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2009年1月の21件の記事

2009年1月30日 (金)

冬の袋田の滝と新観瀑台

少し前の話になりますが、
袋田の滝(大子町)に行ってきました。
最初は従来の観瀑(ばく)台へ行ったのですが、
滝の一部が凍っていたのが凄く幻想的でした。
冬に行ったのは初めてだったので新鮮でした。
「氷瀑」と呼べるようなものではありませんでしたが、
なかなか迫力ある景色を目の当たりに出来ました。
今度、氷瀑(ひょうばく)も是非観てみたいものです。
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続いて、昨年9月に完成したばかりの新観瀑台へ行きました。
ずっと気になっていたのですがようやく行けました。
直通エレベーターで40mくらい上がり、
更にそこから階段でちょこっと登って辿り着きました。
四度の滝とも呼ばれる袋田の滝の全景を
やや俯瞰(ふかん)気味に見るというのは
何とも変な感じがしました。
「滝の上の方はこうなってるのか」と思いました。
ただ気のせいか、下から見上げていて距離も近い(と思う)
元の観瀑台の迫力に比べると、
新観瀑台は滝全体を見渡すことが出来るものの、
迫力という点ではそこまでではないかもしれないというのが
個人的な感想です。
まぁこれはこれで素晴らしい景色ですが。
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それと話は変わりますが、
やはり年明けに映画『私は貝になりたい』を観ました。
戦時中から戦後に掛けての混乱期には、
世間的に明らかになっていることは勿論ですが、
実際にはきっとこの映画に出てくるような、
色んな理由から表立っていない様々な出来事も
事実として起こっていたんでしょうね。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・水泳:約30分、1200m。今日も泳ぎに行く気持ちがほとんど折れ掛けていたが、辛うじて重い尻を上げて行った。インターバルを少なめにした。

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2009年1月29日 (木)

導火線に火が付いた・3

中型車を運転して色んな課題をこなしていた時も、
普通車の感覚とはかなり違うことを強く感じていたが、
大型車はその中型車が可愛く思えるくらい桁違いだった。
全長は12メートルかそこらのトラックだったと思うが、
まず運転席が自分の目線くらいの高さにあるので、
運転席まで階段で上っていくような感覚であった。
本当に私がこんなでっかい車を運転出来るようになるのか
最初はちょっと足が竦(すく)みそうになった。
運転席に腰掛けるとかなり見渡せて気分は良いのだが、
後輪の位置がよく見えないこともあって分かり辛く、
車長などの感覚も把握するのに時間が掛かった。

ミッション車は車輌毎に変な癖が付いていたりするものだが、
2台ある大型教習車のうち1台は3速にシフトが入り辛く、
気持ちちょこっと左にずらし気味で入れると入り易いという、
ちょっと癖のあるシフトだったので、
ギアチェンジしようとしてもなかなか入ってくれないことが多く、
冷静に処理しようと努めていたものの
内心は惰力で走りながら結構焦っていたりした。

しかし、何と言っても厄介だったのは、
教習所のコースが旧法の大型車対応に設計されていたのか、
S字クランクや方向変換(後退)など
何をやるにしても道幅がいっぱいいっぱいであり、
ちょっとの操作のずれも許されないような状況だったことだ。
中型トラックなら多少の微調整(ごまかし)が可能なことも、
この大型トラックではかなり正確な運転技術を要求された。

「後退」では後ろのポールから50cm以内までバックして
停止しなければならないのだが、
中型車以上に運転席から後ろのあおりまでの距離が遠いため、
感覚的にはポールにぶつかるんじゃないかと思う程バックして
初めて40~50cmくらいの所まで下がれていたりするのだ。
また、バックする時に何回ハンドルを切ったか分からなくなり
どれくらい戻せば良いのか最後まで分かり兼ねた。
この辺は乗り慣れるしかないような気もする。

「隘路(あいろ)」は横幅がほぼピタピタの枠の中に、
上手に車体を直角方向に回して収めるというもので、
時計の針を3から12、もしくは9から12に起こすイメージで、
回す方の後輪を軸にして頭(運転席の方)を入れるのだが、
中型車の時は少し前後及び両脇の幅に余裕があったのだが、
大型車はそれが全くなく、ちょこっとハンドルを切りすぎたり、
切り始めのタイミングが少しでも早かったり遅かったりすると
全然うまく枠に入ってくれないのでかなり難しかった。
車体感覚を掴む良いトレーニングであることは間違いない。

他にも、教習所場内のカーブを曲がろうとすると、
後輪の脱輪を避けるためにはどうしても
多少頭がセンターラインの外へ飛び出すようにして
運転しなければならないので、
必ず対向車が来ていないことを確認しないといけないという、
大型車ゆえの教習所ルールが幾つか存在していた。

しかし、何故か中型の時からS字クランクだけは得意だった。
また、同じく脱輪したこともほとんどなかった。
確か、後退の時に後輪の2本並んでいるタイヤのうち、
外側のタイヤが縁石の外に出たことは一度あった気はするが。
(この場合、内側のタイヤが脱輪していなくても脱輪扱い)。
後に自分がうまくなってきてからのことだが、
まだ習い始めと思われる他の教習生が曲がろうとして、
前輪を両方とももろに思い切り脱輪させているのを見た時は
「車体感覚が掴めないでかなり苦労しているようだな」
と思ったものだ。

右左折時は内輪差を考えて相当前に頭を出してから
ハンドルを切らないと脱輪してしまうので、
これが普通車の感覚でつい早くハンドルを切りたくなるのを
じっと耐えなければならず慣れるまで苦労した。
特に、左側を常に意識することが大事なんだと思った。
左折時の内輪差や巻き込み防止確認もそうだし、
右にハンドルを切る場合も、
トラックはサイドミラーがかなり外に張り出しているので、
ぶつけないように気を付けなければならないのだ。
そういう大袈裟な運転に慣れてきたせいで、
自分の車を運転している時でも
脱輪の心配もないのに無駄に大回りしてしまうなど、
一時(いっとき)変な癖が付きそうになった程だ。


中型限定解除の時は路上には出なかったのだが、
大型ではきっちりと第2段階で路上教習を行った。
右左折時に車体が車幅以上に外に振られる
「オーバーハング」と呼ばれる現象は中型車でも起こるが、
大型車はその場で曲がると70cmくらい出っ張ったりする。
先述の「隘路」への侵入を行う時などが好例である。
これが教習所場内だけであればまだ良いのだが、
一般道の場合、例えば自分が右折しようとしている時に、
もし左の直進車線に車が近付いてきている場合は、
その車をやり過ごしてからハンドルを切り始めないと、
最悪の場合その横っ腹を抉(えぐ)ってしまうことになる。

また、更に同じ状況でそのまま曲がれたとして、
今度は曲がった先の道路の先頭車が
停止線より前に出て止まっていたりすると、
右の内輪差を考えてその分大回りしなければならないのだが、
しかし、思い切り大回りすれば解決するのかと言うと、
今度は左のサイドミラーが電柱や歩行者信号や
標識などにぶつかりそうになるので、
左右を意識しながらハンドルを回さなければならず、
大型車ドライバーは苦労しているんだなと感じた。

「何でこんな良い道が制限速度40km/hなの?」
と思うことも時々あったりすると思うが、
大型車で走ってみると道幅が狭かったりして、
それくらいに速度を落とさないと、
道端の標識や木の枝などにサイドミラーが
当たりそうになったりするものなのだ。
重ねるようだが大型車運転において、
走行中は常に左側の意識を高めることが重要なのだ。
たまに標識などがぶつけられて曲がったりしているが、
普通車で走っている分にはそういう苦労は分かり辛い。

最初は路上を走るのが何となく怖かった私だが、
法定最短教習時間で終わらさないと、
どんどん教習が追加されてお金も時間も掛かってしまうので、
確実に予定通りこなすため、毎回毎回が必死だった。
また予約を取る時も「間隔が空きすぎると体が感覚を忘れて
上達が遅そうな気がする」と考えてなるべく詰めたり、
「寝坊したり遅刻して教習を受け損なったら大変だ」と思って
かなり緊張が高まった状態で眠りに就いたりだとか、
そういう色んな心配が教習中常に私を支配し続けた。

それだけに、最後まで私を苦しめた「縦列駐車」をクリアし、
無事順調に大型免許まで取得し終えた時は、
「これでやっと解放される」という喜びが
心底沸き上がってきた。
わざと早朝に予約を入れたりして、
土日でも早起きしなければいけないような状況を自ら作り、
いつも気の抜けないような生活を送り続けたので、
精神的にも肉体的にも疲労はピークに達していたが、
一番の目標である大型免許の取得を達成出来た瞬間、
色んな圧力から心底解放された。

