« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月の18件の記事

2007年3月31日 (土)

さよなら“マイホーム”

本日3月31日を以て退職致しました。

昨日は朝本店にて辞令交付を受けました。
その流れで簡単な送別式を開いて下さり、
花束を頂き、一言挨拶などをしました。
それから、部長、課長らと話を交えました。
その後は夕方に掛けて各事務所を回り、
お世話になった上司や先輩方に挨拶しました。

正直なところ、気恥ずかしさや後ろめたさがあり、
お世話になった方々に挨拶に行くのを、
躊躇いたくなる気持ちで前夜まで過ごしていました。
退職を決めてからは、
この「億劫な」挨拶回りという儀式をどうにかして、
やらずに済ませられないものかと模索したものです。
けれど、この日が近付くにつれて、
自分が送り出す側に立って考えると、
自分と一緒に働いた部下が顔も出さずに、
黙って去って行かれたら寂しいに違いないだろうし、
やはり最後はお礼も兼ねて、
しっかりと最後のお別れを告げに行くのが
筋だろうと思うようになりました。

そうは言っても、特によく面倒を見て下さった
先輩方に対しては、折角いろいろ教えて下さったのに、
何の恩返しも出来ずに先に去ってしまうという
「親不孝」とも思える後ろめたさを強く感じ、
わざわざ行って顔を合わせるのが
辛いという気持ちは直前までありました。

でも、こんな時に恥ずかしがっている
場合ではないですし、
逃げたことを後々後悔することになったら、
悔やんでも悔やみきれないので、
やはりここはすっきりとけじめをつける為にも、
ちょっとの気恥ずかしさなど気にせず、
お礼と別れを告げに行くべきだと思いました。

組織改編などで私が入社した2年前とは、
職員の配置や各部署の名称、所在地などが
だいぶ入れ替わってしまい、
すっかり印象が違ってしまっていましたが、
こうしてあちこちを回ってみると、
本当に今まで携わってきた方々が
如何に多かったかを改めて感じました。

お礼をしたい方々のほとんどには挨拶出来たので、
午後は気持ちがすっきりしていました。
しかし、緊張しっ放しだったせいなのか、
昨夜寝不足気味だったせいなのか、
お昼を回ると急に疲れが出てきて眠くなりました。
挨拶回りが終わって自分の事務所に戻ってくると、
ようやく自分の居場所に落ち着けてホッとし、
余計に体が疲れと眠さと爽快感に包まれていました。

夕方から夜にかけては、仕事という程でもないですが、
いよいよ最後の仕上げに向けてちょこっとだけ、
簡単な最終確認などを行いました。

そして夜は今の事務所のある地区での送別会を、
催して貰いました。
朝の挨拶と同様、ここでも挨拶をすることは、
100%分かり切っていたことであり、
昨夜や一昨夜は挨拶で何を話すかということを
ずっと考えていました。
いろいろ考えても緊張して、言いたいことを忘れ、
まとまりのつかない挨拶で終わってしまうことは、
十分可能性としては考えられたのですが、
そうかと言って何も考えずにぶっつけ本番で、
その場で気の利いた挨拶を出来る程、
脳の回転が良い訳でもなかったので、
ある程度は何を話すか考えておこうと思ったのです。

結局言いたかったことが多すぎて、
全てをうまくまとめるのは無理だと思い、
ある程度絞ってまとめたのですが、
それでも本番では途中を少し端折ってしまい、
8割くらいしか伝えることが出来ませんでした。
でも、挨拶の間ずっと体は震えていましたが、
落ち着いて支離滅裂にならずに話せた方だと思います。

最初の部署が10ヶ月、
今の部署に異動になってから1年と2ヶ月。
たった2年だけではありましたが、
毎日が勉強で、何もかもが真新しくて、
視野は一気にどんどん広がり、
いろんな方々との繋がりによって学ぶことも多く、
本当に毎日が充実した密の濃い日々でした。
自分で言うのもなんですが、
この2年間で自分が大きく成長出来たことを
最近になって実感しています。

こんなにも多くの職場の方々に支えられ、
温かく友好的に接して貰えた自分は、
本当に幸せ者だったなと思います。
細かく見れば、大変な時期もありましたし、
仕事に行きたくない朝もしょっちゅうありました。
休みの予定が前以て把握出来ないことに、
遣り切れない思いを募らせていたこともありました。
でも、そうやって積み重ねてきたたった2年の月日は、
今や私にとっては決して忘れることのない、
かけがえのない思い出で溢れていました。

来週もまた同じように仕事場に向かえば、
何の躊躇いもなく、自然と体が動き、
これまでと同じように仕事が出来るでしょう。
でも、自分を電車に例えるなら、
ここまで走ってきたレールが突然なくなり、
また違う旅がスタートするのです。
俄かには信じられません。
普通に一緒に過ごしていた従業員の方々とも、
事務所も機械も周りの風景も通勤路も、
何もかも今まで当たり前に接してきたものから
突然引き離され、当事者として接することは
二度と出来なくなってしまうのです。
下手すれば時間がこの哀愁を忘れさせ、
これらと徐々に疎遠にさえなり得るのです。

「来週もまた来るんでしょ」というみんなからの言葉は、
半分は冗談でしょうが、その言葉に込められた意味は、
私にとっては本当に有り難く、
別れが余計に辛くなる言葉でもありました。


もう残り僅かしかこの仕事に携われないし、
みんなと顔を合わせる時間も少なくなっているのに、
自らの手でそれを更に減らしてしまうことに
歯痒さを感じながらも有休などで、
合計して月の半分近くを休んで過ごした2月。
結局その心の叫びを無視出来ずに、
最後まで完全燃焼すると誓って
ほぼ平常通り出勤した3月。

けれど、終わりの見えていたこの2ヶ月間だけは、
本当に時間の流れがあっという間に感じました。
特に最後の2週間を切った辺りからは、
必死の抵抗も空しく、一気に駆け抜けてしまいました。
3月をしっかりと過ごしたお陰で、
2月の腑に落ちなさはだいぶ取り返せましたが、
抑(そもそも)が辞めるにはまだ早かったのか、
もしくはまだ心の整理が出来ていないせいなのか、
「完全燃焼出来た」とは言い切れませんでした。

自分から退職を願い出ておきながら、
再三の引き留めや惜しんでくれる声に、
心を揺さぶられそうになるのを必死で堪え、
決意を貫き通してきたのですが、
今の素直な気持ちは「もっとここに居たかったです」。

いつの間にか私にとっては、
「マイホーム」と呼べる居場所になっていたようです。
居心地の良かった“家”を出た私は来週から、
いえ、今から既に“ホームシック”に罹っています。
毎週でも顔を出しに帰りたいくらいです。

私が社会に出て初めて過ごした“家”を、
隅々まで名残惜しく目に焼き付けながら出てきました。
ちょっと感傷的になりながら、
今日“ホームタウン”を後にしました。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月29日 (木)

いつもの夜道で想いに耽る

今日も仕事を終えていつものように帰路に就きました。
明日いよいよ辞令が交付されるので、
挨拶回りをすることになると思います。
また、送別会を開いて下さるようなので、
必ず何か挨拶をすることになると思います。
まぁあまり深刻に考えることではないのでしょうが、
こういうことに要らぬ心配をしてしまいがちな私は、
ぶっつけ本番で挨拶をして、
ちゃんとうまく言いたいことを全て盛り込んだり、
支離滅裂な挨拶にならないように話せるかなど、
あれこれ不安が浮かんできて尽きないので、
運転しながら挨拶の内容をあれこれ考えてみました。

すると、入社した頃の思い出や、
この2年間という短い期間の中に、
ぎっちり詰まった思い出の数々が頭に浮かんできて、
眼前に広がる夜景や夜空をボーッと見ながら、
しばらく感傷に浸っていました。

