は上限の481ページに切り詰められました。」
と表記されており、慌てて最後のページを見てみると、
昨年の11月20日の所で上限オーバーになっていました。
流石に本文だけなら収まるだろうと踏んでいたのですが、
コメントやトラックバックを含める、含めない以前に、
本文の分量が圧倒的に多すぎました。

また、一行に収まる文字数が28字までらしく、
中途半端に1~4字程度、
次の行に改行されている記事が目に付きました。
以前、デザインテンプレートによっては、
一行に収まる字数が少なくなってしまうことに
文句を言っていた時期もありましたが、
むしろ私が無理を言っていたくらいで、
これを見る限り、無理矢理収めようとしていた数文字が、
悲しくも次の行に押し出された格好になっていました。

更に、本文中の写真なんですが、
ちゃんとうまく再現出来そうなことには安心しましたが、
ちょっと表示サイズが小さすぎます。
ブログでは、サムネイル(thumbnail)と呼ばれる、
レイアウト用の縮小画像をクリックすれば、
元のサイズの画像が表示されるからと、
サムネイルで仮に縮小表示しておくことに
何の躊躇いもなかったのですが、
その圧縮表示したままのサイズで印刷されるらしく、
幅100ピクセルの表示にしているため、
B6サイズの本にして貰うと、
本当にちっちゃくなってしまうようなのでした。
(ブログのサムネイルより小さくなっています)。

とまぁ、試しにPDFファイルを作って貰ったら、
実に様々な問題点が浮き彫りになってしまい、
ちょっと今どうしようか迷っている所です。
とりあえずは、この481ページに全然収まらない
本文をどうするかというのが一番の問題ですが。
やっぱりちょっと書きすぎなのかもしれませんね(反省)。
でも多分、他の問題点についても、
今更全部手直しするのも何なので、
記念にそのまま注文して、
今後に生かせば良いかなと考えています。

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2007年1月17日 (水)

「茨城空港」を宜しく!

今日の新聞の1面左上の見出しに大きく、
百里飛行場の愛称が決定したと掲載されていました。
現在、航空自衛隊の飛行場である百里飛行場が、
2009年度の民間共用化実現へ向け、
整備が進められているのですが、
新幹線と空港のない茨城にとっては、
まさに革命的な事業であることは間違いありません。

で、気になるその愛称なんですが、
ずばり、「茨城空港」だそうです。
あまりにそのまま過ぎてずっこけました。
でも、ちゃんと知事の名称についての談話が載っていて、
おっしゃる通りだなと頷きました。
ちょっとストレート過ぎるのと、
華やかさとインパクトに欠ける気はしますが、
下手に平仮名や横文字を使われるより、
この方が単純明快で分かり易いなと思います。
「新茨城中央国際空港」などと、
わざとらしく長くすれば良いというものでもないですしね。
(それ以前に、地方空港に「国際」は不自然ですが)。
分かり易いのが一番ということで納得しました。
そのうち、この愛称がずっしりと
重みを備える日が来るのですよ、いずれ。

開港へ向けて周辺地域の整備や、
ターミナルビルや公園等も併設するようですが、
滑走路は新設する1本のみのようなので、
便数はそんなに多くはないと思います。
とは言え、就航路線は北海道、大阪、福岡、沖縄の
4路線を想定しているそうなので、
遠くの方々と茨城の距離が、
グッと縮まる「茨城空港」の開港が待ち遠しいです。

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2007年1月16日 (火)

小数点の処理法を習得

経理などの仕事をしている方には常識且つ、
必要最低限のことなのかもしれないのですが、
今日、表計算ソフトのExcel(Microsoft社)を使っていて、
小数点以下を切り捨てる方法をマスターしました。

今までも、小数点以下を何桁まで表示するかで、
表記上は四捨五入したように見せる方法は知っていました。
しかし、表記的に小数点の問題を解決したに過ぎず、
実際の計算はしっかりと小数点までも計算して、
更にそれが表記上は四捨五入されてしまうので、
「105-5=100」にならないというおかしな事態も起こり、
消費税計算などで毎回引っ掛かる問題でした。

まぁ僕は直接の仕事としては
そういう収支計算のようなものは扱っていないのですが、
「パソコンが出来る人」というイメージがあるらしく、
職場の人から「ちょっと見てくれ」と頼りにされるのです。
それは有り難く光栄なことではあるのですが、
実際のところ、僕もExcelはほとんど分からず、
「いつか解説書でも買ってきて習得しなくてはいけない」
と思ってはいたのですが、
今回も手伝っている中で必要に迫られ、
自分で「ヘルプ」を駆使して調べ、習得出来ました。
やっぱりこういうのは必要に迫られないと覚えませんね。