街中を走りながら大型トラックを見る度に、
「これからはこういう大きいトラックも乗れるんだな」と思い、
トラックを見る目が変わった。
けれども、免許を取ったからと言っても、
荷物を積んで走った訳じゃないし、
技術的にも基本的なことを教わったに過ぎず、
まだまだ足りない所だらけである。

とは言え、思っていた以上に悪い癖が付いていたと気付けて、
色々自分の運転を見直すきっかけになったことも良かった。
また、大型免許を持ったことで、
そういう車を運転している方たちの立場や気持ちも
ささやかながら理解出来るようになれたし、
免許が増えたことで気が大きくなるのかと思いきや、
逆に「折角時間とお金を掛けて取ったのだから
絶対に取り上げられる訳にはいかない」という
慎重で従順な気持ちになり、
基本に忠実で安全な運転を心掛けるようになれた。
これは思わぬ相乗効果だった。


早速、やっとの思いで取った大型免許を免許証に起こしに行き、
ワクワクしながら新たな勲章を示す印字の刻まれた
新しい免許証を受け取った私はちょっと拍子抜けした。
当たり前のことではあるが、あんなに苦労して教習を受け、
時間もお金も掛けて取得したのに、
単に所持免許の種類欄に「大型」という記載が増えただけで、
全ての苦労がたった2文字だけに凝縮されてしまい、
一抹の空しさを感じてしまったのも無理はなかった。
ましてや条件欄の所の「中型車は中型車(8t)に限る」
という一文がなくなったので尚更殺風景になってしまった。
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そして、教習中に何人かの教官に
「大型の後は他に何か取らないの?」
と言われた言葉が再び脳裏に浮かんできた。
その時は本当にその気は全然なかったのだが、
「折角教習所で正しい運転知識を体に染み込ませたのに、
このまま終わったらなんか勿体なくないか?」
という考えが俄かに沸き上がってきた。

急いで家に帰って教習料金や時間の一覧を調べてみた。
「ついでだからもう一踏ん張りして、
安くて教習時間が短めなものをもう少しやろうかな」
と思って見た所、大型特殊自動車免許に目が留まった。
一番安く、時間も最短で6時間とかなり手頃だった。
と言っても、10万円近くするのだが、
連続教習で受講すれば新たな入会金が免除になるため、
半額くらいに抑えられる計算だった。
そう考えると入会金が如何に高いのかが分かる。

はっきり言って、仕事で使う機会は当面なさそうだったので、
「必要もない免許を取得する意味があるのか」
という自問自答は相当繰り返した。
それに当初の目的の大型免許取得も果たせた訳だし、
「もう教習所とはおさらばするつもりで
清々しく卒業してきたのにまた戻るのもなぁ」とも思った。
相当悩んだが、父に相談したところ勧められはしなかったが、
「持っていればそれは個人の財産だから邪魔にはならないよ」
と言われた言葉が最後は決め手となり、
再び教習所へと向かうこととなった。

かくして、「事のついで」というつもりで
大特免許の教習を受けることにした。

(つづく)

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2009年1月28日 (水)

お年玉抽選会

3日前に年賀状のお年玉抽選会が行われたんですよね。
私だけかもしれませんが、
以前は成人の日(1月15日)前後に行われていて、
ニュースなどでもその模様が流されたりしていましたが、
今年は知らないうちに過ぎてしまっていた感があります。
時期的にすっかり正月気分が抜け切ってしまっているのも
影響しているのかもしれません。
単に私があまりテレビを観ていないせいかもしれませんが。

取り敢えず、後で確認してみようっと。
ちょっと今何かと忙しいものですから。
(そのまま確認し忘れないよう気を付けなくては。)


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・ジョギング:約1時間、9km。大会後初練習。準備運動が足りなかったのは大いに関係あると思うが、1周目の途中から左膝の下辺りが痛くなり始めた。また、両ふくらはぎにも疲れを感じた。それでも何とか3周走った。3km毎の通過タイムは約19分→21分→20分だった。

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2009年1月27日 (火)

新年会うぃ~ク

飲み会に誘われた時以外はほとんど酒を飲まず、
普段、家で一人で飲むようなことはない私ですが、
急遽、今週もう一つ新年会の予定が入ってしまったので、
このまま行けば私自身過去最多となる
週4回もの飲み会に参加する見通しとなりました。
自分、お酒弱いですから。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・水泳:約30分、1100m。かなり眠さと疲れを感じていたので「泳ぎに行くのはまた今度にしよう」という囁きに心が8割以上傾き掛けていたが、何とか最後の力を振り絞って泳ぎに行った。3泳法をバランス良く泳いだ。

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第57回勝田全国マラソン大会

昨日は新年会のため会場の店に行ったのですが、
偶然大相撲初場所の優勝決定戦が始まる直前で、
思い掛けず生中継で観ることが出来ました。
横綱同士の決定戦は8年振りだそうですが、
白鵬関が朝青龍関に勝って星が並んだ本割の対決も
相当盛り上がったんでしょうね。
欲を言えばそれも併せて観たい所でしたが、
しかし、白熱した決定戦を観られたので満足です。
場所前は色々言われていた朝青龍関ですが、
しっかりと結果を、それも最高の形で残す辺りは流石ですね。
稀勢の里関も黒星が先行する展開で、
千秋楽まで勝ち越すかどうか分からず冷や冷やしましたが、
来場所は新関脇確実ということで良かったです。
まずは勝ち越しを、そして10勝以上を目指して欲しいです。


さて、昨日行われた第57回勝田全国マラソン大会ですが、
前日とは打って変わって雲一つない好天に恵まれました。
と言っても朝のうちは厳しい寒さで、
起きるのも辛かったですし、
我が家は車庫に屋根がないので、
車の窓ガラスやドアの取っ手がカチコチに凍っていました。
スリップ事故を起こさないよう慎重に運転しました。

千波湖での練習メンバーと一旦待ち合わせてから
一緒に会場へ行きました。
参加者は昨年より2,000人以上増えて14,000人を超え、
過去最高になったという話でしたが、
確かに会場周辺は人で溢れ返っていて、
以前より人が多くなったなと感じました。
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また、私があちこちに顔を出すようになったこともありますが、
一緒に行った千波湖メンバーは勿論のこと、
ダイビングクラブでも昨年から参加しているようですし、
スポーツクラブの方も見掛けましたし、
果ては小学校の同級生の白っさんとも会うなど、
以前に比べ参加者に知り合いが多くなりました。

今回は参加者に競うべき知り合いが増えたので、
本音では「彼らにあまり負けたくないな」と思いました。
それに、もしかすると10km挑戦は
今回で最後になるかもしれないので、
少しでも良い自己ベストを残したいと考えていました。

更に、号砲からゴールまでの時間を算出した公式タイムと、
スタートラインを越えた時点からの実質タイムを計測する
ネットタイム(プライベートタイムなどとも言う)という
参考記録(=非公式)の2種類が算出されるのですが、
ネットタイムの自己ベスト更新は勿論のこと、
公式記録として残る前者でも1時間を切りたいと思いました。

そこで今回は初めて腕時計を装着しました。
今までは体の感覚だけを頼りに走っていましたが、
タイムが分かっていて走るのと闇雲に走るのとでは、
特に残り1km前後での苦しい時間帯において、
記録更新出来るかどうかの数分の差が
大きく左右されるだろうと思ったのです。


スタート時間は他の大会よりもちょっと遅めだったので、
朝食を摂ってから結構時間が空いてしまい、
お菓子をつまんだりして過ごしていました。
ウォーミングアップをしようとしてちょっと走ったら
すぐ脚に疲れを感じてしまったので、
「これはまずいな」と思って最小限に留めることにしました。
体調としては何も悪い所はなかったのですが、
肉体的には疲労が回復し切れていない感じがあって、
良い走りは期待出来そうにないと思いました。
せめても準備運動を念入りに行い、
全身の筋肉をよく伸ばすことを心掛けました。
しかし、スタート直前になって右腰に張りを感じ、
改めて肉体的な調子はあまり良くないなと感じました。

スタートの号砲が聞こえてからしばらくは
予想通りというかいつも通りその場から微動だに出来ず、
案の定スタートラインに達するまで約3分掛かりました。
腕時計にストップウォッチ機能は付いていなかったので、
号砲時刻とスタートライン通過時刻を覚えて計測しました。

今回はトマティ氏と一緒に走ったということもあり、
少しオーバーペース気味で走り始めました。
最初のうちはマイペースを心掛けようとしたのですが、
すぐに「自己ベスト更新のためには辛くても
多少ペースを上げるしかない」と思い直しました。
練習の段階から彼の方が速いのは分かっていましたし、
ペースを私に合わせて落としてくれているのも感じたので、
最終的に勝てないのは仕方ないとしても、
可能な限り食らい付いて行こうと思いました。

