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2007年7月16日 (月)

母校の野球応援に行く

台風の影響で高校野球の県大会が
2日順延となりました。
私の母校の試合も今日に順延になり、
私は応援をしに単身で乗り込みました。

強豪校のような気合いの入ったものではありませんが、
一応高3の時は応援団もやりまして、
その時に使ったTシャツ持参で臨みました。
高校卒業後応援に行くのはこれが2度目です。
学園祭や学校訪問などにも滅多に行かないので、
時々は顔を出さないとなぁと常日頃思っているのですが、
なかなか行けないので、
こういう時くらいは顔を出そうと思いました。

今日試合が行われた野球場は、
高校時代にも試合をやったことがありますが、
一部のベンチが新調され、
床や手すりなども一部塗り直されており、
当時より綺麗な印象がありました。

070716vs026




今大会で母校は一桁のシード校に指定されていて、
母校はいつも良いとこ3回戦止まり程度なので、
是非とも台風の目となって欲しいなと思いました。
しかし、シード校とは言っても、
恐らく44年ぶりのベスト8を果たした
秋季大会での成績を基にしたと思われますし、
スポーツ特待制度もないただの進学校ですし
(あ、高校野球は一応特待制度は設けちゃいけない
ってことになっているんでしたね(^_^;))、
元々そんなに強くもないので
(強くあって欲しいとは思っていますが)、
全然油断など出来ません。
まして、トーナメント初戦の入り方は難しいので、
尚更気が抜けませんでした。

そんな不安が初回から悪い方向へ出てしまいました。
母校は後攻でしたが、
上から見ていたので詳しくは分かりませんが、
恐らく制球が定まらなかったと見えて、
1回表に先頭打者にヒットを許すと、
次の打者には四球を与えてしまい、
更に続く打者は打ち取った当たりでしたが野選となり、
いきなり無死満塁の大ピンチを招きました。
そして四番に走者一掃の適時二塁打を許し、
3点を先制されてしまいました。

続く2回表にも2点を取られ、
2回までを終えて5-0と
いきなり5点のビハインドを背負う羽目に。
立ち上がりの制球難に付け込まれて
失点を重ねました。
まだ序盤とは言え苦しい展開になりました。

3回からエースをライトに下げ、
ベンチは早めの継投策に出ました。
その甲斐あってか3回はようやく相手を0に抑え、
その裏にはチャンスも作りましたが、
強攻策が裏目に出て結局無得点に終わりました。
無死から走者が出たら取り敢えず送りバントで
得点圏に走者を進めるというのが、
高校野球では定石ですが、
あえてヒッティングさせたのが失敗して
あっさりチャンスを潰してしまいました。

これで1点でも返していれば違っていたと思いますが、
続く4回表に痛恨の追加点を奪われ、
7-0と更にリードを広げられました。
点を返せなかった後の失点だけに
ちょっと嫌な点の取られ方でした。

それでもその裏にようやく2点を返し、
遅まきながら反撃の狼煙を上げました。
この時も送りバントはほとんど使わず、
強攻策が裏目に出たりしたため、
もっと確実に送っていれば
更に追加点が取れていたかもしれません。

そして5回裏にも内野安打などを足掛かりに
走者を溜めてまず1点を返し、
尚も死球などで1死満塁とし絶好機を迎えました。
この時点で7-3と4点ビハインドではありましたが、
確実にこちらの方に流れが来ていました。
負けているのに押せ押せムードでした。
しかし、ここでもスクイズなどは使わず、
結局この1点止まり。
もう1、2点返していれば
追撃ムードも高まっていたと思いますが、
追加点を奪えなかったばかりか逆に、
続く6回表にまたしても痛恨の2失点を喫しました。

立ち上がりの不安定さを突かれた大量失点に始まり、
得点のチャンスを逃した後の失点という、
最も避けたいダメージの大きい失点パターンを繰り返し、
絵に描いたような悪い試合展開となってしまい、
流れらしい流れを掴むことも出来ないまま
(それどころか、7回か8回にあと1点取られていたら、
危うくコールド負けになる所でした)、
ずるずると最終回を迎えてしまいました。

三者凡退に抑えたのは8回だけで、
毎回走者を背負う苦しい展開となり、
9回に止(とど)めの10失点目を喫して万事休す。
終わってみればまさかの大敗でした。

点差程の実力差はなかったと思いますが、
相手は悉く先頭打者を出すなど堅実な野球をし、
効果的に得点を重ねたのに対し、
こちらは悉く作戦が裏目に出たり、
四球を出した後に適時打を浴びるなど、
与えなくて良い失点を重ねたことで
自滅した形になってしまいました。
もっと長く見てみたかったのですが、
残念ながら初戦で姿を消すことになってしまいました。

それと、一つ気になったことが…。
確か私が在校していた頃の野球部員は、
ほとんどの部員がベンチ入り出来る程の
人数しか居なかった(20名前後)と思うのですが、
今日は観客席に、よく強豪校に見られるような、
ベンチ入り出来なかった部員達が
応援に回るという光景が見られました。
20人強居たと思うので、
いつの間にか人気が上がったのかなと思いました。

こうして観客席で観てみると、
自分も部員や応援団長、もしくは吹奏楽部として
球児と関わるポジションに居たかったなと思いました。
高校時代は中途半端でしたからね。
もっと青春真っ只中の高校生らしく、
何かに熱く打ち込むべきだったなと思います。


朝のうちはかなり曇っていたのですが、
途中から強い日差しも時折顔を覗かせたせいで、
かなり日焼けしてしまいました。
今年は何度日焼けしているか分かりません。
このペースで浴び続けると流石に危険ですね。
日焼けのせいで乳酸が溜まったのか、
帰宅してからは体が異常に気怠く、
耐えられずに昼寝してしまいました。
昨夜、明け方近くまで寝付けず、
寝不足だったというのもありますが。


さて、試合中にベンチに座っていると、
かなり大きな横揺れを感じたので、
「球場がこれだけ揺れるなんて結構大きな地震だな」
と思ったのですが、
新潟中越沖ではもっと深刻なことになっていたことを
夜になってから知りました。
震度6強の地震が発生していたとは…。
ついこの前、2004年10月末辺りの、
丁度新潟中越地震が起こった頃の古新聞を読んで、
あの地震の凄まじさを改めて感じたばかりだっただけに、
また新潟で大地震なんて、どういう悪戯だと思いました。

被災者の方々は精神的に相当
地震に対する恐怖心は強くなっていることと思います。
まだ前回の地震の傷跡から
完全に復旧していない状態でまた起こるとは、
全く予期していなかったので私自身困惑しています。
県内でも時折大きな揺れを感じますが、
被災地の規模の足下にも及ばないのでしょう。
本当に恐ろしいことです。

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コメント

昨日は残念でしたね。
私の母校も一回戦敗退しています。
あの頃は、吹奏楽部で、3年間応援団の中心にいました。
それこそ熱い夏をおくっていたので(弱い学校でしたが)、この時期になるとうずうずとしてきます。
卒業後は応援に行った事がないので、一人でも応援に行かれる男爵くんて偉いなと思います。

地震にはビックリしました。
眩暈かと一瞬思った後、揺れ方が違うので、家の外の電線を見て、あ、地震!と分かりました。
夜も余震を感じましたね。
うちもまた備品のチェックをしないと…
いざというときの役にたたないと困りますもんね。
被災者の方々は本当にお気の毒と思います。

投稿: 笑 | 2007年7月17日 (火) 05時04分

相手は1試合消化していますし、雨で流れたというのも多少なり影響したのかもしれませんが残念でした。コールドにならなかったのがせめてもの救いです。
後輩を見て若いなと思いました。

うちは全然備蓄してません。懐中電灯も電池が入っていないので、肝心な時に使えない恐れが。これを教訓にしないと…。

投稿: メークイン男爵 | 2007年7月17日 (火) 13時02分

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