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2007年5月の26件の記事

2007年5月31日 (木)

幸せメロンパンチ

腐り掛けのメロンが好きだというそこの貴方!
…気持ちは分からんでもない。
確かに如何にも瓜っぽい味のする青臭いメロンよりは
少し傷み始めて柔らかくなってきたメロンの方が、
メロンの上品な香りと甘さが楽しめ、
スプーンで一口掬う度に、目にも口にも
とても幸せな気分が広がることは間違いない。

スプーンという武器を片手に
メロン探検隊の前に立ちはだかる最初の関門、
ワタが美味しかった時には、
まだメインの果肉まで達していないという
果てしないお楽しみの残っている状況なだけに、
まさにそれだけで頭がメロメロになってしまうね。
そうなると最後の皮のすぐ側まで、
幸せな気持ちで掘り進めることが出来るね。

でもワタだけは傷むのが早いから、
ちょっとタイミングがずれると苦くなって、
折角のワタでがっかりすることになりますよ。
気を付けて下さいね。

因みに、僕は麺がちょっと柔らかくなったくらいの
ラーメンの方が好きです。

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2007年5月30日 (水)

第69代横綱白鵬誕生

力強い取り口で先の夏場所を全勝優勝で飾り、
春場所からの連続優勝に華を添えた
白鵬関(モンゴル出身、宮城野部屋=22歳)が、
今日、満場一致で横綱昇進を決め、
第69代横綱・白鵬が正式に誕生した。

安定感のある相撲は大関昇進後も健在で、
2度目の横綱昇進が懸かった夏場所では、
その重圧を感じさせない迷いのない取り口で、
最後まで力強い相撲が光っていた。

朝青龍関の横綱昇進前も後も、
横綱候補と言われた力士は何人も居たが、
その重圧からか結果を残せないまま
機会を失う力士が多かった中で、
見事その重圧に打ち勝った白鵬関は、
既に横綱の風貌すら漂っていたように感じた。

思えば、中日8日目の稀勢の里戦の前に、
確か尾車親方だったと思うが、
解説で「今日の一番で勝ち越せば、このまま
最後まで(白星を重ね続けて)行くと思いますよ」
と言っていたのが耳に残っているのだが、
好調だった朝青龍関に先に土が付き、
いつものように食らい付くかと思いきや
最後は集中力や気迫が途切れたような4連敗で、
結局白鵬関の独擅場の場所という形になり、
本当にあの解説通りになったなぁと思った。

やはり、一人横綱というのは
バランスが悪いと思っていたので、
東西横綱の居る来場所からが楽しみである。
白鵬関の更なる活躍を期待したい。
そして、また次なる横綱候補が生まれるよう、
大関以下の力士達にも頑張って貰いたい。


話は変わるが昨日辺りから顔の皮が剥けてきた。
人と顔を合わせるのが恥ずかしいくらい一気にだ。
そして肩から背中に掛けての日焼けは、
相変わらずピリピリして痛い。
これが痒みに変わってくれば皮が剥けるのだろうが、
こんがり男爵の苦悶はまだ続きそうだ。

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2007年5月29日 (火)

沖縄家族旅行2007

24日(木)~28日(月)まで4泊5日で、
沖縄の親戚の所に家族で遊びに行ってきました。

沖縄へ行くのは私が11歳(小5)、
17歳(高校の修学旅行)、23歳(昨年)の時に続き
今回が4度目ということで、
飛行機で行く旅行先としては最多です。

ただ、沖縄旅行以外も全て含め、
これまで乗った飛行機のほとんどは
日本航空(JAL)だったので、
今回は行きも帰りも全日空(ANA)という
非常に珍しいパターンとなりました。
今まで勝手にJALを贔屓目で見ていましたが、
ANAもなかなか良いもんですね。

出発前に半袖を持って行くか長袖を持って行くかで
結構迷いました。
梅雨入りしたと聞いていたので、
「いくら沖縄と言えど梅雨入りで雨が続けば、
気温より実際の体感温度は寒く感じられるのではないか」
「まだ半袖には(時期が)早いかもしれない」などと考え、
結局一か八かで半袖主体で着替えを詰めました。

出発日は関東は半袖で居られる陽気だったのですが、
電車や空港内や機内など
どこもかしこも冷房が効いていて、
半袖を着ていったのが裏目に出た感がありました。
「加えて沖縄がもし梅雨寒状態だったら…。」
そんな不安を抱えて那覇空港へ降り立ちました。

しかし、心配無用でした。
降り立った途端、生暖かい空気を肌で感じました。
むしろ湿気を含んでいて蒸し暑ささえ感じました。
しかも梅雨っぽくない(現地の人の話)というおまけ付き
(異常気象かもしれないので素直には喜べないが)。


これまででだいぶあちこちを旅行出来たのと、
思い切って3泊4日にしようと計画したので、
今回は初めて本当に航空券を買っただけの
ツアーとは全く無縁の旅行にしました。
ツアーは2泊3日のパターンが多く、
出発時刻の待ち合わせなどで意外にゆっくり出来ない
ということもあって、申し込まなかったのでした。

親戚の家に3泊もしてしまいましたが、
色んな所を案内してくれて楽しめました。
今回は観光バスでは通らないような、
ごく自然な街中の風景や、様子が窺えて、
また違った新鮮みのある旅行でした。

例えば、偶然街を歩いていたら、
何気なく道端のちょっとした駐車場に
8台くらい車が駐めてあるのが目に入り、
しかも何気なく違和感があったのでよく見ると、
レアなナンバープレートを付けた車を発見しました。

S0178




こういうナンバーは米軍基地の近くに行くと
よく見掛けることが出来るのですが、
今回は沖縄の「縄」が旧字体というもの。
個人的には「激レアっぽい」と大興奮なのですが。
Photo_4






25日(金)と27日(日)は「折角沖縄に来たんだし」
と今年初めて海水浴を楽しみました。
27日に行ったビーチは場所が場所なだけに、
外国人の割合が7割くらいを占め、
一瞬日本人が外国のビーチへ
観光に来たかのような錯覚を起こす程でした。

確信犯的な所もあるのですが、
日焼けしすぎて今肩から背中がピリピリしてます。
ちょっと急激に焼きすぎました。
筋肉痛も多少はあるのですがそれが気にならないくらい、
日焼けが半端じゃなく痛いです。


無計画だった割には4日間をそれなりに楽しめ、
日曜日になり、沖縄を離れる時が近付いてきました。
沖縄の街並みに別れを告げ那覇空港のロビーへ行くと、
思ったより混み合っていました。
というか物凄く混んでいました。
何か混みすぎっしょ!!!

それもその筈、ニュースにもなっていたようなので
もうお分かりかと思うのですが、
全日空でコンピュータのトラブル障害が発生し、
大幅に空のダイヤが乱れていたのでした。
そうと知って、慌てて今一度出発便一覧を見遣ると、
ほとんどの備考欄には「遅延」とありました。
「うわーえらいこっちゃ!」と思いながら
下の方を見ると「欠航」なんて書いてある便まで…。

「何か大変なことになってるな。因みにどこ行きの…」
と思いながら確認すると、それはまさしく、
自分達が乗って帰る筈だった飛行機じゃないですか!
「欠航って…」(絶句)。
S0182





情報が錯綜していたので、
取り敢えずバカみたいに長蛇となっていた列に並び、
その間手分けして色んな窓口で確認しました。
結局最後まで情報はごちゃごちゃしていましたが、
もう翌日にならないと帰れない
ということだけははっきりしたので、
航空券を振り替えて貰う手続きをしました。
その間、沖縄で唯一の鉄道(モノレール)である
「ゆいレール」と那覇空港駅を記念に撮っていました。
何しろ手続きが終わるまで3時間も費やしたので。
S0184





こうして、意図せずもう1泊することになったのです。
3泊4日のつもりが4泊5日に。
今度こそ最後の晩餐を、ということで、
サンエー那覇メインプレイスというお店内にある
レストランフロアで夕食を取ることになりました。
すると、たまたま新曲発売を記念して、
いっこく堂さんが特設ステージにて
ライブを行っていました。
全くの偶然だったのですが、
生でいっこく堂さんを見ることが出来ました。

因みに楽曲のタイトルは、
『生きてるだけで それだけで』。
傷心の今考えてみると、何かズンと突き刺さる言葉です。


そして昨日28日(月)に沖縄滞在5日目を迎えました。
事前の天気予報では土日は崩れる予報でしたが、
雨が降らなかったばかりか日曜日は日差しも強く、
梅雨入りしているにも拘わらず、
天候に恵まれた5日間となりました。