マラソン中は腕時計ばかりが気になりました。
タイムを意識するあまり体内リズムを感知することが出来ず、
ペース配分が全く分からない状態で走っていました。
タイムに追われるというプレッシャーと、
オーバーペースから来る脇腹の痛みと闘っていました。
コンディションが良く精神的にも楽に走れた昨年11月の
つくばマラソンの時とは全く異なり、
最初の2kmを走ったかどうかという辺りで既に
体が悲鳴を上げ始めていました。

今回は肉体的よりも精神的に相当辛いレースとなりました。
理想から言えば折り返し点へ25分くらいで行ければ
自己ベスト更新が現実的に思えたのですが、
折り返し点が見えてきそうでなかなか見えず、
実際にはスタートラインから30分近く掛かってしまい、
後半はペースが落ちることが必至だと思われたので、
この時点で、公式タイムとして1時間を切るのは
やはりかなり厳しいなと思いました。

強い日差しのせいで日向はかなり暑かったのですが、
後半は日陰の所が多いので薄手の長袖で走って正解でした。
毎回、この日陰との極端な温度差が身に応えていたので、
半袖にすべきかどうか悩んだ末に長袖を選んだのです。
でも、今回は風があまり寒くなかった分ちょっと暑かったので、
半袖でも大丈夫だったかもしれません。

後半はそれこそ目標達成のための残り時間との闘いで、
沿道の観客の目を気にして余裕の表情を作ることも出来ず、
歯を食い縛ってペースを落とさぬよう必死の形相でした。
給水ポイントが相当待ち遠しく感じました。
喉が渇いていたというよりはなかなか給水ポイントに
辿り着けないことが精神的に苦しかっただけですが。
つくばマラソンの時に飲み過ぎてしまったので、
今回は給水しすぎてペースが乱れないよう気を付けました。

5km通過ポイントと折り返し点以外は、
今自分が何km走っているのかが全く分からず、
しかし経過タイムだけは手元で把握出来ていたので、
ひたすら精神的に応える暗中模索のレースでした。

そして、7km付近までは何とかトマティ氏から離されまいと
無理して付いていたのですが、
段々無理が利かなくなってきて
このままでは最後まで持たないと悟り、
記録更新の望みを最後まで繋ぎ止めるのを優先させるため、
とうとうトマティ氏との勝負は諦めて身を引くことにしました。

45分が経過しても残り1kmの看板が見えず、
「50分を切るなんて俺には到底無理だな」と思いました。
「速く走れる人たちとは体の作りが違うんだ。
所詮、元々走るのが苦手な俺には厳しいハードルだ」
とその世界の違いを痛感しました。
そして、苦しさを感じれば感じる程、
「フルマラソンなんてやっぱり俺には無理だ」と思いました。

号砲から50分が経過してもまだ残り1kmの看板が見えず、
大体1km走るのに6分掛かると考えると、
いよいよ公式タイム1時間切りは厳しくなってきました。
「やはり大幅な記録更新は望めないのか?
またしてもネットタイムで1時間を切れるか切れないかの
微妙な結果に終わってしまうのか?
これが最後の10kmかもしれないのに。」
そんな自問自答が脳裏を過(よぎ)りました。

苦しさからふっとペースを落としそうになる自分に鞭を打ち、
足だけは兎に角前に踏み出し続けようと堪え続けました。
背中が疲れてきて強張(こわば)り、前掲しそうでしたが、
何とか正しいフォームを意識し続けました。
すると、スタートラインからの実質タイムでも
50分が経とうとした丁度その時、
遂に「9km」という看板が目に飛び込んできました。

もう一度時計を見ました。
「ここから6分掛かったとしても56分ちょっと。
自己ベスト更新はほぼ間違いない。
公式タイムの1時間切りも行けそうだぞ、よし!」
一転して目標達成が濃厚な位置に居ることが分かり、
私は小さくガッツポーズをしました。

泣いても笑ってももうこの1kmしかないので、
ちょっと長めのラストスパートを掛けました。
気持ちと足の動きが噛み合わず、
ペースを上げようとすればするだけ
体を制御出来る限界を超えている感じがしましたが、
1秒でもタイムを縮めようとがむしゃらに走りました。
残り1kmや500mがかなり長く感じられました。

遂に運動公園へ飛び込んでゴールゲートが見えた時、
ようやくプレッシャーから全てが解放される思いがしました。
ゴール傍に設置されたタイマーは58分台を表示していました。
それを見てまた小さくガッツポーズをしました。
結果は、公式タイムがそのまま58分台で目標の1時間を切り、
ネットタイムも調子の良かった前回よりも2分以上速い
55分台を叩き出すことが出来ました。

昨年か一昨年か忘れてしまいましたが、
「目標は取り敢えず55分を切りたい」と掲げたことがあり、
けれどもそう公言するのも憚(はばか)られるくらい
その後はぶっつけ本番などのレースが続いて結果を出せず、
いつしか口にすることも目標に定めることも
なくなってしまいましたが、
今回、あとちょっとでその目標さえも
達成出来る所まで行けました。
ここまで来たら55分を切るのは勿論、
50分の壁も出来れば破りたいという欲も出てきましたが、
果たして今後10km走るのかどうかはまだ未定です。
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今回は全く余裕のないレースでしたが、
タイムを把握しながら走ったことで、
まずます納得の結果が出せて良かったです。
55分を切れていれば尚良かったですが。
ちょっと不完全燃焼な感じは残っているんですよね…。

※おまけ(戦利品)
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2009年1月24日 (土)

へそくり

今日は朝っぱらから寒いとは思っていましたが、
いきなり雪が降ってくるとは。
天気予報では「県央地域の一部では雪になる所も
あるかもしれません」と言っていたのに。
しかも県央より寒い筈の県北の方は意外とそれ程でもなくて、
水戸市から那珂市辺りの方がしっかりと長い時間
降っていたように思いました。
それこそ車で走っていたら一時的に吹雪かと思ったくらいで、
スタッドレスタイヤじゃないので結構怖かったですが、
積雪とか路面凍結はなかったので大丈夫でした。
しかし、明朝は場所によっては路面が凍っているかも
しれないので気を付けないといけませんね。

ところで、今、かなり金欠病になっているため、
1週間のうちに1,2回は銀行に通帳記帳に行っています。
クレジットカードや会費などの口座引落しなどに備え、
指定口座に合わせて残高ぎりぎりまで移し替えたりして
何とか先月、今月と凌いできたのですが、
その苦肉の遣り繰りももう限界が近付いて来ています。
そして極め付けが明日から1週間のうちに3回も
新年会があるという恐るべき事実です。
2次会に行っている場合じゃないのは勿論のこと、
出来ることならどれかキャンセルしたい勢いです。

ナメック星が爆発する寸前に乗ろうとした最後の望みの
フリーザの宇宙船が故障していて動いてくれず、
どうにもならない絶体絶命の窮地に追い込まれた時の
あの悟空の感情と似ているものがあります。
(ついドラゴンボールネタで例えてしまいました…。)

もう駄目かと思ったその時、
ふと私は以前に取っておいたへそくりのことを思い出しました。
確か、年末調整か何かで返ってきたお金を、
そのまま手を付けずに残しておいたのです。
その時は、「後で忘れた頃に見付けたら嬉しいだろうな」
と言う程度の軽い気持ちでそのまま仕舞ったのですが、
まさかこんな時の救いになってくれるとは。
こういう事態を予測していた訳ではありませんが、
過去の自分の行動に感謝しました。

へそくりとは言っても隠していた訳ではないので、
過去にも何度か見付けて
使いたくなったことはあったのですが、
「後で本当に必要に迫られた時のために」、
「エリーゼのために」(←全然関係ないでしょ)
と思って取っておいて良かったです。

実際の所、この後更にもっとどうにも首が回らない事態が
訪れないとも限らないので(訪れて欲しくないですが)、
ここで使わず取っておこうかとも思ったのですが、
一応緊急事態(レベル4くらい?)に違いはないですし、
溜めておくばかりで使わないのもなんなので、
有り難く使わせて貰うことにしました。
何と言うか、ニュアンスとして例えるならワインのように
もうちょっと熟成させておきたい気持ちもあったのですがね。

昨年は最後まで気持ち良いくらいに
お金を使ってしまいましたからねぇ。
それまで一生懸命溜めていたのに、
何かに吹っ切れたかのように思い切ってしまいました。
まぁどれも必要な買い物だったので、
湯水の如く使ったのとはちょっと違いますが。
今は給料日が来るのを待ち焦がれています。

(セリフ)(というか心の呟き)
残高が落ち着くまでの数ヶ月間は
しばらく亀の子作戦で出費を切り詰めるしかないな。
あ、でもホーリーホックのシーズンパスをまだ買ってない…。
明らかに足りん、今月はもう出費出来ないのに。
こんな思いまでして買ってるんだから
今年こそは優勝してくれー!