私にとっては、
「あっという間の2年間」ではありませんでした。
働いていて大変だったことも勿論ありましたが、
今となっては良い思い出ですし、
様々なことを学び、確実に成長してきた記憶が、
この年月が決して薄っぺらなものではなかった、
と感じさせるのでしょう。

明晩はそういう訳で送別会があり、泊まり掛けのため、
明後日の午後帰宅する予定なので、
「職員としてこの夜道を帰るのは今日が最後だなぁ」
などと考えたら、ちょっぴり切なくなりました。
ここ1ヶ月、特にこの2週間に限っては、
本当に時間の流れが速かったです。
本当にあと少しになってしまいましたが、
最後まで悔いの残らないよう勤めようと思います。


☆★本日のヘルシオーレ!★☆
・腕立て伏せ20回
昨日の腕立て伏せの影響で、
特に大胸筋と腹筋が激しい筋肉痛になった。
今日も時間がなくなって走れなかったのが悔やまれる。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007年3月28日 (水)

震度1を背中で感じ取った

25日朝に起きた能登半島地震ですが、
前に新潟県中越地震もありましたし、
最近大きな地震が起きる頻度が
高くなっている気がします。
「明日は我が身だと肝に銘じ、
日頃から気を付けなさい」という警告のように感じます。

実はあの時間、私は布団の中でゴロゴロしていました。
その時、ふと何となく床が揺れているような気がしました。
本震が来る直前の予震(前震)のような
感覚に似ていたので、一瞬それかなと思ったのですが、
結局グラッという大きな揺れもないままで、
しかもあまりに僅かな感覚だったので、
自分の鼓動で体が震えているのを
地震が来たと勘違いしたのかなと思いました。
しばらくその感覚はあったのですが、
地震なのか鼓動によるものか判断が付かないまま、
何気なく天井を見ると蛍光灯の笠が揺れていました。
「あ、やっぱり分かりづらいけど微震なんだなぁ」
とようやく気付いたのでした。

その後、石川で大きな地震があったということを知り、
「まさかあの微震はこれの影響だったのか」と思って、
関連があるのか新聞で確かめてみると、
水戸でも震度1の地震があったようで、
時間もほとんど一致することから、
どうやらこれの影響に間違いないようでした。
こっちの方まで揺れるのですから、
相当な規模だったのでしょうね。


☆★本日のヘルシオーレ!★☆
今日は走る時間がなくなってしまったので、
久し振りに腕立て伏せ(比較的スロー)をした。
少なくともここ2年間ではあまりやった記憶がない。
・腕立て伏せ20回×2セット(インターバル1分)
もう腕がパンパンで既に怠くなってきている。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月26日 (月)

カモカモカモ

昨日は昼下がりまで雨が降っていましたが、
家の外に出た私がふと辺りを見た時、
ちょっと鴨がやたらと目に付きました。
S_1




家の周りは田圃が多いのですが、
多分記憶では私が小さい頃は
鴨は居なかったと思います。
それが10年近く前のことだったでしょうか。
鴨の親子がいつの間にか近くに住み着き、
親ガモが子ガモを何羽も引き連れて農道を横断する、
愛くるしい姿を目にするようになりました。
最初は、何かの偶然で飛来したのかと思ったのですが、
毎年毎年目にするようになり、
ここが気に入ってくれたようでした。
というより、ほぼ一年中住み着いている気がします。
S




これらのことを総合して調べてみると、
どうやら、カルガモである可能性が高いと思われます。
また、最近になって雄と雌の番(つがい)と思われる、
ややカルガモより大型の鴨も
最近見掛けるようになりました。
恐らくマガモかと思われます。

兎に角、雨が降っていて、
鴨たちにとって打って付けの天気だったのか、
こぞって姿を現していました。
風変わりな光景に写真を撮りまくる私。
「あれ?それにしても気のせいか数が多いぞ?」
てっきり、10羽くらいしか住み着いていないと
思っていたのですが、
いつの間に繁殖してしまったのかもしれません。
試しに数えてみたところ、
居るわ居るわ、何と30羽近くも居ました。

う~ん、いつの間にか鴨だらけになっちゃったカモ…。


☆★本日のヘルシオーレ!★☆
・約10分間走×2本(インターバル約4分)
3日サボってしまったために、足取りが重かった。
一度走るのを止めた後にまた走るというのは、
今まであまり経験のない試み。
・外食で食後のデザートを控えた

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

HH観戦記2007 vol.3

珍しく連敗発進となった11勝2敗の横綱・朝青龍関と、
12勝1敗で単独首位だった大関・白鵬関が昨日対戦し、
朝青龍関が勝って相星とし、
今日の千秋楽を迎えました。
昨日白鵬関が勝てば優勝が決まっていただけに、
ちょっと期待していたのですが、
朝青龍関はドラマチックなシナリオでも
描いているのかと思うくらい、
連敗直後から虎視眈々とチャンスを窺い続け、
強(したた)かに最後の最後で優勝争いに加わりました。

連敗スタートから優勝した力士は未だ存在しないと言い、
自身2度目の5連覇が掛かっているとあって、
昨日白鵬関が敗れた時点で、
朝青龍関の優勝はほぼ間違いないと思いました。
誰も朝青龍関を止めることは出来ないのかと思いました。
きっとこのまま優勝決定戦に持ち込んだとしても、
やはり最後は朝青龍関が勝つのだろうと思いました。
その予想を裏切っての白鵬関の優勝は驚きました。
実際に中継は観ていなかったのですが、
立会いの変化でのはたき込みということで、
ちょっと「汚い手」という気がしないでもありませんが、
勝負の世界ですからね。

やはり横綱に一番近いのは白鵬関でしょうね。
来場所どうなるか楽しみです。
一方で他の大関陣は8勝止まり3力士に、
7勝止まりの千代大海関が
来場所10度目のカド番ということで、
もうちょっと大関らしく奮起して欲しいものです。


さて、ここから本題なのですが、
今日ホーリーホックのホーム戦があり、
雨降る天候の中競技場へ向かいました。
奇跡的に、ほとんど昨年途中からは雨に降られず
観戦することが出来ていたので、
雨天観戦は久し振りです。
しかも今日の相手はJ1降格組で、
水戸も昨年から8試合勝ち星なしの泥沼状態という、
「試合前から勝負が分かっているような試合」なので、
入場者が極端に少ないことは予想出来ていました。
一昨年までの私ならまず行っていなかったと思います。
でも、どんなに下馬評が悪かろうと、
そこに勝つ可能性がある限り、
声を出して選手の背中を後押ししてあげたいという
気持ちが今の私には備わっているため、
凝りもせず足を運ぶのです。
そんな前評判を覆して見返す楽しみもありますし。

前節のアウェイ戦では引き分けて、
ようやく勝ち点1を手にすることが出来ましたが、
出遅れている分、一刻も早く取り返して貰いたい所です。

密かに良い試合になるのではないかと期待したのですが、
そう甘くはなく、相手の豊富な運動量に圧倒されました。
しかも、試合開始早々の前半2分に、
左からのセットプレーからのクロスボールに
ほとんど選手が身動きも出来ないまま、
あっけなくゴールポストのすぐ近くでシュートを打たれ、
芸術的でも痺れるでもないような先制点を挙げられました。
あまりのあっけなさにがっかりすることも出来ませんでした。

これで目を覚まし、立て直していきたいところでしたが、
相手の「ボールを奪ったらすぐ攻撃へ」という早い動き
(当たり前のことなんですが)について行けず、
簡単にゴール近くまで駆け上がられていました。
それも止めることが出来ず、
DFラインがあまり機能していなかったせいで、
最後の砦であるGK本間選手との
直接勝負になる機会が多く、
彼の負担ばかりが目立ちました。

