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2008年1月26日 (土)

ロンドン旅情記・7

▼第7日(帰国便搭乗まで):12月30日(日)曇

ロンドン最後の夜となった前夜、
私は布団に潜り込んでから、
色んな事を思い返していました。
楽しみと不安が入り交じった出国前の日々を経て、
本当にロンドンに来てしまった最初の日のこと、
右も左も分からず、けれども見る景色が
どこもかしこも全て素敵で感動していた前半のこと、
要領が分かってきて、ロンドンに慣れてきて、
それなりに生活を楽しめてきた後半のこと、
セーフティボックスを借りたり、
レストランで注文する際に英会話に苦労したことなど、
ここでの長くも短かった日々の経験が
あれこれ思い出されました。

特に大変だったのは英会話でした。
その中で感じたのは、言いたいことを伝えるためには、
正しい英文を綺麗な発音で話すことよりも、
相手に伝わったかどうかの結果が大事で、
極端に言えば、単語の羅列であっても、
会話として通じれば十分だと言うことでした。
しかし、それは最低限のレベルの話でした。

何とか簡単な英単語(それも一言、二言だけ)を駆使して
話が通じるには通じていたのですが、
ちょっと相手に何か予測していなかったことを聞かれたり、
細かい説明などを受けたりした時に、
断片的に単語が聞き取れるくらいで、
一瞬はほとんど言っている意味が分からなかったり、
意味が分かって何か返事したくても
すぐに言葉が浮かばず言いたいことが言えなかったり、
レストラン等で何か突っ込んだ質問をしたくても、
余計なことが言えなかったりして、
つくづく自分の英会話力のなさを痛感しました。

また、相手との話を盛り上げたくても、
簡単なジョークや余計なことの一つも言えなくて、
最低限のことしか話せなかったので、
全然弾ませられなくて歯痒さも感じました。
咄嗟の一言が出ず、文章に出来る訳もなかったので、
普段使いませんし、話す機会がないせいで、
どんどん忘れていっているんだなぁと感じました。

私が主に使っていた英単語はせいぜい、
“Yes.”“OK.”“Sorry.”“○○, please.”“3 (adults).”
“Thank you (very much).”“Hello.”
くらいのもので本当にこれくらいしか喋っていません。
これだけで本当に95%以上占めていました。
人の会話を聞いて覚えて最後の頃に話したのが、
“Yes, please.”くらいのものでした。
『男はつらいよ』シリーズ(松竹)か何かで
「英語が喋れる」と自慢していながら、
“Yes”と“No”と“OK”しか話していないという、
笑い話があった気がしますが、
そのことを思い出し、人のことを笑えないと思いました。

最終日はセーフティボックスを空にしたり、
チェックアウトの手続きをしたり、
クロークにスーツケースを預かっていて貰ったり、
タクシーで空港に向かうことなどを考えると、
英語が話せないのは胃が痛い思いでした。
けれども、泣いても笑ってももうしばらくは来られない
(次来られるかどうかすら分からない)と思うと、
最後までこの旅行を楽しまないといけないと思いました。

最後までお粗末な会話で通すのは何だか空しいですし、
お世話になったホテルのフロントの方に
きちんとお礼もしたかったですし、
ここはビシッとした英会話をしようと思いました。
市販のトラベル英会話などの例文などを参考にしても、
どうせ慣れない言い回しを覚えきれず、
何を言っているのか分からなくなるだけだろうと思い、
英文が合っている、合っていないは気にせずに、
自分の考えた文章で話す方が間違いないと思いました。
そこで、どう話すか自分なりにあれこれ考えていました。

ようやく話す文章が決まって、何度も練習した後、
今度こそ寝ようと思ったのですが、
頭が冴えて眠れなくなってしまいました。
ロンドンに居られる時間が残り少ないので、
寝てしまうのは勿体ないという気持ちもありました。
そして、そうこうしているうちに、
「明日はあそこへ行ってお土産を買い足そう」とか、
「やっぱりコースはあっちを先にしてからの方が、
効率が良いかなぁ」などという考えが浮かんできて、
益々眠れなくなってきました。

「そうだ、最後にハイデッカー(2階建てバス)にも
乗っておきたいなぁ。でも、バスに乗るって不安だなぁ。」
などという考えも浮かんできたので、
乗る時のシミュレーションなどをイメージトレーニング
しているうちにすっかり夜が更けてしまいました。