◇Repeat After Me◆
「そんなに根(こん)を詰めてやらなくても良いぞ。大丈夫だ、時間に余裕はあるから。」
→そーたに根詰めてやんともいいどぉ。だいじだ、時間に余裕はあっから。

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2009年1月22日 (木)

(“Healthiole!” Memo Only)

☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・ジョギング:約37分、6km。今日は仕事が遅くまで掛かってしまい、千波湖の練習に参加出来なかったが、本番前最後の機会だと考えていたので独りで走った。3周くらいしようかと思って走り始めたが、既に23時近くだったのでほとんど人影もなく、半周もしないうちに湖畔の照明が消え始めて寂しくなってきたことに加え、夕食後だったことや明日の仕事に響くのはまずいというのもあって1周で止めたくなったが何とか2周した。途中から左膝に違和感があった。本番まで中2日しかないが、それも考慮して少しセーブしたので何とか疲労回復すると信じたい。

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2009年1月20日 (火)

ムレックスZ

先日、アメリカの旅客機がハドソン川に緊急着水し、
乗員乗客155人全員が無事だったという報道直後から、
サレンバーガー機長への称賛が鳴り止まないようですね。
ちらっとニュースを見た程度ではありますが、
彼が事故機の機長であったことが
今回の出来事の最大の奇跡かもしれないですね。

あと、同じくアメリカで日本時間の明日未明に迫った
オバマ次期大統領の就任が近付くにつれて、
彼の異様な程の人気ぶりが連日報道されていますね。
確かに黒人初のアメリカ大統領という話題性のみならず、
彼には強いリーダーシップを感じますし、
問題山積している現状を変えてくれそうな雰囲気もあって、
国の未来を託したくなる国民の気持ちは分かりますね。
やはり、ヒーローの出現を求めているのだと思います。


ところで、本当にどうでも良いつまらない私事で恐縮ですが、
最近、靴を履く度に凄く足が蒸れるんですよね。
何足か履き回しているのですが、
どれを履いても1時間も履いていればムレを感じます。
ですから、最近は一日に1、2回靴下を履き替えることも
少なくありません。
じゃないと、蒸れたまま履き続けていたら
益々臭くなってしまうじゃないですか。
もう靴の中が相当湿気っぽくなっているんでしょうかね。
一度、思い切り天日干しした方が良いかも知れませんね。

あ、因みにタイトルの「ムレックスZ(ゼット)」は、
「蒸れて湿ったソックス」を短縮させた造語を基に、
何となく靴の中をサラッとしてくれそうな除湿剤類の
商品名風の響きにアレンジした架空の新商品名です。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・水泳:約40分、1350m。あまりペースを上げないようゆったり泳いだ。30分で止めようかと思ったが、久し振りに40分泳いだ。

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2009年1月19日 (月)

目的地:大洗マリンタワー

千波湖から大洗まで走って行こうだなんて
今まで一度だって考えたこともなかったですよ。
祖父から「小学生の時に遠足で大洗まで歩いて行った」
という話を聞いたことはありましたが、
車(平均時速で60km/h近く出ると思われる)で行っても
20分は掛かってしまう距離ですから、
「昔の人は本当に健脚だったんだなぁ」と感心するばかりで、
自分も真似出来る距離だとは思ったこともありませんでした。

しかし、どうしてこう走るのが得意だったり好きな方って、
ストイックなまでに自分を苛(いじ)められるというか、
凄く大変そうなことを「そんなに大したことない」という感じで、
涼しい顔で言い切れてしまうのか不思議ですよね。
きっと、苦しみを乗り越えた先にある達成感というのが、
苦しめば苦しんだだけ増幅することを知っていて、
その醍醐味が堪らないからなんでしょうけどね。

いつも千波湖で一緒に走っているメンバーにも
そんな方々がいらっしゃる訳でして、
昨年も決行したらしいのですが、
千波湖から大洗マリンタワーまで走ったらしいのです。
それを「今年もまたやりましょう」という話を、
一ヶ月程前に最初に聞いた時は耳を疑いましたが、
「意外と10kmちょっとで行けちゃうから」
というような軽い感じのノリで平然とおっしゃる訳です。
最初は「自分にはちょっと無理だろうな」と思ったのですが、
私も感覚が麻痺してきたのでしょうかね、
段々走れるような気になってしまいまして、
最後には腹を決めた次第です。
昨日の出発直前にはすっかり覚悟が決まっていました。

多分、一人だったら走れていないと思いますが、
やはり何人かで走ると気分が全然違いますね。
着替えなどを背負ったまま走る羽目になり、
余計な負荷まで掛かることになったのですが、
それでもゆっくりとしたペースで、
時々トイレや水分補給、信号待ちなどのために
休み休み走っていたら結構走れました。

最後は周りに合わせて歩いてゴールしたので、
およそ2時間20分くらい掛かりましたが、
もしかすると最後まで走り切れたかもしれません。
ただ、だいぶ早い段階で膝に違和感が出たりして、
完走出来ても後の心配が怖かったと思いますが。

自転車で行くのですら大変な距離だと思っていたのに、
自分の脚で行けたというのは大きな自信になりました。
それに、それまで肩が張ってどうしようもなかったのですが、
走って筋肉を動かしたことによって、
却(かえ)ってすっきりしたようにも思えました。
体を動かすって大事なんだなと思いました。

でもやっぱり今日になってみたら、
広背筋や僧帽筋を中心に筋肉痛になっていました。
単に肩が凝っているのと違って「良い痛み」とも言えますが。
それにしても、人間はやれば出来るもんですね。
気付けば自分もそっちの世界に仲間入りしてきた気がします。
そんな自分がちょっぴり怖いです。

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2009年1月18日 (日)

どんなときも。

昨年の途中からでしたかねぇ、
「婚活(結婚活動の略)」なんて言葉が流行り出したのは。
恋愛とか結婚に関する話をするのは照れ臭いので、
ブログでは意図的にこの手の話題には
あまり触れないようにしていますが、
実際の所私は結婚願望ありまくりな人なのであります。
しかも25,6歳辺りで結婚したかったので、
大した出会いもないまま26歳になってしまったのは、
自分としてはかなり不本意な状況であります。

昨年は友人らの結婚や出産ラッシュに沸いた一年であり、
非常に喜ばしく思うと同時に羨ましくもあり、
「置いて行かれた感」が私の中にあったのも事実です。
本当は私もその中の一員を担いたかったのです。
ですから、あまりにも出会いに恵まれない私は、
少しでも良い出会いのきっかけを作らねばと思い、
「婚活」という言葉が流行り出す以前から、
実はこの手の活動は行っておりました。

活動中に新たに学んだことも数多くありましたが、
残念ながら良い結果は今の所あまり得られておりません。
いつも相談に乗って貰っている友達のみんなに
いつまで経っても良い報告が出来ず悲しいです。
―もうそろそろ良いんじゃないかな、良い出会いがあっても。
十分今まで頑張って生きてきたよ、私は。
私は神様を信じてますよ、いつも助けて頂いておりますし。
ですから、そろそろリアルに宜しくお願い申し上げます。
どうか最高のパートナーを私めに…。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・ジョギング+ウォーキング:約2時間20分。詳細については後程。

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2009年1月17日 (土)

導火線に火が付いた・2

平成19年6月2日に施行された改正道路交通法により、
「普通自動車」と「大型自動車」の区分を変更した上で
「中型自動車」という区分が新たに設けられたことに伴い、
それ以前に普通免許を取得した者に対しては、
経過措置として「8tまでに限る」という条件付きで
中型免許へ繰り上げられる対応が取られた。

私のように法改正以前に普通免許を取得した人で、
改正以降に免許更新した人は、
条件欄に「中型車は中型車(8t)に限る」などという一文の
記載と共に所持免許も普通から中型に自動変更されている。
最後の更新が改正前という人は「普通」のままだが、
これも最長でも平成24年6月1日までには皆変更される筈だ。
090117002




父に言われてから「近い将来、大型免許を取らねば」
という思いこそ頭に刻み込まれていた私だったが、
あくまで大型を持っている人を見ると
「凄いなぁ」と思う側の人間であって、
依然として自分に取れるような資格ではない
という畏敬の念を強く抱いていた。
まして、教習所や試験場で使われていた大型車は
法改正に合わせて一回り大きいサイズに変更されたり、
よりしっかりとした技能や知識を修得させるために
一段と基準が厳しくなったという情報も得ていたので、
尚更踏み込み難い世界の話のように感じた。