また、水戸がパスを出した瞬間に相手は駆け出して、
パスが到達する頃にはもうマークに着いている、
あるいは途中でパスをカットするというような、
非常に基本に忠実かつ当たり前の守備を敷いてきて、
水戸がもたもたパスをしたり、
パスする相手を探してもたついている所を狙われ、
囲まれて奪われるケースも目に付きました。
運動量云々もありますが、
相手をマークするという本当の動きが、
相手は基本に忠実に行っていただけでした。
そういう意味で水戸の選手はまだちょっと温いです。

そんな完全に押された試合の中で、
前半15分にPKを相手に与えてしまい、
これを決められ早々と2失点目。
全く歯が立たない水戸は前半22分、
今度は、カウンターを全く止めることが出来ず、
ゴールラインからの折り返しを、
ヘディングシュートの練習でもやっているかのような、
平凡なヘディングで合わせられ3失点目となりました。
試合前は「何とかそこそこ闘ってくれるかな」と期待し、
下馬評を覆す活躍すら夢見ていた算段は脆くも崩れ、
大量失点という悪夢が徐々に現実味を帯びてきました。

水戸も、MF眞行寺選手の積極的なサイドからの攻撃や
シュートなどで何度かゴールには迫っていたものの、
相手を冷や冷やさせる程の威圧感はなく、
逆に相手に好き放題やられていました。
それでも何とか前半を0-3で折り返しました。

後半に入ると、前半までの鈍い動きが良くなり、
ちょっとハーフタイムで
雰囲気が変わったのかなと思いました。
そんな矢先の後半開始から僅か4分、
CKから痛恨の4失点目。
悉く水戸は攻守ともセットプレーに弱いです。

「後半に入っても、相手のゴールラッシュは続くのか」
という何点取られるか分からない大量失点への不安と、
「せめて1点は返してくれ」という気持ちで、
試合を見守ることしか出来ませんでした。
しかし、防戦一方だった前半に比べると、
だいぶチャンスが出てきたように思えました。

後半17分、良い形で攻め上がり、
クロスボールが良い所に入ったものの、
ゴール前でごちゃごちゃやっていて、
そのうちまた奪われてカウンターでも喰らうのかと思って
気を揉みながら観ていた所、
一瞬スルッとボールが零れた所を
素早く村松選手が力強く蹴ったシュートが、
横っ飛びしたGKを抜けてゴール左の中段に刺さりました。
そこでいきなりシュートを打つと思わなかったのと、
気持ち悪いくらい綺麗に決まったので、
それまでの鬱憤がちょっと晴れました。
0-4からとは言え、ようやく1点を返しました。
Svs0034




「さあここから反撃ののろしを上げ、
どこまで相手に追いすがれるか」と思った僅か2分後、
中盤の要であるMF小椋選手が
この日2枚目のイエローを貰い、痛恨の退場。
久し振りに今日は審判のひどい判定が目に余りました。
それよりもむしろその前のプレーで、
相手のファウルを取るべきだったような。

ただでさえ、相手の方が力が上なのに、
まだ後半20分も経たないうちに
数的不利にまで立たされるとは。
凌いで欲しいのは山々でしたが、
どうなるか正直分かりませんでした。

それでも、1人少ないことを感じさせず、
むしろ前半よりも良い動きで攻撃も仕掛け、
何度かのピンチもGK本間選手を中心とした
守りで何とか凌ぎ(本当はそこに行くまでに
止めるべきなのだが)、
終わってみれば10人になったにも拘わらず、
そのまま1-4で相手に追加点を許しませんでした。

前半の内容で後半も行っていたら
きっとファン達も不満を爆発させていたことでしょう。
しかし、今日の試合後の選手への拍手は、
久し振りに私も納得出来るものでした。
相手が相手だっただけに「負けは仕方ない」
という見方もあったようですが。
試合は大敗でしたが、
後半は審判の判定の方が目に付き、
選手はよく闘っていたと思います。

勿論、負けて褒める訳にはいきませんし、
チームはとうとう最下位に転落してしまいましたが、
次へ切り替えて欲しいと思います。
あと、余談になりますが、試合開始から程なくして、
雨が止んだのは本当に助かりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月24日 (土)

残り少ない日数を胸に

最近は、就職しても3年以内に退職する
新卒者の割合が年々高まっているというような話を
大学3年の就職ガイダンスの時に聞かされ、
流行に敢えて逆らう傾向のある私は、
「如何なることがあっても、
就職したら最低でも3年以上はそこで勤めよう」
と決めていました。

所謂、「最近の若者は」と一括りで言われるのが嫌いで、
如何にそのイメージに近付かないか、
流行に従わず、敢えて「古風さ」を残していくか、
ずっとそれに縛られて生きてきた気がします。
その結果、今現在こんな人生になっていますが。
(勿論、色んな性格を持ち、
色んな環境下で育った人たちで
世の中は成り立っているので、
あくまで自分はそう生きてきただけで、
他の人の生き方を非難している訳ではありません、
念のため。悪しからず)。

そうして、就職してから大変なことがあっても、
「最低3年は勤め上げる」という信念を持ち、
世に言う「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
という言葉を胸に働いてきた自分は、
職場の先輩方によくして頂いたこともあり、
益々出来る限り長く勤めようと考えていました。

けれど、自分の将来というものを考える度、
「このままで良いのか」という葛藤も生まれ、
将来的な身の振り方というのも
考えるようになりました。
新採用もあまりない職場において、
未だにほとんど下っ端の立場でありながら、
先輩方から本当に良く面倒を見て頂き、
その期待を裏切りたくないという気持ちもありました。
むしろ、そこが一番引っ掛かり、
ずっと葛藤していました。

ここには挙げませんが、
色んな思いや事情などを総合的に判断し、
最終的に、就職から僅か丸2年での退職を決めたのは
昨年末の頃のことでした。とは言っても、
迷いが吹っ切れたのはまだ3月に入った頃のことで、
未だに完全に吹っ切れたとは言い難い状況です。
退職届を提出してから2ヶ月になりますが、
ここに来て、残された時間があと1週間と迫り、
まだまだやり残したことがあるような気がしますし、
もうちょっとここで働きたかったという
別れを惜しむ気持ちが芽生え始めてきました。

これまでも、小、中、高、大学と、
入学した頃は先の見えない長さに不安を感じ、
徐々に生活に慣れるに従って
変わり映えのない毎日を過ごすようになり、
最後、残り少なくなってくると、
俄かに名残惜しくなってきて、
無駄な抵抗(悪足掻き)をしたくなってくるという
心境の繰り返しでやってきましたが、
今回もまた例外ではなかったようです。

話は多少逸れますが、
人生の終わりが近付いてきた時も、
あるいはもっと色んなことをやっておくべきだったと、
残り少なくなってから慌てて
悪足掻きしそうな気が今からしているので、
「完全燃焼した」と思えるような人生にしたいです。

2月は派手に有休を使ってみましたが、
「今の仕事が嫌で辞めると思われたくない」
「今しかこんな貴重な経験をすることは出来ない」
「最後まで完全燃焼して突っ走ろう」
というような思いをかなぐり捨てることは出来ず、
3月はほぼ正常通り出勤しています。

有休はまだまだ一杯残っているので、
人生で思い切り休める機会も
そうそうないということを考えると、
最後にある程度使い切ってしまうという
贅沢な選択肢も捨て難いものではありましたが、
中途半端な終わり方をしたら、
一生後悔しそうな気がして出来ませんでした。
つくづく自分はバカ正直過ぎると思いました。
何と言っても、後の人のことを考えると、
ただでさえ自分のせいで苦労を掛けてしまうのに、
自分ばかり後のことを考えずに休むのは、
無責任な気がして気が引けたのでした。

そうやって過ごしてきたこの日々も、
残すところあと1週間と迫ってきました。
もう少し時間があっても良かったかな、
と今更ながら思い始めていますが、
もう後には退けません。
最後まで1日1日を大切に過ごそうと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月22日 (木)