行きも帰りも富士山が綺麗に見えました。
S0016

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2007年5月28日 (月)

永遠のDistance

今日、沖縄から帰ってきました。
羽田空港に着陸し、飛行機の窓から外を見ると、
日差しが眩しく、気持ちの良いお天気でした。

飛行機を降り、携帯電話の電源を入れてみると、
友達からメールが一通届いていました。
早速そのメールを見た私は愕然としました。
「ZARDのボーカルが亡くなった」とあったのです。
慌ててニュースをチェックしてみましたが、
事実として受け入れるしかないことを悟りました。
そして初めて坂井泉水さんが癌だったことも知りました。

プロフィールにも書いているように、
色んなアーティストの曲は聴きますが、
その中でも特に槇原敬之さんとZARDが好きだったので、
事実は事実として受け入れながらも、
どう考えて良いのか分からない程のショックを受けました。

友人には時々話すのですが、
私が初めて買ったアルバムCDが
ZARDの『TODAY IS ANOTHER DAY』
(1996.7.8発売)ということで思い入れもあり、
それ以来のファンでもあるのです。

一時期、特に意識した訳ではなかったのですが
全く彼女の楽曲を聴かなかった時期があったのですが、
その後久し振りに聴く彼女の歌声は新鮮でクリアで、
疲れた心が癒されるような感じがして、
「やっぱりファンだなぁ」と思ったものでした。

特に最近では彼女の新しい楽曲が聴きたくて、
『止まっていた時計が今動き出した』(2005年)
『君とのDistance』(2006年)などの
オリジナルアルバムは、
「早く次の新しいアルバムが発売されないかなぁ」
と発売情報が出る前から心待ちにして買ったのでした。

そして『君との―』が発売された後も、
同じように次のオリジナルアルバムの発売を
期待して待っていたのでした。
それだけに、突然彼女の歌手活動、そして人生にまで
ピリオドが打たれたこの訃報には力が抜けました。

昨年、デビュー15周年を記念した
ベストアルバムが発売されましたが、
収録曲がほとんど知っているものだったので
購入を見送ったのですが、
奇しくもそれが生前最後のリリースになるとは、
あの時思いも寄りませんでした。

まだまだ精力的に楽曲を発表し続けてくれるものだと
信じて疑わなかったので、
まさかこんなに若くして亡くなるという
結末が用意されていたなんて夢にも思いませんでした。

これまでも芸能人や著名人の訃報を聞く度に、
何とも言えない悲しい気持ちを感じてきましたが、
自分のファンだった歌手が亡くなるというのは、
こんなにも悲しいものかということを
初めて身を以て実感しました。
美人薄命とは言いますが、
40歳という若さでこの世を去ってしまった彼女は、
輝きを保ち続けたまま永遠の別れとなってしまいました。

仮に現在製作中だった楽曲が発売されることがあっても、
もうそれ以上は彼女の手によって
新しく生み出されることはないのだと思うと、
何かもう本当にショックです。

音楽も私という人間を構成する重要な要素の一つなので、
今後の人生設計が突然狂ったと言っても過言ではなく、
ZARDなしの人生を考えると気が遠くなりそうです。
でも、彼女が遺した数多くの楽曲は
これからも生き続けるので、
これまでのように変わらず癒され励まされ、
力を貰いながらこの哀しみを乗り越えていこうと思います。

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2007年5月24日 (木)

肝心な時に使えない

旅行の準備をするに当たって、部屋が汚いため、
こういう時にこそ使いたいという物が、
必要な時に限って出てきません。
帽子が見付かりません。
耳栓が見付かりません。
折り畳み傘が見付かりません。

ポータブルMDは暫く使っていないため、
電池が切れたまま充電していません。
デジカメのバッテリーも満充電にしていません。
携帯電話の携帯充電器に使っている充電式電池も
使い掛けのまま満充電にしていません。

肝心な時に何でこう準備が不十分かなぁ。
もうこれらを探し出したり、
充電している時間はないので諦めます。
何とかなるっしょ!(開き直るしかない。)


※今日から(梅雨入りした)沖縄へ家族旅行に旅立ちます。
多分旅行中はブログの更新はしない
と思いますのでご了承下さい。

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2007年5月23日 (水)

HH観戦記2007 vol.8

今日は久し振りにホーリーホックのホーム戦が、
平日ナイターとして行われました。
今日の相手はこの所3連敗を喫するなど、
今一つ波に乗り切れていないため、
水戸が今季ホーム初勝利を挙げるには
絶好の相手だろうと思われました。

しかし、スタメンとリザーブ(控え)が発表になった途端、
「今日は何か策でもあるのか?調子でも悪いのか?」
と心配になりました。
何しろチームの柱とも言うべきGKの本間選手や、
守備の要の鈴木和裕選手が控えに回ったのを始め、
金沢選手や小椋選手に至ってはリザーブにさえ
登録されなかったとあって、
今季のここまでの闘い方を考えると
「おや?」と思わず首を傾げそうになるオーダーでした。

きっと何か考えがあってのことだろうとは思いましたが、
折角今日は絶好のチャンスなのに、
肝心の布陣がこれで良いのかと思ってしまいました。
チームが若手中心なだけに
今流行の麻疹の影響を受けていなければ良いのですが。

蓋を開けてみれば、
予想よりも更に内容の悪い試合となりました。
というのも、選手の動きが全体的に鈍いというか、
言い方を悪くすれば、やる気がないとしか
思えないような怠慢な動きに見えました。
積極性に欠ける動きに見えて仕方なかったのです。
最初からゲームを投げているのかとさえ思いました。

「これじゃいくら相手も調子が悪いとは言っても、
このまま行ったら先制点を取られるのも
時間の問題になっちゃうよ。もっと危機感持ってよ。」
と思っていたのですが、相変わらず動きが鈍く、
前半14分にスローインからピンチを作り、
クリアできずに逆に相手をフリーにしてしまい、
あっさり先制を許してしまいました。

その後も押し込まれる場面の方が多く、
相手にボールを支配される時間の方が長く、
ボールもなかなか前線まで繋げませんでした。
そのうち、前半30分にCKから合わせられ2失点目。
もっとしっかりマークすれば防げたと思うのですが、
如何せん何となく動きがだらだらしていて、
隙だらけという感じがしました。

後半に入っても今一で、
後半9分にはダメ押しとなる3点目を決められました。
流石にこれではいくら不調の相手とは言え、
相手の気持ちをグッと楽にしてしまったでしょう。

水戸は3失点してからようやく
本来の鋭いサッカーが戻ってきて、
徐々に積極的にゴールを狙いに行く姿勢が見え始め、
パスも徐々に繋がり出し、
前線へ切り込んでいくシーンが増えてきました。

そして遂に後半18分、左サイドからのパスを
ゴール正面やや右の位置で受けたFW西野選手が、
相手ディフェンスに一瞬躊躇いながらも、
豪快に振り抜いたシュートが見事に決まりました。

その後もすぐにCKなどで勢い付いた水戸は、
俄かに押せ押せムードになり、
1-3というスコアもまだまだ分からないという
雰囲気になってきたような感じだったのですが、
もう一歩の所でゴールを決められず、
結局そのまま試合終了となってしまいました。
最初から後半のような闘いを見せてくれていたら、
相手にとってもやりにくかったと思いますが、
あれじゃ相手も落ち着きを取り戻してしまいますね。

今季ワーストとも言えるような内容で、
ちょっとどうしたのかなと思いました。
控えの選手を試そうと思ったのかもしれませんが、
何だか意図がちょっとよく分かりませんでした。

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2007年5月22日 (火)

2つの時空の間を彷徨う心

1年前の約束を果たすため、
昨日、今日と前の職場へ行きました。
とは言っても、通常業務とは全く違う野暮用を
私よりベテランの従業員さん達と共に
別な所へ出掛けて行うというものなので、
仕事と言ってもそんな仰々しいものではありません。

ただ、1年前のこの時は、
私は職場で留守番をしていたため行けず、
「来年は一緒に行きましょう」と従業員さん達に誘われ、
行く気満々で「是非」と約束していたのです。