けれども、既にこれまでも述べてきたように、
状況的に挑戦すべき時機が来ているようにも思えた。
背中を押される思いがして、
思い切ってHPで近くの自動車学校を数校調べてみた。

余談だが、私が普通免許を取ったのは
大学2年に進級する直前の春休みで、
茨城に帰省して合宿プランで取得したのだが、
2週間ちょっとという短期間で卒業出来たことや、
いちいち自分で配車予約などを取ってスケジュールを組む
というような面倒な手間が一切なく楽ではあったが、
自分の運転技能のなさが惨めになる程教官に怒られ、
かと言って教習所併設の宿泊施設に缶詰状態で、
せいぜい歩いて行ける範囲で買い出しに行くことしか
楽しみを見出せないような生活は本当に地獄のようだった。

免許が無事取れたことで苦しみは全てご破算になったが、
またここにお世話になろうという気持ちはなかったし、
今度は合宿プラン(メリットは多いがその分割高になる)
に拘っていない以上、
わざわざ家から遠いこの教習所に通う理由もなかった。
という訳で、コネも情報もないので
取り敢えず長いものに巻かれておくのが無難かと思い、
最終的に地元で一番メジャーな教習所に行くことに決めた。


最初は大型免許を取るつもりで
免許取得に係る料金や教習時間などを調べていたが、
それなりにお金や時間が掛かることが分かった。
それに、てっきり大型を取れば中型の8t限定も
自動的に解除されるものだと思っていたのだが、
あくまで中型8t限定はそのままだと知った。

一見すると「何で8t以上の車を運転出来る大型を取っても
中型は8tまでしか運転出来ないの?」という疑問が起こる。
勿論、大型免許を持っていれば8t以上の車も運転可能だ。
私もこのからくりの意味がなかなか理解出来ず散々調べた。
その結果、これはどうやら交付や更新の際の適性検査において
中型以上では普通の視力検査に加え、
深視力というものの検査が課せられるのだが、
加齢や何らかの理由でこの検査が通らなくなると、
深視力を要する免許は取り消しとなってしまうようで、
そうなってしまっても、深視力を必要としない普通免許や
法改正の経過措置である8t限定中型を持っていれば、
基準を満たす車の運転は引き続き認められるという訳で、
見掛け上は上級免許が下級免許の範疇を包含しているようでも
それぞれの免許は別個の意味合いを持って存在している
と捉えるべきなのだと分かった。
だから、法改正前に普通と大型免許を所持していた人も、
8t限定中型と大型免許所持という表記になったという。

そこで改めて自分の免許証を見てみると、
「8tに限る」という限定条件が目障りに思えた。
大型取得でこの限定条件が消えるなら
いきなり大型に挑戦しても良かったのだが、
消えぬなら完全な中型免許にしてすっきりさせたくなった。
更に、中型の8t限定解除審査について調べてみると、
最短で5時間の教習を受ければ良いということを知った。
料金も決して安くはないが、
大型を取得するよりは遙かに手頃だった。

それに、中型を取っておけば乗車定員11人以上29人未満、
車輌総重量5t以上11t未満(8t限定とはここが8t未満の意)、
最大積載量3t以上6.5t未満(世間的に言う「2tトラック」や
「4tトラック」の「~t」はこの最大積載量のことを指している)
の車が乗れるようになるので、
取り敢えず仕事の内容的にも困ることはないように思えた。
「大型はかなり手強そうだから、
一先ず中型の限定解除だけやっておこう」と考えた。


ところが、また何日か経ってからそのHPを覗いてみると、
最初見た時には記載のなかった新プランが用意されていた。
中型8tの限定解除と大型免許取得を連続教習で行うと、
別々に取得するよりも得になるというのだ。
通常は入校する度に掛かる入会金の支払いが、
連続なら最初の入校時だけで済むためだという。
更によく調べてみると、
中型8t免許所持の状態から大型免許を直接取得するよりも
限定解除して尚且つ大型を取得した方が料金が幾分安く、
また所持免許のグレードがちょっぴり上がることで、
その分大型の教習時間も短くなることが分かった。

「中型8t限定を解除出来て更に大型も取れて、
尚且つその方が大型だけを取るより料金が安いと来たら、
絶対にそっちの方が良いに決まってる」と思った。
「大型は後回しにしよう」と一度は決めていたが、
「どのみちいずれ取る予定があるのだから、
それが早いか遅いかの違いだけだし、
こんなプランが出来たのは後押しされているんじゃないか?」
と思えてきたのも無理はなかった。
それでも大型免許に対する畏敬の念は
相変わらず根強かったのだが、
後日このプランを申し込んだのでもう後には引けなくなった。
でも、なかなか勇気が出なかったので良いきっかけになった。


今までにも2tロングトラックなら運転したことはあったし、
車高の高めなワゴン車も頻繁に運転していたのだが、、
実際に中型車を目の前にすると車長が長いことにびびり、
車幅も結構広くてなかなか車輌感覚が掴めなかった。
それに教習所など6年半振りくらいだったので、
気付かぬうちに身に付いてしまった変な癖を指摘されまくり、
教習所場内のコースに慣れるのにも苦労した。

「後退」以外で一番苦労したのは「路端停止」という項目で、
左側の白線から30cm以内に前後の車輪を寄せて
停止させなければならないのだが、
なかなかその感覚が掴めず苦労した。
けれども、普通免許の合宿プラン経験者として、
体の感覚を忘れないうちに続けて乗った方が
早く上達するという持論を持っていることもあって、
可能な限り短期間に配車の予約を取ったので、
半月程であっと言う間に教習は終わり、
運転に慣れてきた所だったがまずは限定解除に成功した。

これで完全に中型免許所持者となった訳だが、
8t限定を解除した後で知ったことだが、
先程も書いたように中型免許では大型免許同様
深視力の検査が義務付けられており、
仮にこの検査が通らなくなった場合は免許を取り消され、
5tまでしか乗れない現行の普通免許のみ所持
という扱いになってしまう。
これが、経過措置の8t限定免許のままにしておけば、
呼び名は違えど旧普通免許と内容は同じであり、
深視力の検査は関係ないため、
従来通り8tまで乗ることが出来るので、
そういう車に乗る可能性がある人にとっては、
経過措置の恩恵に与(あずか)っていた方が良いようだ。

からくりの意味が理解出来るようになった今にしてみれば、
確かに解除しない方が良かったような気もするが、
「解除する場合は十分に検討してから決めるべきだ」
って解除しちゃってから言われてもねぇ…。
大型の技能教習時間が短くなって良かったと思うしかないな。
それに中型トラックに乗ったことで
色々参考になったこともあるから決して無意味ではなかった。
(そう信じたい)。

…かくして、「ウォーミングアップ」が完了した私は、
いよいよ大型免許の教習を受けることになった。

(つづく)


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・水泳:約30分、1050m。今年初泳ぎとなった。病み上がりだったが、肩から背中に掛けてあまりに凝りが酷いので、体を動かして筋肉をほぐさねばと思い泳ぐことにした。まだ小指が骨折しているので頑張りすぎてちょこっとピキッとしたが、泳ぎにはあまり支障なかった。

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2009年1月16日 (金)

導火線に火が付いた・1

私が今の仕事(自営業)に転職して何ヶ月か経った
一昨年(2007年)の夏の頃の話だったと思うが、
少し仕事に慣れて始めてきた私に対して、
父がふと思いも寄らなかったような事を口にした。

「実際に使うかどうかは分からないけど、
あれば仕事の幅を広げることも可能だから、
いずれ大型免許とかバケット車の免許を取って貰いたい。」

父自身も取ろうかと思ったことはあったらしいのだが、
なかなか仕事が忙しくて取っている余裕がなかったと言う。
私には自分の分まで今のうちに色々取れる資格は取っておけ、
という話だった。
今以上に当時は父は越えられない存在だと思っていたし、
「大型免許を取る」などということは
全く考えもしていなかったので、
半分思い付きだとしてもこの言葉にはかなり面食らった。

だからと言ってすぐに行動に移すことはしなかった。
その頃はそこそこ仕事が忙しかったことや、
まだ仕事に慣れていなかったこともあって余裕がなかった。
しかし、丁度一年前の今頃から春先に掛けて、
父が体調を崩すという非常事態に見舞われ、
素人同然の私メインで仕事をやるしかなくなり、
突如、私の双肩にかつてない重圧がのし掛かった。

