カテゴリー「書籍・雑誌」の12件の記事

2008年7月 6日 (日)

『天の瞳』

明日から開催される北海道洞爺湖サミット。
連日ニュースなどで成田空港や札幌駅などの
コインロッカーが使用禁止になったことなど、
サミットに向けた厳戒態勢が敷かれ始めた様子が
伝えられていますが、
今日東京へ出掛けた際、
ホームに設置されているゴミ箱なども
使用出来ないようにされており、
物々しく巡回する警官達も至る所で見掛けました。
JR東日本全駅がそうなのかどうか分かりませんが、
直接関係なさそうな所まで念には念を入れ、
慎重を期している様子が窺えました。

尤もそれよりは、今日のあまりの蒸し暑さに、
電車を降りた途端に顔をしかめる人や、
強い日差しを恨めしそうな顔で見上げ、
汗を拭き拭き街中を歩く人などの顔を
どれ程見たか分からなかった一日だった、
という印象の方が強かったですが。

さっきから、キーボードを打つのに
机に置いている手首がべと付いて気持ち悪いです。
かと言ってピアノを弾くように打つ訳にもいきませんし。


ところでちょっと前に星新一の本を1冊読んだ
という記事を書きましたが、
あの後更にもう1冊読みました。
それ以前は暫く読書から遠ざかっていた私ですが、
一度読み始めて読書熱に勢いを得たらしく、
これを読み終えた後すぐに手持ち無沙汰を感じ、
更にまた次何か読みたくなりました。

そこで、本棚を漁っていた所、
2冊の本が目に留まりました。
灰谷健次郎著『天の瞳幼年編Ⅰ』『―Ⅱ』
(角川文庫)です。
実はこれ、単行本化されてすぐに買ったのですが、
『吾輩は猫である』(夏目漱石著)と同様、
最初の何ページか読んだものの、
あまりの先の長さに気が遠くなり、
途中で挫折したっきりになっていたのです。
気付けばあれから9年も経っていました。
「今なら読破出来そうな気がする」と思った私は、
エンジンが掛かった勢いに任せ、
再びそれを手に取ったのでした。

灰谷作品との出会いについても確か以前触れましたが、
『兎の眼』との衝撃的な出会いを果たして以降、
すっかりファンになった私にとって、
この「最新作」も勿論読みたいと思って買ったのでした。

この作品は灰谷氏の集大成らしいのですが、
実際そう呼ぶに相応しいものでした。
私はこの作品を通じて色んなことを考えさせられました。
特に、私は自分のこれまでの生き方について、
大筋で肯定しつつも、悪く言えば型通りだったとも言え、
一方で「もっと自由に自我を解放しても良かったかな」、
「細かいことに拘り過ぎてきたかな」と思う所もあって、
信念を持って正直に生きる主人公・倫太郎達を前に、
あまりに非力な教師らの姿は軽快でもあり、
倫太郎らに憧れすら抱いてしまう自分を感じました。
と同時に、それは私たち大人へ向けた、
子供の可能性というものを考えさせる
メッセージでもあるように感じました。
彼らとの接し方に窮する大人達が描かれる一方で、
寛大な姿勢で接する周りの大人達の人間性には、
お手本にしたいような格好良さがありました。

あっと言う間に2冊とも読み終えてしまいました。
よく読書していた頃ならまだしも今の私にとっては、
自分でも信じられないくらいのペースでした。

今、「井上雄彦 最後のマンガ展」というのが
上野の森美術館で明日まで開かれていますが、
情報を聞きかじるに、
井上氏自身が今までの漫画家人生を送ってきた中で、
表現したかった世界を体現したものだとのことですが、
究極の理想や理念をとことん追い求めていくうちに、
既成の枠をも超えるような
とてつもない力が生み出されるものなのかもしれない、
というような何とも抽象的な表現ではありますが、
そんな気持ちを抱きました。
『天の瞳』はそれくらい渾身の作品だと思いました。
私もこうしてささやかながらブログを書いていますが、
いつか「そういう『型に囚われない表現をしたい』と
思うようになれたら良いなぁ」と思います。

実はまだ『天の瞳』には『少年編』という続きがあり、
こちらは『幼年編』を読み終えてから考えようと思い、
まだ買っていなかったのですが、
実際『幼年編』を読み終えてみると、
続きがどうなるのか気になりました。
勿論、それらも全て読みたいと思いますし、
読み終えてもまた何度も読み返して
自分の血や肉とすべき大事なことが
沢山ちりばめられた作品だと思います。
かなり感銘を受けました。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・水泳:約50分、1600m。今日も3泳法を25mずつ均等に泳いだ。左肩に違和感はあったが、昨日と同様25mを30秒程度のゆったりとした泳ぎで負担が掛からないよう配慮した。途中25mを息継ぎなしで泳いだ。

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2008年5月17日 (土)