CD-Rに焼いた嘘

「えっ?!本当は26歳なんですか?!
………(しばし絶句)。」


「…松坂世代やん。」
(そこじゃなーい!!)
(壊れて一人ボケツッコミ。)

てっきり、デマが広まっただけだと思って、
信じて疑わなかったのですが…。

今まで年下だったのに、
突然2つも年上になってしまいましたよ。
いや~23歳って言われて、
全然違和感なかったんですがねぇ。
26歳と言われればそう見えなくもないですが、
しかし、最早年下のイメージを
しっかりと焼き付けてしまったせいで、
急にイメージを修正しようと思っても、
なかなかそううまくいくもんじゃありませんよ。
CD-RWじゃなくてCD-Rに焼いてしまいましたからね。
(何の話ですかっ!)
(またまた一人ボケツッコミ。)

まぁいいや、年上でも。
(最近、以前程こだわりがなくなってきている)。

本当に色んな人が世の中には居る訳ですが、
人の実年齢なんて、
つくづく見た目じゃ分からないなぁと思います。

あ、因みに僕は正真正銘24歳です!
(誰も聞いてないって)。
(三度一人ボケツッコミ。とことん壊れた。)


☆★本日のヘルシオーレ!★☆
・約15分間ジョギング。
(24時を過ぎてしまうためやむなく切り上げる)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年3月21日 (水)

“ヘルシオーレ!”プロジェクト始動

奥さんや子供から見て素敵な男性でありたい、
とまぁ彼女も居ないくせにそんなことを考え、
そういう理想像を目指して過ごしている毎日ですが、
どうしても自然と楽な方へ身を委ねがちなので、
頭は駄目になっていく一方、体は鈍っていく一方です。

完璧主義でもストレスが溜まるでしょうし、
駄目な自分も好きにならなくてはいけないと思いますが、
やはりある程度は努力しないといけないなと思います。
そういう訳で、どうすれば素敵な男性になれるか、
ということを日々考えて生活しています。
(実行出来ているかどうかは別として)。
列挙していけば切りがないのですが、
まずは規則正しい生活を送ったり、
脳が衰えないようにトレーニングしたり、
体力を維持するために鍛える、
というようなことから始めようと思いました。

そして、そのうちの体を鍛える一環として、
マラソン大会などに参加してみるようになりました。
本当は、ジムなどに通ったりすれば、
インストラクターの適切な指示などを仰いで、
無駄なく効率よく鍛えられそうな気がするのですが、
お金や通う時間に余裕がないことなどから、
とりあえず素人レベルで藻掻(もが)いています。

とは言え、地域サークルなどに所属すれば別ですが、
個人的に闇雲に鍛えるというのは、
張り合いもあまりありませんし、なかなか大変です。
そこで、記録を残すことで、
続けていく遣り甲斐を維持しようと考え、
ここ2ヶ月は新たなブログの開設なども何度も熟考し、
検討してきましたが、
複数ブログを管理するのは容易でないことや、
すぐに飽きてしまう可能性もあることなどから、
既存の本ブログに盛り込むことを今日決めました。

悩み抜いた末にそういう結論に至りましたが、
新たなブログの立ち上げなども検討していたため、
ブログ名を何にしたら良いかなども熟考していました。
その最終案が「ヘルシオーレ!」です。
「心身共に健康な自分を目指す」という意味を込めた、
「ヘルシー、オレ。」を捩った造語です。
ブログの立ち上げは結局実現しませんでしたが、
折角考えたので、そのまま使うことにしました。

それと、マラソン大会の申込用紙に、
必ず所属チーム名を記入する欄があるのですが、
当然孤独のランナーなので所属チームなどなく、
いつも空欄にしているのですが、
何かそれも空しいので、
適当に作ってしまおうと前から考えていました。
「○○走好会」や「○○走友会」などは、
先人達が各地に立ち上げていらっしゃるので、
何か変わった名前が良いなと思いました。

「健やかな心身を育み、
楽しく、笑顔を忘れない人生を」という意味を込め、
「健育楽笑会」という名前を考えてみたり、
「健康な体を鍛え上げる」という意味を込め、
「健体育成会」という名前を考えてみたりしたものの、
どうも漢字の羅列で堅苦しさがあったのと、
ちょっと怪しげな印象を持たれそうなのでやめました。
あと、地域名を入れようかななどと考えたりもしました。

悩みに悩み抜いて考えた名称は、
(E)鍛健隊(読み:かっこイーたんけんたい)
変梃だし格好悪いと批判されそうなのですが、
意味としては、「カッコイイ大人を目指して自分を鍛え、
健やかな人生を送ることを目指すチーム」です。
素直に「茨城鍛健隊」にしようかとも思ったのですが、
地域名が入ってしまうと地域が限定され、
地域や年齢などを問わない、幅広い同好の
“入隊”を拒むことになってしまうのでやめました。
因みに、最初は私一人しかメンバーが居ないので、
その間は「(E)鍛健」と名乗っておきます。


あと、余談になりますが、
この前、前に買っておいた
新しい作業着ズボンを履いてみました。
ウエスト79cmのジーパンが緩いので、
あえて76cmのズボンを買ったのです。
ところがこれ、立っている時は良いのですが、
座るとお腹の肉が弛むため、
少々締め付けがきついではありませんか。
これにはびっくりしました。
確実に肥満傾向になっている気がします。
早速、“ヘルシオーレ!”しなくては。

さて、「ヘルシオーレ!」についてですが、
専門的な見地からすれば、
正しい栄養学や筋肉トレーニング方法、
生活習慣などの知識に則って、
しっかりと管理していく方が良いと思いますが、
とりあえず素人レベルの判断で、
私自身が「健康的なことをした」
と思ったことを指す用語にしたいと思います。
一言メモとしてちょこっと載せるだけの予定なので、
あまり期待せずに「何か書いてあるな」
というくらいの気持ちで見て頂けたらと思います。

このプロジェクトが大きくなれば、
別のブログとして独立させるかもしれませんし、
逆にそのまま下火になって、
いつの間にか消滅してしまうかもしれません。
まぁ、そんな先の見えない始まりではありますが、
その初日である今日は、
この所珍しく風邪を引いていたのが完治したので、
今日は久し振りに、無理せず15分程度走りました。

最後に今日(夕食後)の体組成を記しておきます。

●内臓脂肪レベル:3(標準)
●基礎代謝:1529kcal/日(燃えやすい)
●体内年齢:17歳
●筋肉量:51.1kg(標準)
●推定骨量:2.8kg
●体重:61.9kg
●体脂肪率:12.9%(-標準)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年3月18日 (日)

常磐線の旧型車両の勇姿を胸に

本日、JR東日本でダイヤ改正があり、
PASMOのサービス開始に伴って、
Suicaとの相互利用サービスもスタートし、
首都圏の私鉄や地下鉄、バスが
SuicaやPASMO1枚で乗れるようになった他、
一部の電車を除いて
特急や新幹線で全車両禁煙になるなど、
ダイヤのみならず大幅な改革が行われました。

常磐線も例外ではなく、今回の改正に合わせ、
普通列車の新型車両「E531系」に連結される
グリーン車の営業が正式に開始されたり
(既に試乗期間として無料で一部運行されていた)、
上野発着の普通列車をこの新型車両に統一したり、
水郡線でも新型車両「キハ130系」の運転が開始される
(既に試乗期間として一部運行されていた)など、
大幅に様変わりすることとなりました。

とは言っても、全然電車には詳しくないので、
実際のところは車両の型番を言われてもピンと来ません。
細かい裏事情にも疎いので詳しくは分かりませんが、
グリーン車が導入されるのは上野~高萩間だけのようで、
「上野発着の全普通列車にグリーン車連結」とあるのも、
「県北地域や福島、仙台を走る電車を除いて」
という意味なのかどうかはよく分かりません。

