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2007年3月31日 (土)

さよなら“マイホーム”

本日3月31日を以て退職致しました。

昨日は朝本店にて辞令交付を受けました。
その流れで簡単な送別式を開いて下さり、
花束を頂き、一言挨拶などをしました。
それから、部長、課長らと話を交えました。
その後は夕方に掛けて各事務所を回り、
お世話になった上司や先輩方に挨拶しました。

正直なところ、気恥ずかしさや後ろめたさがあり、
お世話になった方々に挨拶に行くのを、
躊躇いたくなる気持ちで前夜まで過ごしていました。
退職を決めてからは、
この「億劫な」挨拶回りという儀式をどうにかして、
やらずに済ませられないものかと模索したものです。
けれど、この日が近付くにつれて、
自分が送り出す側に立って考えると、
自分と一緒に働いた部下が顔も出さずに、
黙って去って行かれたら寂しいに違いないだろうし、
やはり最後はお礼も兼ねて、
しっかりと最後のお別れを告げに行くのが
筋だろうと思うようになりました。

そうは言っても、特によく面倒を見て下さった
先輩方に対しては、折角いろいろ教えて下さったのに、
何の恩返しも出来ずに先に去ってしまうという
「親不孝」とも思える後ろめたさを強く感じ、
わざわざ行って顔を合わせるのが
辛いという気持ちは直前までありました。

でも、こんな時に恥ずかしがっている
場合ではないですし、
逃げたことを後々後悔することになったら、
悔やんでも悔やみきれないので、
やはりここはすっきりとけじめをつける為にも、
ちょっとの気恥ずかしさなど気にせず、
お礼と別れを告げに行くべきだと思いました。

組織改編などで私が入社した2年前とは、
職員の配置や各部署の名称、所在地などが
だいぶ入れ替わってしまい、
すっかり印象が違ってしまっていましたが、
こうしてあちこちを回ってみると、
本当に今まで携わってきた方々が
如何に多かったかを改めて感じました。

お礼をしたい方々のほとんどには挨拶出来たので、
午後は気持ちがすっきりしていました。
しかし、緊張しっ放しだったせいなのか、
昨夜寝不足気味だったせいなのか、
お昼を回ると急に疲れが出てきて眠くなりました。
挨拶回りが終わって自分の事務所に戻ってくると、
ようやく自分の居場所に落ち着けてホッとし、
余計に体が疲れと眠さと爽快感に包まれていました。

夕方から夜にかけては、仕事という程でもないですが、
いよいよ最後の仕上げに向けてちょこっとだけ、
簡単な最終確認などを行いました。

そして夜は今の事務所のある地区での送別会を、
催して貰いました。
朝の挨拶と同様、ここでも挨拶をすることは、
100%分かり切っていたことであり、
昨夜や一昨夜は挨拶で何を話すかということを
ずっと考えていました。
いろいろ考えても緊張して、言いたいことを忘れ、
まとまりのつかない挨拶で終わってしまうことは、
十分可能性としては考えられたのですが、
そうかと言って何も考えずにぶっつけ本番で、
その場で気の利いた挨拶を出来る程、
脳の回転が良い訳でもなかったので、
ある程度は何を話すか考えておこうと思ったのです。

結局言いたかったことが多すぎて、
全てをうまくまとめるのは無理だと思い、
ある程度絞ってまとめたのですが、
それでも本番では途中を少し端折ってしまい、
8割くらいしか伝えることが出来ませんでした。
でも、挨拶の間ずっと体は震えていましたが、
落ち着いて支離滅裂にならずに話せた方だと思います。

最初の部署が10ヶ月、
今の部署に異動になってから1年と2ヶ月。
たった2年だけではありましたが、
毎日が勉強で、何もかもが真新しくて、
視野は一気にどんどん広がり、
いろんな方々との繋がりによって学ぶことも多く、
本当に毎日が充実した密の濃い日々でした。
自分で言うのもなんですが、
この2年間で自分が大きく成長出来たことを
最近になって実感しています。

