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2007年6月10日 (日)

中学卒業から9年の時を経て

昨日は中学校の母校(中高一貫制)の
同窓会総会と懇親会が行われるということで、
高2の時以来7年振りに母校へ行きました。
中学を卒業してからの9年間で
母校を訪問したのはこの僅か1回だけで、
この時も何となくみんなに会うのが気恥ずかしくて、
何人かの同級生と先生に会ったくらいで、
折角行ったのにそそくさと帰ってきてしまいました。

よって9年も会っていないという同級生の方が大半で、
高等部への進学が叶わなかった異端児の私としては、
余計に不安や考えが頭を巡りました。
大学1年か2年の時に、高等部まで卒業した友達に
高等部の卒業アルバムを見せて貰ったのですが、
中等部卒業までのイメージで留まっていた私にとって、
アルバムの同級生達はだいぶイメージと
変わってしまった人が多くて衝撃的だったと同時に、
その続きの3年間に存在出来なかったことで、
浦島太郎のように一人だけ一生懸命別次元で生きていて、
実は取り残されていたような感覚を強く感じました。

だから今回、何となく行き辛いという気持ちが
なかったと言えば嘘になります。
しかし、彼らにとっては中高まとめて一つの母校でも、
わたしにとっては仮令(たとえ)その半分でも、
唯一の中学校の母校であることに変わりはなく、
まるきり疎遠になるのは寂しい気がしました。
それに同級生や先生に会ってみたい気持ちもありました。
そんな迷える気持ちを後押ししてくれたのは親友と、
そしてわざわざ声を掛けてくれた
同窓会役員らの有り難い心意気でした。

何となく行くきっかけを失いつつあった自分にとっては、
これを逃していつ行くのかというような良い機会だと思い、
照れや気恥ずかしさや不安を押し殺して
思い切って参加を決意したのでした。


あの頃は2、3ヶ月に1度くらいは帰省していたので、
当時は電車賃や何番線から何の電車に乗るとか、
色々頭に入っていたのですが、
すっかり忘れてしまっていたばかりか、
最寄りの駅に着いて改札を出る前後、
こんな駅だったかなと一瞬首を傾げてしまう程でした。
(原形を留めつつも改修工事などで一部変わった
ようなのでそれも単に記憶の問題だけではないですが)。

バスも何番乗り場かは覚えていたものの、
時刻表の行き先を見ても主な系統以外は
どの系統が母校近くを走るルートか全く自信が持てず、
何食わぬ顔でバスに乗りつつ内心おろおろしていました。

駅近くの風景も見覚えは十分あったのですが、
こんな看板や建物だったのかと初めて見たような感覚で、
あの頃はちゃんと見ていたようで実は風景の一部として
慢心で見ていたに過ぎなかったのかなと、
そんな視野の狭かった自分を実感しました。

最寄りのバス停の一つ手前で降りると
運賃が少し安いというのは覚えていて
最寄りの停留所名も覚えていたのですが、
肝心の一つ手前の停留所名を忘れてしまっていました。
そして、バスを降りてから母校までの道のりも、
途中からは覚えていたのですが、
最初にどこの角を曲がるか自信が持てず、
本当に高2の時はどうやって母校まで行ったのか
と思うくらい忘れていることが多すぎました。


母校に着くと建物の新築工事などで
風景が変わっている所も若干ありましたが、
間違いなく母校は母校のままでした。
土曜ということもあって人は疎らでしたが、
在校生(の寮生)も普通に校内を歩いていて、
妙に彼らに怖じ気付くOB男爵がそこに居ました。
(今の中1は干支で一回り下というのですから、
若いようでも着実に自分も歳を重ねてきたもんです)。

校舎にも入ってみて、
建物名や階の呼び方に懐かしさも感じましたが、
同時に、教室の名前や場所など
建物の構造からして実に複雑で、
「中学生の時はよくこんなのが全部頭に入っていたな」
と思う程今にして考えると驚きでした。

受付場所の「ホール」がどこにあるのか、
一瞬本当に分からなくて真剣に考え込んでしまい、
ちょっと焦りながら思い出していたらやっと、
「そう言えばあそこでよく色んな上映とか講演をしてたし、
○○ホールだかただのホールだか忘れたけど、
確かそんな名前だったかもしれない」
などとそれらしい候補が一つだけ思い浮かび、
「違っていたら本当にどこだか分からないぞ」と
自信が持てないながらも行ってみると、合っていました。


母校なのにすっかり外部者みたいになっていました。
中学3年間もここで生活していたのに
何故こんなに忘れているのかと思いました。
私の場合、大概昔のことはよく覚えている方なのですが、
流石に7年という月日は長かったのかもしれません。
あるいは、ほとんど記憶から消され掛けるくらい、
その後の人生で詰め込もうとしていた知識や
経験値の容量が多かったのかも知れません。

