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2007年6月24日 (日)

思い出のノートたち

昨日の後日談ですが、
結局あの後力尽きて昼の11時半まで寝てしまいました。
その後、相変わらず空腹状態であるにも拘わらず、
「空腹の時の方が頭が冴える」と言って、
また古新聞の続きを読み始めました。
結局、14時半に昼食を食べ始める直前に、
無事古新聞を全て読み切ることが出来ました。
読んだというよりは眺めたと言った方が近いですが、
それでも4日間で約7週間分の新聞に
一通り目を通すのは容易ではありませんでした。

2004年の10~11月というと、
各地でツキノワグマによる被害が出たり、
イチロー選手が年間262安打の新記録を樹立したり、
10個目の上陸となった10月の台風23号による被害や、
直後に起きた震度7の新潟中越地震による被害に
日本中が震撼させられたり、
紀宮さまのご婚約が内定したり、
プロ野球に新球団が誕生したりと、
この他にもまだまだいろんなニュースがあり、
今更ながら初めて紙面の迫力ある写真を見て、
改めて当時の様々な出来事を思い出しました。
まだあの頃は学生だったんですね。


さて、2年半もの間溜まっていた膿をすっきりさせた所で、
次に私が着手したのは高校、大学時代の
ノートの処分でした(まだ現物はありますが)。

小学校時代の先生の教えを忠実に守り、
教科書やノートを捨てられない性格になってしまった
というのは大きいのですが、
とは言え、大人になっても学生時代のノートを
後生大事に本棚に収めているというのも、
他人から見たらちょっと変ですよね。
自分にとっては大切でも、他人から見たら
「そんながらくた早く捨てたら」と思うことって
結構あるんですよね。

愛着があったりして捨てられない物があっても、
普通に考えたら捨てるべき物に出会(くわ)した時、
以前は「勿体ないので取っておく」という選択肢を
選ぶことがほとんどだったのですが、
ある時から割り切ることにしました。
でも、やはりそうは言っても諦めきれない時は、
「自分が死んだ時、後に残された家族の身になってみろ。
『捨てたいけど形見だから捨て辛い』と困らせるだろう」
と考え、判断を下せるのは自分しか居ないと思い、
目を瞑って捨てるようにしました。
それでもまだまだ捨てられない物は多いですが。

そしてこのノートたちもその愛着あるものの一つ。
勿論、自分で受けてきた授業は
もう受けられるものじゃないから
代替えの利かない大事な宝、というのはあるのですが、
自分の力作が多く刻まれているのも理由の一つでした。

しかし、今回、スキャナで必要部位だけを読み取り、
PDF形式で保存するという方法を採ることで、
愛着あるノートを手放す決意をしました。
これだと、イラストの複製は手元に残りますが、
鉛筆で描いた原画の姿は二度と目にすることが
出来なくなってしまいます。
でも本棚を陣取っているノートを追い出さなければ、
効率的に本棚を活用することは出来ません。

私はノートのスキャンを開始しました。
意外だったのは、高校時代はノートに
あまり落書きをしていないということでした。
逆に、英語や数学、古文などのノートを
如何に見易く構成するかということに
かなり試行錯誤を繰り返したのを
ありありと思い出しました。
捨てるのがちょっと切なくなりました。

大学時代も書き取りに忙しい授業などは、
やはりほとんど落書きがないのですが、
こうして全て振り返ってみると、
描いてきた落書きのジャンルが
大きく何種類かに分けられるということが分かりました。

先生の似顔絵や野球(特にボールの握り方)、
アンパンマン、ドラゴンボールなどのアニメ、
又はそれをモチーフにしたオリジナルのもの、
スポーツ(野球以外ではバスケットが多い)などです。