ただ、実際のところはどうなのか分かりませんが、
昨年末の新聞記事によると、
現在の常磐線300両を全て新型車両に入れ替え、
古い型の列車は姿を消す、とあったので
(高萩以北に関してはこの限りではない?)、
小さい頃から馴染みのあった電車が
もう二度と見られなくなってしまうということに、
深い悲しみと喪失感を覚え、
現役のうちに写真を撮って、
記憶にも記録にも焼き付けておこうと思うのは、
必然的な気持ちでした。

ということで、もう1ヶ月以上前のことになりますが、
サイクリングを兼ねて電車を撮りに行きました。
もう、こうやって普通に走っている電車も、
もう少しで見られなくなるんだなと思うと、
何だか俄かには信じられないような、
実感が湧かないような気持ちでした。
それは廃線になった日立電鉄や、
廃線が決定的な鹿島鉄道の利用者にとっても、
同じかそれ以上の悲しみを感じていることと思います。
S0072




S0039_4




白地に青いラインのお馴染みの型は兎も角、
アルミボディの車輌までなくなるのは、
ちょっと時期尚早な気もしますが、
そうは言っても平成元年の頃から見ている気がするので、
新しいと思っていても20年近く経っている訳で、
それに新型車両は130km/hまで出せる
性能を備えているので、
TXに対抗するには改革を急いだ方が
良いという判断なのかもしれません。
S0081_1





ついでにスーパーひたちも撮ってみました。
こちらも平成元年頃からの運行ですから、
だいぶ古くなってきてはいますが、
フレッシュひたちの増便などが行われてもなお、
長距離特急としての輝きは失われていないばかりか、
逆にフレッシュひたちにはない確固たる魅力が
今まで以上に際立ってきている気がします。
S0063_1





こうやって写真を撮っていたら、
電車もさることながら、
近所なのにあまり来たことのなかった街並みを堪能でき、
その長閑(のどか)な風景と電車との一体感が素晴らしく、
水戸の魅力を再発見することが出来ました。
遠くに出掛けるのも良いですが、
“灯台もと暗し”ではないですが、
知っているようでまだまだ未知な所の多い水戸を、
もっともっと堪能しないといけないなと思いました。

今日は電車がどうなったのか見てはいないのですが、
もしこの古い車両が姿を消していたとしても、
私の記憶から消えることはありません。
今までお疲れ様と声を掛けたいです。
S0096_1

   

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年3月17日 (土)

HH観戦記2007 vol.2

前節試合のなかったホーリーホックは、
今日が今季2戦目でした。
開幕戦では初勝利や勝ち点は疎か、
初得点も生まれなかったので、
今日こそは勝つ瞬間を観たいと思いました。

応援団も今日はいつも以上に気合いが入っていて、
応援席は熱気に包まれていました。
選手達もその勢いを受けたかのように、
気合いの入った激しい動きで相手を圧倒し、
序盤から主導権を握っていました。

何度も良い形で攻め上がりながらも、
なかなか良いシュートに持ち込めていませんでしたが、
前半8分にペナルティエリア付近での混戦から、
MF眞行寺選手が豪快に放ったシュートが、
GKの手をも弾いてゴール左隅に突き刺さりました。
なかなかシュートを打てなかった歯痒さの後だけに、
今季チーム初得点となる、
爽快な先制ゴールとなりました。
早い時間帯での先制点とあって、
「この調子で攻め続ければ勝てる」と思いました。

その後も攻めの積極的な動きが見られ、
何度か追加点のチャンスはあったのですが、
どうも最後確実に決めようと慎重になりすぎるのか、
「直接狙えば良いのに」と思う場面が何度もありました。

ボールを奪ってからのパスや守備が中途半端で、
折角のチャンスをふいにして、
「もっと大事にしようよ」と思う場面が目に付く反面、
いざシュートを狙っても良い場面になると、
外れても良いから狙えばいいものを、
何故か下手にラストパスなんか出したりしているうちに、
守備を整えられたり、
相手に奪われたりして攻めきれないなど、
慎重にすべき所と豪快に攻めるべき所が逆で、
なかなか追加点を奪えずにいました。

前半も終盤に入ると徐々に守備の綻びから
相手に攻め込まれる場面が多くなり、
危なっかしい場面が目立ち始めましたが、
何とか1点リードのままハーフタイムを迎えました。
このままでは失点するのも時間の問題だと思い、
後半はしっかりとその辺を修正して、
追加点に繋げて欲しいと思いました。

笑顔で席を立つお客さん達を見ながら、
試合終了時にこの笑顔が消えていることのないよう、
引き続き後半に期待したいと思いました。

ところが後半に入ると、
立て直したのは相手の方でした。
攻守に渡ってちょこちょことミスの目立つ水戸の隙を、
容赦なく突いてくるようになってきました。
そして後半開始僅か3分に、
守備が噛み合わずにクリアしきれないでいる所を、
お返しとばかりに豪快に同点ゴールを決められました。

一瞬にしてアドバンテージがなくなり、
嫌な雰囲気が一瞬流れましたが、
「まだ同点に追い付かれただけだ。
気持ちを切り替えて、ここから持ち直せ」
という空気に変わりました。

けれど、勢い付いた相手の動きに、
防戦中心の戦い方になってしまい、
後半15分にはCKから逆転ゴールを決められ、
状況は更に厳しくなりました。
まだ時間が多く残っていたので、
同点、更には逆転の可能性も十分ありましたが、
前半のような動きの良さは影を潜めました。

その後、水戸が珍しく先に交代を仕掛けました。
はっきりとは見えなかったものの、
交代を待つ選手の背番号が23に見えました。
まさかと思いましたが、やはりその遠藤選手でした。
誕生日を3日後に控えるチーム最年少の17歳
ということで前から気になっていた選手でした。
この前のサテライトリーグにも出場しており、
そのうち起用されることを期待してはいましたが、
ユース上がりの大橋選手や木村選手を差し置いて、
いきなりの公式戦デビューにはびっくりしました。
出てきて早々にシュートを放つなど、
なかなか積極的な動きで良かったです。
今後が楽しみな選手です。
Svs0035




試合は、最後まで主導権を引き戻せないまま、
逆に後半ロスタイムに、
一瞬にして前線に上がってきた相手を
DFが止められずに躱され、
同時にペナルティエリアいっぱいまで出てきて
止めようとしたGKをも抜かれ、
後は無人となったゴールマウスに向かって
丁寧に蹴り出されたボールが、
ゆっくり吸い込まれていくのをただ見守るしかなく、
痛恨の3点目を奪われて万事休すとなりました。
悉く、今日はバックの動きが中途半端でした。

今日は動きの良い選手と悪い選手が
はっきりしていましたが、
全体的に見て悪い方に動いてしまっていました。
何とも遣り切れない逆転負けとなりました。
前半序盤の勝ち試合ムードが、
結局勝ち点1をも取れなかった
空しさばかりの残る試合となってしまいました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年3月14日 (水)

罰当たり

ここ2ヶ月くらいの間に、
金属製の物が盗難に遭うという事件を
本当によく耳にしますね。
最近では、ほぼ毎日発生していると言っても
過言ではないくらい頻繁に起きているようです。

思えば、そういう事件がちらほら起こったのは
去年のことだったでしょうか。
金属の時価が高騰しているのを受けて、
鉄製の柵だか何かが盗まれたんですよね。
「変な物を盗む人も居るもんだな」と思いましたが、
今年次々起こっている事件では、
金属製なら物を選ばないというくらい、
本当に多種多様な物が被害に遭っていますね。

太平洋戦争時には、
ありとあらゆる金属製の物が徴収された
という話を聞いたことがあります。
更に歴史を遡れば、
豊臣秀吉の刀狩令などもありましたが、
最近の「金目の物なら種類を問わない」盗難事件は、
何故かこうした歴史を連想してしまいます。

普通の盗難事件と違って厄介なのは、
街中にあるごく普通の物が、
何でもかんでも盗難の標的となっていることです。
防ぎ様のない現実と、
「そんな物まで盗るなよ」と思うような
モラルのない犯行が次々起こっていることに、
何だか寂しさを感じずには居られません。
一部の人間の仕業なのでしょうが、
罰当たりも甚だしいところです。

こうした事件が起こる度に、
北海道日本ハムファイターズのヒルマン監督
じゃなくても思わず言いたくなります―、

シンジラレナーイ!