総会や懇親会でまず懐かしい何人かの同級生に会い、
夜に行われた同級生での懇親会(同窓会)を含め、
40人以上の同級生と会いました。
実際話してみると、それぞれの進んだ道や
成長して変わった面はあるものの、
高等部のアルバムを見た時に感じたような
自分の知らない人たちになってしまったような
極端な別次元感はそれ程感じず、
見た目も含め人間性や雰囲気など根本的な部分は、
良い意味でみんなそんなに変わっていませんでした。
話をしていると、当時のいろんな感情や出来事など、
あの時代を生きていた自分の姿を思い出しました。
今こうして振り返ると一生懸命生きていましたが、
客観的に見るとまだまだ視野が狭かったですね。
(現時点ですら後から振り返ればそう思うのでしょうが)。


やはり思った通り時間が全然足りず、
あっという間に別れの時が来てしまいました。
本当は二次会、あるいは泊まり掛けで
続きへ参加したい所ではあったのですが、
今日予定が入っていたということもあり、
泣く泣くそのまま日帰りで帰宅しました。
次回また会えるという保証はないだけに、
別れ際が相当名残惜しかったです。

帰りの電車の中や家に着いてから
あの頃からだいぶ自分も考え方とか視野が
変わったんだなと考えていました。
それに、もしあのまま高等部へ進学していたら
またその後の人生も変わっていたでしょう。
会えるべく人に会えなかったかもしれませんし、
会えなかった人に会えていたかもしれません。
逆にここに入学していなかったら、
それもそれで違う人生になっていた筈で
同様のことが言えたと思います。

そんな不思議な気持ちを抱きつつ、
でもこれが人生なのだろうなと思いました。
過去への後悔を挙げたらきりがないです。
今の自分だったら過去の自分にこう言ってやる、
あるいは今の自分の考え方や視野があれば
過去のあの時は絶対こう動いたのに、
というようなことが山程あります。
でも、それもその時出来なかったことが、
後々悩みや試行錯誤などに繋がって、
その結果構築された価値観や考え方への
原料となって今に至る訳ですから、
その時もし後悔なく動けていたとしたら、
物によっては良かったかもしれませんが、
物によっては今その考えを導き出せて
居なかったかもしれないのです。
そんな小難しいことを考えたりもしていました。

後悔は中・高・大と沢山してきましたし、
これからも後悔するようなことは起こるのでしょうが、
そのどれもが未来への栄養剤になっていることも、
同時に見過ごしてはいけないことだなと思います。
失敗は成功の元とも言いますし。
ま、後悔は少ない方が良いに越したことはないでしょうけど。


話は逸れますが、こうして生きていたからこそ、
何らかの形で自分に関わっていた全ての人や物に
また再会できたのであって、
パズルの1ピースとして回帰出来た感じがします。
世の中は良いことも悪いことも全て含めて、
一つのパズルのようなものだと思うのです。
目先の辛さで自ら命を落としてしまう若者が
増え続けているという今の世の中において、
「その命は自分だけの物じゃない」という意味が
そのうち分かる時が来ると知って欲しいと思いました。

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コメント

同窓会はタイムスリップして過去にもどること。
同窓会に出席すると1週間くらい現実に戻れなくなります、私は。
あのときああしておけばよかったな、こうしておけば人生変わったかも…と考えてしまうのです。

男爵くんもいい意味で過去に戻ることが出来ましたね。
友達とはすぐに当時の自分たちに帰ることが出来ますよね。
彼らが歩んだ人生を学ぶ為にも、これからは物怖じしないでそういうチャンスを大事にしましょう。

投稿: 笑 | 2007年6月11日 (月) 05時43分

自分で書いていて長くなりすぎて、書こうとしていたことを書けたか、ちゃんと文としてまとまっているのか分からなくなってしまった上、考えすぎて眠くなって推敲せず寝てしまいました。
ほんと小難しいこと考えてますね、僕。堅苦しくてすみません。

やっぱり何だかんだ言っても後悔は一杯あります。ほんと、どこ見てたんだって突っ込みたいです。

投稿: メークイン男爵 | 2007年6月11日 (月) 22時17分

私も一言書き忘れました。
今の人とのかかわりも、やがて過去のものになります。
過去の反省を今に生かせたらいいですね。
私も堅苦しくてすみません。

投稿: 笑 | 2007年6月12日 (火) 05時11分

そうですね、過去は未来への布石だと信じたいです。

投稿: メークイン男爵 | 2007年6月12日 (火) 20時04分

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