しかし、その板書やメモなどの授業内容と共に、
この落書きまで含めたノート全てが、
当時の自分を思い出させてくれる大事な記録で、
本当に卒業出来るか不安だった日々や、
ちんぷんかんぷんだった授業に必死で食らい付いた
けれどもやっぱり分からなくて藻掻いていた日々や、
その他、キャンパスライフに関わる色んなことが、
鮮やかな記憶として蘇ってきました。
キャンバスに描かれたぼやっとした思い出という下書きに
鮮やかな着色が施されていくようでした。
ノートはただの板書内容だけでなく、
当時の感情など色んな物も詰め込んでいました。

学生時代の私は何故か拘って、
ほとんどルーズリーフを使いませんでした。
もしルーズリーフだったら、
もっと簡単に捨てていたかもしれません。
また、これが最初からイラストを描くためだけの
目的で落書き帳を別に用意していたら、
こういう名作は生まれていなかったでしょう。
授業の合間にノートの空白に描くからこそ、
色んなその時の気持ちや思い付いた物が
良い味を出してくれているのでしょう。
そういう意味で、落書きも含めて
全てがその時のノートなのです。

本当にこれを捨ててしまうのか、
まだ今なら間に合うとも思うのですが、
ここで決心しなければと言い聞かせています。
皆さんは、ノートはどうされたでしょうか。

最後に、数あるイラスト(落書き)の中から、
幾つか紹介しようと思ったのですが、
量が多すぎて選ぶのが面倒なので、
とりあえず2点だけ公開しておきます。
そのうち、機会があれば随時紹介していきます。

070624









まずはイチロー選手ですね。
私のイラストは、ほとんど思い付いたものが多く、
人物画はモデルの居ないものが多いので、
いざイメージして描いてみようと思うと難しいです。
(平成14年7月15日画)

070624j




もう1点は、ちょっと珍しい相撲もの。
何点かしか描いていませんが、
これは「『押し倒し』で負ける寸前の力士」
という何故か微妙な瞬間を題名付きで描いています。
(平成14年6月24日画←奇遇にも丁度5年前)

あと、気のせいか、ノートはこれで
全部ではないような気がするのですが、
だとすれば他のは一体何処(いずこ)へ?

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コメント

素晴らしい絵ですね、これが男爵くんの原点なんですね。
またアップしてくださいね。
これは捨てられない!なんて煽ってはいけない…(汗;)

うちでは、私のノートは全部処分。
ロキのは、その年齢の中で記念になる物については、少しずつ「記念品入れ」という押入れダンスの一つにいれてあります。
賞状や検定の合格証も。

それ以外は、やっぱり捨てられないなと思ったものはそとの物置に。
私の教科書もそこへ。
ところが、先日、土手の工事をした際、物置を動かさなければならないことになり、中に入っていたものはすべて処分してしまいました。

カラッポになった物置をみながらすっきりした思いと、寂しい思いが半々です。
でもとっておいても見直すでもないからいいかと…
年をとったときに思い出にふけるものは今から作ります。(笑)

投稿: 笑 | 2007年6月25日 (月) 06時22分

血は争えないなぁ。。
大学で自分に挑戦した事として、
授業中に落書きしないってのがありました。
中高の頃はノートにびっしりですが。
個人的にこの相撲のイラ好き☆

投稿: なおくん | 2007年6月25日 (月) 10時02分

>笑さん
ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですが初めて自分の絵をアップしてみました。
賞状や合格証は捨てなくても良いかなと思います。
結局は取っておいて、あとで見返すかどうかというのが最終判断になりますね。そういう意味じゃ、ノート以上に教科書の方が見直しそうにないのですが、一応取ってあります。
イラストだけでも全部切り取って取っておきたいくらいですが、名残惜しいことをやっていると整頓が進まないので、ここは目を瞑ります。

>なおくん
ほとんど鉛筆描きの白黒ものだけど、スキャナで取り込んだら逆に良い味が出たかも。
昼寝と落書きは、大学へ行ってから躊躇いがなくなったっぽい。
そんなを拙者も挑戦したような気はするけど、やっぱり手が勝手に動いちゃうんだなぁ~。

投稿: メークイン男爵 | 2007年6月25日 (月) 20時41分

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