結局私は退職してしまったのですが、
疎遠になるのが嫌だったということもあり、
「今年は行きますので絶対誘って下さい」
と退職前に念を押していたのです。
でもそれは決して「約束を守りたい」という
義理や意地などでも、社交辞令でもなく、
自分の本心から出た言葉でした。

昨日、退職後初めて通い慣れし道を通りましたが、
久し振りの長距離運転でちょっと緊張した以外は
それ程通勤路だった景色などに変わり映えもなく、
懐かしさという程の感情も湧きませんでした。
「ちょっとの間来ていなかったけど、
いつもと変わらない日常の風景」という感じでした。
あれから1ヶ月半以上経つというのに、
それこそ1、2週間程度欠勤していただけのような
錯覚さえ起こしていたのだろうという気がします。

まだ日が浅い方ではあるでしょうが、
従業員さん達を久々に見ても
懐かしさより安堵感の方が強く、
ちょっと前に顔を見たばかりのような
錯覚を起こしました。

でも今の職場の様子や最新情報などを聞くと、
自分が居なくなってからも確実に
職場の時間は進んでいた訳で、
少しずつ変わっているということを思い知らされた時、
やっぱり退社後からの空白の時間を感じました。

でも、本当に自分にとっては楽しい時間でした。
所詮職場だけの付き合いなので、
それまでと言えばそれまでなのですが、
出来ることなら知人として
末永くお付き合いしたい方々です。
今はこうしてここに変わらず勤められているので、
私としても拠り所として行き易いのですが、
この従業員さん達が辞められてしまうと、
従業員さん達とも職場とも
全く接点がなくなってしまう可能性が高いのです。


思いもよらず2日とも参加出来ることになり、
昨日は「明日も来ますので」という感じで、
まだ一日残っていたので嬉しい気分で帰りました。
しかし今日は、少しずつ忍び寄る別れの時が
脳裏を過(よぎ)り、その度に切なくなりました。

次またいつ遊びに行けるか分かりません。
今回は偶々うまくスケジュールが合いましたが。
親としてもあまりしょっちゅう私が前の職場に行って
喜んでいたら快く思わないかもしれませんし、
巣立ちという意味でも、
心が前の職場から離れられないでいるのを助長しそうで、
あまり癖になってはいけないのかなという気もします。

ただ、本当に有り難いことですが、
今回同行した従業員さん達以外の職場の方々も含め、
時々話題にしてくれて気に掛けてくれているようですし、
私が遊びに来ることを楽しみにしてくれてもいるようで、
辞めてなお話に出してくれることは非常に光栄です。


やっと1ヶ月くらい掛かって、
前の職場への未練を何とか断ち切ったと思ったのに、
今日の帰り際にはまたぶり返していました。
今ならまだ普通に前のように仕事も出来ますし、
配置や要領なども忘れていませんからね。

ただあの頃は新しい生活への転換に
戸惑いを感じ落ち着かない自分が居ましたが、
今回は「これはあくまで小旅行(趣味)であって、
明日からは自分の仕事に戻らなくちゃいけない」
というような気持ちには否が応でもなっている所が、
多少気持ちの整理がついたのかなぁとは思いますが。
よく世間的に言われるように、単に時の流れが
解決してくれているだけなのかもしれませんが。

まぁ、体は一つしかないので、
どっちにも身を置きたい所ですが
こればかりは諦めて自分の選んだ現実を選ぶしか
方法はないですね。
あの当時は本当に情緒不安定気味でしたが、
少しは“親離れ”出来てきたのかもしれませんね。


そんなこともあって、
今日愛車の走行距離が53,000kmを突破しました。
ほんと、めっきり車乗らなくなったよなぁ。

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2007年5月21日 (月)

青春か!(タカアンドトシ風に)

今日某ホームセンターに絵筆を買いに行きました。
「折角来たついでに、一応店内を見て回るか」と思って、
何か欲しかった物がなかったか、
帰り掛けに1階もぶらっと見ていくことにしました。

ぶらぶら10分くらい歩いていた時、
一瞬視界に背の高い男性が入ってきました。
その時、ピクッと私の中で何かが反応しました。
「ん?何か見たことある気がする」
と思いながらその横顔を見直してみると、
ホーリーホックのDF4鈴木和裕選手に似ていると
すぐに気付いたのです。

「いや、まさかこんな所に…。空似だろう…。」
と思って通り過ぎようとしたのですが、
「いや、でもやっぱり似てるな、本人っぽいよなぁ」
と思って立ち止まり、もう一度横顔を見ようとした時、
男性がこっちを見ました。
「うお!目が合った!」と思いながら、
2秒くらいじっと見てしまいましたが、
余りの恥ずかしさに耐えきれなくなり、
慌てて一度目を逸らしましたが、
「やっぱり和裕選手本人だ。声掛けようかな」
と思ってもう一度振り返りました(この間僅か0.8秒)。

すると、私が一瞬じっと見たことに
何か感じるものがあったのか、
鈴木選手もこちらをまた一瞬見てきたのです。
「あ…ぅ…」と心の中で固まる拙者。
2度、目が合ってしまいました(いやん恥ずかしい)。
一歩間違えれば自意識過剰にもなりかねませんが。
(青春の甘酸っぱい恋じゃあるまいし)。

本当にね、僕はシャイなんですよ。
そんなね、話し掛けられるような人間だったら
色々と今頃こんな苦労してないですよ。

それに、和裕選手はまだ幼い娘さんを肩車しており、
その隣には長身ですらっとしていて、
黒髪が綺麗で美人な奥さんもいらっしゃったので、
プライベートを邪魔しては失礼かなという
躊躇いもあったのです。

因みに僕は150cm台前後の女性が好きです。
(誰も聞いてないっすね、はい次行きましょう)。

帰りの車の中では、気を落ち着かせるのに必死でした。
プライベートでもクールでオシャレで格好良かったですね。

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2007年5月20日 (日)

「時間だよー!」

※我が家では基本的に1階から2階に伝言がある時、
単純に2階に向かって叫ぶという手段を採ります。
「ご飯だよー!」「出掛けてくるよー!鍋見といて」
「(風呂)お先~!」などという具合です。

。。。。。。。。。。

「時間だよー!」と父が2階に居た私に叫びました。
「一体何の時間なんだ」と一瞬思ったのですが、
続けて「制限時間いっぱいだよ」と言ったので、
「ああ、結びの一番のことか」と思いました。
別に観ようと思っていた訳ではないのですが、
折角なのでテレビを観に行きました。
(2階にはテレビがないのだ)。

で、降りて行ってみると、まだ結びの一番ではなく、
白鵬関と稀勢の里関の対戦でした。
白鵬関にしてみれば綱取りの懸かった場所で
しかも7連勝中と勢いに乗っていますし、
稀勢の里関としても周囲の期待も高く、
白鵬関に対して3場所連続勝っているということもあり、
好取組だという訳です。
まして、稀勢の里関は茨城県の郷土力士なので、
わざわざ教えてくれたのでしょう。

そう言えば、昔はよく水曜の夜7時になると、
「時間だよー」とか「始まったよー」とか
やはりこんな感じで時間を教えて貰ったものです。
ええ、『ドラゴンボール』の放送時間ですね。
たまに何かに熱中していると、
うっかり時間を忘れていることがあって、
そういう時に呼んでくれたんですよね。

最近久しくそういうことがなかったので、
何か妙に懐かしい気持ちになりながら、
激しく白熱した取組を観ていました。
両力士とも気迫が籠もっていましたが、
やはり白鵬関は見事な闘い振りで力強いです。
千秋楽の頃はどうなっているんでしょうか。

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2007年5月19日 (土)

いつの間にか

蛙が鳴き始めてからもう1ヶ月くらいにはなりますが、
思った通り、今となっては言われなければ、
特別鳴き声を意識していません。
完全にBGMと化しているというか、
音としてすらあまり意識していません。

一旦気になり出すと、
「こんなに鳴いていたのか」とは思うのですが、
またしばらくすると忘れていると思います。

もうどこも田植えが終わって、
田圃が真っ青(緑色)ですねぇ。
初夏というか新緑というか。
気持ち良い季節です。
だから5月は好きです。
でもこの所雨が多くてちょっと嫌ですけどね。

ところで、五月と言えば五月病が有名ですが、
あまり五月病を意識しないうちに
いつの間にか半分以上過ぎていました。
まぁストレスや疲れがないと言えば嘘になりますが、
状態はいつもとそんなに大差ないですね。

