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2007年11月21日 (水)

HHアウェイ観戦記2007-山形戦-(後編)

(昨日の続き)

スタジアムを後にした私たちは、
折角ここまで来たのだから、
温泉にでも浸かってから帰ろうということになり、
散々探し回った挙げ句に、
天童最上川温泉「ゆぴあ」(天童市)に行きました。

山形に来る時は、
初雪になるという話を聞いて、
「雪の影響がない所までなるべく南下してから
温泉でも行けたら」と話していたのですが、
山形に着いた途端、あまりの寒さに、
「試合後は冷えた体をすぐに温めないと風邪引きそうだ」
という考えに頭が完全に切り替わってしまい、
「近場ですぐに入って暖まってから帰ろう」
という話に変わってしまったのでした。

温泉に向かう途中で、高速ではチェーン規制が
掛かり始めたと折角教えて貰ったのに、
まるで他人事のように、
「『念のための規制』というだけで、
チェーンがなくてもまだ何とかなるだろう」
「路面凍結するのはもっと寒くなってからだろう」
と安易に考えてしまい、さほど気に留めず、
段々雪が本格的になり吹雪のようになってきても、
温泉のことしか頭にありませんでした。

近年の関東平野では
一年を通してもほとんど雪が降らないですし、
初雪と言ったら霙(みぞれ)のようになれば良い方で、
大概降ったのかどうかすら分からないような
へっぽこ雪なので滅多に積もることもないので、
まさかこんなにしっかり雪っぽくなるとは
思っていませんでした。

それでも、暖かい温泉に浸かるとホッとすることが出来、
露天風呂では雪降る夜空を見上げながら浸かるという、
なかなか乙な入浴が楽しめました(寒かったですが)。
更に夕飯も食べて行こうとしたのですが、
まだ空腹という程ではなかったこともあり、
そろそろ早い所、ここと別れを告げ、
雪の心配のない所まで行ってから
夕飯にしようということになりました。

後から思えばこんな状況の中でもなお、
こんなことを考えている時点で
かなり暢気だったというか甘く見過ぎていたのですが、
さっさとここを立ち去れば良かったのですが、
まだこの時点では関東と東北という違いを
全くと言って良い程理解しておらず、
事の深刻さに全く気付いていませんでした。


18時ちょい過ぎに山形北ICから山形道に乗り、
後は高速をひたすら帰るだけだったのですが、
吹雪は徐々に激しさを増すばかりなので、
早く雪の降っていない所まで逃げようと思いました。
フロントガラスに襲いかかってくるような雪のせいで
徐々に前方が危険極まりないくらい見辛くなってきて、
100km/hどころか80km/hで
走るのも困難になってきました。

最初はまだ路面もしっかり見えていましたが、
路肩などはうっすら雪が積もり始めており、
やがて走行車線も車の通った跡がつくくらい
うっすらと雪で覆われ始め、
追い越し車線は交通量が多くないせいか、
早くもうっすらと白っぽくなり始めていました。

この辺りで段々「やばい」と思い始めました。
更に、車線が見えなくなってきて、
自分がちゃんと車線をはみ出さずに
走っているのかすら分からなくなってきました。
路肩の雪の積もり具合も徐々に高くなってきて、
遂には「笹谷IC」出口の案内標識の上半分が
雪で覆われてしまった程の雪になってきました。

最早フロントガラスに迫り来る雪のせいで
視界不良も甚だしく、60km/hで走るのが精一杯で、
トンネルを通過している間だけが、
唯一目を休められる寛ぎの一時となっていました。
それから少し走っただけでしたが、
突然前の車がブレーキを踏んだので、
私も早めに掛けた方が良いと思いペダルを踏んだ所、
タイヤから伝わってくる震動がガリガリっとして、
ちょっとズズッとスリップしました。

一刻も早くこの降雪地帯を抜け、
身の安全を確保したい一心でしたが、
考えていたよりもずっと早く
路面凍結が始まっていたことを
この時遂に知ることになりました。
しかも、雪の心配のない所まで
兎に角逃げ切ろうと進めば進む程、
道路のコンディションは悪くなっていく一方でした。

「やばい、次こそ滑ったら止まれない」と思い、
更に40km/hまで速度を落としたのですが、
再び前の車がブレーキを掛けた時、
遂にブレーキが利かなくなりました。
追突したら大変なことになると思い、
急いでサイドブレーキを引いたりしたのですが、
ゆっくり車が右へ滑り出したかと思った次の瞬間、
タイヤを取られた車はバランスを崩し、
時計回りに225°くらい車がスピンしました。
幸い、後ろから車が来なかったので、
落ち着いてまた体勢を立て直して走り出しましたが、
流石に身の危険を感じました。

けれども、路面の凍結は更にひどくなる一方で、
ボコボコと少し盛り上がったアイスバーン状態に
なっているのをタイヤの振動を伝って
アクセルを踏む足に感じ、
ノーマルタイヤのこの車でどこまで走れるのか
自信が持てなくなりました。
「兎に角慎重に運転するしかない」と思いました。

が、数分と経たないうちに、
また前の車がブレーキを踏みました。
私もかなり低速でしたがブレーキを踏みました。
しかし、またもや車が滑った上に、
今度は少し角度のある下り坂だったせいで、
急いでサイドブレーキを引いたのですが止まらず、
むしろ、車は滑ったまま加速していきました。
前の車はほぼ停止寸前なのに、
こっちは車が止まらないのです。

「やばい!ぶつかる(追突する)ー!」と思って、
咄嗟にブレーキを踏んだ次の瞬間、
後輪が完全に滑ってまたもや右にハンドルを取られ、
車が右側の土手に突進し始めたかと思った直後、
加速していたこともあり、
今度は1度目よりも激しくスピンしました。

それはもう勢いが凄かったので怖かったですが、
私はもうただ為すがまま、
全く制御の利かない車のハンドルを
しっかり握っていることしか出来ませんでした。
車は時計回りに3/4回転くらいして止まりました。
後続車もすぐに止まってくれたので
大事故に繋がらずに済みました。
また、先に1度スピンを味わっていたことで
免疫が出来ていたのかもしれませんが、
こんな状況の中でも思ったよりパニックに陥らず、
冷静さを失わなかったのは救いでした。

しかし、流石にもう悪化する一方のこの山形道を、
このまま走り続けるのは無理だと思いました。
かといって高速道路ではどうすることも出来ず、
兎に角、近くのPAかICまで行くしかないと思いました。
同乗者の水戸っぽ黄門さん、笑さん、ロキくんと
知恵を出し合ってこの状況を打開すべく、
ハザードを出しながら2速の超低速で
慎重に走り出しました。
2度スピンを味わっているだけに、
全ての神経をハンドルと路面に集中させました。

かつて高速道路の一区間が
こんなに長いものだと感じたことはありませんでした。
やっとの思いで古関(ふるせき)PAに何とか辿り着き、
一息吐けるためにも今後どうするか考えるためにも、
ここで一旦休憩することにしました。
神経を物凄く使ったのでだいぶ疲れていましたが、
まだこの先どうなるかも分からないので、
気の抜けない状況に変わりありませんでした。

ひとまず、あの状況の中で、
全員怪我一つなく無事だったことは、
運転手の最低限の責任として一番心が救われました。
私たちは、これ以上の二次災害を回避すべく、
慎重に今後どう行動すべきかを話し合いました。

明日の天気も雪になるということや、
今一番雪のひどい所に居るということ、
この先の福島市周辺も雪で路面の状態が良くないこと、
下り車線は笹谷ICからこの先の村田JCTまで、
事故で通行止めになっていることなどを知り、
この後高速を降りる方法や、
車中泊なども含めた一泊する案など、
兎に角最善の策をあれこれ考えました。

高速がこの状況では、
除雪作業が行き届いてなさそうな下道(一般道)を
走るのはもっと困難だろうとか、
福島で雪が降っているなら、
このまま南下しても却って危険なだけだろうとか、
何とかスタッドレスタイヤやチェーンを
手に入れる方法はないかなど、
兎に角様々な角度から色んな可能性を探り、
それに対するありとあらゆる危険性なども
念入りに想定した上で出した結論は、
「取り敢えずここで待っていても、
明日も雪になるのでは路面状況が良くなることはなく、
むしろ悪化して益々動けなくなるのが落ちだろうから、
ひとまず高速を降りよう」ということでした。

何とか次の宮城川崎ICで高速を降りた私たちは、
次なる手を考えました。
「海沿いなら山よりは暖かい筈だから、
雪もそんなには積もっていない筈だ」ということで、
泊まる所なども考えると、
一番適当なのは仙台に行くことという結論に達しました。

一見、ここから更に北上するのは
矛盾しているような感じもしますが、
下道に降りて急いで南下しようとすれば
蔵王高原などが立ちはだかり、
最短距離で太平洋側へ行こうにも
真東の村田方面は大雪だというので危険そうですし、
かと行って西へ引き返しても
山の中であることに変わりはないので、
ここから北東に位置し距離も比較的近い
仙台に行くしかもう選択肢がないといった状況でした。

かと言って、ここからは国道286号を通るのが
最も分かり易く、最短経路だったのですが、
途中に秋保(あきう)温泉などがある
峠を越えなくてはいけないということで、
雪が凍っていたらそれこそ危ないということで、
この案も実現させるのは厳しい情勢になっていました。

山形道は除雪車も出動していた影響か、降雪の影響か、
私たちが降りた時に笹谷IC-村田JCT間が
上下線とも通行止めとなってしまいました。
除雪してくれているなら、
下手に下道を走るより高速を使った方が安全かもしれず、
それなら仙台まで再び高速に乗ろうかとも話したのですが、
通行止めがなかなか解除されないので、
取り敢えず解除されるのをしばらくじっと待っていました。

しかし待てども待てども一向に変化がないので、
料金所の係の人に話を伺って頂いた所、
「解除の予定は分からない」とのことでしたが、
「もしかしたら、仙台へ向かう方は
そんなに雪も積もっていないかもしれないので、
確証は持てないが行けるかもしれない」
ということでもあったので、
これを聞いた私は、
ここで待っていても埒が明かないので、
一か八か国道286号で仙台へ向かってみて、
行けなそうだったら早めに止まるということにして、
もうこれに懸けてみるしかないと思いました。

少しずつ走り出してみると、
小雪は降っていましたがすぐに溶けてしまっていたので、
これが予想以上に路面状態が良く、
路面が濡れているだけで走り易い道でした。
念のため路面凍結している可能性も考え、
スピードを抑えながら運転しましたが、
完全に峠を越えて街が見えてきた時、
これで何とかなりそうだとホッと出来ました。

最後まで気を抜かずに仙台入りし、
めでたく市内のホテルに泊まることが出来ました。
時計は0時を回っていました。
疲れてすぐにぐっすり眠れるかと思いきや、
目を閉じるとスピンした直前のシーンが
何度も瞼の裏にフラッシュバックしてしまい、
なかなか寝付けませんでした。
しかし、まだ家に帰れた訳ではありませんでしたし、
これがトラウマとなって心に癒えない傷を負い、
運転することに恐怖を覚えてはいけないと思いました。

スポーツ選手やレーサーらがたまに試合中やレース中に
不慮の怪我や事故に見舞われながらも、
その恐怖を克服して復帰したりするのと同じように、
ここは強い精神で立ち向かわなければ
ならないと思いました。
この貴重な経験をしたからこそ得られるものも多かった、
良い機会を与えられたのだろうと思いました。


翌日、福島市周辺の積雪を考慮し、
東北道を通るのは危険だということで避けて、
国道4号から6号へ入って、
常磐道の終点である常磐富岡ICまで、
ひたすら南下し続けました。
途中からは、もう昨夜の雪や雨のことなどつゆ知らず
といった長閑(のどか)な風景が広がり、
爽やかな青空の下、常磐道を使って帰ってきました。
無事家に辿り着けたことに本当に感謝しました。
水戸は全く以て平和そのものでした。

後から考えれば、
東北の雪を軽視していたことが全ての根源で、
もしこうなると分かっていれば、
スタッドレスタイヤに付け替えてから行くとか、
試合が終わったらさっさと帰ってくるべきだったとか、
別の交通手段で行くなどというように、
手の打ち様はいくらでもありましたし、
こんなに危険な目に遭わずに済んだのですが、
それはあくまで結果論に過ぎません。

もう起こってしまったことは仕方ないことですし、
それに対して如何に被害を最小限に食い止め、
そして次回以降その経験を生かせるかが
重要なことなんだろうと思います。
運が良かったから言えることではありますが、
ここでこういう経験が出来たのは、
有り難いことだったのだろうと思います。
それに、私一人だったらきっとこんな冷静に
対処出来ていなかったでしょうし。
本当にいろいろな偶然が重なって助けられました。

また、私もこれに懲りて、
もう冬は東北に行かないと決め付けてしまうとか、
何の罪もない山形に苦手意識を持ってしまうとか、
自信を失って運転するのをやめてしまうのではなく、
自分の運転人生の糧に変えて行こうと思います。
そして、また機会があれば行ってみたいと思います。
温泉もゆっくり入りたいですしね。
ということで、思い出に残る山形遠征となったのでした。

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コメント

甘かったですねえ、私達…
大人の判断が出来なかったことを後悔していますが、こういう運命にあって、私達が成長していくために必要な試練だったのかもしれませんね。
多くのものを得られたと私も感じています。

それにしても、こんな中、男爵くんが冷静に車を操って、私達を無事に茨城に帰してくださったこと、感謝しています。
私はちっとも怖くありませんでしたよ、男爵くんを信じていましたから。

今度山形に行くときは、スタッドレスタイヤとチェーンで行きましょうね。(笑)

投稿: 笑 | 2007年11月22日 (木) 02時47分

もし何事もなく切り抜けてきていたら、それこそ「いやー初雪まで降っちゃって大変でしたよー」と笑い話で済ませちゃっていたでしょうからね。
将来、もっと大きな失敗を起こさぬために、ここで警鐘を鳴らしてくれたのだろうと思います。
私としては、人を乗せる時はいつも以上に安全運転を心掛けるようにしていたので、皆さんをヒヤリとさせてしまったことは一番の心残りです。
私も、咄嗟の出来事でどうすることも出来なかったですが、少しでも危険を回避するための運転技術や知識をもっと深めておかなければならないと思いました。
いつも、運転しやすい環境にばかりいると、こういった時に応用が利かないことを痛感したので、平和ボケしないよう、油断することのないよう気を付けていきたいと思います。

本当に良い教訓になりました。怪我なく帰ってこられたのは本当に良かったです。

投稿: メークイン男爵 | 2007年11月22日 (木) 20時43分

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