抑(そもそも)、僕がExcelやWordを使い始めたのは、
大学での提出書類がWordを使って作成するよう
指定されることが多かったからに過ぎず、
それまでは一太郎(JUSTSYSTEM社)派の私にとって、
あまり馴染みのあるソフトではありませんでした。
Excelなどは、最初の頃は、
単に表を使った文書が作りやすかったから
何となく使っていたというだけの話で、
表計算ソフトとしてはほとんど使えていませんでした。
機能を覚えるために、遊びで試しに使ってみても、
興味が湧かず、あまりのめり込んでいけませんでした。

今でこそ、多少は便利な機能も使えるようになってきて、
「Excelって賢いな」と思えるまでに馴染んできましたが、
それもあくまで独学の範囲なので、
まだまだ知らない機能はたくさんあります。
でも、今回の小数点の切り上げ、切り捨てに関しては、
ずっと自分の中で一つの大きな課題になっていたので、
今日解決出来て本当にすっきりしました。

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2007年1月14日 (日)

『硫黄島からの手紙』

今日は友達と、映画『硫黄島からの手紙』を観てきました。
戦争映画を観たのは久し振りでしたが、
つくづく今の世の中は平和だなと痛感しました。
「戦争を知らない世代」と言われたりもしますが、
戦場の、野性的な鋭い感覚を研ぎ澄まし、
常に死と隣り合わせの過酷な環境下に置かれたら、
私には正気で居られる自信がありません。
日本国憲法の前文で述べられている
「再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」という意味が、
はっきりとズシッと心に響いてきました。
憲法改正案への賛否両論がありますが、
戦争によって家族が引き離される残酷さを、
終戦から60年以上経った今、
もう一度思い返してみるべきだろうと思いました。

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2007年1月13日 (土)

反応した!

以前に車のリモコンキーの反応が鈍いという記事
昨年12月5日参照)を書きましたが、
じょんじょんさんのコメントを受け、
原因は電池にあるとほぼ断定しましたが、
反応が日に日に鈍くなってきたので、
車検まで交換せずに我慢するのはやめることにしました。

エンジンオイルの交換ついでに、
リモコンキーの電池も交換して貰おうと思い、
ディーラーに予約した際にその旨も伝えたら、
「それでも良いですが、市販の物と同じですし、
その方が安いと思いますので…」と勧められたので、
今日仕事帰りにそのコイン電池を買ってきました。

交換した後、原因が電池だったか確かめるべく、
早速使ってみようと思ったのですが、
外は寒いですし、わざわざ外に出るのが億劫に感じ、
呆れるくらい物臭だった私は、「そうだ!」と閃いて、
そのまま2階の部屋から車に向かって
スイッチを押してみました(寒いので窓は勿論閉めたまま)。
ハザードランプがめでたく点滅しました。
「届いた♪」「直った♪」という二つの満足感が
同時に私を満たしてくれたのでした。

ただ今新たな問題が俄かに発生しまして、
普段はリモコンキーを使っているので、
直接キーシリンダーに差し込む機会はあまりないのですが、
最近のリモコンキーの不調を受け、
頻繁に使用していたためにびっくりしたのか、
シリンダー自体がガタガタ動くようになってしまい、
外れそうになってしまいました。
そんなに古い車じゃないんですが、どうしたんでしょう。

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2007年1月11日 (木)

ドライブスルー初体験

昨年末、友達と遊んでいた時に、
「マックに寄って」と頼まれたので、
初めて「ドライブスルー」を体験しました。
自分からは滅多に利用しないでしょうし、
行ったとしても店内で買うと思うので、
こういう機会があったからこそ経験出来ました。
ちょっと緊張しましたが、
高速道路の料金所だって、
有料駐車場の料金支払機だって慣れていますから、
あまり動揺しないように振る舞いました。

抑(そもそも)、僕が初めてハンバーガーを食べたのは、
小3か小4の頃に子供会の催しで、
市立東部図書館に出掛けた際に配られた時だったと思います。
この時、これまた恐らく初めてだったと思いますが、
Sサイズのコーラもセットで渡されたのですが、
これを飲み切るのに1時間半も費やしたのは
ちっとも有名な話ではありませんが(自分の中では伝説)、
そんな初々しいマクドナルドデビューでした。

マクドナルドと言えば、当時、CMで流れていた、
お子さまセット(ハッピーセット)のおもちゃが魅力的で、
時々連れて行って欲しいとせがんだような気がしますが、
悉(ことごと)く却下され、その後偶(たまたま)1度だけ
家族で行ったのは覚えていますが、、
他には連れて行って貰った記憶がありません。

その後も自分から店に足を運ぶことはなく、
誘われた時やその場の流れで付いて行くくらいなので、
これまでの所まだ30回は行っていないと思います。
そんな、ただでさえマックに対してあまり免疫のない私が、
いきなりドライブスルーに挑戦したのですから、
如何に高いハードルだったかがお分かり頂けるかと思います。
ま、何事も経験が大事ですからね。

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2007年1月 8日 (月)

だるまさん

昨日は、私の職場の方では15時過ぎの頃、
雨も降ったりしていましたが、
水戸では降らなかったようで何よりです。
特に成人式に出席する振り袖姿の女性にとって、
雨降りや水溜まりなどは難敵ですよね。
尤も、風が強かったので大変だったでしょうが。
因みに、昨夜、仕事帰りの運転中、
度々強烈な横風に車が煽られて焦りました。

今日は、地元の商店街で毎年1月8日に行われる、
「だるま市」に行ってきました。
まぁ行ってきたと言ってもほんの僅かの時間でしたが、
どうも、この1月8日というのは巡り合わせが悪く、
毎年開かれているにも拘わらず、
これまでの24年間で1回くらいしか行けていませんでした。

「すうじのうた」にもあるように、
だるまの形が「8」に似ているからこの日なのかな、
と勝手に解釈しているのですが、
どうも始業式(3学期)の後の平日だったり、
大学時代も下宿先に戻った後だったりして、
いつも興味はあっても行けずにいるという印象があります。

今年も仕事になる予定で行けない筈だったのですが、
昨日と今日の仕事の予定が入れ替わったために、
諦めていた所で行けるチャンスが巡ってきたので、
「これは行っておかないと」と思って行きました。
因みに今机にあるだるまさんは、
確か中1か中2の頃親に買って貰ったもので、
結局毎年願いが叶わないまま、
ちょこちょこ願いを変えては叶わずの繰り返しで、
もうかれこれ10年以上片目のままです。
流石にこのだるまさんをこれ以上引っ張るのもどうかと思い、
思い切ってここらで心機一転、
新しいだるまさんを購入しようかなと思ったのも、
今日買いに行った大きな理由の一つでした。

さて、願い事は一杯あるのですが、
何をお願いしようかな。

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2007年1月 6日 (土)

容赦なしの仕事始め

今日降った雨が夜中のうちに凍らないか心配です。
スタッドレスタイヤに履き替えて4週間程になりますが、
「ようやく効果を発揮する時が来たか」と思う反面、
「活躍しないままで居るに越したことはない」と思います。
とりあえず、玄関から車に乗るまでの間に、
滑って転(こ)けないようにしたいと思います。
(あくまで、「凍っていたら」の話ですが)。

ところで、年末年始は4日間休ませて貰いましたが、
4日の仕事始めから4日連続で出勤です(今日で3日目)。
そのせいか、ただでさえ正月休みボケしそびれたのに、
僅かな休みボケの余韻に浸ることさえ出来ずに、
今年も始まってしまいました。
もうちょっとこう、如何にも「正月だなぁ」と感じる
のんびりした気持ちで過ごしたかったですねぇ。

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2007年1月 4日 (木)

毎年お正月になると思うこと

新年を迎えると、「今年は良い年にするぞ」と張り切り、
それまでずっと引き摺っていたり、反省していることを精算し、
気持ち新たにスタートを切りたいという思いが強くなります。
けれど、1年は365日ありますが、
大体この新鮮でやる気に満ちた気持ちというのを
保っていられるのはせいぜい1月半ばまでくらいで、
その後は大概例年通りの自分に戻っていたりします。

まぁそれは良いとしても、
兎に角、新年から日が浅いうちは、
特に気持ちが清々しいものです。
初詣に行ったりして、
心が洗われるからというのもあるかもしれません。

そういう「今年は良い年になりますように」と祈願した直後に、
新年早々、交通事故や痛ましい事件が起こると、
他の時期よりもショックの度合いが大きいものです。
「何でこう、人が折角気持ち良く新しい年を迎えている時に、
そういう事件起こしちゃうかなぁ。」とがっかりします。
せめて正月くらいは平和で居てくれないものかと思います。
出端を挫かれるみたいで、非常に残念な気持ちになります。

今年は悪い出来事が少しでも減って、
明るいニュースの多い年になって貰いたいものです。

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2007年1月 3日 (水)

中途半端だった高校時代

昨日は高校の同窓会に行ってきました。
全体的な同窓会としてはこれが初めてでしたが、
内心では、意外に皆傍観的に捉えていて、
それほど人は集まらないんじゃないかなと思っていました。
それと、どちらかと言うと、
高校生の自分は控え目路線の存在だったので、
これまで数回行われた同窓会に参加した限り、
賑やかなメンバーの迫力に圧倒されそうで、
行くまではかなりの不安がありました。

けれど、ここで行かずに引っ込んでいると、
どんどん行きにくくなりそうな気がしたのと、
どんどん皆に忘れられていきそうな気がしたので、
思い切って参加させて貰うことにしました。

駅周辺には明らかに同窓会か何かをやるらしき
人の集まりがあちこちに幾つもあり、
正月の帰省を利用して同窓会を行おうと考えるのは、
どこも一緒なんだなと思いました。

参加人数は予想を遙かに上回る集まり具合で、
今まで来ていなかった友達も居たりして、
「同窓会」という響きの力強さを感じました。
控え目キャラだった(と思われる)シャイな私は、
最初はなかなか自分から溶け込めませんでしたが、
最後の頃は何となく良い感じで楽しく終われました。
参加して良かったなと思いました。

高校時代の自分は何をしていたのかなと、
時々振り返って考えることがありますが、
大学受験という3年先の大きな目標が重圧となり、
入学早々から変なプレッシャーを感じていました。
それに気を取られるあまり、
部活動もやらず、勉強にも身が入らずで、
中途半端な高校生活を送ってしまいました。
今思えば、友達と学校以外のプライベートで、
一緒に遊んだり家に遊びに行くこともほとんどなく、
それこそ修学旅行の時に私服姿の皆を見た時は、
かなり新鮮な気持ちだったのを覚えています。
何故友達の家に遊びに行かなかったのかなと、
今にしてみれば謎だらけです。
きっとそういう、学校外での思い出が少ないために、
何となく充実感に乏しかった気がしているのかもしれません。

一番青春真っ只中である筈の高校時代が、
今振り返ると一番チャレンジ精神が少なかったです。
まぁいろいろと精神的に難しい年頃ではありましたが、
もう学校から帰ってくると疲れがどっと出て、
家でただ寝ているだけの生活でしたね。
あの頃もっと行動力があったら、
僕の人生はガラッと変わっていたかもしれません。
今更ですが、過ぎ去った青春を取り戻したい気持ちです。

人生は一度きりしかないので、
悔いのない人生を送るためには、
その時その時を一生懸命過ごして、
充実した時間を過ごすべきだなと思います。

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2007年1月 1日 (月)

2007年も良い年でありますように

新年あけましておめでとうございます。
昨年の今頃は、年末年始の休暇を利用して、
家族で沖縄旅行へ行っていたので、
生まれて初めて水戸以外の土地で新年を迎えましたが、
今年は例年通り、ここ水戸にて新年を迎えました。

昨年は最後の最後まで充実していました。
例年と違い、大晦日はほとんどテレビを観ませんでした。
今まで毎年家族と一緒に過ごしていた年越しの瞬間を
友達と迎えたのは新鮮でした。
大晦日から元日にかけて車を運転するのも初めてでした。
私たちはその足で地元の神社へ初詣に行き、
既にバケツの水が凍っている程の寒さの中で、
1時間近く参拝客の行列に並んで待たされ、
鼻水を垂らしながら、風邪を引きそうになりながら、
何とかお参りしてきました。

その後「初給油」をしてから家に帰り、
そのまま15時まで寝ていました。
夜中のうちに初詣には行きましたが、
代わりに初日の出は見られませんでした。

こうして無事に新しい年を迎えられたことに
感謝したいと思います。
今年はどんな年になるのか、今から楽しみです。

P.S.
予告通り、本日ブログのタイトルを変更しました。
今度とも宜しくお願い申し上げます。

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