今年は五月病より麻疹(はしか)が大流行のようですね。

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2007年5月18日 (金)

お買い物新スポットへ

3日程前になりますが、
仕事で近くに寄ったついでに
ロックシティ水戸南ショッピングセンターに
初めて行ってみました。

一日中居ても飽きなそうな感じで、
入っている店舗なども興味のあるものが多く、
時間があったらまたゆっくり見たいなと思いました。

本当は気を利かせて写真を撮ろうと思ったのですが、
帰りに撮ろうと思ったら日没で撮りそびれました。

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2007年5月17日 (木)

国保&国民年金再加入

3日程前に国民健康保険と国民年金の加入手続を
ようやく済ませました。
本来なら4月に入ってすぐに手続きをすべきでしたが、
必要な書類等が父も私もよく分からず、
そのまま放置していました。
この1ヶ月半は保険証がないまま過ごしていました。

2年前は職場の方で指示された通りに従って、
職場の保険等へ加入したので
あまり手続きに詳しくない私でも何とかなりましたが、
今年4月から自営業になるのに伴って、
再び国保、国民年金への切り替えに迫られていたのです。

本当は新雇い主である父が色々と
退社前に指示を出してくれれば一番良かったのですが、
何も言われぬまま退社を迎えてしまいました。
そのせいで、状況が整理できていなかったので、
とりあえず4月からは親の扶養ということで、
失業保険にも入るというような申請をしたのですが、
「社員になるんだから扶養じゃないし、
失業保険も申請の必要はないよ」
と後になって言われる始末。
(常識と言われてしまえばそれまでですが)。

そして更には今になって、
「(国保と国民年金の加入申請に)何が必要か
市役所に電話して聞いとけ」といきなり言われても。

拙者、そこら辺の仕組みが
まだよう分からんっちゅうねん。
もし何か書類が足りないということになって、
今更前の職場に電話することになったら、
正直ちょっと気まずいっちゅうねん。

とまぁ文句を言いそうになりつつも、
常々早く精神的に親から独立したいと思っているので、
こういう時もいちいち親を当てにしてはいけないと思い、
開き直ってまず市役所に電話しましたさ。

問題は年金手帳でした。
これはほぼ間違いなく必要だろうなと分かっていたので、
だからこそ手続きを先送りしていたとも言えるのです。
なぜなら、私の記憶では前の職場に入った時に
預けっ放しのまま返して貰った記憶がなかったので、
そうなると、職場に確認しなくてはならなかったのです。

「そのうち郵送で送り返してくれるのかな」
などと期待していた面もあったのですが、
一向に送られてくる気配がないので、
「(既に返して貰って)自分で持ってるのかなぁ」
と思って、一応探してみました。
しかしやはり心当たりのある所を探しても見付からず、
ここは諦めて電話して聞いてみるしかないと
覚悟を決めました。
「気楽に掛ければ大丈夫さ、あまり考えずに平常心で。」

しかし、もし職場になかったら、
勇気を出して電話をする意味がなくなるので、
念のためもう一度自分で持っているのか
確認するだけしてみようと思いました。
(そんなに電話したくないのかと言われそうですが)。

書類や物で部屋中ごちゃごちゃしていて、
何がどこに入っているかなんて分からないので、
多分あったとしても探すのは容易じゃないなと思いました。
あるかどうかも分からない物を探すには、
あまりにも環境が悪いと言えました。

「前に返して貰ったのかなぁ。覚えてないけど…。」
と思いながらもう一度探してみると、
紙と紙の間に挟まっていました。
まさか2年で辞めるとは思っていなかったので、
適当に入れておいたのがそのうち埋もれたっぽいですが、
何はともあれ出てきて良かったです。
そして、確認の電話をしなくて良かったです。
(危なかった)。

もう年金手帳が見付かればこっちのもんです。
細かいことを心配して考え込み
足が竦(すく)んでしまわないように、
他に何か足りなかったとしても、
とりあえず市役所の窓口に突撃してから対処しようと、
勢いで早速手続きに出掛けたのです。

まぁよく考えてみれば、
20歳の時に国民年金の加入手続をしたのも
全部自分でやってますしね(当たり前か)。
住民票の異動とかも。
恐れるに足らずってことですよ。
No more 悩み無用ってことですよ。

しかし、まだまだ世の中には分からないことが沢山。
税金とか。
早く一人前にならねばならん。

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2007年5月16日 (水)

下着の世代交代

いつも買っている納豆が置いていなかったので、
たまには違う納豆でも食べようと思って
たれに特徴があるという
違うのを買っておいたのですが、
昨日の朝食でそれを食べる機会がありました。

父は食べながら、
「この納豆はたれがとろっとしてんだわ」
と感想を述べた後、「でもからしが付いてないんだわ」
と付け加えました。
いつも通りからし付きでないと気持ちが悪いのでしょう。
だから私はフォローしておきました、
「『専用のたれが付いてるから許したれ』
ってことじゃないの?」

――まぁいいや。


今に始まったことではないのですが、
大概いつの時代も自分で気に入っている下着
(特にトランクス)というのはあるのですが、
繰り返し穿いているうちにゴムが伸びてきたり、
生地がヨレヨレになってきてしまうんですよね。

最近もまた数着のお気に入りトランクスが末期状態に。
私はそのトランクス達の哀れな姿を見ながら
心の中で叫びましたよ、
「…ト、トランクスっ!!」
(もう間違いなくベジータの声でした)。

。。。

遂にドラゴンボールネタを絡ませてしまった…。
今まで懸命に抑えて書いてきたのに。
今宵崩壊。

だって、台詞が血となり肉となり、
この体の一部となっているんですもの。許して。
簡単に解説を加えますとね、これはですね、
トランクスが、18号抜きで復活したばかりの
セルに一撃でやられてしまったんですね。
その時息子(トランクス)の姿を見て
ベジータさんが発した台詞ですね。

―まぁいいでしょう。次行って下さい。(了解)。


最近、サザンオールスターズの
『Bye Bye My Love(U are the one)』
が無性に聴きたくなってしまうのですが病気ですか?
(むしろ僕は誰に相談しているんですか?)
前はどちらかというと、『希望の轍』だったのですが。
因みにホークスの小久保選手が
打席に立つ時のテーマとして採用しているため、
前奏が流れます(今年は分かりません)。

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2007年5月15日 (火)

No.51鈴木選手

ふぃ~、今し方ようやくネットが復帰しました。
夜になってパソコンを開いた所までは良かったのですが、
何とネットにアクセス出来ないという
原因不明の緊急事態に巻き込まれ、
ネットは見られない、メールも受信出来ない、
スキャンしようとしたら最新の定義をDL出来ない、
とまぁインターネットが使えなくなったせいで、
ネットを介する作業が全て無効になり困りました。

仕方がないので今日は諦めるしかないと思い、
「たまにはネットを見ないで寝っと(寝るぞ)。」
などとつまらないシャレを考えたりしていたのですが、
何の前触れもなく突然復旧しました。
一体何だったんじゃー。

ということでめでたくブログ更新が出来ます。

。。。。。。。。。。。。。。。


東北楽天ゴールデンイーグルスが
球団創設3年目にして初の5連勝を飾りました。
マーくんに勝ち星が付かなかったのは残念ですが、
よく頑張った。

あと今日野球中継を観てて思ったのですが、
いつの間にか横浜ベイスターズの佐伯選手は
背番号を26に戻したんですね。
まぁ僕の中では26番のイメージの方が強かったので、
最初は観ていて違和感は無かったのですが、
「ん?あれ?26番って…。10番じゃなかったっけ?」
と途中で異変に気付きまじまじと観てしまいました。

駒田選手が引退した後10番に変更したんですが、
「知らなかった。いつから戻したんだろ」と思い、
今年の選手年鑑を引っ張り出して確認したところ、
やはり今季から入団当時の背番号に戻したんですね。

「ふむふむ」と思いながらついでに他の選手を見つつ、
他に変更になった選手は居ないかなと思っていたら、
鈴木尚典選手も登録名を「鈴木尚」に変更したそうで、
「それじゃ『山本昌』選手と同じパターンやないけ」
と突っ込みながらよく見ると「背番号51」って…。
「ん?あれ?確か7番だったんじゃ…。」
またまた異変に気付きよく読んでみると、
やはり「入団当時の背番号に戻して心機一転」って…。
登録名と一緒に背番号まで替えとったんかいな捻り。