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2007年3月11日 (日)

初車検/HH観戦記2007番外編

改めて数え上げてみると、
この2年間で乗った会社の車は実に17台にも及び、
車種もトラックからワゴン車から軽バンまで様々です。
家の車や知人の車まで合わせると20台を超えます。
そのどれもが乗り心地や車高、車幅等は勿論、
ブレーキの癖などの操作性などが全て異なり、
感覚の違いに戸惑ったり、変に力が入ったりしますが、
またそれがいつも乗り慣れている退屈さとは違って、
刺激される良い機会になったりもする訳です。

そんな訳で、今日、初の車検を迎えるに当たって、
私は代車を借りることを楽しみにしていました。

店「やっぱり代車も同じような車が良いですよね?」
私「う~ん、特にこだわりはありません。」
店「やっぱり、オートマが良いですよね?」
私「ミッションでも大丈夫です(むしろミッションで)。」

…なんて言っちゃったくらいにして、
何でもかかって来いという姿勢でいました。

初の車検と言っても、点検・整備は全部お任せで、
自分で見る訳ではないので、
特筆することもありませんが、
確か我が愛車は車検済みの中古車だったので、
結局、乗り始めから2年で51,000kmちょい乗っての
車検ということになりました。

車を預けて、いよいよお楽しみの
代車とのご対面の瞬間がやってきました。
ドキドキしながらどんな車なのか見てみると、
愛車と色違いの全く同じ車でした。

「がびーん!!変わり映えしない(T-T)」

内心ちょっとショックでよろけそうになりましたが、
努めて冷静に振る舞い、帰ってきました。
しかし、年式やエンジンの大きさが若干違うのか、
乗り心地もちょっと違いました。
愛車と比べ、アクセルをふかしていく時に、
シフトチェンジする感覚に滑らかさがなく、
ブレーキの利きも敏感すぎる感じがありました。
ま、明晩には出来上がるということですので。


その後、本屋さんに寄ったら偶々目に入り、
今年も買ってしまいましたよ、
『プロ野球選手カラー名鑑2007』
(日刊スポーツ出版社)。
2002年に初めて買ったのですが、
こういうデータを眺めるのが好きだったのと、
一軍登録の全選手が把握出来るという素晴らしさに、
その年だけのつもりで最初は買ったのです。
ところが翌年、更に翌年と、
選手が移籍したり加入したりする度に、
最新のデータが欲しくなり、
ついつい毎年買っていました。

近年では野球中継の縮小もあって、
私自身あまり野球を観なくなってしまったので、
そろそろ買わなくても良いかなと思っていたのですが、
「今年は背番号変わる選手が多いし、
引退しちゃった名選手も多いし、
年々内容が充実してきているし、
マーくんも入ったことだし…」、
なんて本を目の前にして悩んでいるうちに、
結局また今年も買ってしまったのでした。

それから一旦家に帰ったのですが、
あれだけ午前中雨がみっちり降っていたのに、
急に雨が止んで日差しが眩しくなり、
さっきまで雨降っていたのが信じられないような
好天に変わりました。


今日は、JリーグのJサテライトリーグという、
野球で言うイースタンリーグのように、
2軍的な控えの選手や若手の選手に加え、
故障明けから復帰する前に調整する場として、
主流選手が参加するような、
J1・J2混在でグループ分けされたリーグ戦があり、
水戸の試合が行われる予定になっていました。

水戸は昨年から同リーグに参加し、
今年はモンテディオ山形や、横浜FC、FC東京などと
同じBグループに属しています。
今日は、控え組とは言え、横浜F・マリノスとの試合が
水戸で行われる上に、入場無料ということで、
こんな近くで見られるというお得感もあって、
ちょっと観に行きたいなと思っていました。

でも、主力組の公式戦ですら、
なかなかスカッとした試合運びにならないくらいなので、
以前の私なら普通の公式戦以外は
観に行こうという気さえ起きていなかったと思います。
サテライトリーグに興味を持ったこと自体、
去年の私から見れば驚きの変貌ぶりです。

なかなか練習なども観に行けていないので、
控えの選手の実力などを目に出来る
良い機会だなと思ったのです。
でも私の体調がまだ万全ではないことと、
午前中は天気が悪かったこともあり、
直前まで行く気が消え失せそうになっていました。
けれども、好天になったことが最後は決め手となり、
最終的に観に行ってしまいました。

場所が河川敷なだけあって、
ただでさえ強かった風が更に強く、寒かったです。
いくらクラブ専用の練習場が出来たからって、
こんなに風の強い河川敷ではボールが風に流されて、
パスの精度を上げるも何も、
環境が良いとは言えないような気がしました。

試合の方は、均衡が破られてから後は、
いとも簡単に次々にゴールを許していました。
特に分析もしませんが、
1-7(前半0-3)の大敗でした。
想定の範囲を超える失点だったのか、
得点板のカードがないというアクシデントも発生。
最後に1点返せたのがせめてもの救いでした。
S0153




S0155 

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年3月10日 (土)

「水戸の日」はいつにするべき?

今日は3月10日。
つくばでの「298」と同様、
この辺で「310」と言えば
「水戸」という語呂が比較的メジャーです。
何しろ、郵便番号が7桁になる前は、
全地域ではなかったものの、
「〒310」地域が市内の大部分を占めていたため、
語呂からこの番号割り当てが採用されたという、
本当のような嘘のような噂も絶えなかったという
話を聞いたような聞かなかったような感じなのです。
(個人的には、単なる偶然だと信じていますが…)。

まぁそんなこともあって、
水戸の商工会議所などでは結構前から、
「水戸の日を制定しよう」とか、
「3月10日を水戸の日に制定しよう」、
などという意見が出ているというような話を、
前に新聞か何かで見たような気がしますが、
今の所、正式な制定には至っていないものの、
何年か前から、3月10日に「水戸の日イベント」
を開催するようになりました。

僕はどちらかというと保守的な性格なので、
「語呂で分かり易い日に制定することで、
広く認知して貰い、地域の活性化に繋げよう」
というこの新しい動きを興す推進派に、
「ちょっと待った」を掛けている慎重派の意見に近く、
「確かに語呂で覚え易いのは結構なことだけど、
そういう記念日のようなものは、
市制施行した日とか最初に名前が誕生した日とか、
もっと由緒正しい日を記念して制定すべきであって、
まして市制施行から118年を迎える
歴史ある街なんだから、語呂合わせで
簡単に決めて良いものではない」
という、極めて堅苦しい意見の持ち主なのです。


―でもね、芋次郎さん、
あなたのご意見はよく分かったけれど、
水戸を盛り上げようと東奔西走している方々が
大勢いらっしゃるのよ?
その方達がどれだけ努力なさっているか知っているの?
熱弁を振るうのも大事だけれど、
まずはあなたも行動してからおっしゃってみたら?
何もね、ただ黙ってろってことじゃないの。
自分の意見を言うことは大事なことよ。
でもね、ただ意見を言っているだけでは駄目。
行動を起こさなきゃ。
そうしてお互いに意見を出し合ったり、
具体的に行動するようになれば、
この街はもっともっと輝きある素敵な街になるわ!


…え~っと、何を書こうとしていたのか忘れました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年3月 7日 (水)

三月の初雪?