父が徐々に回復してくれたことで
数ヶ月に及んだ緊急事態は収束されていったのだが、
図らずも世代交代の疑似体験をした形となり、
それ以来、私は「将来への危機感」というものを
リアルなものとして捉えるようになり、
緩み始めていた緊張感が一気に高まっていくこととなった。
昨日ちらっと触れた「プレッシャー」の大部分がこれだ。
まだ他に社員が居れば教わったり聞いたり出来るのだが、
父と二人きりというのは裏を返せば父だけが頼みの綱なのだ。

暢気にやっている場合ではないという危機感を深めた私は、
少しでも早く一人前になる必要があると痛感した。
ただ、最低でも仕事に必要な専門的知識だけは
一刻も早く身に付けなければならないとは分かっているが、
畑違いの私にはなかなかそう簡単にはいかない問題なのだ。

そこで、父が仕事に復帰して負担が減ったことに加え、
一昨年に比べて昨年は仕事が激減したこともあって、
「今のうちに出来ることからどんどんやっていこう」と思い、
まずは移動式小型クレーン運転技能講習を受けた。
けれども、これはあくまで単発に過ぎない筈だった。

昨年末のブログでも書いたように、
その後9月頃にとあるきっかけがあってから
色んなことへの挑戦をし始めたことで
特に10月頃から忙しさに追われるようになったということは
既に何度か書いてきた通りなのだが、
実は教習所に通い始めたのも大きな理由の一つだった。

(つづく)

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2009年1月15日 (木)

免疫力の低下が著しい

悪化する訳でもなく症状も大したことはないのですが、
風邪がなかなか治ってくれません。
普通は年に1回風邪を引くかどうかという私なのですが、
先月辺りから体の免疫力が下がっているのか、
治ってもしばらくするとちょっとした無茶が祟り、
すぐにまた風邪を引いてしまうといった状況を
繰り返しているような気がします。

以前のように、何も考えずに思い切って
心行くまで眠りこけられたら良いのですが、
今は色んなものに雁字搦(がんじがら)めになっていて、
何かしていても心のどこかでそれらが引っ掛かっているので、
本当の安らぎというものはなかなか得られません。
その中でも一番頭を悩ましているのは仕事のことで、
やはり経営者になる心構えや覚悟を持たねばならない
ということに対して心の弱い部分が露呈してくるので、
何とか気を強く持ったり前向きに考えたり、
発想を転換させたり、あるいは目を逸らしたりして
プレッシャーに押し潰されないようにしていますが、
元々プレッシャーに弱い人間なのでなかなか大変です。


ところで、何日か前の話になってしまいますが、
第87回全国高校サッカー選手権で
茨城代表の鹿島学園が3位という好成績を残しましたが、
決勝まで行ってくれるのではないかという快進撃に、
心躍った茨城県民は多かったんじゃないかと思います。
あくまで私の個人的なイメージですが、
近年、茨城代表が全国大会に出場しても、
1勝か2勝止まりで敗退してしまうイメージが強く、
普通はあまり意識的に捉えていないことが多いのですが、
今大会では3勝、そして4勝を挙げて
準決勝の舞台まで進んでくれたので、
久し振りに期待を抱いて結果を見守っていました。
次こそは決勝の舞台まで進んで欲しいものです。

それと、年々成人式が他人事になっており、
今年もぽつぽつと晴れ着姿の新成人を見掛けても、
あまり気にも掛けない程無関心になりつつありますが、
今年初めて「平成生まれ」の新成人も誕生したということで、
「あぁ、そう言えばそうだなぁ」とようやく思いました。
昭和生まれが圧倒的に多い現代においては、
未だに「平成生まれ」と言うのは少数派であり、
特別視され易い存在ではありますが、
平成も21年目に入り、段々そうでもなくなりつつありますね。

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2009年1月14日 (水)

(“Healthiole!” Memo Only)

☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・ジョギング:約1時間3分、9km。いつものメンバーと千波湖にて。2周目の途中から右膝の外側に痛みが走ったが、何とか無理矢理3周走った。

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2009年1月10日 (土)

海中遊泳記〈ダイブNo.16~18〉

今日は初めて日帰りのスクーバダイビングツアーに行き、
「初潜り」をしてきました。
どういう訳かいつもダイビングに行く直前には
体調が優れなかったり風邪を引いていることが多く、
今回もまた例外ではありませんでした。
ただ、救いだったのは、
昨日はあれだけ冷たい雨と風で雪が降りそうだった天候が、
今日の伊豆では嘘のように回復していたことでした。
090110004




ここでちょっと余談になりますが、
ダイビングでは潜った回数を「本」という単位で数えます。
これは恐らく、1回のダイビングに付き、
通常空気タンク1本(特殊訓練を受けたダイバーは
2本背負って潜ったりするらしい)を消費することに
由来していると思われます。

話を戻しますが、
ここまで私は15本潜ったのですが、
今までは全てビーチから潜降(せんこう;読んで字の如しです)
していたのですが、
伊豆半島のダイビングポイントの場合、
8割はボートダイビング(ボートからの潜降)だそうで、
かなり狭い選択肢を強いられていたことになります。

このボートダイビングをするには
ボートスペシャルティを取得していなければなりません。
前にも書きましたが、
別にスペシャルティや上級ダイバーを目指さなくても
ただちょこっと潜るだけなら可能なのですが、
色々ダイビングの醍醐味を味わおうとするなら、
正しい知識を持っていないと危険を伴うので、
このようにいちいち行動を制限されないためにも、
これらの修得に挑戦しておく必要性が出てくるのです。

私はまだこのボートスペシャルティを受講しておらず、
今後ダイビングの選択肢を広げるためにも
優先的に取得しておきたいスペシャルティの一つでした。
そしてようやく今回そのボートスペシャルティを受けました。
これ自体はそんなに難しいことはなかったのですが、
潮の流れがあって進み辛かったり、
マスク(鼻まで覆うゴーグル)が曇って視界不良に陥り、
中性浮力を取るだけで精一杯になるなど悪戦苦闘しました。

でも、まぁ少しずつうまくなっているのかな。
少なくとも自分がまだ下手くそで
周りに迷惑を掛けてしまってばかりなので、
少しでも上手くなって歩調を合わせたいと思いますし、
毎回色んな経験や失敗をすることで、
それなりに次に生かせたり学べることがあります。

今回は風邪(喉風邪)は引いてましたが
耳抜きは今までで一番上手く出来たので良かったです。
3本潜って帰ってきましたがかなり疲労困憊です。
最近、風邪を引き易いのは、
体に疲労が溜まっていたり寝不足だったりして
免疫力が低下しているからなのでしょうね。
早く治るようになるべく睡眠時間を多く確保せねば。

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2009年1月 9日 (金)

御風呂様様

今日は一時霙(みぞれ)っぽい雨が降るなど、
本当に雪が降りそうな程寒い一日でしたね。
夜、ストーブのない部屋で色々準備していたりしたら、
家の中なのに完全に体が凍えてしまいました。
本当はすぐにでも風呂に入りたい気持ちでしたが、
何とか全て終わるまで我慢しました。

もうその頃にはすっかり体の芯まで冷えてしまったのですが、
早速一番風呂に飛び込みました。
脚の血流が良くなっていくのが分かりました。
一応取り敢えずは軽く温まるだけにして、
先に一通り洗ってやるべきことを済ませてから
ゆっくり浸かることにしました。

しかし、一番風呂の負の面とでも申しましょうか、
我が家のように浴室暖房のない風呂場は
今日のような日はすっかり空気が冷え切っておりまして、
床や壁のタイルもキンキンに冷えておるものですから、
最後も辛いですが最初も同じくらい辛いんですよね。
浴槽の湯が温かい点は大きく異なりますが。
ちょっと前の人が体を洗ったりして、
床がお湯で暖められている方が快適だったりします。

ですから、折角一番風呂に入ったのに、
やっぱり震えながら体を洗った次第でして、
さっぱりしてから湯船に浸かった時は
生き返る思いでした(ちょっと大袈裟ですが)。
まぁ、しかしお風呂というのは、
これだけ芯まで冷え切ってしまった体を
こうもポカポカにしてくれるのですから
本当に有り難いですよね。


あと、話は変わりますが、
気付いたら3ヶ月近くも散髪していませんでした。
普通は段々長くなってくると気持ち悪くなってきて、
3ヶ月なんてとてもじっとして居られないのですが。
大した話じゃないですが私にとってはちょっと驚きでした。

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2009年1月 8日 (木)

「福袋」で今年も幸先良さそう

「今年は奇数日しかブログ更新しないの?」

そんな声が聞こえて来そうな、来なそうな年始ですが、
全くそんな意図はありませんで、単なる偶然です。
という訳で今年最初の偶数日更新行きますよ!