かいなひねり?
ああ相撲用語ね。「腕」と書いて「かいな」ね。
因みに魁皇関は結構小手投げするね。
稀勢の里関は茨城県牛久市出身なので、
ホープの抱負を豊富に語って貰いま…(抱腹絶倒)。

…皆さん、大変やのぅ。


。。。。。。。。。。。。。。。


つ、遂にやってしまった。
ブログでは落ち着いた文体を心掛けていたのに。
今宵崩壊。

ネットが復帰した喜びの勢いで、
その勢いに任せて書いてしまった…。
落ち着け~、落ち着くんだ~。
し、しかし、夜中は何故か頭が冴える。
明日起きたらきっとこのブログを見て、
「穴があったら入りたい」と言っているに違いない。

イッテルビウム。
原子番号70。元素記号Yb。
化学不得意。
でも覚えてる元素記号V…バナジウム。
鉛…Pb。
プロモーションビデオはPV。

(この辺でやめておかないと、
本当に明日顔から火が出ることになってしまうニャン。)

(「ニャン」ってお前…。「ニャン」ってお前…。「ニャン」って…お前…。

御前崎。

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2007年5月14日 (月)

続・『天国からのラブレター』

昨夜ブログを書き終え、
一旦は眠りに就こうとしたのですが、
どうにも続きを読みたいモヤモヤ感があって、
脳が興奮して眠れないので、
またガサゴソ起き出して続きを読みました。
そしてその勢いで一気に
最後まで読み切ってしまいました。
時計は今朝の4時近くになっていました。

私が物事を考える時、
大概一旦自分の身に置き換えてから、
自分なりに解釈したり、
自分の考え方と照らし合わせてみたりします。
喜怒哀楽全てにおいて
自然とそういう考え方をしてしまうようです。

ただ、この中で断トツで応えるのが「哀」です。
悩みの相談を受けると自分まで悩んでしまいますし、
悲しい話を聞けば自分のことのように悲しくなります。

だから、この本を読み終えた時、
それまでの幸せと愛情に満ちた人生と、
それを本当に残酷な事件によって
強制的にお仕舞いにされてしまったギャップとが
あまりに大きすぎて、
半分放心状態になっていました。

まだまだ生きたかっただろうと思います。
全く知らない人に命を奪われて、
自分の意志に反して
突然人生に終始を打たれてしまった無念。

そして遺された旦那さんも、
随分辛い日々を過ごされたと思いますし、
今尚辛さや悔しさは消えないと思います。
私も悔しさを感じずにはいられませんでした。
事件に巻き込まれたのは今の私より若い
23歳の時ですからね。

私の時より遙かに内容の濃い23歳
だったに違いありませんが、
もし私が当事者だったらその苦しみに
耐えられていただろうか、自信は持てません。

そして、もう一つ読んでいて思ったのが、
世の中にある様々な物が、
どういう人たちによって思い出となっているか分からない
ということでした。
服装にしろ、汚れた川にしろ、おんぼろな建物にしろ、
流行歌にしろ、テレビ番組やCMにしろ、有名人にしろ、
新しいテーマパークにしろ、街を行き交う人々にせよ、
誰がどこに気を留めて、何を思い、
そして何が思い出になっているか分かりません。

人によっては大した興味のないものでも、
人によっては凄く大切なものだったりするということが、
本当に他愛ない話題の中から感じられました。
人間にせよ、一人で生きている訳ではない訳で、
誰かが生きていれば色んな人がその人に、
何かしらの形でも関わっているのが、
世の中という摩訶不思議な世界の魅力でもあります。

最後になりますが、
私はかねがね「一番嫌いな漢字は何だろう?」
と考えているのですが、
やはり「殺」かなと思います。
全てではないですが、
良くない意味として使われる熟語の方が
圧倒的に多い気がします。
悪い意味でこの字が使われることのない
平和な世の中になってくれることを願ってやみません。

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2007年5月13日 (日)

『天国からのラブレター』

今日本屋さんに行ってきました。
目的の本も買ってきたのですが、
偶々ついでに文庫本なども見ていたら、
一冊の本が目に留まりました。

タイトルは『天国からのラブレター』(新潮文庫)で、
「光市母子殺人事件」の被害者である奥さんと
遺された旦那さんの、本村洋・弥生さん夫妻の
手紙のやりとりをまとめた本です。

ニュースなどで以前にこの本が出版されたことは
知っていましたが、
今年になって文庫本化されていたようです。
数ページ立ち読みして買おうと決めました。

現在196ページまで読み掛けた段階なので、
全てを通して読んだ感想ではないのですが、
こういう素敵な恋愛を経て結婚し、
幸せな家庭を築き出したばかりの夫婦が、
突然凄惨な事件に巻き込まれ、
永遠に別れることになってしまった
悲しさや喪失感には胸が締め付けられるような気持ちで、
いたたまれなくなります。

常識では考えられないような凄惨な事件や、
あまりの愚行に腹立たしさを感じる事件が後を絶たず、
その度に何とも行き場のない怒りを覚えますが、
被害者の奥さんにしても、
まさか自分の未来にこういう結末が待っているとは
思いも寄らなかったことでしょう。

先に「結末(事件)」を知っているからこそ、
この本村夫妻の幸せな様子が応えます。
何故彼らがこんな運命を歩まねばならなかったのか、
何の罪もない人たちが被害に遭わねばならないのか、
本当に遣り切れない思いがします。

本当はこうして感想をブログに書くことを
躊躇ったりもしたのですが、
読み進める度に感じる微笑ましさと、
同時に感じる何とも言えない深い悲しみから、
どうにも書かずには居られませんでした。

「人間、何が原因で何時死ぬか分からない」というのは
ニュースなどで事故や病気などで亡くなる方を知る度に
思うことですが、
自分の命も人生も大切にしなくちゃならないなと
感じさせられます。
「先のことは分からないから、
長期的な計画を立てるより今を懸命に生きよう」
と後先を考えずに生きようと考えた時期もありました。

それは極端にしても、
今を懸命に生きるというのは大事だと思います。
忘れかけつつありましたが、
改めてそう強く思いました。
人生の時間は無限ではないですから。

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2007年5月12日 (土)

ヘアムース

この前の脂取り紙に続き、
またしても年代物の寿命が訪れました。
今回は整髪のスタイリングムース(ソフトフォーム)。
Sgatsby0002





中学生になって一番最初に買った整髪料は
これのハードフォームで、
髪質が硬かったという理由で選びましたが、
どうも思い通りなヘアスタイルにならないため
(当時はイチロー選手のような髪型に憧れていた。
あまり公にしていないが根本的に今でも憧れている)、
ハードフォームを使い切るのを待って、
何となく扱い易そうなソフトフォームを買いました。

しかも最初のは白塗りのデザインだったのですが、
この頃にはアルミ色剥き出しのデザインになり、
それがまた斬新で格好良く感じました。
まぁ山手線が全面黄緑色だった車両から、
今のアルミボディを基調に黄緑色のラインが入った
車両に変わった時のような斬新さがあったのです。

しかし、根本的に整髪料の扱いが下手だったというか、
整髪料を付けるには精神的に幼かったというか、
結局思ったようなヘアスタイルを創り出せず、
使い切れないまま、後にジェルやワックスと言った
「後継機」に手を出すこととなってしまいました。

また高校時代はほとんど何も付けないのが
自分の中のポリシーとなっていたので、
余計使わないままになっていました。
(下手に飾ろうとすると余計変になるし、
相変わらず持てなかったので、
ならば飾らない自分で勝負しようと方向転換した)。

(余談になるが、高1の頃クラスのみんなに
突っ込まれるために、寝癖が付いたまま登校したり、
わざわざ物凄い寝癖が付くようにしていた時期もあった。
お笑いのボケ担当の役回りだったのかもしれない)。

けれども、10年程も洗面台の肥やしになっていては
あまりにも可哀想だということで、
最近になって優先的に使うようになりました。
その甲斐あって、10年の時を経て
ようやく今日使い切ることが出来ました。
私の2代目整髪料という年代物でした。

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2007年5月 9日 (水)

バッチグー!

何気なく私は茨城県の地図を見ていました。
だいぶ見慣れていたつもりでしたが、
その時初めて気付いてしまったのです、
「大洗町と鉾田市を併せて見ると、
何と『バッチグー!!』に見える」ということに―。
J

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2007年5月 8日 (火)

こういうギャップに弱いの。

S0001_3




「冷やしておいしいほっとレモン」って…。
「ほっとレモン」なのにホットじゃないんだ…。

偶然目に留まった瞬間、
キャッチコピーと商品名のギャップに負けて購入。
2週間程前に発売になったばかりだそうですが、
確かに「冷やしておいしいほっとレモン」でした。
カルピスさん、考えましたな(色んな意味で)。

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2007年5月 7日 (月)

栃東関引退

大関の栃東関が引退を正式に表明しましたね。
武双山関(現藤島親方)同様、
豪快な取り口が魅力的でしたが、
怪我で休場の多い反面もあって、
とうとう横綱になれず仕舞いでした。

朝青龍関が台頭してきた頃からは
2度大関から陥落(2度の大関復帰は史上初)するなど
カド番を繰り返し、
なかなか何場所も続けて好調を維持出来ない状態でした。
そんな横綱候補だった力士がまた一人、
土俵から去っていくのは寂しいです。


一昨日起きたジェットコースターの脱輪事故は、
考えただけでも身の毛が弥立(よだ)つ事故ですね。
「ちょっと怖いけど、でもそのスリルが堪らない」
というのが絶叫マシーンの魅力な訳ですが、
本当の恐怖と悲劇で絶叫することになるとは。
ただでさえ「もし遠心力で外に飛ばされたらどうしよう」
というような一抹の不安を抱えながらも、
最後は全てを信じて身を任せている訳ですから、
その信頼を裏切った行為は極めて重大です。


今朝起きた時、何かすっきり起きられなくて、
布団の中でグデグデしていました。
GW直前くらいから生活がやや不規則になっており、
「(朝起きるのが辛くなっている)いつもの
パターンかな」と思っていたのですが、
起きてからしばらく経ってもすっきりせず、
「どうも肩は張っているし頭も痛いような…」
などと思っていた時、ピンと閃きました。

「もしや…風邪……?」

昨日サッカーを雨中観戦したことを思い出し、
「どうもそのせいで風邪引いたっぽい」と気付きました。
昨日、帰宅後すぐに風呂に入って体を温め、
風邪を引かないよう気を付けたつもりだったのですが、
今日になって何となく体が怠く、喉も少し痛いですし、
熱はあまりないですが頭もちょっと痛くて重いので、
風邪の初期症状と言うと辻褄が合うのでした。

でも、「風邪を引いたっぽい」と親に言ってしまうと、
余計な気を遣わせてしまいますし、
仕事にも差し支えて迷惑を掛けかねませんし、
何よりも「わざわざ雨の中無理に観戦に行って
風邪引いて帰ってくるなんてバカじゃないの?」
と笑われそうな気がして、
努めて自然体で振る舞うことにしました。
多分ばれていないと思いますが、確かにバカです。

とりあえず、肩が凝っているのは、
気休め程度に消炎鎮痛塗布剤を塗ってみました。
所謂筋肉痛などに効果があるという液状の塗り薬ですが、
一昨日軽く掃除をしていたら出てきたのです。
中1の頃に買ってその当時主に使っていたもので、
少なくとも高校生になってからは
存在自体忘れていたくらいで見た記憶がありません。
気のせいかあの頃よりも液体の色に
黄色みがかかっているような気がしますが…、
折角10年近い時を経て発掘されたので使ってみました。
スースー具合はあの頃と同じようです。
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2007年5月 6日 (日)

HH観戦記2007 vol.7

今日からJ2も
第2クール(第14節~第26節)に入りました。
対戦相手もここから2巡目に突入します。

前節のアウェイ戦で、
待望の今季初勝利を挙げたホーリーホックは、
中2日で今日のホーム戦を迎えました。
昨季終盤からホームで勝ちがなく、
特に今季はここまで6戦全敗。
まるで地の利を生かせていません。
ここは前節の勢いをそのままに
このホームで是非とも勝利を挙げ、
第2クールからの巻き返しを図って欲しい試合です。

今日は予報通り朝から雨が降っていたので、
久々の雨中観戦になることは覚悟しました。
キックオフが近付くにつれ雨の激しさが増し、
キックオフ直前には土砂降り状態になりました。
しかし、そんな凄まじい悪天候の中、
チアリーディングチーム“MITO Holy's”の
皆さんがチームを盛り上げてくれました。
ただでさえ寒そうで冷たそうなのに、
それを感じさせない笑顔で新曲まで披露してくれるなど、
本当に頑張ってくれました。
もうこりゃ勝つしかないですよ、選手達。
Svs0009_1





前半から積極的に攻撃を仕掛けるいつものパターンで、
幾度となく先制しそうな雰囲気は出ていたのですが、
そう簡単にゴールが決まる訳もなく、
無得点のまま時間が過ぎていきました。

今日は序盤からCKを与える場面が多く、
その度に冷や冷やしていたのですが、
何とかクリアして凌いでいました。
しかし、何度もそういう場面を目にするうちに、
「これだけ向こうも何度もCKを蹴っていたら、
そのうち角度の微調整がうまく出来てきて、
ゴールを割られてしまうのではないか」という
嫌な予感もしてきていました。

その嫌な予感が当たってしまい、
前半24分にCKから先制点を許してしまいました。
今までと違って、前節で逆転勝利を決めているだけに、
それ程慌てたり悲観したりはしませんでしたが、
この先制点が今後どう響いてくるか、
全く予測が付きませんでした。

前節の疲れが残っていて動きに本来の切れがないことや、
雨でボールや芝がスリッピーで
尚且つ視界が悪いことなどによって、
プレーし辛いのは分かるのですが、
それは相手にとっても同じ条件なので、
何とか踏ん張って得点を狙って欲しいと思いました。

雨でボールの滑りが悪いせいか、
お互い簡単にボールを奪われており、
ボールの支配率はここ数試合と比べると、
それ程高くなかったように感じました。

なかなか決定的な場面を作らせて貰えず、
逆にミスに乗じて攻め込まれる場面も多く見られました。
前半のうちに同点に追い付いておきたかったですが、
0-1で前半を終了しました。

ハーフタイムにまたまた頑張ってくれた
“MITO Holy's”の為にも気合いを入れて
後半臨んで欲しいと思いました。
私はもう既に靴の中がびっちょりしていて、
雨具を着ていたにも拘わらず
雨があちこち浸透してきていて、
濡れた服が気持ち悪く感じていました。
勝ってくれれば、こんな不快感も吹き飛ぶっす~!

ってことで不快指数80のハーフタイムが終わり
後半に突入したのですが、
益々相手の方が動きが良くなり、
水戸の選手は全体的に足が止まり始めました。
相手の戻りが速いので後ろのスペースが使えず、
かなり苦しい展開となりました。

「このまま今までのようにうまく抑えられ、
そのまま逃げ切られてしまうのか―。」
そんな雰囲気さえ漂う程に、
為す術がないまま時間が過ぎていくように感じました。
何度かチャンスを演出したりもしましたが、
良い形でラストのシュートを打てる状態ではなく、
何とか突破口を見出して欲しいと思いました。

幾度となく、両サイドからの突破を試みていましたが、
後半25分、サイドから中へパスが通り、
更にゴール前へ良いボールが入りました。
ゴール前に水戸の選手が何人か見えたので、
「誰でも良いから何とかゴールに押し込め」と
見守った次の瞬間、ヘディングで当てたボールが
ゴールの左隅に飛び込むのが見えました。

「ぅぉぉ…ぉぉぉ…??」
という変な呻き声が口から出掛かったと思いますが、
今季幾度となくオフサイドや直前のファウルなどで
「糠喜び幻ゴール」を見てきた経験から、
一旦は喜び掛けながらもすぐに感情を抑え、
「今のはノーゴールじゃないよな?」と
じ~っと5秒くらい様子を見守ってしまいました。
(それがこの呻き声になった訳ですが)。

選手が集まり、抱き合って喜んでいる様子や、
相手選手がうなだれている様子、
審判が特に目立ったジェスチャーをしていないのを
全部見極めて初めて、歓喜の叫びと相成りました。
気のせいか周りも間を置いて喜んでいたようでした。
みんな同じなのかな?(^^)

兎も角、このままずるずる行って、
逃げ切られてもおかしくないような雰囲気の中で、
同点に追い付けたのは価値がありました。
その後は息を吹き返し、
僅かながら相手を上回り始めました。
こうなれば、後は追加点を狙いに行くだけです。
そして、今の選手達にはその自信がある筈です。

けれど、疲れと雨のせいか最後まで精彩を欠き、
結局第2クール初戦は両者痛み分けとなりました。
またしてもホーム今季初勝利はお預けとなりました。
勝てる試合だったようには見えたのですが、
まぁコンディションが悪いことを考慮すれば、
引き分けに持ち込めて良かったと褒めるべきでしょう。
一応引き分けたものの、
ホーム戦でようやく勝ち点(1)を挙げられた訳ですし。

相変わらず1勝4分け8敗で最下位ですが、
確実に雰囲気は良くなってきたかなという気がします。
試合後に監督が観客席の所まで一言挨拶に来ました。
やっぱり前田監督は最高です。

それにしても、今日は雨に打たれっ放しで寒かったです。

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2007年5月 5日 (土)

日本学生野球憲章違反問題

この所、高校野球における特待制度を巡って、
連日紙面を賑わわせていますが、
私はそういう憲章があること自体知りませんでした。
てっきり強豪校の大半は特待制度を使って
選手を獲得しているものだと思っていました。
しかも、その他のスポーツに関しては、
特に特待制度を設けることを
禁止していない(むしろ「何ら問題ない」部類?)
というのですから、益々誤解してしまいます。

私の母校は私立ですが、
「同級生として分け隔てなく卒業させる」という
先生方の理念や校風があるためか、
幸いにも学業もスポーツも特待制度とは無縁で、
まずこういった問題とは無関係だと断言出来ます。
私が母校に誇りを持っているのは、
こうした校風や精神の下過ごせたことも大きな理由です。

特待制度があるのは差別しているとか悪いとか、
平等にするべきだと言っている訳ではありません。
それぞれの学校には特色を出す自由があります。
スポーツなどで全国大会で活躍している学校は、
全国的に名前も売れて羨ましいとも思いますし、
勿論スポーツ以外の様々な分野でも、
その筋で全国的に有名な学校は数多く存在します。

話は逸れましたが、
この日本学生野球憲章違反問題は、
この先どういった展開を見せていくのか気になります。


野球の話ついでに書きますが、
先程プロ野球のチケットを取ろうとして挫折しました。
きっかけは1週間程前の
某新聞社の購読案内チラシに、
「今なら新規購読者には抽選で観戦チケットプレゼント」
なる文言が書かれていたことでした。

ひたちなか市民球場で6月下旬に行われる
交流戦のチケットでした。
これまでもひたちなかでの公式戦は毎年行われており、
結構人気だという話は以前から聞いていたのですが、
不思議と今までは観に行こうという気が
全くと言って良い程起きませんでした。

今思えばよく分からないのですが、
公式戦は基本的にいずれかの本拠地で行われる試合が
真っ当で「ちゃんとした試合」(曖昧な定義ですが)
と勝手に思い込んでいる所があって、
それ以外の球場での開催試合は、
それこそ2軍の試合を観に行くような
イメージに近いものをどこかで持っていました。

しかし、今ではそんな変な偏見や思い込みはなくなり、
どの球場でやっても公式戦に違いはないと思えます。
もう何年も野球観戦に行っていませんし、
こんな近くのひたちなかで公式戦が開催され
観られるというのですから、
折角なので観に行ってみようかなと思ったのです。
でも、まだチケットの方は何とかなると思っていました。
外野の自由席辺りだったらいくらでも空いていそうだし、
もしかしたらまだ販売前かもしれないと思いました。

で、試しにネットで検索して買おうと思ったら、
もう既に販売開始していましたが、全席種完売。
いくら人気の低迷に歯止めが掛からないと言っても、
やはり地方開催は根強い人気ぶりです。
まぁ今季唯一の公式戦でもあるみたいですし、
外野も販売枚数に限りがあるようで(当たり前か)。
考えが甘かったというか、
思い付きで買えるような物じゃありませんでした。

コンサートのチケットみたいに、
販売開始日を前以てチェックし、
開始時間と同時に購入するような勢いで
行かないと駄目ですね。
ま、思い付きで行く気になっただけで、
是が非でも行きたいという程真剣ではなかったので、
ちょっと残念だというくらいで
そんなにがっかりはしていませんけど。
来年行きたくなった時はちょっと作戦を練っておきます。

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2007年5月 4日 (金)

新「みどりの日」

今年から「みどりの日」が今日に移った訳ですが、
どうも「国民の祝日」のイメージが強いので、
5月4日が「みどりの日」と言われても
今一しっくり来ません。
そのうち慣れるんでしょうけど。

昨日に引き続き、今日も田植えを行いました。
ここ2年くらい、田植えに携われなかったので、
乗用田植機を使い始めて3年目になる事実を
一昨日まで知りませんでした。

親戚の手伝いで毎年やっているのですが、
基本的にうちが手伝うのは
種蒔き代掻き田植え稲刈りの時だけなので、
他の圃場管理というものは僕には全く分かりません。
以上の4大イベントのうち、
毎年最低でも2つくらいは参加していますが、
今年は仕事で種蒔きと代掻きを手伝えなかったので、
今回の田植えが初めてでした。

とは言え、歩行型田植機を使っていた時に比べ、
四つ角(田圃の四隅。機械ではどうしても植え辛い箇所)
もある程度植えられるようになり、
その分手間も掛からなくなったために、
田植機の操縦者以外はほとんどやることが
なくなってしまいました。
以前は、田植機で植えた側から植え継ぎ
(田植機だけでは本数の少ない箇所や
植えそびれる箇所がどうしても出てくるので、
通常、苗を手植えで継ぎ足す作業を行う)
を行っていたのですが、
近年は少し時間を置いてからやろう
という方針になりつつあるので、
余計にやることがありません。

せいぜい、操縦者に苗出し
(田植機に苗を補充、セットするために、
苗箱から苗を取り出して手渡す作業)をしたり、
田植機がターンして土が抉(えぐ)れた所を
トンボ(均(なら)し棒)で簡単に均すくらいです。
強いて言えば、
根を張った苗は苗箱に張り付いてしまっているので、
苗出しをスムーズに行うために
予め取り出し易くしておくという作業もありますが。

昨日は僕は、使い終わった苗箱をひたすら用水路で洗う
という作業を見付けてやっていたのですが、
今日はそれを父に奪われ、
軽トラに洗い終わった苗箱を積んだり、
時々苗出しをするくらいで、余計に失職寸前でした。

午後一番くらいに田植え自体は終わったので、
午後からはまず四つ角の植え継ぎを行い、
その後、本格的に植え継ぎを行いました。
あまり田植えらしい田植えが出来なかったので、
この植え継ぎがせめても
「田植えをした」という達成感を与えてくれたのでした。

昨日今日と半袖で作業をしていましたが、
本当に天気に恵まれて良かったです。

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2007年5月 3日 (木)

2ヶ月待った待望の1勝目

「開幕から1度も勝てていない。」

この事実がどれだけホーリーホックの
選手達やスタッフらを苦しめたか想像に難くありません。
内外からの心ない罵声や冷やかしにも、
結果が出るまでただひたすら耐え続けるしかない苦痛。

「やる気がないんだから仕方がない」
「下手糞の集まり」「金を払って観る価値がない」
「JFL以下の試合」「高校生よりひどい」などなど、
落ち込むチームに追い討ちを掛けるような罵声の数々。

監督やスタッフが努めて前向きな発言をすれば、
「聞き飽きた」「暢気だ」「やる気はあるのか」
と逆に反発心を煽ってしまう厳しい現実。

何より、いくら良い試合をしても
何故か勝つことの出来ない日々に、
負け癖が付いてしまった選手たちには、
いくら試合をしてもまた負けるのではないかという不安が、
きっとついて回っていたと思います。
彼らの疲弊やストレスも尋常ではなかったと思います。
内部分裂し掛かった時期もあったようです。

選手達にとって一番の良薬、ビタミン剤は、
試合に勝つ喜び、快感を味わうことであり、
むしろそれしかないとも言えるでしょう。
そうすれば次への活力も漲(みなぎ)るでしょうし、
自分達のスタイルも自信を持って
貫けるようになるでしょう。
自信をなくしてしまっては勝てるものも勝てませんし、
運をも手放してしまい、
益々悪循環に陥ってしまうでしょう。

そんな選手を元気付けてくれる特効薬が、
なかなか手に入らなかったこの2ヶ月という年月は、
「1勝」の重みを本当に強く感じました。

とうとう今日のアウェイ戦で
対戦相手が一回りするという所まで
未勝利のまま来てしまったチームにとって、
全く勝利のないまま第2クールに突入するのと、
最後の最後で勝利を収めて、
次からの第2クールを気持ち良く迎え、
新たな気持ちに切り替えて臨むのとでは、
今季を左右しかねない程の違いが出る
大事な一戦になると思われました。

それに加え、どういう巡り合わせなのか、
相手もここに来て6連敗と泥沼に嵌まり始め、
まるでこの対戦をお膳立てしてくれたかのように、
両チームとも満身創痍状態での対決となりました。
相手にとって、断トツビリで今季未勝利(3分け8敗)、
11試合でたった3得点しか挙げられていない水戸に
もし負けるようなことがあれば、
憤懣やる方ないでしょうから、
そのプレッシャーや混乱は水戸の比ではないでしょう。

確かに実際の所、これだけ勝てなければ、
引き分けや負けでも相手程の痛みではありません。
しかしいつ途切れるとも分からない絶望的な記録を
兎に角早く断ち切りたい気持ちは、
相手の連敗記録よりも深刻です。

相手にとっても水戸にとっても、
「この悪い流れを断ち切れるとすれば、
ここ(この対戦相手)しかない」と思ったことでしょう。
状況違えどボロボロ同士の闘いであることは間違いなく、
負けた方が本当のボロボロになる死闘なので、
水戸の選手達には、相手に気迫で負けずに、
最後まで自分達の死力を
出し尽くして欲しいと願いました。

その結果が、嬉しい誤算の5-1。
誤算と言っても、今までも紙一重の所で点が取れず、
結果として出ていなかっただけで
試合内容は良かったので、「奇跡」とは思いません。
自分達の力で勝てる強いチームに生まれ変わるために、
今季徹底的に目指した守備的チームから
攻撃的チームへの脱却がようやく実を結び、
今まで空回りしていた歯車が今日はがっちり噛み合い、
出るべくして出た結果だったのだと思います。
「産みの苦しみ」とは言いますが、
結果が形となって現れるまで本当に苦しかったです。

やっと、やっと嬉しい初勝利が開幕から2ヶ月、
12試合目にして生まれました。
長かったです。本当に長かったです。
でもこの間、ファンを辞めようとか、
観戦に行くのを辞めようとか、
監督は辞めるべきだなんて思ったことは
ただの一度もありませんでした。
ただひたすらバカみたいにチームを信じて応援し、
良い結果が出るその時を信じてひたすら待つ、
それだけでした。

嬉しい今季初勝利を、
こんな大勝で華やかに決めるとはやってくれます。
今まで待たせられた鬱憤を晴らすかのようです。
相手には申し訳ないですが。
水戸の選手は一度信頼関係が崩壊し掛けたのを克服し、
ここ数試合で再び結束が出てきていました。
相手も連敗続きで内部分裂危機にあるとすれば、
もしかするとそこの違いが出たのかもしれません。

水戸も念願の初勝利を収めたことは大きかったですが、
まだ1勝しか出来ていないことに違いはないので、
また自信をなくしたり疑問を抱かないためにも、
ここから白星を重ねていって勝ち癖をつけ、
最下位からの巻き返しを狙って欲しいです。

こういう試合を目の当たりに出来なかった
残念な気持ちはかなり強いですが、
今回は応援仲間のほとんどの皆さんが
アウェイ会場まで観に行かれたので、
自分の魂だけでも一緒に観に行けたと思えば、
少し気持ちも違いますし、
何よりチームが勝てたことが一番ですから。


因みに、僕も何も予定がなければ
一緒に観戦に行きたかったのですが、
何をやっていたかというと田植えをしていました。
本当は代掻(しろか)きの予定だったのですが、
代掻きの数日前に行う粗(あら)代掻き
(通称;あらじろ。ザッと簡単に代を掻くこと)だけで、
もう代(=田圃)が植えられる状態に
出来上がってしまっていたので、
今朝になって急遽予定を変更したのでした。
乗用田植機になって3年目ですが、
最先端だけあって流石に速いです。


最後に、話は変わりますが、
昨日巨人が5000勝を挙げましたね。
2000勝も3000勝も4000勝も
中日相手みたいですが、また中日相手に…。
それだけ切っても切れない縁があるんでしょうね。

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2007年5月 2日 (水)

恩を仇で返す蚊

昨夜、寝る前に蚊が一匹飛んでいるのを見付けました。
この所、夏日を記録したりして、
初夏のような陽気の日が多くなってきたので、
それにつられて活動し始めたのかなと思いました。
とは言え、まだシーズンには早いので、
少し惚けた蚊だろうから無害だろうと思い、
情けを掛け、生かしてあげることにしました。

今朝、ふと耳元で蚊の鳴き声が聞こえて目が覚めました。
時計を見るとまだ4時半を回ったばかりでした。
「奴はどうせ惚けているから無害だ」と信じ、
逆に暑苦しさを感じたので、
手足を布団から出しました。

すると暫くして、痒みを感じました。
「ん?刺されたみたいだな。
でもどうせ大したことじゃないだろう」と、
意にも介さず再び眠りに就こうとしました。
ところが、痒みの箇所が段々増えていくようでした。

流石にこの時間に起きるのは早すぎるので、
もうちょっと寝ておこうと思っていたので、
ちょっとの痒みくらい我慢して
寝てしまおうと思っていたのですが、
とうとうあまりの痒さに耐えきれなくなって起きました。
本当は起き出したくなかったのですが、
流石に我慢の限界というものがありました。

「昨日寝たの2時ちょっと前なのに、
少ししか眠れなかったじゃないか。
見逃してやったのが間違いだった!
恩を仇で返すとは、もう生かしちゃおけん!
叩き潰してくれるわ!!」と、
睡眠を妨害された怒りが込み上げてきました。

「…その前にムヒ~!」

急いでムヒを塗りたくりました。
右手2ヶ所、左手は5ヶ所も刺されていました。
長袖を着ていたので刺されたのは全部手首周辺から先。
指など含め、ほとんど骨しかないような所ばかり。
痒いったらありゃしませんでした。

完全に起こされてしまった私は、
鼻息を荒くして寝床に戻りました。
本当はそのまま寝直したかったのですが、
憎(にっく)き彼奴が私の血で清々と生きている以上、
平和な眠りには就けそうにありませんでした。

電気を煌々と点けて顔以外の全てを布団に隠し、
隙を見せぬよう徹底的に防御しました。
更に、蚊取り線香もセットし万全を期しました。

時々飛んでいるのが見えましたが、
確実に仕留めるため、
至近距離まで近付いてくるのを
じっと待ち構えていました。

しかし一向に近付いて来ないので、
待ち草臥れてしまい、諦めて寝ることにしました。
「奴はきっと今頃、
蚊取り線香で弱っているか息絶えたに違いない。」

確証はないものの、
兎に角2時間半の睡眠では流石に少なすぎるので、
蚊との今季初対決など最早どうでも良くなり、
さっさと寝直しましたとさ。
おしまい。

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2007年5月 1日 (火)

鶴亀

歩く度に「向こう脛両脇の筋がどうも痛むなぁ」
と思いながらも心当たりがなく、
「最近大した運動もしてないのに何でだろう」
と疑問だったのですが、原因が分かりました。
先週の土曜日に仕事で、
何度も長時間正座をする場面があったので、
きっとその時足首を
伸ばしっ放しにせざるを得なかったのが原因でしょう。

原因はいろいろあるのでしょうが、
年々正座を我慢出来る時間が短くなっている気がします。


少し歯ごたえのある物を噛む度に、
「こめかみがどうも痛むなぁ」と思いながら、
心当たりを探していたら原因が分かりました。
先週の日曜日に友達と焼肉を食べに行って、
その時既にこめかみが痛かったのを思い出しました。

僕は食べるのが遅いとよく言われますが、
数えてみると確かに30回以上は咀嚼しているようです。
小学校で教えられた「ツルツル飲まずよくカメカメ」
を忠実に実践した結果だと思われます。

焼肉とてよく噛むのは同じ要領なのですが、
他の物と違ってなかなか噛み切れないんですよね。
それでも噛み切ろうとずっと咀嚼し続けるせいで、
人よりこめかみ駆使率が高いのだと思います。

今こめかみが筋肉痛に見舞われています。

☆★本日のヘルシオーレ!★☆
・キャッチボール約30分間

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