女優の小雪さんの姉は、歌手・モデルの弥生さんである。

今日の昼頃から徐々に天気が悪くなり出し、
今にも大雨が降り出しそうな重たい黒い雲が、
空を覆っていました。
けれども結局雨も降らずに
日没の時を迎えようとしていました。
その時、まだ仕事をしていたのですが、
一瞬パラパラっと白いものが降ったような気がしました。
最初は、気のせいかと思ったのですが、
徐々に降雪量がしっかりしてきて、
それは紛れもなく粉雪だと分かりました。
前にも一度降ったことがありましたが、
空に星が出ていた上にほんの一瞬で止んだのですが、
今回は断続的に舞っていました。

しかし、やっぱり降ったとは言っても結局、
アスファルトの上に残ることさえない程度の量で、
恐らく県内でもごく僅かの地域でしか降っていないので、
この「初雪」は一般に認知されるものではないでしょう。
相変わらず東京では降っていないでしょうし、
水戸ですら降っていませんからね。
三月の小雪ならぬ粉雪と言って良いものか、
かなり微妙な線です。
どのみち、スタッドレスタイヤに替えてからの3ヶ月間、
未だに一度も効果を発揮していません。

けれども、帰り際に、
車の屋根に疎(まば)らながら
ほとんど氷の粒に近い雪が載っていたのを見て、
紛れもなく粉雪が舞った証拠だと
主張しているように見えました。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年3月 4日 (日)

HH観戦記2007 vol.1

昨季は、途中からブログに書き始めた観戦記ですが、
今季は開幕から書きますので宜しくお願いします。。。


いよいよ、昨日からJリーグが開幕し、
J2の水戸ホーリーホックも今日、
ホームの笠松運動公園陸上競技場にて、
開幕戦を迎えました。

昨季のホーム戦21試合観戦という記録を、
今季は塗り替えることが出来るのか、
まだ先のことは全然分かりませんが、
まずは3年連続の開幕戦に駆け付けました。
Svs0036





相変わらず今季も、退団や加入の選手で、
昨季とはメンバーが多少入れ替わりましたが、
今季は昨季までと違い、
この時点で名前も顔も背番号も全員一致しており、
じっくりと観戦に臨むことが出来ました。

また、昨季途中に結成した、
応援チーム「ごじゃっぺ&いがっぺ」も
今季は開幕から始動することが出来、
記念すべき年が幕を開けました。
そして、いつもはA席側で観戦していますが、
招待券やファンクラブ特典などで、
いろんな意味でリッチなS席券があったので、
折角なので、こういう時くらいしか使えないので、
今回はS席で観戦することにしました。
(この計画は、前々から密かに考えていました)。
Svs0033





前半は、まずまずの動きを見せ、
少なくとも、何も出来なかった1週間前の
プレシーズンマッチ (vs鹿島)と違って、
練習してきた動きが出来ているように見えました。
「果たしてこんな状態で開幕に間に合うのか」
という不安を抱いた1週間前とは、
試合運びが明らかに良くなりました。

前半20分頃までは、
得点出来そうな雰囲気が漂っていました。
ただ、良い動きが出来ていても、
結果に繋がらないまま時間が過ぎてしまうと、
得点を奪えないまま、逆に攻め込まれたりして、
結局そのまま引き分けたり負けたりする、
ということを昨季何度も観てきたので、
早くゴールネットを揺らして欲しいなと思いました。

ボールを繋いで何度もチャンスは作っていたのですが、
最後のシュートでなかなか良い形に持って行けず、
時間と共に、あっさりと相手にゴール前まで
駆け上がられてしまう危ない場面も目立つようになり、
押されている印象が強くなりました。
何とか前半は0-0で終了しました。

後半に入ると、お互いにチャンスとピンチの連続で、
水戸も前半以上にチャンスらしいチャンスの場面が
多く訪れていました。
しかし、パスをカットしたり
ボールを奪うまでは良いのですが、
その後のパスの時に相手にパスしたり、
中途半端に短いパスで相手に奪われたりして、
しかも、1人の選手にドリブルで
そのままゴール近くまで駆け上がられたりするなど、
一瞬の歓声が落胆に変わったり、
隙だらけの守備に叱責したくなるような、
落ち着いて観ていられない場面が、
時間と共に段々顕著になってきました。

守護神・本間選手の好判断なセーブ連発により、
何度もピンチを逃れてきたのですが、
後半30分過ぎに遂にゴールを割られてしまいました。
相手が相手だけに、先制点を取れなかったことと、
この時間帯での失点(ビハインド)はかなり痛手でした。

その後は、ロングボールをバックの前後に放り込む、
昨季の途中によく見られた、
手っ取り早く前線へボールを送る方法で、
何とか点を取りに行こうという姿勢は見られましたが、
ボールを繋ぐ方法と違って、単調な攻めとも言え、
必然的にボールを支配する時間が少なくなりました。

最後はほとんどチャンスらしいチャンスもなく、
0-1で試合終了のホイッスルが鳴りました。
開幕黒星スタートとなってしまい、
今季初得点、初勝ち点、初勝利は
一体いつ生まれるのか、
とりあえず第3節以降(第2節は試合なし)に
持ち越しとなりました。

昨季、「サンクスマッチ」と銘打たれた、
スポンサーによるイベントや特典の盛り込まれた試合は、
悉(ことごと)く負けるという結果に終わりましたが、
今季もその悪い流れを断ち切ることが出来ないのか、
徐々に嫌なジンクスになりつつあります。

まぁそれは余談としても、
折角観に来たサポーターの為にも、
勝つ喜びを味わわせて欲しいです。
J's GOALで選手のコメントを見る限り、
冷静な分析と前向きな意見をしている選手が多いので、
その言葉を信じたいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月 3日 (土)

高速道路をウォーキング

横浜市を起点とし、木更津市を終点とする環状高速道路
首都圏中央連絡自動車道」(略称:圏央道)。
現在、茨城県内においては、
4年前につくばJCT~つくば牛久IC間のみ開通し、
まだ実用的とは言えない状況にあります。
しかし、つくば牛久IC~牛久阿見IC~阿見東IC間が
来(きた)る今月10日に開通予定で、
まだ一部区間に過ぎないとは言え、
いよいよ県内での事実上の「開通」が、
間近に迫ってきています。

それを記念した、
その名も「茨城圏央道開通記念イベント」が、
開通を1週間後に控えた今日、
牛久阿見IC~阿見東IC間の本線で行われました。

偶々(たまたま)3日前の新聞に、
このイベントについての案内が載っていたのを見付け、
事前申込み等は必要ないとのことだったので、
急遽参加することを決めたのでした。
具体的な内容は、
記念フェスタ(アトラクションや地域物産展など)と
記念ウォーキング(圏央道を歩く)というもので、
「高速道路を歩ける機会なんか滅多にない」
という珍しさと、開通前の姿を見ておきたいという、
後になってからは見られない光景の貴重さ、
県内に関するイベントに参加したいという、
茨城好きとしての本能みたいなものが組み合わさり、
更に「思い立つ日が吉日」が信条なのかというくらい、
積極的かつ行動的に変わった性格も相俟(ま)って、
連れが居ないことに寂しさを感じつつも参加しました。

朝起きると雨模様だったので、
ちょっと行く気が失せそうになりましたが、
何とか奮い立たせて会場へと向かいました。
雨でないとは言え、天気もあまり良くなかったですし、
そんなにこのイベントに関心のある人は居ないだろうと
勝手に予想していたのですが、
会場へ行ってみると予想を覆す人出で驚きました。

臨時駐車場からシャトルバスに乗って、
記念イベント会場に行きました。
何しろ会場は高速道路の本線なので、
“会場入口”が高速道路の料金所。
いきなり、歩いて牛久阿見ICの料金所を通過するという
通常なら考えられない現実に少し面食らいつつも、
実際に高速道路を歩き始めました。
開通したら撮ることの出来ない貴重なショットを、
若干興奮気味に次々にカメラに収めていきました。
S0010_1