私(わたくし)、生まれてこの方「福袋」ちゅう物を
買ったことがなかったんです。
あったとしてもあまり記憶に残っていません。
昨日書いた「新年会in六本木」の後渋谷に行ったんですが、
相当な冷え込みだったにも拘わらず
マルキュー(109)の前には初売り目当ての若人達が
前夜から開店待ちでずらーっと列を作って座ってるのを見て、
「いや大したもんだなぁ」と思ったのと同時に、
「自分も一度経験として並んでみようかな」
と少し思ったりもしましたがやっぱりやめました。
とてもじゃないですがじっと座ったまま
無事に夜を明かせそうにありませんでしたから。

兎に角、福袋は縁起物なので、
買ってみたい気持ちはあるのですが、
予め中身が分かっているなら安心ですが、
自分の好みの物じゃないことも多分にある訳で、
それが楽しみでもあり、賭けでもありますよね。
でも、「もしあまり欲しくない物が入ってたら」と思うと、
ちょっと冒険する気にはなれませんでした。

そんな私が初めて「福袋」と名の付く物を買ってしまいました。
ダイビングクラブに用があって今年初めて顔を出した所、
私にお勧めの福袋があるということで、
1万円相当の福袋の内容を見せてくれた上で、
「これだけの物が入ってたったの1万円!」と言うのです。
でも、そんなに欲しい物じゃなかったんです。
少なくともどれも今すぐ欲しい物じゃないなぁと。
ただでさえ今、極度の金欠状態に陥っている私は、
余計な買い物をするだけの財力がないのです。

あまりこの福袋に魅力を感じなかった私は購入を断りました。
ただ、福袋の中身にはほとんど興味はなかったのですが、
なるべく早く揃えたいと思っている商品は何点かありました。
そこで、「福袋の中身の一部を(私が欲しい品と)
交換してくれたら買いたい気持ちもありますが…」
と希望条件(我が儘)を提示しました。
それに対し、即座に1点だけは
「じゃあこれも付けちゃうから」と言われましたが、
むしろ私が欲しかったのは
他のもうちょい値の張る品だったので、
やはり買う気にはなれず首を縦に振りませんでした。
(ダイビング機材とか備品って値が結構張るんですよね)。

値が張る品と交換しろと無理難題を突き付けているので、
いくら福袋と言えど大盤振る舞いは出来ないということで、
その後、ちょっと押し問答が続きましたが、
両者主張を譲らず交渉は決裂濃厚となりました。

と、その時です。
「駄々捏(こ)ね男爵」の無茶苦茶な条件を飲んでくれ、
「よし分かった!じゃぁこれも付けちゃうよ、もう!
これ付けて2万円で買って!」
といきなりアメ横のような威勢の良い発言が飛び出しました。
値は上がってしまいましたが、
店頭価格通りに買えばおよそ半額以上の
超お買い得価格を提示してくれたのです。

私、揺らぎました。
そして、それでも私は首を縦に振れませんでした。
しかし、破格の条件を提示してくれているのに
みすみす逃すのも勿体ない気はしました。
少なくとも、私が欲しいと思っていた数点を
全て込みにした夢の福袋に変えてくれたのですから、
こちらとしては不満は何もなくなった訳です。
「うぅ~~~」と少し唸った後、
「よし!じゃ買います!!」と私も勢いで返事してしまいました。
但し、本当に払えないのでツケておいて貰いました。

まさか新年早々、こんな買い物をすることになろうとは。
う~む、でもこれは良い買い物したかもしれん。
今年も良い年になりそうだ。
いや待てよ、これらを買っちゃったからには
益々ダイビングに励めってことかなぁ。
でもこれ以上の散財は危険過ぎるゆえ今年はセーブしないと。
去年は西武が日本一になったから良かったけど(?)。

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2009年1月 7日 (水)

六本木の夜

新年早々大学時代の仲間達との新年会が行われた
六本木の“Hard Rock Cafe”。
一昨年末のロンドン旅行では本場の店に行きましたが、
あの時はメニューがほとんど理解出来ず苦労しました。
今回は流石に日本語だから分かるだろうと思ったのですが、
やっぱり意味の分からないものが多くて撃沈…。
ただ、お酒の値段がやや高めだということは分かりました。
それと、グラス付き(土産用)のメニューかどうか
というのも分かりました。

ロンドンの時は飲んだ後に
いきなり箱入りグラスが運ばれてきて、
店員がプレゼントだと言うので
驚くと共にかなり喜んだものですが、
後でよくメニューを読んだらタダでくれた訳ではなく、
グラス付きの酒を頼んだだけだったということに気付いて
苦笑いしたものです。
当時は今よりずっとポンドが高かったこともありましたが、
道理で値段が倍くらい違うなと思ったらそういうことでした。
何しろお酒の値段の相場が分からなかったものですから。
まぁそれも良い思い出です。

店内の雰囲気はロンドンのそれと似ていましたが、
外観は六本木の方が遙かに派手ですね。
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毎度ながら、時々しか会っていないことを感じさせない
楽しい時間を過ごせました。
しかし、年々みんな結婚したり出産したりして
集まれるメンバーが減りつつあるのを感じる度に
羨ましさと寂しさが混じったような複雑な気分になります。

あと、六本木駅から歩いていて見えた
東京タワーの写真も撮ってきました。
昨年までは開業50周年を示す文字が出てましたが、
この時は「2009」と表示されていました。
0901070018




ところで、昨年暮れの頃から俄かに、
今年は9月にも5連休があるということが話題となり、
あちらこちらで取り上げられるようになりましたが、
意外と見落とされていると思われるのが
来月は4週間ぴったりで終わってしまうという点ですね。
閏年でない2月にしか起こらない現象とは言え、
カレンダーの5週目が1日もないというのは
何となく間が抜けていますが、その反面見事でもあります。
きっと世の中にはこういうのが好きで、法則を見付けたり、
何年も先のカレンダーまで把握しているような方は
絶対いらっしゃるでしょうね。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・ジョギング:約9km、1時間6分。今日が今年初ジョギングだった。一人だったら今日は絶対走っていなかったと思う。手袋を頂いたのでだいぶ違ったがそれでも寒かった。久し振りに走ったので体が重かった。

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2009年1月 5日 (月)

一番風呂

各家庭によって風呂に入る順番というのは
年功序列であったり、仕事から帰ってきた順であったり、
全員一緒であったりと様々だと思いますが、
我が家の場合はこれといった決まりは特にありません。
一応、私は大黒柱の父を敬う、労を労うという意味で、
原則として一番風呂は譲った方が良いかなと思っていますが、
これは自分で勝手に思っているだけですし、
自分が最初に入ることも時々あります。

でも、特にこの季節は湯冷めすると布団に入っても
冷え切った足がなかなか暖まらず眠れなくなるので、
極力寝る直前に入るようにしているので、
大概入るのは家族で一番最後になってしまうことが多いです。
というのも、夕食後は友達と電話したり、テレビを見たり、
ネット閲覧をしたり、日記やブログを書いたりしているので、
何だかんだでそれらが全て終わってから入ろうとすると、
1時~2時半頃になってしまうことが多いからです。

そうすると、今の風呂は沸かしてから3時間は
自動で追い焚きするようにタイマー設定しているものの、
その頃にはすっかりぬるま湯になっているので、
冷え切った体でそのぬるま湯に浸かると
あっと言う間に冷たくなってしまいます。
けれども、浴室暖房など付いていない我が家では、
その時間帯はかなり浴室内も寒くなっているので、
まだこの幾分だけでも温かさの残っている浴槽に居る方が
ましなので出るに出られなくなってしまいます。
かと言って、いつまでも入っていられないので、
「決心」するまでの葛藤を冷たくなった浴槽の中で
しばらく続けて居ると言った状況です。

追い焚きすれば良い話ではありますが、
わざわざ自分一人のために温かくするのは勿体ないので、
「温かいうちに入らなかった自分がいけない」と思って、
じっと我慢して居心地の良くない風呂水と闘っています。
そしてやっと出ることに成功しても、
体を洗っている間も浴室は冷え切っていて寒いですし、
脱衣所も同じく冷え切っているので、
風呂に入った割にはそれ程長く暖かさが持続してくれません。

冬になるといつもこんな感じなので
徐々に風呂に入るのが億劫になるのも無理はありません。
流石に毎日そういう風呂に入るのは辛いので、
「今日こそは早く入ろう」といつも思います。
ところがそれがどういう訳かいつも実行出来ずに居るのです。
どうも、先にインターネットを見たりしていると、
ついつい時間が遅くなってしまうのがいけないようです。