ようやく寝付いたのが2時近くになってしまい、
緊張していたせいであまり熟睡出来なかった上に
4時過ぎには目が覚めてしまい、
睡眠時間僅か2時間程度という極度の寝不足の中、
最終日の朝を迎えました。
当然、外はまだ真夜中のような暗さでした。

6時過ぎにレストランに行ったのですが、
早すぎるためかほとんど客は居ませんでした。
6日間ほぼ同じメニューで食べ飽きていた
いつもの朝食バイキングを食べるのも、
これが最後なんだなぁとしみじみ感じました。
でも、寝不足のせいで気分は悪かったですが。

朝食の後、セーフティボックスの中身を取り出しました。
何度も練習した肝心の英会話は、
途中まで言ったところでど忘れしてしまいましたが、
何とか通じたようで良かったです。
というか、相手も今日で私たちがチェックアウトなので、
返却するというのは最初から理解していたみたいですが。

部屋に一旦戻って荷造りを済ませました。
瓶やマグカップなどの割れ物があったので、
手荷物として機内に持ち込むか、
スーツケースに入れてしまうかで迷いましたが、
この日の計画としては、
スーツケースをホテルのクロークに預けて観光し、
一旦ホテルに戻ってそのまま空港へ向かうというもので、
スーツケースを開ける機会はもうないということで、
手荷物として機内に持ち込むのなら、
この日観光している間もずっと手荷物として
持っていなければならないことを意味していたので、
悩んだ末に出来るだけスーツケースに
入れてしまうことにしました。

また、出国の際の総重量は13kgでしたが、
土産などで荷物がかなり増え、
特に瓶などが結構重かったので、
ちょっと制限重量の20kgぎりぎりになる
可能性もあって神経を使いましたが、
「増えた分は大体7kg分くらいのような気がするから、
これくらいは詰めてもとんとんくらいの重さで、
多分何とかクリア出来るだろう」という、
感覚的な計算を信じて詰めました。


スーツケースの中身を最終確認して閉め、
1週間宿泊した部屋も忘れ物がないかよく確認し、
最後のチップを置いて部屋を後にしました。
そしてフロントへ行きました。
イギリスでは、1階をGround Floorと言い、
2階から1階、2階…と数えていくという文化の違いにも、
もう違和感はすっかりなくなっていました。

チェックアウトをした後、
クロークにスーツケースを預かって貰いましたが、
その際も前夜に考えた会話文を使いました。
またもや後半部分をど忘れしましたが、
大体言えたので良しとします。
でも、その後ポーターとの会話がうまく出来なかったので、
やっぱり力不足でした。
とは言え、自分の中では山場を乗り切れたので、
ようやくホッとすることが出来ました。


何とか7時半前にホテルを出られました。
夜なのかと勘違いする程まだまだ暗かったですし、
相変わらず寒かったです。
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この日まず向かったのは、
ビートルズの事実上最後に録音されたアルバム
『アビイ・ロード』のジャケットに使われたという、
世界一有名なAbbey Rd.の横断歩道に行きました。
それ程ビートルズに詳しくなかったので、
全然そんなことは知らなかったのですが、
偶々旅行中にガイドブックを見ていた時にこれを知り、
「折角ロンドンまで来たからには見ておかないと」
と思い、急遽予定に組み込んだのでした。

最寄りのSt. John's Wood駅に8時頃着きましたが、
うっすら明るくなってきた程度でまだ暗かったので、
「まだちょっと撮影するには暗いかな」と思いましたが、
取り敢えずその横断歩道へ向かいました。

既に家族連れの日本人観光客が数人居ました。
結構交通量の多い通りだそうで、
なかなか撮影するのも大変だという話でしたが、
早朝だったこともあってそれ程ではありませんでした。
この日は曇りだったこともあって、
本来ならもっと明るくなっていても良さそうなものでしたが、
駅から歩いているうちに夜が明けてきたので、
早速同じポーズで撮ってみました。

すぐ側に彼らが多くの曲をレコーディングしたという、
アビー・ロード・スタジオもありました。
スタジオの白い外壁にはファンによるものと思われる、
メッセージというのか落書きというのか分かりませんが、
びっしりと何やら書き込まれていました。
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次に、リージェンツ・パークRegent's Parkへ行きました。
Abbey Rd.から歩いて行ける距離だったので、
まだ人気(ひとけ)の少ない日曜の朝の街並みを見ながら
徒歩で移動し、9時過ぎには着きました。

兎に角面積が広大な公園で、
ロンドンの公園にはお決まりとも言うべきリスも
ちゃんと見掛けました。
隅から隅まで散策してしまうとかなり時間が掛かるので、
この公園の見所の多い南半分を中心に回りました。
園内は他のロンドン市内の公園と同様、
基本的に「野原」の方がイメージとして近いような、
自然がそのまま残されているような所が
多かったのですが、
ローズ・ガーデンRose Gardenなどは
芝や区画なども手入れされていました。
時期が良ければ様々なバラが楽しめたようです。
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本当はこの後、歩いて行ける距離にあって、
26日に一度行っていたシャーロック・ホームズ博物館に
再度寄るつもりだったのですが、
開館時刻の11時までまだ1時間近くあったので、
うっすら肌寒い公園でじっとそれを待っているのも
何かなと思って、どうしようか悩んだ末に、
その次に行く予定だったテート・ブリテンTate Britainなら
もう開館しているということで、
移動のタイムロスを考えても、
少しでも先に動いておいた方が
時間を有効に使えるという計算だったので、
そちらに先に行くことにしました。


テート・ブリテンはテムズ河沿いに立っていて、
イギリス美術の一大コレクションを有する美術館で、
やはり私のレベルでは「ほぅほぅ…」と頷くばかりで、
なかなか難しい世界が広がっていました。
が、ここの最大の呼び物である、
ターナーという画家の作品コレクションは、
見ていて「凄いなぁ」と思いました。
時代によって色遣いやタッチが変わっていながら、
絵画技術は相当レベルの高いものでした。
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さて、建物の外観の写真などを撮っている最中、
偶然テムズ河の方を見ていた時に、
不思議な光景を目にしました。
浜辺を下りてきた変な形をした乗り物が、
そのままテムズ河へと入っていってしまい、
そのまま河を遊覧しているではありませんか。
そう、実はこれ、水陸両用車だったのです。

呆気に取られてそれを目で追っていると、
もう一台が同じように浜辺に下りてきて
同じように河の中へと進んでいき、
先に遊覧していた方は浜辺へ向けて進路を変え、
そのまま浜辺に上がってしまいました。
こういう乗り物が存在するとは知りませんでした。
偶然こんな貴重な光景が見られてラッキーでした。

実はこの乗り物はロンドンに来た初日に、
ホテルへ送迎して貰っている時に、
街中で偶然目にしていました。
随分変わった形の乗り物だなぁと思っていたのですが、
まさかこれが水陸両用車だったとは驚きです。
モーターボートに車が付いたような、
妙に変な形だったのも納得がいきました。
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この後、地下鉄Victoria Lineなどを使って、
シャーロック・ホームズ博物館のある
Baker St.へ再び戻りました。
テート・ブリテンに来た時もそうだったのですが、
乗り換えの主要駅の一つであるVictoria駅だけ停車せず、
代替バスを運行していました。
駅などに告知ポスターが貼ってあったので、
前以て計画されていたようですが、
結局理由はよく分かりませんでした。
私たちにとっては通過駅に過ぎなかったので
どのみち問題はなかったですが。
ドアは閉じたままで降りられなかったものの、
ちゃんと駅で一旦停車したり、
出発する時間などは通常運転と変わらないようでした。
ホームが真っ暗だったのでそれだけは変な感じでしたが。
因みに他の乗り入れ路線は運行していたようです。

昼食は博物館近くのカフェで摂りました。
「これがロンドンでの最後の食事になるだろう」
と思いました。
ちゃんと経験したことを生かし、
注文は「少なめかな」と思うくらいで留めておきました。
案の定、想像していた以上にボリュームがあって、
丁度良い量でした。


その後、シャーロック・ホームズ博物館に再度行き、
土産などを買い足しました。
時間があれば、この後にもう少し回りたい所でしたが、
無理すれば回れないこともなさそうでしたが、
あまり時間がぎりぎりになってしまうと、
飛行機に乗るのに慌ててしまうことになりかねないので、
時間に余裕を持って行動するために、
このままホテルに戻ることにしました。

ここで、これまで通り地下鉄で帰るという手もありましたが、
密かに「ハイデッカーに乗りたい」とも思っていました。
ロンドンに来て最初の数日は、
店に入るのも同じですが、外国人ばかりが居る
閉所へ飛び込むことになるタクシーやバスには、
怖くてとても乗れそうもないと思っていましたが、
「折角ロンドンまで来ていながら、
この名物バスに一回も乗らなかったとなれば、
もし『記念に一回くらい乗っておけば良かった』
という気持ちになった時後悔するだろう」と思って、
徐々に「乗ってみようかな」という風に、
気持ちが変化してきたのです。

私は密かにホテル近くのバス停を通るバスの
系統番号を覚えたり、
バスの乗り方やバス停での客の様子などを、
時々眺めたりしていました。
そして、ガイドブックもしっかり読み込んで、
「地下鉄一日乗車券があれば、同じゾーンの中なら、
共通乗車券としてそのまま乗れる」ということを
何度も確認したので、
「機会があれば乗ってみたい」と思うようになりました。
とは言え、まだ少し恐怖心があったので、
とうとう乗らないまま最終日になってしまったのでした。

しかし、この日は朝から気合いが違いました。
何しろ寝る前から「明日は絶対乗ってやる」という
意気込みで何度も細かい情報を最終確認したり、
シミュレーションしたりしていたのです。
それに、ゾーン内であれば乗り降り自由なので、
仮に間違って乗ってしまっても、
若(も)しくは目的地と違う系統のバスに乗っても、
すぐに適当な所で降りてしまえば良いだけの話なので、
「あまり肩肘張らずに、もっと気軽な気持ちで考えて、
記念にちょっとだけでも乗れれば良いんじゃないか」
と思うようになっていました。

ということで、博物館の近くにバス停があったので、
念のためどんな系統のバスが走っているのか
確認するだけしてみることにしました。
(本当は、バスの路線図を手に入れられれば、
もっと安心して乗れたのですが、
手に入らなかったので、ホテル前を通るバスの
系統番号だけが頼りでした)。
すると、ラッキーなことに、
何と、まさにそのホテル前を通るバスの
系統番号が載っているではありませんか。
路線図を全く知らなかったのに、奇跡が起こりました。

これはもう乗らない訳にはいきませんでした。
どこで降りて何に乗り換えるかなどという
余計なことを考えずにこれ一本で帰れるのです。
更にラッキーなことにここが始発駅だったらしいのです。
つまり、お客さんが乗っていない状態で乗れるので、
右も左も分からない初心者の私にとっては、
途中から乗り込むのと違って、
余計な緊張感を味わわずに乗れるということでした。

勿論、折角なので2階席に座りました。
信号も目線の高さですし、
バス停の屋根が下に見えるなど、
完全に街を上から見下ろせる高さなので、
優越感や眺めの良さと言ったリッチぶりは、
癖になりそうな気持ち良さがありました。
「こんな優雅な気持ちでロンドンを回れるなんて、
わしゃ幸せもんじゃ~」と思いました。
地下鉄に比べればやはり時間は掛かりましたが、
最後にこんな形でロンドン観光が出来て、
本当に良い思い出になりました。
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結果的にホテルには早すぎず遅すぎず、
良い時間に着きました。
ホテルのクロークでスーツケースを引き取った後、
ポーターに空港までのタクシーを呼んで貰いました。
最後はロンドン名物の黒塗りタクシーに乗って
空港へ向かう算段だったので、
「ハイデッカーにも乗れたし、タクシーにも乗って、
思い残すことがほとんどないくらい、
十分にロンドンを満喫して帰国出来るな」と
思っていたのですが、
到着したのは普通のセダンでした。

きっとホテルが契約している
専属「タクシー」なのでしょう。
私たちの前の客が同じような車に乗っていたので、
それを見て「もしやあれがタクシー?」と
薄々予感はしていたのですが、
黒塗りタクシー(若しくはそれに準ずるもの)を期待し、
むしろそういうのに乗ると信じて疑わなかったので、
かなり拍子抜けしてしまいました。

ま、街中で拾える程の英会話力と度胸がないので、
ちょっと心残りではありましたが、仕方なかったです。
気を取り直して、「タクシー」の車窓から、
最後のロンドンの景色を目に焼き付けていました。
初めてホテルまで送迎して貰った時から考えると、
「本当に充実した1週間を過ごせたなぁ」と思いました。
あの時の運転手に言われたロンドン旅行の秘訣、
「兎に角旅行を思い切り楽しむことですよ」
という言葉が改めて思い起こされていました。

あの時は何にしても不安で怖かったので、
「きっと上っ面の部分しか体験することが出来ず、
心の底からの満足感までは味わえないかな」
という気が内心していたのですが、
自分なりに広く深く色々経験出来て、
そう言った体験を通して
それまでは見ようとしなかった物が見えるようになって、
視野が一段と大きく広がったかなという感じがしました。
臆病だった気持ちがちょっと大胆になったりもしました。

無事にヒースロー空港Heathrow Airportに着き、
私は運転手に精一杯の英会話で
お礼の気持ちを伝えました。
それは「送ってくれた運転手個人に対して」
というのも勿論ありましたが、それよりも、
素晴らしい時間を過ごさせてくれた
このロンドンに対しての感謝の気持ちを、
代表して運転手に伝えたような感じでした。


15時半を過ぎており、もう辺りは薄暗くなっていました。
私たちは先に搭乗手続きを済ませ、
スーツケースを預けました。
「絶対、制限重量を超えている」と言われた
私のスーツケースも21kgで、ぎりぎりクリアし、
見事感覚通りの絶妙な匙加減でした
(かなり危なかったですが)。
これがパスしたことでもう心配の種はなくなりました。

ただ、帰りの航空券を発行して貰う際、
「レギュラーの座席は一杯になってしまったので、
サイド席になってしまいますが、宜しいですか?」
と言われ、何のことだかよく分かりませんでしたが、
補助席みたいものを思い浮かべながら(よく考えてみると
飛行機にそんなものがある訳ないのだが)、
「まぁ、別にどうせ帰りは夜だからどの席でも良いし」
という気持ちで、「大丈夫です」と答えました。

因みにここの受付の人は日本人だったので、
やっと相手が日本語で喋ってくれたので、
妙に力が抜けました。
(尤も、日本語にすがりたがっていた到着時と違って、
すっかり英語でしか話せないつもりで居ましたが)。

その後、出国手続きも済ませ、
搭乗までの間免税店で買い物を楽しんでいました。
旅行中、私はスリに遭わずに済みましたが、
空港内は人がごちゃごちゃしていたので、
最後まで気を抜かないように気を付けていました。


搭乗時間が少しずつ近付いてきたので、
私たちは搭乗口へ移動しました。
一番端っこだったので、かなり距離がありました。
搭乗口が近付いてきて、
明らかに日本人が多くなってきているのに、
すれ違いざまにちょっとぶつかった時などに、
思わず“Sorry.”などと反射的に言っている自分が
おかしかったです。
まぁでも、似ているようでも日本人とは限らないので、
その方が無難ではありましたし、
相手にしても私が日本人とは断定出来ないと思うので、
ここなら日本人同士が英語で話していても、
違和感はありませんでしたが。
街中でも基本的に相手は皆外国人だと
思っていればほぼ間違いなかったので
(むしろ、ロンドンでは私の方が外国人ですから)、
あまり気にせずに過ごしていました。

搭乗口に着いた時には、
外はすっかり真っ暗になっていました。
搭乗までの間、待合ロビーでロンドンでの
最後の一時を噛み締めていました。
流石に日本人の割合が圧倒的に多かったようで、
半分くらいは日本の空気になっていました。
他の乗客達もまた、
それぞれが思い思いの時間を過ごしていました。
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コメント

ダブルデッカーに乗れてよかったですね。
あれだけ街中で見かけ、写真に撮りながら、乗れなかったら、なんだか心残りになるところでした。
やっぱりロンドンはダブルデッカーです。(笑)
それに、バスの路線が、ハロッズを通ったり、雨のウォークとなった初日のコースを通ったりしたので、いろいろ思い起こされて、胸がキューンとしました。

男爵くんは、この旅では責任者でしたから、いろいろ大変だったと思います。
いろいろなハプニングにあいながらも、これだけ充実して楽しめたのは、すべて男爵くんのおかげです。
ありがとう!

投稿: 笑 | 2008年1月29日 (火) 11時20分

お返事が遅れました。すみません。
一回更新を諦めたら、風邪引いたり集中力が途切れたりして、更新が滞ってしまいました。

見たことのある景色が眺められたりして、あとは見たことのない所も結構あって、その上車高が高いので、気持ちの良いバスの旅でした。

いえいえ、3人寄れば文殊の知恵ってやつですよ。僕はその一人に過ぎません。
こちらこそありがとうございました。

投稿: メークイン男爵 | 2008年1月29日 (火) 22時37分

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