こんなにも多くの職場の方々に支えられ、
温かく友好的に接して貰えた自分は、
本当に幸せ者だったなと思います。
細かく見れば、大変な時期もありましたし、
仕事に行きたくない朝もしょっちゅうありました。
休みの予定が前以て把握出来ないことに、
遣り切れない思いを募らせていたこともありました。
でも、そうやって積み重ねてきたたった2年の月日は、
今や私にとっては決して忘れることのない、
かけがえのない思い出で溢れていました。

来週もまた同じように仕事場に向かえば、
何の躊躇いもなく、自然と体が動き、
これまでと同じように仕事が出来るでしょう。
でも、自分を電車に例えるなら、
ここまで走ってきたレールが突然なくなり、
また違う旅がスタートするのです。
俄かには信じられません。
普通に一緒に過ごしていた従業員の方々とも、
事務所も機械も周りの風景も通勤路も、
何もかも今まで当たり前に接してきたものから
突然引き離され、当事者として接することは
二度と出来なくなってしまうのです。
下手すれば時間がこの哀愁を忘れさせ、
これらと徐々に疎遠にさえなり得るのです。

「来週もまた来るんでしょ」というみんなからの言葉は、
半分は冗談でしょうが、その言葉に込められた意味は、
私にとっては本当に有り難く、
別れが余計に辛くなる言葉でもありました。


もう残り僅かしかこの仕事に携われないし、
みんなと顔を合わせる時間も少なくなっているのに、
自らの手でそれを更に減らしてしまうことに
歯痒さを感じながらも有休などで、
合計して月の半分近くを休んで過ごした2月。
結局その心の叫びを無視出来ずに、
最後まで完全燃焼すると誓って
ほぼ平常通り出勤した3月。

けれど、終わりの見えていたこの2ヶ月間だけは、
本当に時間の流れがあっという間に感じました。
特に最後の2週間を切った辺りからは、
必死の抵抗も空しく、一気に駆け抜けてしまいました。
3月をしっかりと過ごしたお陰で、
2月の腑に落ちなさはだいぶ取り返せましたが、
抑(そもそも)が辞めるにはまだ早かったのか、
もしくはまだ心の整理が出来ていないせいなのか、
「完全燃焼出来た」とは言い切れませんでした。

自分から退職を願い出ておきながら、
再三の引き留めや惜しんでくれる声に、
心を揺さぶられそうになるのを必死で堪え、
決意を貫き通してきたのですが、
今の素直な気持ちは「もっとここに居たかったです」。

いつの間にか私にとっては、
「マイホーム」と呼べる居場所になっていたようです。
居心地の良かった“家”を出た私は来週から、
いえ、今から既に“ホームシック”に罹っています。
毎週でも顔を出しに帰りたいくらいです。

私が社会に出て初めて過ごした“家”を、
隅々まで名残惜しく目に焼き付けながら出てきました。
ちょっと感傷的になりながら、
今日“ホームタウン”を後にしました。

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コメント

素晴らしい別れを味わってきたようですね。
「マイホーム」はきっといつも君を喜んで迎えてくれるでしょう。
しかし部外者になってしまうのは否めません。
恩返しは、君がいつか立派になった姿を見せること!これに尽きます。
君のブログに書かれた気持ちを忘れずに、前に向かって進んでください。

投稿: 笑 | 2007年4月 1日 (日) 10時28分

いつでも行こうと思えば行けるので、永久的な別れではないのですが、やはり従事者としての立場とは違って、いくら遊びに行っても自分はもう上っ面での関係者でしかなくなってしまうというのが悲しいですね。
昨日まで従業員と談笑したり、注文を取ったり、在庫を確認していた当たり前の日常も、もう今日からはないのですから。
部外者にはなりたくないのですが、時間が解決してくれてしまうかもしれませんね。でも、この縁は大事にしていきたいと思います。

投稿: メークイン男爵 | 2007年4月 1日 (日) 16時35分

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