という訳で、今日はもう湯冷めのことは気にせずに、
夕食後、早速一番風呂を頂きました。
やっぱり温かい風呂が一番ですね。
もし体が冷えてしまっても体などはもう洗ってあるので、
さっともう一回浸かって温まるだけで良い訳ですしね。
明日からもこの戦法を続けていきたいです。


◇Repeat After Me◆
「風呂が冷たくなっちゃう前に急いで入っちゃいなよ。」
→風呂がひゃっこくなっちゃうめぇに、はぁ急いでへえっちぇ~。

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2009年1月 3日 (土)

箱根駅伝2年連続生観戦

第85回箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)は
史上最多の23チームで行われ、
東洋大学が初制覇を完全優勝で飾りましたね。

有り難いことに私の母校は今年も出場してくれました。
入学した頃は箱根駅伝に出なくなった頃だったので、
箱根に出場する大学という目では見ていませんでしたが、
こうして母校が出てくれるとやっぱり嬉しいものですね。

さて、今大会の出場が決まった後に学園祭があり、
大学の生協にも行ったのですが、
入口から母校のオリジナルグッズが満載で驚きました。
その中には小旗も新登場していたので、
「これは箱根駅伝の応援で使えるな」と思い、
早速購入してきました。

今回、私は友人のトマティ氏が企画してくれた元日新年会が、
最後は徹夜カラオケという流れになりそうだと踏んで、
「都区内・りんかいフリーきっぷ」という企画切符を購入し、
2日に行われる往路だけ応援する計画を立てました。
この切符は蒲田までは乗り降り自由だったので、
更にその先まで行くために買い足すという手もありましたが、
今回はどうやら誰も一緒に行く人は居なそうだと分かり、
私も雰囲気を味わって来ることを目的とし、
あまり無理しないようにしようと決めました。

どこで観戦したら良いかコースを事前に確認してみると、
今までてっきりコースはずっと国道1号だけを
走っているもんだと思っていたのですが、
出発点の大手町・読売新聞社前は元より、
しばらく都道を走ってから京浜東北線沿いの国道15号を通り、
国道1号に入るのは横浜の方に行ってからだと知りました。

往路を見るからにはスタート地点も気になりましたが、
昨年のゴールを観に行った経験からして
恐らくそれなりの人出があるだろうと予想され、
折角行ってもあまりよく見えないかもしれないと思い、
敢えてスタートからちょっと南下した新橋駅にも近い
西新橋二丁目交差点付近を第1観戦ポイントに決めました。

更に、蒲田までは乗り降り自由で行ける切符なので、
電車で移動してもう1ヶ所くらい行こうと欲張りました。
しかし、いくら電車の方が早いと行っても、
そんなに余裕がある訳ではありません。
それに、駅からコース沿いまでの移動時間を考えると、
駅から近い所ばかりではないので、
あまり通過予想時刻ぴったりに駅に着くようでも
見逃してしまう恐れがありました。
そこで、大森か蒲田の踏切まで行くことにしました。
どちらまで行くかはその時の時間を見て
決めることにしました。

徹夜カラオケ明けの私はかなり疲労困憊で、
すぐにでもどこかで寝たかったのですが、
寝過ごして見はぐったら元も子もないと思い堪えました。
狙い通り、流石に2日の早朝ということで、
まだ西新橋の沿道は観客もさほど多くはありませんでしたが、
それでも良い場所は全部取られていました。
最前列で写真を撮るのは難しいかと諦めかけたその時、
何とか良い場所を見出すことに成功しました。
他校の関係者達が幟を立てて陣取っている間だったので、
ちょっと気まずかったのですが気にしていられませんでした。

何度もカメラの設定を確認し、今か今かと待っていました。
パトカーなどが通過し、スタート時刻の8時が過ぎました。
交通規制が始まり、上空にはヘリコプターが飛んでいました。
待っている間は非常に長く感じられましたが、
直に向こうの方の沿道から歓声が聞こえ始め、
私の周りでも「来たか!」という声が聞こえたりして
緊張が走り始めました。

直線にも拘わらず先導する中継車で
選手達がよく見えませんでしたが、
中継車が通過してすぐに選手達の姿が見えました。
が、当然のことながらスタートしてまもないため、
23選手は一塊のままあっさりと行ってしまいました。
「え!?今ので全部(全チーム)?!」という感じで、
本当に一瞬で過ぎて行ってしまいました。

私などは母校の選手に声を掛けるのも間に合わない程
姿を確認するだけで精一杯でしたが、
私の小旗が目に入ったのか、
一瞬目が合ったので持って行った甲斐がありました。
そしてカメラはちゃんと選手達を捉えていました。

(▼敢えてトリミング加工せずアップします)
S0078




ここから私の観戦計画第2章がスタートしました。
腕時計を見遣ると、8時13分の下り電車の発車3分前でした。
ここでの通過予想時刻が8時7分となっていたので、
恐らく乗れないだろうと半ば諦めていましたし、
駅までの距離を考えるとやはり厳しいとは思ったのですが、
一応早歩きと小走りで行くだけ行ってみました。
すると、何とかぎりぎりで間に合ったのです。

これなら大森でも間に合いそうだと思ったのですが、
もう一度計画を見直した結果、
やはりより南の蒲田まで行くことにしました。
理由は一つはトイレに行きたかったので、
タイムロスを考えるとあまり余裕がなかったことと、
二つ目は折角蒲田まで行ける切符だったこと、
そして三つ目は蒲田の踏切の方が
写真に撮った時に絵になりそうだと思ったからでした。

駅から沿道まで1km近くありましたが、
早い電車に乗れたことで時間が多少浮いたので、
これなら余裕を持って見られるだろうと思いました。
しかし、油断は禁物でした。
何しろ、相手(選手達)は常に高速で移動しているのです。
しかも過ぎて行ってしまったらもうそれっきりです。
多少早歩きで近道を通って国道15号に出ました。

予定していた道ではなかったのですが、
そんなに大きく違う道を通ったつもりはなかったので、
てっきり京急蒲田駅の北側に出たのだろうと思いました。
周辺が大規模工事でよく分からなかったのもありますが、
一瞬踏切が目に入っていたにも拘わらず、
私はここで致命的な判断ミスを犯し、
踏切より南へ歩き出してしまいました。
もう一度地図で確認すれば良かったのですが、
通過予定時刻が近付いてきていたこともあり焦っていました。
それに、西新橋の時とは違って沿道には
びっしりと何列もの人集りが出来ていて、
とても良い場所など取れそうになかったのです。

良い場所を探して歩けども歩けども、
一向に踏みきりらしきものは見当たらず、
とうとう消防署まで来た所でようやく地図を確認しました。
もう予定の8時45分は過ぎていました。
急いで元来た道を引き返しましたが間に合いませんでした。
前の人の背中越しに選手達を見るのが精一杯でした。
やはりまだほとんど一塊に近かったので、
一瞬で全チームが走り去っていきました。

徹夜明けの体に鞭を打って、
一刻一秒を争う計画を遂行するため歩きまくったので、
すっかり汗を掻いてしまいました。
それにもう起きているのもやっとの状態だったので
すぐにでも帰ろうと思ったのですが、
駅へと引き上げる観客達がうじゃうじゃしていたので、
折角だから蒲田の踏切でも見てから帰ろうと思いました。
S0089




それで知ったことですが、
どうやらこの辺一体はこの踏切をなくすための
大規模な立体化工事が行われていたようです。
来年辺りの完成を目指していると書いてあったので、
もしかしたら来年の箱根駅伝で通るのが
最後になるのかもしれないと思うと、
尚更今回ここで撮り損ねたことが悔やまれました。
そしてまだ2区にも入っていなかったのに思いました、
「母校よ、来年もまた頑張って出てくれ」と。

兎も角、無事に襷を繋いでくれて良かったです。

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2009年1月 1日 (木)

平成21年(2009年)も良い年でありますように

「行く年来る年」に万感の思いを寄せて、
年末はもう少し名残惜しく過ごし、
そして年明けはもう少し気持ち新たに迎えたいなと
毎年思っているのですが、
折角の正月休みだというのに
気持ちとしては全然気が休まらないまま、
今年も平凡に年越しを迎えてしまいました。

年が変わったからってそう人間が変わるものじゃないですが、
やはりこういう年の変わり目という時だからこそ
当たり前に過ごしていた毎日をもう一度見直して改めたり、
新しい目標を立てたりしたいものですよね。

昨年は自分でも突っ走りすぎかなというくらい
思い付いたことを次々と実行に移していきましたが、
薄々気付いていたことですが、
思った通り今年はその流れは大事にしつつも、
昨年よりも多少慎重になった方が良いということを
初詣に行ってきて神社で言われてきたので、
抑えるべき所は抑えていこうと思います。

今年も無事で健やかに一年を過ごせますように。

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