私が今回イベントに出向こうと思った
一番のお目当てであるウォーキングのコースは、
2~10kmを自由に選べましたが、
10kmコースだと何か貰えるというので、
迷わず10kmにしました。
「走っても1時間掛かるのに、歩いたらどうなるんだ」
と思いましたが、「一番長いコースの方が
記念になるな」とも思いました。
とりあえず、どれくらい掛かるのか分からないので、
物産展は後からゆっくり見ることにして、
先に10kmのウォーキングを済ませることにしました。
S0031





スタートのゲートを潜(くぐ)って、
いきなり目に飛び込んできた置き看板には、
「車道を歩きましょう。」という、
普通なら意味不明である筈の言葉が書かれていました。
特に時間を競うものでもなかったということもあり、
時々写真を撮ったりながら時間を気にせず歩き、
じっくりこの不思議で貴重な光景を満喫しました。
S0054





スタート直後から牛久大仏が遠くに見え、
3kmを過ぎた辺りで最も大仏に接近しました。
とは言っても、大仏の背中側を通っているため、
ちゃんと見るなら、正面から見に行くべきでしょう。
実際は写真で見るよりもっと大きく見えました。
S0135





1時間半以上掛かって折り返し点の
5km地点に辿り着きました。
思っていたより、10kmに挑戦する方が多く、
途中、先に折り返した多くの方と擦れ違いました。
S0121





本当はこの地点で、記念品か何かの引換券を
受け取る手筈になっていたのですが、
来客が予想を遙かに上回ってしまったと見えて
(あるいは読みが甘すぎた?)、券がなくなり、
スタート直後から首に掛けていた参加票に、
スタッフ手書きで「10(kmコース)」と書かれました。
しかも、この時点で参加賞や景品の類は、
既に全部なくなってしまったという話を聞き、
お楽しみを奪われたような気持ちになりました。
(因みに、会場入りしたらまずイベントプログラムを
受け取る筈だったのですが、
入場開始後1時間半程度で会場に着いたにも拘わらず、
これもなくなってしまったらしく、貰えませんでした)。

主催者側の手落ちと攻めたくなる気持ちもありますが、
確かに私から見てもこんなに来るとは思わなかったので、
事前予約制と違って予め参加者数を把握出来ないので、
致し方ないことなのかなと思って諦めました。
年輩の方や、小さい子供連れの若い夫婦などが多く、
土浦ナンバーの車が多かったことも考えると、
県央・県北地域とは違い(勿論個人差はありますが)、
県南地域では結構関心が高いようだなと思いました。

もう昼を回っていて空腹だったのと、
折り返し点で特に何もなかったこともあって、
帰りは少し気持ちにゆとりがなくなっていました。
フェスタ会場の物産展まで戻らないと、
食べ物が手に入らないので、
先に何か買っておけば良かったと思いました。
疲労を極力減らすためなるべく身軽にしようと思い、
貴重品くらいしか身に付けずに来てしまったのでした。

また、時間と共に気温が上がり、
天気も徐々に薄曇り程度に回復していきました。
そして一瞬だけ雲の切れ間から日が差したのですが、
急に暑さを感じました。
逆に、ウォーキングする環境としては、
曇りくらいで丁度良かったんだなとその時思いました。

やはり帰りも写真を撮りながらで、
そんなに向きになって歩いた訳でもなかったので、
結局ゴールしたのは14時ちょっと前でした。
およそ3時間くらい掛かりました。
ゴール後に、首にぶら下げていた参加票に
記念のスタンプを押してくれたのですが、
完歩証というのはこれのことだったようです。

朝食を食べてから時間が空きすぎたせいで、
凄く空腹でした。
でも、どこも結構列が出来ていて、
有り付くまでに時間が掛かったので、
待っているより帰ろうと思い、会場を後にしました。
実際、今回のイベントは、
ウォーキングとフェスタ(催し物)の2本立てなので、
足がむくんで、しかも一人ぼっちの私には、
そんなに長居する気力がありませんでした。

その直後、何気なく“会場出口”の料金所を見遣ると、
そこにはシャトルバスを待つ物凄い行列が!!!
こればかりはどうしようもないので、
じっとバスに乗れるまで耐えました。
S0180





シャトルバスで臨時駐車場に戻ってくると、
あれだけぎっちり止まっていた車も
だいぶ少なくなっていました。
もう15時くらいでしたからね。
何だか、時間が中途半端になってしまい、
昼食を摂る気分ではなくなってしまいました。
空腹でしたが、結局食べるのを断念しました。

帰りの車の中で、ふと気付いたのですが、
顔が日焼けしていました(妙に火照っていました)。
まさか1週間の間に2回も日焼けするとは。
紫外線対策しようと思っていたのに、
天気が芳しくなかったせいですっかり忘れていました。
日焼けのせいか、余計に体がだるく感じました。

ということで、今ブログを書きながらも、
文章をまとめる集中力が途切れがちな状態です。
まぁ個人的には、完成前の高速道路を歩くという、
貴重な体験をさせて貰えたので、
強行で行った甲斐があったなと思います。

P.S.
今日初めて生「つくばナンバー」を見ました。
今日通ったのが土浦ナンバー地域だったせいも
あるのでしょうが、結局見たのは5台だけで、
圧倒的に土浦ナンバーが多かったです。
もっと県西の方に行けば割合も違うのでしょうけど。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年3月 2日 (金)

君はさっきから一体何を考えているんだ!

青森、富山、東京、岡山、山口…。

ぼんやりと考え事をしていたら、
字の真ん中を基準に線対称で書ける都県名を
いつの間にか思い浮かべていて、
こんなことを考えていたのである。

勿論、撥ねや払いなどの細かいことは
考えないことが前提というのは言わずもがなである。
あとは、三重と香川も、含めさせてはくれまいか。

折角なので、県内の市町村名についても
同じように思い浮かべてみた。
日立………しかない。
(ええい、仕方ない。)
合併前の旧市町村名も対象に広げてみた。

里美、十王、小川、東……だけか。
大宮と常北はぎりぎりアウトかセーフか…。
セーフと言ってはくれまいか。

―などと考えたりしながら運転していたのだが、
一つ断っておく。
予め断っておく。

決して暇人ではない!!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年3月 1日 (木)

気持ち新たに3月突入

いよいよ3月に入ってしまいましたか。
2月はあっという間でした。
この1ヶ月間は特別な思いがあるので、
毎日をしっかり充実させたいと思います。

そっかぁ、3月ですか~。
朝は車が霜で凍っているように、
まだまだ春の陽気という雰囲気ではありませんが、
3月になったというだけで、
気分が一新して、清々しく感じています。
まぁそうは言っても今年は暖冬だったので、
寒さも例年に比べれば大したことはないですが、
それでも冬だったという感覚はあったので、
近頃日がどんどん延びてきていることなどを感じ、
やはり春に近付いてきているんだなと思います。

あ、因みにこのまま3月も雪が降らないと、
東京では観測史上初めて、
冬に降雪なしという記録になってしまうんですよね。
まぁ3月に雪が降ることもない訳ではないですからね。
この1ヶ月の間に、
降雪を観測するのかどうかにも注目ですね。

3月1日というと、
6年前に高校の卒業式が行われたのを思い出します。
平成13年3月1日でした(覚えやすい)。
あまり最近はそんなことを
考えることも少なくなってきていますが、
きっと今日辺りは県内各地の高校で、
卒業式が行われていたのだろうと思います。

4月からの新年度に向けて、
締めの1ヶ月という感じで捉えている人は
社会人でも学生でも結構居るんじゃないかなと思います。
スムーズに新年度のスタートを切るためにも、
この1ヶ月は年度切り替えの繋ぎ目を担う
重要な期間ですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »