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2007年6月の30件の記事

2007年6月30日 (土)

記名式Suicaイオカード

一昨日のことですが、
何気なくSuicaをチャージしようと思い、
Suicaをカード券売機に挿入すると、
「記名式Suicaに変更すると、
紛失時などに再発行することが出来ます。
記名式Suicaに変更しますか?」
などという文章が表示されました。

そんな情報は全く知らなかったので、
ちょっとびっくりしましたが、
私のは普通のSuicaイオカードだったので、
「折角なら名前が印字されていた方が良いか」
と思って変更することにしました。

出てきたSuicaは、普通に今までのカードに
名前が印字されているだけのデザインで、
特に変わり映えはしないのですが、
カード自体は新しい物に取り換えられていました。
これで、電子マネーに対応していなかった初代Suica、
2代目の電子マネー対応Suicaに続き、
3代目のカードということになりました。


さて、今日は初めて福岡へ旅行に出掛けます。
…サッカー観戦を兼ねて。
「サッカー観戦に福岡まで行くなよ」って思いますが、
行ったことのない土地へ行ってみたいという気持ちと
日程が見事にマッチしてしまったので、
これを逃さない手はありません。
行ける時に行く―これが旅行の極意です(多分)。
天候が心配ですが、楽しんできたいと思います。

あと、今月は久し振りに毎日欠かさず
ブログの更新が出来たので、自己満足しています。
やっぱり気持ち良いです。
―もし北島康介選手だったら何て言うと思いますか?
「チョー気持ちいい」
(出た~!2004年の流行語大賞!閉店ガラガラ…)。

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2007年6月29日 (金)

思い出の筆箱

先日解体した学習机ですが、まだ現存しています。
決意した私よりも母の方が、そのままただ捨てるだけ
という末路に踏ん切りが付かないようです。
そりゃ、私だってゴミ扱いするには勿体ないと思います。
出来ることなら、有効活用してあげたいです。
何か良い方法はないものか。

この解体作業で、机の引き出しや棚などから
いろんな物を取り出した訳ですが、
実はこの大胆な解体作業の裏で、
既に密かに別れを告げた思い出の品がありました。
―筆箱です。

これは小学2年~5、6年まで使っていたのですが、
私のお気に入りの筆箱でした。
小学校に入学した時、他のクラスメイトは大抵、
新しく買って貰った筆箱を持っていたのですが、
私は母のお下がりのチャックタイプの筆入れを
持たされていたのです。
みんなの筆箱は角張っていて格好いいのに、
何で自分だけこんな変な筆入れなんだろうと
凄く羨ましかったものです。

普段はなかなかせがんでも買ってくれないことが多いので
子供心にせがむことを
あまりしなかった少年時代でしたが、
それが小学2年の時にジャスコで買い物をしていた際、
ちょっと可哀想に思ったのか買ってくれたのです。
スヌーピーとチャーリーの絵柄といい、濃紺の色といい、
小学生時代はずっと大事に使っていました。

流石に中学生になると、流行物が変わってきたので
使うのをやめてしまったのですが、
お気に入りの筆箱という気持ちは変わらず、
使わなくなっても尚大事に机にしまっておいたのです。
確かに他の人から見ればがらくたですが、
今まで捨てられずに取っておいた物には、
少なからずそこに思い出も詰まっていて、
あまり価値のない物の方が少ないのです。
特に、こういった自分がお気に入りだった物などは、
商品としての価値はなくなっても、
なかなか捨て辛い物でした。

しかし、もう一度捨て始めた以上、
多少の理由では優遇措置は取れません。
心を鬼にして泣く泣く別れを告げたのでした。
「モノより思い出」とは言いますが、モノも大事です。


話は変わりますが、ここ連日、
蒸し暑い日が続いていますね。
特に昨日、今日などは大した風もないので、
窓を開けても全然淀んだ空気が抜けません。
現在夕方の17時半前ですが、
室内温度は32℃もあります。
それ以上に、湿度の高さが不快指数を
ぐんぐん上げています。
これぞまさに不快な蒸し暑さが特徴の梅雨ですね。

換気扇も併用しているのですが、
外気もさほど変わり映えしないため、
あまり効果がありません。
こんな時は扇風機か除湿器を使うしか…。
でも除湿器はいつの間にか捨てられていました。
ルームクーラーとしてはいまいちでしたが、
除湿機能に関してはそこそこ重宝していたので、
この時期にあれがないのはかなり痛手です。
あ、部屋にテレビがないくらいなので、
クーラーもありません。
体がべた付くのでもう風呂に入った方が良さそうです。

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2007年6月28日 (木)

HH観戦記2007 vol.11

昨日はナイターでホーリーホックのホーム戦が
組まれていました。
当初はちょっと行けないかなぁと思っていましたが、
観戦は最早自分のライフワークになりつつあるので、
自分の精神状態が仮に壊れていても、
観戦に行こうと決めました。

青山まで2時間半、青山での滞在1時間、
帰りにまた2時間半という塩梅で午後には戻ってきて、
開門前から早々と並びました。

夕方になるに従って、次第に笠松周辺も霧に覆われ、
試合前には電光掲示板が霧掛かったりして
見えづらくなったりもしましたが、
前の時程はひどくならずに済みました。

今回の相手には過去1度も勝っていないという
分の悪さはありましたが、前節負けたとは言え、
ようやく水戸も波に乗り始めた感じが出てきたので、
今なら勝てるのではないかという期待はありました。

しかし、押され気味に試合を進められると、
前半16分と19分に立て続けに、
守備の戻りの遅さの裏を突かれたような格好で
あっさり2失点してしまい、
いきなり厳しいムードになりました。
「これが過去一度も勝てていないという
相性の悪さなのか?」と思いました。

普通ならこのまま落ち込んで
ずるずると行ってしまいそうな所ですが、
選手達も気を取り直し、
徐々に反撃に転じ始めました。
球際の粘りを見せ、しぶとくボールを拾ったり
パスを繋げる執念のプレーを見せると、
そういう自分達のプレーで流れを引き寄せ始め、
前半24分にペナルティーエリア外のゴール正面での
直接FKへと繋がりました。

キッカーはキャプテンの吉本選手でした。
ゴールまで距離がある場合は他の選手が
キッカーを行うことが多いのですが、
ここは吉本選手が直接狙いに行きました。
相手の壁を越えたボールは見事な角度で
相手GKの手をも擦り抜ける絶妙のコースに飛び、
ゴールの右上隅に吸い込まれていきました。

俄然押せ押せムードになり、
前半のうちに追い付けば、
今回は行けるのではないかという空気になりました。
けれど、なかなか最後の決定機がなく、
前半ロスタイムにゴール前でのフリーの場面を逃し、
1-2で前半を終えました。

後半は水戸が相手を押し込む展開となり、
今にも同点になりそうな雰囲気だったのですが、
やはりフリーのチャンスを外すなど、
最後の決定力不足がまたしても響き、
そうこうしているうちにカウンターから一気に攻められ、
後半33分に痛恨の3失点目を喫してしまいました。
得点の欲しかった場面での失点は
かなり重くのし掛かりました。

そのまま1-3で敗れ2連敗。
今回の敗因は守備の乱れ、
あるいは相手の攻撃の速さでした。
勝てそうな雰囲気だっただけに、
またしても残念な結果だけが残りました。

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2007年6月27日 (水)

「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」

今日久し振りにポータブルMDプレイヤーを使いました。
早朝、水戸駅を発った私は、
青山葬儀所(港区)の最寄りの乃木坂駅までの電車内で、
何年か前に作ったZARDのMDを聴いていました。

ZARDの坂井泉水さんが亡くなってから今日で1ヶ月。
「ZARD/坂井泉水さんを偲ぶ会」を行うことが
HPで告知された時から、
「仕事を休んででも絶対に行こう。
絶対行かなくてはならない」と決めていました。

ネットのニュースでの情報と地方紙以外は、
特にワイドショーやスポーツ新聞、週刊誌などは
一切見ていないので、
これまでどのような報道がなされているのか
全然知りませんし、知ろうとも思いませんが、
今までは、こういうのはテレビのワイドショーなどで
見るだけのものだったのですが、
今回ばかりは他人事ではありませんでした。

ここで行けなかったら一生悔いが残ると思いました。
自分の思いを心の中だけに留めておくのではなく、
この公の場に自分も参加して
きちっと本人に気持ちを伝えたいと思う本心からでした。

しかし、電車の中で彼女の曲を聴いていても、
何故か涙は出てきそうにありませんでした。
どんなに感動的な映画を観ても、
悲しい出来事をニュースで見聞きしても、
目が潤んできてもそこで止まってしまい、
泣けそうなのになかなか泣けないので、
「きっと会場に行っても泣けないんだろうな」
と思い、泣けない自分が悲しくなりました。
かと言って、無理に泣くものでもないので、
あまり余計なことを考えずに無心で参列し、
ありのままを感じようと思いました。


駅に着くと、「ZARD音楽葬」というプラカードを
持った警備員の方々を目にしました。
一瞬目が眩(くら)むような気持ちでした。
10時開場なので少し早めの9時半頃に
青山葬儀所へ着くように行ったのですが、
もう既に開場しており、沢山の方が来ていました。

門をくぐって、数多くの花で彩られた順路を進むと、
中庭に設けられた大型スクリーンが目に入ってきて、
丁度『永遠』のプロモーションビデオが流れており、
その瞬間、思わず胸にグッと込み上げて来て、
少し目頭にジワッときました。

その後も、誘導に従って中庭の順路を進んでいる間、
壁に掛けられた坂井さんの写真を見たり、
大型スクリーンに映し出されるPVや
コンサートの映像を見たり、
コンサートの最後にファンへ向けた、
「今日はどうもありがとう。また会いましょう。」
という肉声を聴いた瞬間などの度に、
何度もジワッと込み上げて来るものがありました。
一番応えたのは、涙ぐみそうになっていたり、
眼を赤くしている他の参列者を見た時で、
思わずこっちまでもらい泣きしそうになりました。
でも唇をぎゅっと結んだり、上を向いたりして
グッと堪えていました。

電車の中では非情なくらい何ともなかったのに、
会場に入った途端、かなり涙腺が敏感になっていました。
時折日差しも見える蒸し暑さの中、
結構長い間、中庭の参列者の列に並びながら、
少しずつ進んでいましたが、
時間の長さなどはむしろ全く頭になく、
朝食を食べていない空腹さえもすっかり忘れていました。

テレビ局などの取材のテレビカメラが
場内の様子を撮っていたり、
ヘリコプターが上空を旋回したりしていました。
参列者は老若男女いらっしゃいましたが、
特に20~40代が多かったようでした。

祭壇のある広間へと進む途中、
坂井さんが好きだったという青空が鮮やかな
『ZARD BEST The Single Collection~軌跡~』の
ジャケットにも使用された大きな写真や、
その周りを彩る白や青い花を見ていたら、
また胸にグッときてしまいました。
そのまま祭壇へと通路を進むと、
祭壇には坂井さんの大きな写真が飾ってありました。
坂井さんにしては珍しいカメラ目線の写真で、
まるでこちらを見ているようでした。

参列者の話し声や通りの騒音などのする
中庭の広場と違って、
祭壇の広間は厳粛な雰囲気でした。
係の人から献花用の花を受け取って4列で並び、
祭壇前の献花台が近付いていきました。
祭壇は、レコーディングしていたスタジオを
再現したということで、マイクや譜面台、
ヘッドホン、マグカップなどが置かれていました。
(『負けないで』の直筆歌詞も置かれていた
らしいのですが、そこまで頭が回りませんでした)。

そして、いよいよ献花台の前まで来ました。
運良く丁度祭壇のほぼ中央が空いていたので、
その前に立ち、献花をしました。
そして、その後写真の坂井さんをじっと見ました。
手を合わせる前にしっかり写真を見て
目に焼き付けておこうと思ったのです。
すると、またしても胸に込み上げて来てしまい、
慌てて目線を下に下げると今度は、
献花台の奥にびっしりと並べられている
ファンからの直筆のノートや手紙が目に入り、
ますます胸が締め付けられるような思いになりました。

それからまた写真をじっと見上げたのですが、
あまり一人で時間を取りすぎても
後ろで待っている方に迷惑になると思い、
目を閉じて手を合わせました。
すると途端に、涙が込み上げてきてしまい、
瞼で辛うじて押さえられているのを感じました。
懸命に何か念じて目を開けると、
思った通り涙がこぼれてしまい、
慌ててハンカチを取り出して拭きました。

また写真を見て、伝え足りないことを言おうと
考えようとするのですが、
大して気の利いた言葉も思い浮かばず、
勝手にまた目が潤んできてしまったので、
そこそこに退散してきてしまいました。
広間出口の通路の両脇には、
事務所関係者と思われる方々が並ばれていて、
「本日はありがとうございました」
と声を掛けてくれる間を頭を下げながら出てきました。

中庭には相変わらず大勢の参列者が
順番待ちで並んでいました。
葬儀所の出口付近で、
事務所からのお礼の手紙を受け取りました。
あと、余談ですが、取材に来たと思われる
朝日放送の龍円アナを見掛けました。

門を出ると、もう入口の外まで列が繋がっていました。
本当はまた並びたいくらいでしたが、
名残惜しくなるので会場を後にしました。
070627zard004





伝えたかったことを伝えきれなかった気がするので、
それに関してはやや不満ですが、
ちゃんと直接挨拶しに行けたことには満足しています。
1時間程度の時間は長いようで短かったです。


でも、何でこんなことになっちゃったんだろうなぁ…。

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2007年6月26日 (火)

学習机解体

今日は、長年の懸案事項だった学習机の撤去に
とうとう踏み切りました。
就職する時にUターンした際の引っ越しで、
パソコンデスクをそのまま生かしたのは良いのですが、
そのせいで学習机と共に場所を多く取りすぎ、
どっちかを撤去するしかないと思いました。

しかし、デスクトップ型のパソコンを使うのには
横幅が少し狭いため、向いていませんでした。

とは言え、引き出しや棚などの収納は魅力的で、
長年使い込んできただけのことはあって、
良い具合に収まっており、
撤去するとなれば綺麗に収まっている物が
大量にあぶれてしまうため、
簡単に実行出来ることではありませんでした。

それに、潰すには惜しいくらい
造りがしっかりしていますし、
何と言っても愛着がありました。
どこも悪い箇所もないのに潰すのは
勿体ない気がして気が引けました。

幸い、私のは頑丈なのが売りのようで、
アニメ物基調のような幼稚さはなく、
学習机にしては落ち着きさえあり、
それ程おかしくないだけに余計悩ませられるのですが、
そうは言っても、やはり学習机は学習机。
小学生の頃から使っているイメージは
どう頑張っても拭えそうにありませんでした。
数年前から行き着く所はまずこれでした。
大人らしい部屋にイメージを変えるには
これを撤去するしかないと思いました。

家具を見に行った時も、
「こういうデスクだったらずっと使えるんだけどな」
とシックなデスクを見ながら思いました。
小学校入学当時は凄く嬉しかったのですが、
今となっては、「小学生向き」という対象の狭さ、
融通の利かなさが悲しい別れを
選ばせることとなってしまいました。

貰った物を粗末に(しかも寿命でもないのに)するのは
本望ではありませんが、割り切るしかありませんでした。
僕がもし孫に買うなら、
子供心に喜んで貰えるような学習机ではなく、
大人になっても使えるようなデスクを買おうと思いました。

うまく収納されている物の数々を考えると、
なかなか解体に踏み切れないで居ましたが、
いつかはやらねばいけないと思って、
考えるよりまず先に解体しようと考え、
とうとう今日、解体に踏み切りました。
かなり切なかったです。
もし使いたい人が居るなら
そのままあげたい気持ちでした。

解体する前に物を机から引っ張り出していて
気付いたのですが、
結構な数の小説の下書きが出てきました。
ほとんど原稿用紙にしたら5枚程度の短いもので、
内容も未完成やあらすじ程度のものが多く、
今読んでみると幼稚っぽい内容のものが多いのですが、
中には今読んでもそこそこ使えそうなものもありました。
逆に、当時の夢を持つ発想でしか書けなかったな
と思うようなものもあり、ハッとさせられたりもしました。
小説家になりたかったと言うだけのことはあったんだな
とこれらを見ながら思いました。
書いたのは中1、2の頃のものがほとんどだと思います。

学習机がなくなった後には、
広々とした空間と引き換えに、
中に詰まっていた物が部屋中に溢れ、
冗談抜きで今夜寝る場所がないという
緊急事態に陥っています。
ここで地震が起きないことを願っています。

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2007年6月25日 (月)

あまりに複雑なテーマ

先の週末は、久し振りに全く用事がなかったので、
部屋の整理・整頓に取り掛かるべく、
既に連日記述したようなことに取り組みました。
しかし、この部屋を有効活用し、
尚且つオシャレにイメージチェンジしようと考えると、
今のままの配置では不都合が多く、
新たに何か家具を入れて今の物と取り替えようかとか、
どんなイメージの部屋にしようかなとか、
部屋の間取りとかを考え始めるときりがなく、
一筋縄では結論が出ませんでした。
(毎度のことではありますが)。
とりあえず家具屋さんに行って収納なども見てみましたが、
中途半端な物を買っても意味がないので、
結局イメージを膨らましただけで何も買えませんでした。

ただの休息空間をイメージするならまだしも、
生活用品など置かなければならないので、
物が多いのはどうしようもないことで、
それをどううまく融和させるかが難しい所です。
モデルルームと違って、
一切の物を取っ払うようなことは出来ないので、
ああいう理想の部屋のようにはいきませんね。

どうも、自分の身辺整理が出来ていないと、
どうにも気になって足枷(かせ)になり、
思い切って羽を広げられない性格のようです。

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2007年6月24日 (日)

思い出のノートたち

昨日の後日談ですが、
結局あの後力尽きて昼の11時半まで寝てしまいました。
その後、相変わらず空腹状態であるにも拘わらず、
「空腹の時の方が頭が冴える」と言って、
また古新聞の続きを読み始めました。
結局、14時半に昼食を食べ始める直前に、
無事古新聞を全て読み切ることが出来ました。
読んだというよりは眺めたと言った方が近いですが、
それでも4日間で約7週間分の新聞に
一通り目を通すのは容易ではありませんでした。

2004年の10~11月というと、
各地でツキノワグマによる被害が出たり、
イチロー選手が年間262安打の新記録を樹立したり、
10個目の上陸となった10月の台風23号による被害や、
直後に起きた震度7の新潟中越地震による被害に
日本中が震撼させられたり、
紀宮さまのご婚約が内定したり、
プロ野球に新球団が誕生したりと、
この他にもまだまだいろんなニュースがあり、
今更ながら初めて紙面の迫力ある写真を見て、
改めて当時の様々な出来事を思い出しました。
まだあの頃は学生だったんですね。


さて、2年半もの間溜まっていた膿をすっきりさせた所で、
次に私が着手したのは高校、大学時代の
ノートの処分でした(まだ現物はありますが)。

小学校時代の先生の教えを忠実に守り、
教科書やノートを捨てられない性格になってしまった
というのは大きいのですが、
とは言え、大人になっても学生時代のノートを
後生大事に本棚に収めているというのも、
他人から見たらちょっと変ですよね。
自分にとっては大切でも、他人から見たら
「そんながらくた早く捨てたら」と思うことって
結構あるんですよね。

愛着があったりして捨てられない物があっても、
普通に考えたら捨てるべき物に出会(くわ)した時、
以前は「勿体ないので取っておく」という選択肢を
選ぶことがほとんどだったのですが、
ある時から割り切ることにしました。
でも、やはりそうは言っても諦めきれない時は、
「自分が死んだ時、後に残された家族の身になってみろ。
『捨てたいけど形見だから捨て辛い』と困らせるだろう」
と考え、判断を下せるのは自分しか居ないと思い、
目を瞑って捨てるようにしました。
それでもまだまだ捨てられない物は多いですが。

そしてこのノートたちもその愛着あるものの一つ。
勿論、自分で受けてきた授業は
もう受けられるものじゃないから
代替えの利かない大事な宝、というのはあるのですが、
自分の力作が多く刻まれているのも理由の一つでした。

しかし、今回、スキャナで必要部位だけを読み取り、
PDF形式で保存するという方法を採ることで、
愛着あるノートを手放す決意をしました。
これだと、イラストの複製は手元に残りますが、
鉛筆で描いた原画の姿は二度と目にすることが
出来なくなってしまいます。
でも本棚を陣取っているノートを追い出さなければ、
効率的に本棚を活用することは出来ません。

私はノートのスキャンを開始しました。
意外だったのは、高校時代はノートに
あまり落書きをしていないということでした。
逆に、英語や数学、古文などのノートを
如何に見易く構成するかということに
かなり試行錯誤を繰り返したのを
ありありと思い出しました。
捨てるのがちょっと切なくなりました。

大学時代も書き取りに忙しい授業などは、
やはりほとんど落書きがないのですが、
こうして全て振り返ってみると、
描いてきた落書きのジャンルが
大きく何種類かに分けられるということが分かりました。

先生の似顔絵や野球(特にボールの握り方)、
アンパンマン、ドラゴンボールなどのアニメ、
又はそれをモチーフにしたオリジナルのもの、
スポーツ(野球以外ではバスケットが多い)などです。

しかし、その板書やメモなどの授業内容と共に、
この落書きまで含めたノート全てが、
当時の自分を思い出させてくれる大事な記録で、
本当に卒業出来るか不安だった日々や、
ちんぷんかんぷんだった授業に必死で食らい付いた
けれどもやっぱり分からなくて藻掻いていた日々や、
その他、キャンパスライフに関わる色んなことが、
鮮やかな記憶として蘇ってきました。
キャンバスに描かれたぼやっとした思い出という下書きに
鮮やかな着色が施されていくようでした。
ノートはただの板書内容だけでなく、
当時の感情など色んな物も詰め込んでいました。

学生時代の私は何故か拘って、
ほとんどルーズリーフを使いませんでした。
もしルーズリーフだったら、
もっと簡単に捨てていたかもしれません。
また、これが最初からイラストを描くためだけの
目的で落書き帳を別に用意していたら、
こういう名作は生まれていなかったでしょう。
授業の合間にノートの空白に描くからこそ、
色んなその時の気持ちや思い付いた物が
良い味を出してくれているのでしょう。
そういう意味で、落書きも含めて
全てがその時のノートなのです。

本当にこれを捨ててしまうのか、
まだ今なら間に合うとも思うのですが、
ここで決心しなければと言い聞かせています。
皆さんは、ノートはどうされたでしょうか。

最後に、数あるイラスト(落書き)の中から、
幾つか紹介しようと思ったのですが、
量が多すぎて選ぶのが面倒なので、
とりあえず2点だけ公開しておきます。
そのうち、機会があれば随時紹介していきます。

070624









まずはイチロー選手ですね。
私のイラストは、ほとんど思い付いたものが多く、
人物画はモデルの居ないものが多いので、
いざイメージして描いてみようと思うと難しいです。
(平成14年7月15日画)

070624j




もう1点は、ちょっと珍しい相撲もの。
何点かしか描いていませんが、
これは「『押し倒し』で負ける寸前の力士」
という何故か微妙な瞬間を題名付きで描いています。
(平成14年6月24日画←奇遇にも丁度5年前)

あと、気のせいか、ノートはこれで
全部ではないような気がするのですが、
だとすれば他のは一体何処(いずこ)へ?

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2007年6月23日 (土)

未だに捌き切れない古新聞

今まだ朝の5時半前です。
流石に夏至翌日なだけあって、
4時半前には日の出を迎え、
すっかり6時半くらいの明るさになっていました。
今はもう太陽が眩しいくらいです。
今日は昨日と打って変わって好天になるのでしょうか。

珍しくこんな時間に起きているのは、
勿論僕が早起きしたからではありません。
徹夜してしまったのです。

昨日の夕方頃に眠気を感じていたのですが、
とうとう猛烈な睡魔に襲われて耐えきれず、
昨夜夕食前の18時半~20時半頃に掛けて
熟睡してしまったのです。
でも何とか眠れるかなと思っていたのですが、
余程質の良い睡眠を取ってしまったのか、
体が眠るモードになりませんでした。

そこで、何とか寝ようと思って、
古新聞を読んでみたりして眠気を促したのですが、
5時前に「そろそろ眠れそうだ」と思って
一旦布団に入ってみたものの、やはり寝付けそうになく、
もうこんな明るくなってしまったからには
徹夜して調節した方が良いという結論に至ったのでした。

昼夜逆転の無茶な生活を送っていた大学生時代、
よくこの「徹夜して翌日は睡魔に一日中耐えて
夜は正常な時間に寝る」という荒業を敢行し、
ずれた体内時計を修正しようとした時期もありましたが、
流石に今は徹夜する苦痛に体が耐えられないので、
卒業してからは一度も徹夜したことはなかったのですが、
久し振りに無茶してしまいました。
(午前中のうちに力尽きて昼寝してしまいそうですが)。

それと、何故か昨日は一日中空腹を感じ、
夕食を食べた後もしばらくして空腹感に襲われ、
結局夜通し空腹状態でした。
あまりの空腹さに何か納豆ご飯でも食べようか、
あるいはコンビニにでも買いに行こうか
と考えた程でしたが、
とりあえず何も飲まず食わずで朝を迎えました。


ところで、話は多少前後しますが、
夜通し読んでいたという古新聞は、
2006年2月10日のブログにも書いた
2004年10月頃のものです。

実はあれ以降、あまり読み進めておらず、
ずっと部屋の片隅を陣取ったままでした。
斜め読みでザッと読むだけにしても
時間が多少なりとも掛かり、
1日1つずつ読めばいつかは終わると言っても、
面倒で実行出来ないのが現実でした。
集中力などを考えると、
一気にまとめて何日分も溜め読みした方が
遙かに効率的なのは明白でした。

やっと一昨日から再開し、
3日間で約4週間分を読破しましたが、
それでもまだ残っています。
目安として自分が減らしたいと思う量
(大体1週間分くらい)を先に取り出してしまい、
その分は絶対読み切るという気持ちを
持つようにして読むようにした結果、
だいぶ捌(は)けるようになったので作戦は成功です。

「『どうせ読まずに捨てられてもおかしくなかった
物だから』と開き直ってザッと目を通せば良いんだ」
と考えるようにして
興味のある記事だけを読むようにしたので、
格段にスピードも上がりました。
それでもあと2回分くらいありそうです。


あと、この時のブログでは説明が抜けていましたが、
この新聞を拘って取っておいた理由について、
「お金を出してわざわざ取ったのに、
読まずに捨てるのは勿体ない」という理由に加え、
私が一人暮らししていた地域の廃品回収で
トイレットペーパーと引き換えてくれたため、
読んで尚且つトイレットペーパーと引き換えたい
という2つの理由が関係していたのでした。

結局読み切れず、トイレットペーパーにも替えそびれ、
ただ莫大な量を、卒業して家に戻る時の引越しの際、
そのまま持ち帰るという意味のない結果になりましたが。
(うちの方では単に資源物の日にゴミに出すしかない)。
後手後手に回ってしまった典型的な例でもあります。

そうまでして持ち帰ってきてしまった物(ぶつ)なので、
益々読まずに捨てる訳にもいかず、
こうしてバカみたいに2年半前の新聞を
読み漁る羽目になっている訳なのです。
ここまで来たら、間髪入れずに最後まで一気に
読み切ってしまった方が賢明かなという気がします。


…6時半を回りましたが、眠くなってきました。

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2007年6月22日 (金)

住民税納める

昨日、市・県民税の第1期分を払い込んできました。
地方税法及び所得税法の改正が行われ、
国から地方へ税源移譲されたことによって
国税の所得税が減税になった代わりに
地方税の市・県民税(住民税)が大幅に増税され、
それについて問い合わせが殺到している、
というようなことが一昨日の新聞に書かれていましたが、
自分も他人事じゃなかったという訳ですね。
なるほど、以前法改正が行われた時に言っていたのは、
このことだったのかと今更ながら思いました。

世の中の仕組みについて
よく分かっていないことが多すぎるので、
ちゃんと政経の動向にも敏感でいなくては
ならないなと痛感しています。
一人前の大人になるための階段はなかなか手強いです。


話は変わりますが、今日は夏至でしたね。
物凄い大雨のせいで日が長かったのかどうか
よく分かりませんでしたが、
18時半過ぎでも十分明るかったので
やっぱり長かったのだろうと思います。

今日の雨で近くの小川が氾濫とまでは行かないまでも
かなりの水かさになっていました。
久し振りにこんなに水位が上がったのを見ました。
ようやく梅雨らしくなってきましたね。

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2007年6月21日 (木)

漢字一文字のタイトルというと、
真っ先に北島三郎さんの曲が連想されますね。


よくペットを飼っている方のブログを拝見すると、
愛猫や愛犬の愛くるしい写真を
載せていらっしゃることが多いですよね。
我が家ではだいぶ長い間
金魚や鮒、鯉を飼っていたんですが、
そう言えばいつからか飼うのをやめてしまったんですね。
兎も角、我が家ではペットは飼っていないので、
そういうブログは書けないんですねぇ。

でも、何かちょっとだけそういう方達の
真似をしてみたいじゃないですか。
そういうの、何か楽しそうじゃないですか。
ということで、実は放し飼いだけど(実は野生だけど)
僕も我が家のペットを激写しますよ!

S003




ジャーン!!
我が家のカルガモ!
田圃の畔(くろ)に佇む姿がやけに落ち着いています。
番(つがい)で飼っているんですよー。
えへへ~。

もっと近くで激写しようと思って近付いたら、
もう、飼い主に似てシャイなものですから、
そそくさと田圃の中に逃げていきましたよ。
もっと手懐(なず)けておかなきゃ。

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2007年6月20日 (水)

プリント配り

ふと思ったのですが、
学校で先生がプリントを配るという場面について、
よく、取り易くするために指をベロで舐めるため
思い切りプリントが濡れている、
というような漫才やコントを見掛けることはありますが、
僕はちょっと着眼点を変えて配り方に目を付け、
いろんな先生方を思い出しながら懐かしみ、
いつの間にか何となく分析してしまいました。

【きっちりタイプ】
まず教卓の上でトントンとプリントを揃えた後、
両手で手際よくプリントを少しずつ斜めにずらしていき、
枚数分を取り易くして端の列から正確に配るタイプ。
廊下側から配る派と窓側から配る派などに分かれる。

【不器用タイプ】
きっちりタイプを原型としながらも、
なかなかうまくプリントをずらせず、
数えるのに手間取ってしまうタイプ。
新人教師や見様見真似でやってみる生徒に多い。

【微妙にきっちりしていないタイプ】
きっちりタイプを原型としながらも、
いつも何列かは1、2枚過不足が出てしまうタイプ。
生徒「先生、1枚足りません!」
先生「どっか後ろで余ってたら横に回して」
というやり取りが頻繁に起こる。

【大雑把タイプ】
とりあえず列ごとに大体の人数分を配ってしまい、
後ろで微調整させるちょっと投げやりタイプ。
枚数を数えないでいきなり配るので
たまに最後の方の列ばかり異常に余ってしまうことも。
「後ろで余ったら、足りない列に回して」
と最初から言い切ってしまうことで
わざと適当に配っていることを強調し、
「先生、足りないんですけど」
と生徒から言われるのを最初から想定した上で、
暗に「自分達で何とかしなさい」と言うことで、
苦情は一切受け付けない姿勢も忘れない。

【人任せタイプ①】
入口(廊下)側の一番前の生徒や、
学級委員などにプリントをまとめて手渡し、
自分の代わりに配らせるタイプ。
先生に比べ、不慣れな生徒は「不器用タイプ」
であることが多いが、
中にはそんな先生に経験を積まされすぎ、
かなりの手捌きの良さを習得してしまう生徒も居る。
また、配るプリントの種類が多いと、
一番前の席に座っている生徒達に
1種類ずつ手渡して配らせることもある。

【人任せタイプ②】
人任せという点は①と同じだが、
廊下側あるいは窓側の一番前の生徒にまとめて渡し、
各列の一番前の生徒達の間で
順に回していくという点が異なる。
このタイプの先生の決まり文句は、
「自分の列の人数分取ったら横に回して」である。
人任せなのに生徒が全員座ったまま
配れるという利点はあるが、
各列の一番前の生徒全員が人数分のプリントを取る
という作業を強いられるので、
不慣れな「不器用タイプ」の割合が高くなるため、
それぞれの列で手間取り、
全員に行き渡るまでにかなり時間が掛かる
という最大の欠点がある。

【時間節約タイプ】
大雑把タイプと人任せタイプ①もしくは②を
組み合わせて時間節約を図るタイプ。
少しでも配る時間を節約するため、
窓側と廊下側の両端の一番前の生徒に、
適当に全体の半分くらいをまとめてそれぞれに手渡し、
両端から半分の時間で配ってしまおうというタイプ。
「人任せタイプ②」より遙かに早く配れ、
しかも先生は楽できるというかなり頭脳的な作戦である。


色んな先生に教わってきた学生時代ですが、
こうしてプリント配り一つを取っても
如何に多種多様な先生方と会ってきたかが窺えますね。
ここに挙げたタイプ以外にもまだあると思いますし、
プリント配りとは違いますが、
冊子作りをするのが面倒で、
全ページ分を並べて一人ずつ順番に取らせ、
最後にホチキスで留めさせて自分達で冊子作りをさせる、
なんていうこともあります。

この他の苦労としては、
稀に紙が重なったまま印刷され、
白紙の紙が入っていたりすると、
先生としてはきちんと人数分刷ってきた筈なのに
足りなくなるなんてこともあったり、
足りなかったと思っていたら、
2枚重なって持っていたことに生徒が気付いて
やっぱり足りていたとか、
本当にちょっとしたドラマがそこにはある訳ですね。

いずれにしても、
やることの多い先生方が自分達で工夫して、
それぞれの個性をいかんなく発揮されている
一つの例がこのプリント配りなのかもしれません。

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2007年6月19日 (火)

無事手渡し完了

さ~て、何から取り掛かろうかね。

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2007年6月18日 (月)

遂に完成

プライベートなことに関わるので、
今までこのことを書くのは控えていたのですが、
やっぱり「トニー、我慢できないよ!!」
ってことで書いてしまおうと思います。

端的に言ってしまうと、
前の職場では食品加工に携わっていたのですが、
所謂「製造マニュアル」なるものがなかったため、
私がそれを作ることにし、
それが今まで掛かってようやく今日、
完成を迎えたという話です。

事の発端は、私がこの部署に異動になったことでした。
かなり複雑な手順を、
初めは先輩が実際に作業して見せてくれるのを
一生懸命ノートのメモを取り、
そのメモを基に少しずつながら、
先輩の監視の下、自分でも実際に作業をし、
そうやって繰り返し失敗したり聞いたりしながら
時間を掛けて全ての手順を覚えたのでした。
不安なく一人でも出来るようになったのは、
3ヶ月くらい経ってからのことでした。

ちょっとずつ作業手順が違うものが何パターンかあって、
それぞれ微妙に操作が変わってくるため、
頭の中で混乱してしまったりして、それは大変でした。

そんな時私は自分でノートに記したメモを
見返して確認しようとしたのですが、
その場は作業を目で覚えたり頭に入れたりしながら、
後からそれを思い出して
ノートに書き出したりしていたものだったので、
作業の手順が前後していたり抜けていたりして、
正確な内容とは言えませんでした。
(というかかなり間違っていました)。

しかも、ただでさえ走り書きのような字で読み難いのに、
後から余白に追記事項をを書き込んだり、
修正箇所を消したりしたせいで、
ノートを縦横無尽に駆け巡るバラバラパーツの手順を
目で拾い集めながら読み解くのはそれだけでも大変で、
明らかに効率が悪いなと思いました。

そこで私は一旦このノートの記載通りに
そのままパソコンで文書を打ち直し、
そこから文書を推敲することで、
見易い手順書を作ろうと思い立ったのです。
これがマニュアル書作製の抑の発端でした。

しかし、いくら一通り手順を覚えたとは言え、
まだ未熟な面も多くあり、
自分自身が完璧とは言えなかったのと、
どんな風に作れば見易い構成に出来るのか、
レイアウトなどはどうするのかなどを考えると、
無から物を作るというのは
そう簡単なことではありませんでした。
その上、仕事が終わってからでは時間もあまりなく、
ただでさえ通勤に時間を多く取られていたため、
全くと言って良い程捗(はかど)りませんでした。

ようやく最後の頃になって少しずつ
どんな形にまとめるか決まり始めましたが、
その頃にはもうマニュアル書がなくても
作業をほぼ完璧に行えるようになっていて
自分としてはあまり必要性もなくなっていましたし、
しかももう退職を控えていたので
「自分にとって何の利点もないんじゃない」
と言われると確かにその通りでした。

ただ、序の口段階だったとは言え、
折角作り始めたものを途中にしたままにする
というのは性格的に気持ちが悪く、
最後まで作り上げたいという思いがありました。
それに、こういう作業は自分の
「人に説明しづらい趣味」の一つとしても挙げられ、
自分としては楽しんでいた所もありました。

また、自分が退職した後、
新たに配属される人のために
やはりそういう指針となるマニュアル書の存在は、
今後不可欠だろうと思いました。

そんな訳で退職後も少しずつ仕事の合間を見ながら進め、
一刻も早く完成させて届けてあげたいと思っていました。
最初はそんな感じでちょこちょこやっていたのですが、
何しろ手順が複雑なため、
一旦頭の中で実際の作業をいちいち回想して
確認しながら進めていたため、
それだけでも相当な時間が掛かりました。

しかもちょっとずつやっていると、
似たような作業なのに、
前出の文と言い回しが違ってしまったりして、
文章に統一性がなく、却って分かりづらくなるため、
またそれを後から直すというような
効率の悪さもありました。

このままではいつになっても終わらないと思い、
土日などにあまり予定を入れないようにして、
長い時間集中するよう心掛けるようになりました。
それでも気が散ったり、途中で眠くなったりして
なかなか捗らないので、本当にいつ終わるのだろうと
段々心配になってきた程でした。
期待してくれている分、いつまでもだらだらと
長引かせる訳にはいかなかったのです。

友達と遊びたいのも我慢し、
やるべき山積みの問題も後回しにし、
部屋の片付けやいろんな整理整頓なども後回しにして、
兎に角このマニュアル書を一刻も早く
完成させることに集中しようと思いました。

未だに夏服の大半は仕舞ったまま、
冬服は全く仕舞っていないという状況です。
プリンターやパソコン周りの埃も目立ってきています。
仕事をしていても、買い物をしに出掛けても、
ホーリーホックの試合観戦に行っても、
沖縄に行っても、ブログを書いていても、
いつもこのなかなか完成しないマニュアル書作りが
気になって頭にもたれ掛かっている感じでした。

早く完成させて、自由に羽ばたきたいと思いました。
流石にいい加減、段々と疲れてきました。
でも「何でも良いよ」と前の上司に言われても、
きっちりやり遂げたい性格の私は、
適当な物を作る気分にはなれず、
親に変な目で見られながらもコツコツ続けました。

それがようやく先週の土曜日になって見通しが立ち、
完成の日が近付いてきたことを悟りました。
でも感慨に耽る気持ちは起きませんでした。
ここまで来たら躊躇うことなく
一気に完成させるだけでした。
字面を何度も見返し、その都度推敲も行っていたので、
今更名残惜しい気持ちなど全くありませんでした。

迎えた今日、仕事がほとんどなかったため、
今日で決めるぞという気持ちで
ずっとパソコンに向かい続けました。
そして夜になり、ようやく完成の時を迎えたのでした。
構想から1年近くになるでしょうか。
本当は5月中には完成させるつもりだったのですが、
かなりずれ込んでしまいました。

本当は自分がこれを使いながら
作業出来れば良かったですが、
でも作ってみて思ったのは、
やはりちゃんと把握していたからこそ、
どういう風な文章にするべきかということが
頭で整理しながら出来たのだろうということです。

例えば、文章を打っている途中に、
「そう言えば、前にこの所は確かこう書いたけど、
あそこのやり方はこれとはちょっと違うんだよな」
と思い出したりして、
結構後から直す箇所が出てきたのですが、
複雑な手順のある一部の作業を、
瞬時に関連づけて思い出すというのは、
それなりに頭に入っていなければ
無理だっただろうと思うのです。

だから自分の頭で完全に理解出来ていたからこそ、
それなりの物を作ることが出来た訳で、
つまり、制作者がこれを見ながら作業するというのは、
どのみち最初から無理な状況だったと思うのです。

自画自賛するのは気が引けますが、
なかなか良い出来具合だと思います。
でもじっと見返していると誤字脱字とかを
見付けてしまいそうで嫌ですし(さっき見付けたし)、
もう何遍も読み返して気持ち悪いので、
もうさっさと印刷してファイリングしてしまいました。

完成したら爽快な気持ちになれると思ったのですが、
パソコンの見過ぎなのか、
脳温が異常に上がっていて若干興奮気味です。

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2007年6月17日 (日)

HH観戦記2007 vol.10

今日、今季10度目となる水戸ホーリーホックの
ホーム戦の観戦に行きました。
5連敗後の前節にようやく待望の今季2勝目を挙げ、
勝ち点を2桁に乗せてホームに戻ってきた選手達。

この試合には様々な記録が懸かっており、
何か運命的なものを感じていました。
まず、昨季第3クール最後のホーム戦となった
9月上旬の試合で勝利を収め、
J2リーグ戦のホーム通算50勝という記録達成まで
あと1勝に迫りました。
この記録は間違いなく昨季中に達成するものと
信じて疑わなかったのですが、
この勝利を最後に、悪夢のホーム戦勝利なし記録が
始まってしまったのです。

昨季の第4クールは結局ホームで1勝も挙げられず、
ホーム通算50勝は今季へ持ち越しとなってしまいました。
そして、この記念すべき勝利を挙げるべく迎えた今季は、
球団史上ワーストと思われる開幕からの泥沼状態で、
ホーム戦のみならず開幕から約2ヶ月、
第1クール最後のアウェイ戦で今季初勝利を挙げるまで、
11試合未勝利という記録的な屈辱を味わいました。

試合内容が良かっただけに、
初勝利も時間の問題かと思っていたのですが、
もう一歩で記録が出せず藻掻き苦しんでいました。
そんな選手達を少しでも鼓舞したいという一心で、
開幕前から温めていた「横断幕制作構想」を
開幕後の3月に入ってから実行に移し始めました。

初勝利でようやく長いトンネルを抜けたかと思いきや、
続く試合は引き分けとまずまずだったものの、
その後再び5連敗と結果が残せず、
期待していた第2クールからの巻き返しも、
気が付けば半分以上消化していました。

そして、遂にホームで勝利から見放され続けた試合は
昨季から15試合連続となってしまい、
何と今節勝てないとJ2の記録を更新する、
16試合連続勝ちなしになるという
極限状態まで来ていました。
本当に久しく勝ち試合を観戦した記憶もなく、
勝利の瞬間の喜びも感じていませんでした。

更にもう一つ、ホーリーホックのホームグラウンドは
那珂市にある笠松運動公園陸上競技場が
メインであり実質的なホームということなっていますが、
今節の試合会場である水戸市立競技場は、
ホーリーホックのホームタウンである水戸にあるため、
毎年開催試合数は僅かながら真のホームということで、
また一味違った意味を持っていました。

そんな水戸市立競技場が2年間の改修工事を経て、
水戸のホームグラウンドになることが決定している
ということを知って驚いたのですが、
改修前の開催試合は今節が最後とあって、
更に特別な意味を持つものとなりました。
0706170038




そして極め付けが、以前から制作していた横断幕が、
当初の予定よりも早まって数日前に完成し、
最初からこの試合に照準を合わせていた訳でもなく、
完成を急いだ訳でもないのに、
まるでこの試合に合わせたかのように
間に合ってしまったという偶然が重なりました。
(製作部監督の笑さんの技量による所が大きいです)。

最初はお披露目をいつにしようかと考えましたが、
これも何かの示し合わせかもしれないと思えるくらい、
デビューするには打って付けの条件の揃った試合でした。
改修前最後の未来のホームグラウンドで産声を上げ、
ここから伝説は始まるのだと思いました。
仕上げの防水スプレー塗布は、試合前、
今日参加の応援チームメンバー全員で行いました。

。。。。。。

以上のような様々な条件が重なった今節。
そんなチームが前節2勝目を挙げたことで、
今季初の連勝を狙うという条件も加わり、
今季ホーム戦初勝利を狙い、
ついでにホーム戦での連続勝ちなしという
不名誉な記録も止め、
しかもホーム50勝という記録を同時に達成し、
更には改修前最後の聖地での勝利を収める、
という諸々の記録が掛かった試合となりました。

ここまでホーム戦で勝てなかったのは、
全てはこのメモリアルゲームを聖地で祝うための
お膳立てだったのかなとさえ思う程、
運命的なものを感じずにはいられませんでした。


前置きが長くなってしまいましたが、
その諸々の記録を達成するためにも、
今日は是が非でも勝利で決めて欲しい試合でした。
けれど、そういう記録は選手達も知っている筈で、
気負いすぎて重荷にならなければ良いなとも思いました。
少なくとも、今季の水戸の内容を見ると、
プレッシャーを感じて逆に気合いが空回りして
しまったのかなと思う試合も多いような気がしていたので、
黙って選手達に全てを託すしかありませんでした。

その期待に応えるかのように、
序盤から豊富な運動量で相手を圧倒すると、
前半15分にPKを与えられ、
思わぬ形で絶好の先制機を迎えました。
FKと言えばこの人、キャプテンのDF吉本選手が蹴ると
何とGKにコースを読まれ弾かれてしまいました。
しかし、こぼれ球をボレーでそのまま力強く押し込み、
幸先良く先制点を奪いました。
この打った後の素早い反応を見て、
「今日の水戸は違う」と手応えを感じました。
070617071




更にその2分後には、
中央からの鮮やかで素早いパス回しで、
一瞬にしてゴール前の岩舘選手へスルーパスが通り、
GKが出てきて止めようとしたところを、
駆け上がっていたフリーのMF良和選手へラストパスし、
お手本のような美しいゴールが決まりました。
パス回しだけでゴールに結び付けたようなプレーで、
スピード感といい無駄のない動きといい、
本当に華麗でした(あまりにも一瞬過ぎて、
目はボールを追うだけで精一杯でした)。

気持ち悪いくらい理想的な展開で2点を先取し、
俄然有利に試合を支配出来るようになりましたが、
それでも次の1点が入るまでは
何が起こるか分からないと疑心暗鬼の私は、
浮かれるどころか貪欲に追加点を欲していました。
2点では所謂「安全圏」とは言えないからです。

その後も攻守に渡って動きの良さを見せ、
守備も体系が崩れることなくマークにしっかり付き、
球際のプレーなども爽快なくらい粘り強さを見せて
再三奪い取るなど相手の攻撃の芽を摘むと同時に、
すぐに攻撃に転ずる切り替えの素早さも目立ち、
今日は素人目から観ても本当に面白い内容でした。

相手にシュートらしいシュートも打たせず、
特に危なげなく展開していきました。
前半43分には、DF和裕選手が倒れ込んでいる中で、
試合中断の笛が鳴ることなくプレーは続行され、
そのままボールを自陣で奪い返すと
すぐにパス回しで再びチャンスを作りました。
いつもなら「何ですぐに(試合を)止めないんだ」と
審判の反応の遅さに不満を漏らす所でしたが、
雰囲気が良かったので、
「ここは試合を止めないで欲しいな」と思いました。

パスが繋がり、最後はペナルティーエリアのすぐ外で
中央から一旦右へ出したパスを瞬時に左へ折り返し、
詰めていたMF金基洙選手がパスを受け、
そこから豪快にミドルシュート。
これが横っ飛びのGKの下を抜けてワンバウンドし、
ゴール左の僅かなスペースにそのまま
綺麗に飛び込んでいきました。
(因みに和裕選手はその後も倒れ込んだままでした)。

まさにお手本のような鮮やかな連係プレーで、
前半のうちに欲しかった3点目が入りました。
今日はどの選手の動きにも切れがあり、
本当に気持ち悪いくらいピタピタっと
良い形に嵌まっていました。
きっと相当練習したんでしょうね。

素早いパス回しで一気にチャンスを作った2点目。
そして、それに加えて人数を掛けて上がるという
攻撃の幅を持たせて奪った3点目。
今までは良いボールが零れていても、
それを押し込む選手が居なかったりして
勿体ない場面が多かったのですが、
今日はそれがしっかり出来ていました。

今日は前半から動きが良かったので、
後半バテて運動量が落ちないか心配でしたが、
それでも選手達はよく動いていました。
最後はちょっと荒っぽさが目立ち、
守りに入ったのか、全体的に押され気味の展開となり、
危ない場面もありましたが、
GK武田選手などの好セーブなどもあり、
見事そのまま3-0で今季ホーム初勝利を収めました。
今までやりたかったことが全てうまくいき、
これまでの試行錯誤が結実したような試合でした。

3点目が入った時点で、
「大量得点を得たこの試合では、
このまま相手を無失点に抑えてこそ意義がある」
と思っていたので、
追加点が入らなかったことは残念ですが、
価値のある勝利だったと思います。

ま、これが今季3勝目なだけあって、
今季初の「完封勝利」となったのはおまけですが、
勝敗に拘わらず無失点の試合は
これまでほとんどなかったので、
完勝出来たということは本当に大きいと思います。
そして何と言っても、
やっぱりホームでの勝利は格別です。
9ヶ月ぶりですからね。
この調子でどんどん勝っていって欲しいです。

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2007年6月16日 (土)

こんな所にも

ネタ帳という程大したことは書いていませんが、
何か思い付いたことがあると、
忘れないうちにメモしておくのが習慣となっています。
メモ帳代わりとして結構使っているのが
携帯電話のスケジュール機能です。
思い付いた時の日付も残せますし、
今のスケジュール機能は文字数も
それなりに書き込めるので便利です。

で、何日か前にスケジュールを見返していたら、
メモしておいたのをすっかり忘れていたことが
結構あったことに気付きびっくりしました。
そのうち時間を見付けて整頓したいです。

さて、その忘れていたメモの中の一つに、
多分床に就いてから思い付いたと思われる
時間帯に書き残していた内容がありました。
以下、その内容です。

。。。。。


日時:5/8(火)2:20
要約:ZARDのタイトルで文作る
予定:瞳閉じて眠り
少女の頃に戻ったみたいに心を開いて
来年の夏も突然君に会いたくなったら

。。。。。

夜になると頭が冴えるので、偶々閃いたんでしょうね、
「タイトルを繋ぎ合わせて何か文章を作れないかな」と。
後の楽しみとして取っておき、後から煮詰めるつもりで、
とりあえず例としてサッと作ってみたという感じですね。
しかし、思い付いた本人が忘れているのに、
この前のスクリーンセーバーといい、
さりげなく生活のあちこちに溶け込んでいるようです。
もしかしたら、まだ自分では気付いていないだけで、
他にも出てくるかもしれません。う~ん。


話は逸れますが、人に趣味を聞かれても
すぐにポンポンと答えられないことが多いのは、
何とも言葉で表現し辛いものが多いからなんだろうなと、
このメモを見ながら思いました。

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2007年6月15日 (金)

いきなり『パイレーツ・オブ・カリビアン』鑑賞

昨日関東地方も梅雨入りしたようですが、
今日は暑かったですね。
窓閉めっぱなしでパソコンを弄っていたら、
蒸し暑すぎて危なかったです。
本当は埃が舞うのであまり窓を開けたくないのですが、
緊急事態なのでやむなく開けました。
心地良い風が入ってきて、それは気持ち良かったです。
埃が多少舞っていましたが。
本格的な夏到来前に早く部屋を片付けたいです。


夜になり、友人のトマトマン氏と待ち合わせし、
夕飯を一緒に食べるために出掛けたのに、
いきなり成り行きで映画(レイトショー)を
観ることになるとは思いませんでしたよ。
まぁたまたま時間が丁度良かったので、
本当は空腹で夕食を食べたい所でしたが、
こういう勢いも大事かと思って腹を括りました。
上映時間も迫っていたので、
館内で軽く軽食で腹拵えして映画鑑賞へ。

しかもまだ1も2も全く観ていないのに、いきなり
『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』
を観ちゃおうっていうんですから、
勢いにも程があります(全然ストーリーが分からん)。
何となく最近の話題作を全く観たことがない
というのも話についていけないかなと思いまして。
『ダイハード4.0』も観たかったのですが、
まだこちらは上映前なので諦めました。

感想…うーん、何か激しかったです。
話は分からないような何となく分かったような…。

字幕版は雰囲気が伝わってきてやっぱり良いですね。
発音を聞き取ろうと頑張ったのですが、
やはり早すぎて聞こえない部分の方が多かったです。
いや、昨日ね、寝る前に久し振りに思ったんですよ、
「そういや英検受検するつもりで、
もう何年受けてないんだろう」って。
なかなか仕事し始めてから時間が取れないんですよね。
でもこのまま諦めるのは早すぎるのでそのうちに…。

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2007年6月14日 (木)

田圃の生き物とキジ

まだ田植えが終わってから1ヶ月程度ですが、
辺りではすっかり田圃が緑色になり、
確実に成長している様子が窺えます。
070614016




ここは小学生の理科の授業中の気持ちになって、
久し振りに田圃の中の生き物でも観察してみようかと、
田圃の畔(くろ)(田圃を仕切る土などの部分)を
ちょこまかと怪しげな大人が一人、
カメラを構えながら歩き回っていました。

ということで、まずはおたまじゃくしです。
もうだいぶ蛙になってしまっていますが、
まだおたまじゃくしも見られます。
070614019_1




近付くと危険を察知して一斉に逃げ出してしまうので、
なかなかモデルになってくれる
おたまじゃくしが見付からず撮影に苦労しました。
逃げるのは構いませんが、せめて水中が濁らないように
静かに移動して欲しいもんです。

次に見付けたのが田螺(タニシ)。
地味な存在ですが、地味なりに懸命に移動していたので
記念に撮っておきました。
070614040





そして最後に、僕にとっては蛙よりも
嫌いかもしれない蛭(ヒル)の写真です。
蛙はまだ自分から触りに行かなければ良い話ですが、
蛭は裸足で田圃に入っていたりすると、
いつの間にかふくらはぎ辺りにへばり付いていて、
勝手に人の血を吸っていたりする気持ち悪い存在です。
しかもそれに気付いてもあんまり触りたくないですしね。
070614027





そして、実は今回の田圃の生き物とは関係ないのですが、
以前書いたカルガモと同じくらい、
「何でこんな所に居るの? 」と思わずには
居られなかった珍客の撮影にも成功しました。
070614005




そう、雉(キジ)です。
カモにしてもキジにしても、
イメージとしては普通はなかなか見掛けられない
珍しい生き物だと思っていたのですが、
カモとほぼ時を同じくして、
家の近くで見掛けるようになりました。
ただ、カモと違って一羽だけのようですが。

僕にとっては未だに「何でこんな珍獣がご近所に?」
という意識が消えないため、
「ケンケン」という鳴き声を聞く度、
「ここは珍獣王国か?」と思ってしまうのですが、
まぁ気に入って住み着いているようなので、
そっと見守ってあげています。
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2007年6月13日 (水)

HHテレビ観戦記(番外編)

※今日は別のことを書く予定だったのですが、
この時間は急遽予定を変更して
ホーリーホックテレビ観戦記をお送り致します。
予めご了承下さい。

昨日、今日と汗ばむような暑さでしたね。
夜になって尚、体が汗ばんでべた付いていました。
今日はナイターでホーリーホックのアウェイ戦があったので、
当初は観るつもりは全くなかったのですが、
今日は仕事も終わっていたので、
わざと観ないというのもどうかなと思い、
観ようかどうか迷っていました。
しかし、他にやることもあり、
全部観てしまうと夜遅くなってしまうのと、
今日の相手はあまり相性が良くないので、
正直な所好結果は期待出来ないかもしれないと思い、
観るのは辞めようと決めました。

とりあえずキックオフ後に夕飯を食べ始めたのですが、
妙に落ち着かず、後ろ髪を引かれる思いがして、
やっぱり観ようかなと考え直しました。
ちょっとだけ観ようと思ってテレビの前に行くと、
丁度先制ゴールを揺らした直後…だった筈が、
これが後からオフサイドの笛が鳴りノーゴールに。

クロスボールかロングシュートか分かりませんが、
直接ゴールポストに当たって跳ね返ったボールを
慌ててFWの岩舘選手が押し込んだというシーンでした。
どうやらそれまで相手に押され気味だったらしいのですが、
このプレーを観て「やっぱり観よう」と即断しました。

こういう糠喜びは今季幾度となく目にしています。
このワンテンポ遅れのホイッスルには
本当にがっくりと来ます。
「ただでさえ得点機が少ないチームなんだから、
今のくらい大目に見てくれよ」
と何度不満を漏らしたか分かりません。
(まぁ仕方ないんですけど)。
こういう惜しいプレーで得点出来ないでいるうちに
先制を許し、結局負けてしまうという流れを
今季何度も観ています。
今回もその嫌なパターンかなと思いました。

しかし、今日は執拗に相手DF裏を突くような
ロングボールを多用しているように見えました。
昨季までの水戸は引いて守り、攻撃は専(もっぱ)ら
カウンター狙いのこういったロングボールが
うまく繋がれば、というような闘い方が多かっただけに、
今季のパスを繋いで多用な攻撃を繰り出す
サッカーはどうしたのかなとちょっと思いました。
ただ何試合か前に、「もっと単純にDFの裏のスペースへ
ロングボールを放り込めば良かった」(MF小椋選手)
というようなコメントがあった気がするので、
相手の戦術次第ではそういう攻撃法もあるのかなと思い、
苦し紛れの攻撃ではないのだろうなと思いました。

一見平凡な攻撃に見えたのですが、
これが実を結んだのが前半36分でした。
自陣からDF吉本選手のロングパスが
前線で相手DFとポジション争いをしていた
FW塩沢選手達の裏へうまく落ち、
DFはこれに触ってGKに流そうとしたと思うのですが、
僅かに届かず、触れずにバランスを崩したのを尻目に、
同時に飛び出していた塩沢選手がこのパスをうまく受け、
GKとの1対1の場面で落ち着いてシュートを放ち、
見事にゴールの左の方へ決まりました。

直前に「貰った!」と思ったのですが、
しっかり落ち着いて決めてくれて良かったです。
これが久し振りの先制点となりました。
何しろここ5連敗中の水戸の得点は僅か1点。
大きな先制ゴールとなりました。

前半終了間際にも、MF金沢選手の右サイドからの
絶妙のクロスボールが、
似たようなポジションからの飛び出しを見せて
フリーとなった塩沢選手へ繋がったのですが、
ワントラップしたボールがそのままGKの方へ流れてしまい、
絶好の追加得点機を逃しました。
「こういう時に西野選手が居てくれたら
決めてるんだけどなぁ」と主力の離脱を憂い、
「こういうチャンスにミスして追加点を取れないから
後になって響くんだよな」と思いながらも、
久し振りにリードして前半を
折り返せたのは気持ちの良いものでした。

「この嬉しい気持ちが試合終了後に暗転しないで欲しい」
「このままリードを保って終わってくれ」という気持ちで
後半も引き続きスカパー!観戦しました。

しかし後半開始早々僅か1分、
相手にCKを与えてしまいました。
セットプレーからの失点が多い今季の水戸にとって、
何となく嫌な雰囲気を感じずには居られませんでした。
一度はクリアしたのですが、これが中盤の相手DFによって
あっさり蹴り戻されてしまうという
よくある失点パターンの嫌なボールの流れに。
「ここ要注意だぞ!」と思って
ボールの流れを目で追っていると、
GK武田選手が飛び出してダイレクトキャッチを試み、
ボールを掴んだかに見えた次の瞬間、
間一髪で先に相手に力強くヘディングされ、
DF陣の裏を突くように良い角度で弧を描いて
ゴールマウスへ吸い込まれていきました。

あっさり同点。
同点にされるのがあまりに早すぎました。
こうなってくると、アドバンテージがなくなった水戸にとって、
精神的にも俄然不利になってきました。
相手もここ5試合で勝ち星から遠ざかっていたようですが、
こっちは6試合勝てていないのですから負けていません。
つまりは負けているんですけど。

大方の予想通り、最下位の水戸が下克上を狙うなんて、
所詮は夢物語に過ぎなかったのか…。
そんな嫌なムードが相手のボール支配率から見ても
より濃くなっていくような感じがしました。
全体的に引き気味に守るようになり、
ボールの繋がりも決して良いとは言えず、
悪い流れになりつつあるようでした。
それでも何とか同点で堪えていると、
何と「前田監督が2トップとも替えるようですね」
という実況が入りました。

「一人は鈴木孝明選手だと思うけど、もう一人は誰だ?
FWなんて他に…」と思っていると、
「西野」と言うのが聞こえました。
「え?西野選手って……もしかして復帰?!おぉ~っ!!」
と思わず拍手してしまいました(完全に熱狂的)。
全治4週間の怪我で離脱中だった、
一応チームの得点王(3得点)が復帰しました。

DF吉本選手といい、DF平松選手といい、
怪我で離脱していた役者が揃ってきた感じです。
この試合は湿度が高く、選手も蒸し暑い状態での
プレーでしんどそうだったのですが、
中2日でしかも10人での試合を強いられた直後、
更には相手を上回る運動量が必要とあって、
バテバテになった塩沢選手と岩舘選手を下げ、
思い切ってFW2人を交代してきたようです。

でもこれが結果的に流れを変えました。
金沢選手や鈴木良和選手などがサイドから
うまく攻め上がるなどしてチャンスを演出し、
徐々に流れを掴み出すと、
CKが流れそうになったのを平松選手が
ゴールの目の前に詰めていた西野選手の前に
うまくヘディングで落とし、絶好機をアシストしたのです。
しかし、突然良いパスが来て焦ったのか、
これを外してしまい、またもや追加点ならず。

何度も追加点が取れそうで取れない
いつものパターンではありましたが、
ここまで良い形を作っているからには、
今日こそは決めて欲しいと思っていました。
そして迎えた後半28分、遂にその時が訪れました。
金沢選手がゴール前に上げたクロスに
鈴木良和選手が反応してヘディングし、
パスとしてわざと流したのか
偶然良い所に流れたのか分かりませんが、
これが後ろに居たフリーの西野選手にナイスパスとなり、
落ち着いてGKの動きを見定めて
今度はしっかりとゴールネットを揺らしてくれたのです。

先制し、一度は追い付かれ、
劣勢かに思えた所で再び勝ち越し。
なかなか今季見られなかったパターンでした。

後はもうひたすら「そのままリードして逃げ切れ」
と叫び続けていました。
残りの時間が途方もなく長く感じられました。
逃げ切りに失敗したら、
折角の2勝目がまた逃げて行ってしまいます。

残り5分くらいになると、水戸は全体的にラインを下げ、
守りに入り始めました。
そのせいで攻められる場面が目立ち冷や冷やしましたが、
選手全員で身を挺して死守していました。
逆に、一瞬の隙を突いて駆け上がり、
最後に金沢選手が思い切って狙っていたミドルシュートが
惜しくもクロスバーに弾かれるという場面もありましたが、
ロスタイム3分も逃げ切って待望の今季2勝目を挙げ、
ようやく勝ち点10となりました。

今まで試合内容が良くてもこういう接戦で
最後の精度の差やちょっとしたミスがきっかけで
負けが込んでいたので、
今日の勝ち点3は今季やってきたことに
自信を持てる大きな試合になったと思います。
次こそは本拠地・水戸で
ホーム初勝利を挙げて欲しいです。

…以上、思わず番組を変更してお送り致しました。

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2007年6月12日 (火)

ブスッ!!

高校時代、そして社会人になってから
いつも母に弁当を作って貰っていました。
私がコンビニなどで買うことを
母が嫌がっていたというのもありますが、
ほぼ毎日のことで大変だったと思います。

転職してからは家で書類作成などをすることもあるため、
調査に出掛けない日は弁当は不要ですが、
出掛ける時は父の分と合わせて作ってくれます。
いつも好きな物が入っているとは限りませんが、
特に卵焼きが柔らかかった時と、
たらこの焼き具合が丁度良かった時が最高です。

ところで、ちょっと前に新しい弁当箱を買った筈なのに、
何故か煮物や漬け物などを入れておくような
蓋付きの小鉢みたいなのにおかずを入れ、
ご飯は元々1つの2段弁当箱だったものを、
父と私のご飯入れ用に分けて使っているようなのです。

最初は洗い物が間に合わないからなぁ
と思っていたのですが、
今ではほぼ毎回このパターンだと言っても
過言ではありません。
予想するに、多分新しく買った弁当箱では、
おかずを入れるスペースが広すぎて、
全部詰めるのが大変だからなのかなぁと思います。

また、このパターンだと、
蓋に箸を収納出来るようなタイプではないため、
別に箸を付けるようなのですが、
ちゃんと弁当用の箸箱付きの箸があるにも拘わらず、
何故かその箸だけをそのまま弁当箱と一緒に
弁当用の風呂敷でくるんで用意してくれるのです。

ですから、想像して貰えば分かる通り、
箸の先の部分が今にも風呂敷を突き破りそうな
突っ張り具合になっていて、
何故箸箱ごと付けてくれないのかなと
いつも気になっていたのですが、
この前、とうとう箸が窮屈さに耐えきれなくなり…
S0002_2




見事に風呂敷を突き破ってしまいました。
いつかはこうなると思っていたけど…。

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2007年6月11日 (月)

お願い+人生訓

多分男性用立ち小便器特有だと思うのですが、
最近は「もう一歩前にお進み下さい」などという
張り紙がしてあることがよくあります。
つまり、二次関数で例えるなら、
おしっこしている最中は、

J_3



(ただし、x≦0またはx≧0のとき)
という綺麗な放物線を描いていたとすると、
最後の頃には
J_4



というようなグラフになってきますが、
その頃に小便器手前に垂れてしまう可能性があるので、
前に出てなるべく最後に零さないようにして欲しい、
という管理者の意図がある訳です。


また、チェーン店の居酒屋(特にトイレ)に行くと、
「親父の小言」や「健康十訓」「人生十訓」
の類が掲げられているのをよく目にします。
一昨日行った所も、何やらそう行った類の張り紙が
沢山してありました。

しかしその中にさり気なく紛れて、
思わず笑いのツボに入ってしまった張り紙がありました。
書かれていた言葉は、

「人生もトイレも もう一歩前へ」

座布団3枚あげたい気持ちです。

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2007年6月10日 (日)

中学卒業から9年の時を経て

昨日は中学校の母校(中高一貫制)の
同窓会総会と懇親会が行われるということで、
高2の時以来7年振りに母校へ行きました。
中学を卒業してからの9年間で
母校を訪問したのはこの僅か1回だけで、
この時も何となくみんなに会うのが気恥ずかしくて、
何人かの同級生と先生に会ったくらいで、
折角行ったのにそそくさと帰ってきてしまいました。

よって9年も会っていないという同級生の方が大半で、
高等部への進学が叶わなかった異端児の私としては、
余計に不安や考えが頭を巡りました。
大学1年か2年の時に、高等部まで卒業した友達に
高等部の卒業アルバムを見せて貰ったのですが、
中等部卒業までのイメージで留まっていた私にとって、
アルバムの同級生達はだいぶイメージと
変わってしまった人が多くて衝撃的だったと同時に、
その続きの3年間に存在出来なかったことで、
浦島太郎のように一人だけ一生懸命別次元で生きていて、
実は取り残されていたような感覚を強く感じました。

だから今回、何となく行き辛いという気持ちが
なかったと言えば嘘になります。
しかし、彼らにとっては中高まとめて一つの母校でも、
わたしにとっては仮令(たとえ)その半分でも、
唯一の中学校の母校であることに変わりはなく、
まるきり疎遠になるのは寂しい気がしました。
それに同級生や先生に会ってみたい気持ちもありました。
そんな迷える気持ちを後押ししてくれたのは親友と、
そしてわざわざ声を掛けてくれた
同窓会役員らの有り難い心意気でした。

何となく行くきっかけを失いつつあった自分にとっては、
これを逃していつ行くのかというような良い機会だと思い、
照れや気恥ずかしさや不安を押し殺して
思い切って参加を決意したのでした。


あの頃は2、3ヶ月に1度くらいは帰省していたので、
当時は電車賃や何番線から何の電車に乗るとか、
色々頭に入っていたのですが、
すっかり忘れてしまっていたばかりか、
最寄りの駅に着いて改札を出る前後、
こんな駅だったかなと一瞬首を傾げてしまう程でした。
(原形を留めつつも改修工事などで一部変わった
ようなのでそれも単に記憶の問題だけではないですが)。

バスも何番乗り場かは覚えていたものの、
時刻表の行き先を見ても主な系統以外は
どの系統が母校近くを走るルートか全く自信が持てず、
何食わぬ顔でバスに乗りつつ内心おろおろしていました。

駅近くの風景も見覚えは十分あったのですが、
こんな看板や建物だったのかと初めて見たような感覚で、
あの頃はちゃんと見ていたようで実は風景の一部として
慢心で見ていたに過ぎなかったのかなと、
そんな視野の狭かった自分を実感しました。

最寄りのバス停の一つ手前で降りると
運賃が少し安いというのは覚えていて
最寄りの停留所名も覚えていたのですが、
肝心の一つ手前の停留所名を忘れてしまっていました。
そして、バスを降りてから母校までの道のりも、
途中からは覚えていたのですが、
最初にどこの角を曲がるか自信が持てず、
本当に高2の時はどうやって母校まで行ったのか
と思うくらい忘れていることが多すぎました。


母校に着くと建物の新築工事などで
風景が変わっている所も若干ありましたが、
間違いなく母校は母校のままでした。
土曜ということもあって人は疎らでしたが、
在校生(の寮生)も普通に校内を歩いていて、
妙に彼らに怖じ気付くOB男爵がそこに居ました。
(今の中1は干支で一回り下というのですから、
若いようでも着実に自分も歳を重ねてきたもんです)。

校舎にも入ってみて、
建物名や階の呼び方に懐かしさも感じましたが、
同時に、教室の名前や場所など
建物の構造からして実に複雑で、
「中学生の時はよくこんなのが全部頭に入っていたな」
と思う程今にして考えると驚きでした。

受付場所の「ホール」がどこにあるのか、
一瞬本当に分からなくて真剣に考え込んでしまい、
ちょっと焦りながら思い出していたらやっと、
「そう言えばあそこでよく色んな上映とか講演をしてたし、
○○ホールだかただのホールだか忘れたけど、
確かそんな名前だったかもしれない」
などとそれらしい候補が一つだけ思い浮かび、
「違っていたら本当にどこだか分からないぞ」と
自信が持てないながらも行ってみると、合っていました。


母校なのにすっかり外部者みたいになっていました。
中学3年間もここで生活していたのに
何故こんなに忘れているのかと思いました。
私の場合、大概昔のことはよく覚えている方なのですが、
流石に7年という月日は長かったのかもしれません。
あるいは、ほとんど記憶から消され掛けるくらい、
その後の人生で詰め込もうとしていた知識や
経験値の容量が多かったのかも知れません。

総会や懇親会でまず懐かしい何人かの同級生に会い、
夜に行われた同級生での懇親会(同窓会)を含め、
40人以上の同級生と会いました。
実際話してみると、それぞれの進んだ道や
成長して変わった面はあるものの、
高等部のアルバムを見た時に感じたような
自分の知らない人たちになってしまったような
極端な別次元感はそれ程感じず、
見た目も含め人間性や雰囲気など根本的な部分は、
良い意味でみんなそんなに変わっていませんでした。
話をしていると、当時のいろんな感情や出来事など、
あの時代を生きていた自分の姿を思い出しました。
今こうして振り返ると一生懸命生きていましたが、
客観的に見るとまだまだ視野が狭かったですね。
(現時点ですら後から振り返ればそう思うのでしょうが)。


やはり思った通り時間が全然足りず、
あっという間に別れの時が来てしまいました。
本当は二次会、あるいは泊まり掛けで
続きへ参加したい所ではあったのですが、
今日予定が入っていたということもあり、
泣く泣くそのまま日帰りで帰宅しました。
次回また会えるという保証はないだけに、
別れ際が相当名残惜しかったです。

帰りの電車の中や家に着いてから
あの頃からだいぶ自分も考え方とか視野が
変わったんだなと考えていました。
それに、もしあのまま高等部へ進学していたら
またその後の人生も変わっていたでしょう。
会えるべく人に会えなかったかもしれませんし、
会えなかった人に会えていたかもしれません。
逆にここに入学していなかったら、
それもそれで違う人生になっていた筈で
同様のことが言えたと思います。

そんな不思議な気持ちを抱きつつ、
でもこれが人生なのだろうなと思いました。
過去への後悔を挙げたらきりがないです。
今の自分だったら過去の自分にこう言ってやる、
あるいは今の自分の考え方や視野があれば
過去のあの時は絶対こう動いたのに、
というようなことが山程あります。
でも、それもその時出来なかったことが、
後々悩みや試行錯誤などに繋がって、
その結果構築された価値観や考え方への
原料となって今に至る訳ですから、
その時もし後悔なく動けていたとしたら、
物によっては良かったかもしれませんが、
物によっては今その考えを導き出せて
居なかったかもしれないのです。
そんな小難しいことを考えたりもしていました。

後悔は中・高・大と沢山してきましたし、
これからも後悔するようなことは起こるのでしょうが、
そのどれもが未来への栄養剤になっていることも、
同時に見過ごしてはいけないことだなと思います。
失敗は成功の元とも言いますし。
ま、後悔は少ない方が良いに越したことはないでしょうけど。


話は逸れますが、こうして生きていたからこそ、
何らかの形で自分に関わっていた全ての人や物に
また再会できたのであって、
パズルの1ピースとして回帰出来た感じがします。
世の中は良いことも悪いことも全て含めて、
一つのパズルのようなものだと思うのです。
目先の辛さで自ら命を落としてしまう若者が
増え続けているという今の世の中において、
「その命は自分だけの物じゃない」という意味が
そのうち分かる時が来ると知って欲しいと思いました。

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2007年6月 9日 (土)

本当は100人乗っても大丈夫です。

すいません。
今日は真剣にもう寝ないと明朝がまずいので。
一言だけ叫ばせて下さい。


「100人乗ったら…ペッチャンコ!!」

(それじゃ全然物置の宣伝にならんわ。)

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2007年6月 8日 (金)

-1.5cm減

今の財布が2代目だということは、
以前に書いたと思いますが、
選んだ基準が「出来るだけカード入れの
ポケット数が多いこと」というものでした。

お陰で収容枚数が劇的に増えたのは良かったのですが、
入るだけ入れたせいで物凄く分厚くなってしまいました。
大して大金が入っている訳でもないのに、
ポイントカードやらメンバーズカードなどで、
物凄く膨らんでいた財布は、
ジーンズのポケットになかなか入らず、
無理矢理入れるのでポケットが伸びてしまう程でした。

小銭で膨らんでいた初代財布と違い、
カードで膨らんでいる2代目。
明らかに分厚いのが気になっていたので、
とうとう定規で厚みを計測してみました。
その厚さなんと約5cm。
そして一旦カードを全部抜いてみると、2.5cmでした。
カードのせいで2倍も分厚くなっていたのでした。

流石にこれはまずいなと思い、
よく使う物以外はカードホルダーに整頓して
別に持っておこうと決めました。
カードホルダーを買ってきて移し替えた結果、
何とか約3.5cmくらいまでに抑えることに成功しました。
これでもまだ厚いですが少しはましになったと思います。

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2007年6月 7日 (木)

3惑星観測の好機を逃す

今、水星と金星と土星が一遍に見られるらしいですよね。
そんな貴重な経験はなかなか出来ないので、
この所何回か夜空を眺めて見たのですが、
水星が見られることは滅多にないという話なのに、
加えて、日没後すぐと日の出直前の僅かの間しか
お目に掛かれないという難しさもあるというので
何としてでも見たいと思ったのですが、
最初はちょっと気付くタイミングが遅れて見られず、
次は地平線近くに雲が掛かっていて見られず
という具合に結局一度も見られませんでした。

しかし、土星と金星は確認出来ました。
金星は流石宵の明星と言うだけあって
夜空でも一際明るいというのがよく分かります。
土星もそこまで明るくはありませんでしたが、
確かに肉眼でも確認出来ることが分かりました。
今までも何度か見る機会はあったようですが、
私にとって今回が初めてでした。

梅雨入りしてしまってはもうチャンスはなさそうな気がして、
何としてでもその前にと思ったのですが、
昨日も今日も結局水星を見ることは出来ず、
どうやら梅雨入りの気配がしてきました。
土星を見られたのは良かったですが、
出来れば3つとも揃っている所を見たかったです。

でも、こうやって夜空を眺めていると、
宇宙の神秘さや広大さを感じますね。

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2007年6月 6日 (水)

スクリーンセーバー

もう生きている彼女へこのメッセージが届くことはない
と分かっては居ながらも、
どうしても何か自分の今の気持ちや
今更ながら言いたかったことを書かずには居られず、
ZARDのHPで始まったメッセージ受付に書き込んだ。
本当は献花にも行きたかったのだが行けなかった。
今感じている気持ちをうまく言葉に出来たかどうか、
まとめられたかどうか分からないが、
せめて最後に感謝の言葉を伝えたかった。

書き込んだ後しばらくして電話をしていた時、
パソコンのスクリーンセーバーが起動した。
いつもの見慣れたスクリーンセーバーだが、
それがZARDのスクリーンセーバーだったことに気付き、
ハッとさせられた。
今までほぼ毎日見ていた筈なのに、
それがいつの間にか当たり前になって
あまり意識して考えなくなっていたが、
今ZARDの存在を改めて考えさせられているせいか、
無意識のうちにもこうして少しずつ
自分の周りに彼女という存在があったのだなと痛感した。

公式なコンサートツアーとしては最初で最後となった
「What a beautiful moment」の頃、
その一環でHPから無料ダウンロード出来たので、
ダウンロードしてスクリーンセーバーに設定し、
そのまま今に至る。
(因みに、そのコンサートは人気が殺到しすぎて、
ファンクラブに入っていなかった私も
一般ルートでチケット取りに挑んだが、
販売開始から僅か2秒で完売してしまった。)

気分転換に他のスクリーンセーバーに替えようかと
思ったこともあったが、
何となく替えたくないなと思ったことと、
特に他に替えたい物もなかったので、
「このままでいっか」とずっとそのままにしていた。
今思えば、それは彼女からの何かメッセージ
だったのかもしれない。
相変わらず視線を逸らしているが、
その凛とした横顔の輝きを見ると、
今なお曲作りに励んでいる最中だと言われても
全く違和感がない程活き活きとしている。

このスクリーンセーバーに固執するつもりはなかったが、
もしかするともう永久にこのままかもしれない。
でもこれを見て悲しい物思いに耽るのではなく、
これからも正面からファンで居たいと思うのである。

スクリーンセーバーにある時計は今も時を刻み続ける―。

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2007年6月 5日 (火)

爽やか好青年ブーム?

早稲田大に進学してなおフィーバーの加熱する
ハンカチ王子こと斎藤佑樹投手。
世間から注目され、重圧の掛かる中で
1年生にして開幕投手を務めて勝利投手となり、
期待通りの活躍を見せて東京六大学を盛り上げ、
しかもいきなり春季リーグのベスト9に選ばれたのは、
本当に凄いことだと思います。

僕の中では高校野球というと、
「だいぶ年上(ほぼ大人に近い)のお兄さんたち」
が出ているというイメージで観ていたので、
高校3年になって同級生も同じ舞台に居るというのに、
今一同い年の選手がやっているという実感には
乏しいものがありました(応援はしっかりしていましたが)。

もう今になってみると、自分より6つ以上も年下なのに、
未だに高校球児を大人っぽく見てしまいます。
自分より余程しっかりしているように見えてしまうのは
彼らが逞(たくま)しいからなのかもしれません。

そんな大人っぽく見える高校球児だった斎藤投手と、
卓球女子日本代表の福原愛選手が
同じ早大に入学したという報道があった時、
「あ、同じ歳だったのか」と気付きました。

福原選手が高校生だったことも
斎藤投手が高校球児だったことも認識していた筈なのに、
どうも自分の中で高校球児というのを
自分より年上の存在として見ている感覚が
未だに取れていないために起こった錯覚でした。

それは余談に過ぎませんが、兎も角、
自分より年下なのに各方面、分野に於いて
日本でトップクラスだったり、
世界の舞台で活躍している人たちが
如何に多いかと気付かされます。
それに引き換え自分と来たら
暢気なものだなと考えさせられてしまいます。


ハンカチ王子フィーバーに続きそうな
ハニカミ王子こと石川遼選手は、
アマチュアでありながら僅か15歳で
プロを押しのけて日本ツアー最年少優勝を飾り、
その名を一気に世間に轟かせました。
報道を見ると若いのに礼儀正しく、
受け答えなどもしっかりしている印象で、
若くてしかも爽やかというダブル好印象で、
世間が一気に彼の虜になってしまったのは
分かる気がします。

時代と共にブームが訪れ、
いつの間にか去っていくのが世の常ですが、
まだまだ未知数の能力が眠っている彼らから、
益々目が離せなくなりそうです。

僕には僕の力量にあったことしか
することは出来ませんが、
自分より更に若い彼らのような活躍を見て、
力を貰っていかなくてはいけないなと思いました。

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2007年6月 4日 (月)

(E)鍛健隊ロゴ(案)

最初も最後も( )が付くという
おかしなタイトルになっていますが、
それも皆このおかしなネーミングのせい…。
まぁそれは良いとして、
最近ご無沙汰のヘルシオーレ!プロジェクトですが、
リアルに最近肉が付き始めて、
少しでも走っていた時と全然違うなと
改めてそのことを実感しています。
本当は体を動かさなきゃと思っているのですが、
色々今やりかけのことが多くて、
どうにもあちこち虫食いのままにしておくのが
気持ち悪いもので、
今他のことを犠牲にしている流れで
ヘルシオーレ!プロジェクトもご無沙汰です。

で、本題に入りますが、
(E)鍛健隊のロゴマークを以前から考えていたのですが、
なかなかこれといったものが浮かばずに居ました。
しかし、2~3週間前だったと思いますが、
街中の自動車メーカー(トヨタや日産、ホンダ、マツダ)
などのロゴを見ていたら、
妙にあのメタリックな輝きが格好良いなぁと思って、
そういうロゴにしたいなぁと思うようになりました。

その後も度々考えていたら、
ちょっとだけ案が浮かびました。
羽ばたく羽のイメージも持たせ、
尚かつ「(E)」ばかりをあまりわざとらしく
誇張しすぎないデザイン…
それがこれ。

S_4





まぁあくまで素案ですし、
色もそこら辺にあった4色ボールペンで
たまたまこの色を使っただけなので、
本当に一つの案として考えたに過ぎないのですが、
何となくこんなイメージからうまく作れたら、
と今の所考えております。

ロゴを考えるより、
まずは活動の方に力を入れないといけませんが。

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2007年6月 3日 (日)

芋川ゆうき

※本文の内容について真剣に理解しようとすると
気分が悪くなる場合がございますので、あまり深く考えず、
流しそうめん並みにサラッと流して下さいますよう
お願い申し上げます。



風呂に入りながら私は考えてしまいました。
花風呂って何か優雅で贅沢な感じがしますよね。
泡風呂も環境には良くなさそうですが、
ちょっと楽しそうですよね。
でも皮風呂って…。

取り替えたばかりで透明度の高いお湯が余計憎い。

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2007年6月 2日 (土)

HH観戦記2007 vol.9/新便座

今日は朝から充実した一日でした。
昼にはダチョウ王国(石岡市)へ行き、
初めてダチョウの肉をバーベキューにて頂きました。
どんな味なのか怖かったのですが、
あまり癖もなくて美味しかったです。
Svs0023_1





その後も買い物などに寄り、
夜はホーリーホックのホーム戦を観戦しました。
ただでさえ最下位に低迷中で苦しんでいるというのに、
相次ぐDF陣などの故障に加え、
FWの主力である西野選手までも怪我で離脱。
更には、ボランチとして要でもあるMFの小椋選手が、
6日に行われるアジア男子サッカー2008 二次予選の
U-22日本代表メンバーに選出されたために、
その代表合宿のため今節は欠場という事態に。
(勿論小椋選手の活躍を期待しています)。

ここ数試合は経験の少ない選手の出場が
増えたことによるDF陣や全体的な連係ミスなどで
良いサッカーが出来ていないチームにとって、
事態は更に厳しくなる一方です。
ただ救いはDF陣の柱でありチームのキャプテンでもある
吉本選手が怪我からようやく復帰したということでした。
しかしそれを差し引いても、
まともに戦えるチーム状態ではないだけに、
苦戦を強いられるだろうという覚悟はありました。

どういうゲームになるのか注目していましたが、
予想を遙かに上回る良い動きを見せ、
ボールの支配率や試合展開などは
全く互角と言って良い程頑張っていました。
逆に、ヘディングシュートがバーに当たるなど、
惜しいシーンも何度か演出し、
惨敗を喫するどころか、
勝てそうな雰囲気すら漂っていました。

積極的で切れのあるプレーなどが随所に見られ、
危なっかしい場面も少なく、
落ち着いて見ていられました。
安定した闘いぶりは後半に入っても続き、
後半30分過ぎくらいまでは一進一退の攻防で、
共に決め手を欠いたまま、
このまま引き分けになるかもしれないというような
時間だけが過ぎていく感じがしていました。

しかしその後、疲れが出てきたのか、
若干連係が乱れたりプレーが雑になって
相手に押され気味の不安定な状態が目立ち始めました。
ヒヤッとする場面や全体的に自陣でのプレーが目立ち、
何とか立て直して凌いで欲しいと思っていましたが、
後半37分、ペナルティーエリアの右の位置から
一瞬でロングシュートをゴールの左隅ぎりぎりに
鮮やかに決められ、先制を許してしまいました。

ただ、これは守備の乱れや自分達のミスとか
相手に隙を与えてしまったというよりは、
素直に打った相手を褒めるしかないというような
どうにも防ぎようのないシュートでした。

嫌な点の取られ方という訳でもなく、
試合としても決して引けを取らない動きだったので
悲観するには早かったのですが、
そうは言っても時間帯が時間帯であることと、
今のチーム状況を考えると痛恨の一撃ではありました。

水戸は最後まで攻め続けましたが、
後半43分にFKから直接狙ったボールが
またもやバーに嫌われるなどゴールを割ることは出来ず、
これで4連敗となってしまいました。
今日は負けなくても良い試合でした。
早くホーム戦今季初勝利を見たいです。


帰宅すると今日一番の驚くべき出来事がありました。
何気なくトイレに入ると、目の前に見知らぬ便器が!!
思い返せば確かに、昨日、一昨日辺り、
「便器を新しくしたい」とか何とか言っていましたが、
まさかいきなり何の前触れもなく買い替えるとは。

よく見ると便器は元のままで、
便座だけが新しくなったことに気付きましたが、
それにしても今流行の「おしり」や「ビデ」が付いてます。
一度使うと病み付きになるとは聞きますが、
僕にはちょっとおしりを湯で洗うというのはまだ…。
トイレはINAXのままなのに便座だけTOTO…微妙。

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2007年6月 1日 (金)

赤城徳彦氏農水相就任

いやー、今朝ニュースを見ていてびっくりしました。
亡くなった松岡前農水相の後任へ赤城徳彦氏が内定した
(午後になって正式に就任が決まった)というのですから。
そりゃ茨城1区の衆議院議員ですから、
赤城氏の名を知らない筈がありません。
ポスターも水戸市近郊のあちこちに貼られてますし。
そんな超地元の議員さんが農林水産省大臣になるとは。
魂消(たまげ)ましたね。

よく選挙の頃になって赤城氏の名を口に出すと、
父は、同じく議員を務めていた赤城氏の
祖父・宗徳氏(故人)の名を
必ずと言って良い程持ち出していたので、
この際なのでHPで調べてみました。
なるほど、宗徳氏もまた農林大臣を
務められていたのですね。
(こればかりは流石に私が生まれる以前のことなので)。

現役の大臣の自殺にも衝撃を受けましたが、
後任が赤城氏に決まったことにも衝撃を受けました。
今HPを再確認してみたところ、
最初の時点よりアクセス数が2万件以上増えていました。
状況が状況なだけに重圧はより一層あるかと思いますが、
今後の活躍を期待したいですね。


話は変わりますが、顔の皮剥けは収まりました。
しかし今日になって背中の皮が激しく剥け出しました。
人に見せられません。
しかも未だに痒みより痛みの方が強いので、
ほんの表皮が剥けているに過ぎないのかもしれません。

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