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2017年9月10日 (日)

どんと構えて生きる

先日、日本上空をミサイルが通過した。
事なきを得たが、日本に、そして自分たちの周囲に何が起きていてもおかしくはなかった。大事に至らなかったというのはあくまで結果論に過ぎない。

現代人は平和呆けしていると言われても何も反論出来ない。
毎年のように日本各地で災害が起きていても、何かが身近で起きるまでどこか他人事で、少しすれば忘れてしまうような、社会全体として危機感が足りないと思うことはよくある。
かと言って、毎時何かに脅えながら暮らすのも人生が楽しくないとは思う。

先月、時期的にネット上には第二次世界大戦の経験談や写真が多数掲載されていた。それらに幾つも目を通し、自分は戦争経験者ではないけれど、戦時中の様子を自分なりに想像し思いを巡らせた。
ちょっとしたタイミングの違いが生死を分けたり、被害の大小が全く違ったり、先の読めない中で不安や恐怖や緊迫感に追われながらの生活は如何なるものだったのだろうかと。

そうして、今毎日平和に安全に過ごせていることを、お金を出せば食べ物にも物資にも困らず生活出来ていることを、明日を当たり前のように迎えられることを、「当たり前のことではなく、有り難いことなんだ」と、強く再認識させられてまだ日が浅い時に、突如ミサイルが上空を飛び、平和な朝が短時間ながら一変した。

爆撃で一瞬にして吹き飛ばされてしまえば、そこまでどんな人生を歩んできた人であろうともその瞬間に全てが終わってしまう。自分の趣味に没頭していた人、人のために役に立ちたいと頑張ってきた人、仕事が辛いと文句を言いながらも家族を養うために働いていた人、類稀な才能を持ちその道を究めた人、そういういろんな人の人生が一瞬で終わってしまう。

よく「一度死んだつもりで」などと言うこともあるが、戦時中やこういう緊急事態での最悪の結果を思えば、日々くよくよ悩んでいることや失敗や恥ずかしい思いなどは、実に小さいことのように思える。
もっと極端な話をすれば、地球や宇宙の途方もない長い時間の概念から考えれば、この100年や1000年、1万年くらいの間に起きたことなどほんの一瞬の出来事に過ぎない訳で、一個人の人生の一月や1年などは言わずもがなである。

そうは言っても、現実として毎日いろんな感情やら事情やらと向き合いながら生きている訳で、「小さいことをいちいち気にせず堂々と構えて生きれば良い」と割り切れれば苦労はしないが、それくらい俯瞰的に(冷めた見方をするということではなく、冷静に判断するという意味で)物事を捉えた方が良いとは思う。

私自身、年齢と共に以前よりはだいぶ適当さが出てきてはいるが、まだ細かいところで考えすぎてしまうところがあり、性格的に簡単に変わらないことかもしれないが、良い意味で開き直って生きていきたい。
そして、これからも今の日常が如何に有り難いことか、いつも感謝の気持ちを忘れずに居たい。

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