星新一ワールド

この所『天国からの道』(新潮文庫、星新一著)という
文庫本を時間を見付けては読んでいた。
ほとんど本を読まなくなって久しいが、
1,2年前に友人が「星新一(の本)とか好きだね」
とたまたま言っていたのを受けて、
私も今更ながら読んで見ようと思って買ったのだ。

買ってからしばらくはほとんど読み進めることなく、
ただ本棚に入れていただけだったが、
その前に読み掛けのままにしていた
『世界で一番ふしぎな地図帳』(青春出版社)
という雑学系のシリーズ本を再び読み始め、
それをちょっと前に読み終えたので、
「次に何を読もうかな」と思った時に、
この文庫本に目が留まったという訳だ。

「ショートショート」という星作品のスタイルには、
初めて読んだ時に斬新さを感じたことを覚えている。
しかし、今読んでみてもやはり斬新だ。
ちょっと長めの作品も中にはあるのだが、
割とあっけなく読み切れてしまう作品が多い。
しっかりした内容に引き込まれ
読み進んでいた矢先に突然訪れる物語の締め括りに、
「え?これで終わっちゃうの?」というような
拍子抜けにも似た「あっけなさ」を感じるのだ。
テレビ番組にしろ映画などにしろ、
「そろそろエンディングかな」と感じるものだが、
星作品の場合、不意にエンディングが訪れるのだ。

そしてその多くは、続きや結末を読者の想像に
委ねる形で余韻を残して終わるものが多い。
そこに作者の意図的な「含み」を感じる。

一話一話が短いから読み易いというのは確かにある。
それがショートショートの最大の特徴だとは思う。
しかし、今回この歳になって感じたことは、
短さ故に起承転結を簡潔に感じられるという点である。
言い方は悪いが、下手にだらだらと書かれていて、
どんな話だったのか途中で分からなくなってくるよりも、
すっきりとまとまっていて結論まで短いことで、
話が分かり易いのである。
しかも、何か暗に読者へのメッセージを含んでいるような
作品もまた多いと感じた。
奥が深いのだ。

そんな感じで、最初は読むのに時間も掛かったが、
徐々に星ワールドに慣れてきたこともあって、
読み進めるペースが速くなっていった。
そして数日前、偶然に最後の一話を残した状態で
就寝しようとしていたのだが、
どうにも眠れずに居たので、
「もうちょっとだけ読んでから寝ようかな」と思い、
ごそごそ起き出して読んでいたら
すぐに読み終えてしまった。
思い掛けず読み終えてしまったので目が冴えてしまった。


若干話は変わるが、
私は小説家になりたかった時期があった。
実際にちょこっと書いてみたこともあった。
しかし、どうしても私が思い付くのは
ほんの少しの展開だけであり、
長々と話を展開させていくのは無理そうだった。
芥川龍之介の『羅生門』や
太宰治の『走れメロス』のような短編小説ですら、
短くすっきりとまとまってはいるのだが、
私にとってはあんなにしっかりと作り込んだ文章を
あれだけ長く書くのはかなり大変なことであった。

勢いで一場面を思い付くことはよくあったが、
ちゃんと小説を書くというのは難しかった。
書くなら短編小説しかないと思ったが、
短編は短くて書き易いどころか、濃縮されている分、
却(かえ)って難しいとも聞いたことがある気がする。
だから、結局断念してしまった。
いや、実際には思い付いたあらすじなどを
今でも時々メモくらいはしているのだが。
思い付いただけでメモせぬまま
消えていった話も数知れない。
しかし、この文庫本を読んだことで、
変に強ばっていた肩の力が抜けたような気がする。
「何も無理して長く書くばかりが小説じゃない」と。

そう思えたら、所詮は趣味の域に過ぎないが、
何となく再び小説を考える意欲が湧いてきた。
尤も、この時もこの本を読み終えた後に
ある小説のあらすじが浮かんできてしまい、
結局夜通し頭が冴えて眠れなくなってしまったのだが、
意外と日中はこれがふっと消えてしまう。
完全に消える訳ではないが、
夜寝る前とか変な時間の方が頭が冴えて
良い話が浮かんできたりするのだ。
こんな感じだから、
いくら意欲が湧いてきたと言っても、
頭で浮かんだ発想を後で紙に起こしてみると、
微妙な感覚を表現する言葉が出てこなかったりして、
思い付いた時のような文章が書けない。

思い付いた時にメモをしたとしても、
後でそれを編集する時には
思い付いた時の研ぎ澄まされた感覚が
だいぶ薄れてしまっているので、
何かいまいちな感じになってしまうのだ。
言ってみれば、半分夢の中で考えたことを、
現実世界で書き出せれば良いのだが、
どうもそれがうまくいかないのだ。
真っ暗闇の中で考えている時の方が想像が膨らむ。
そういう頭の中に浮かんできたことを
考えているだけで文章に起こせるような
機械でもあれば良いのだが…。

ドラえもん、何かそういう道具を出して。


☆★ヘルシオーレ!メモ★☆
・キャッチボール:約50分。肩や腰が痛いこともあってあまり力強く投げられなかった。そして、ちょこっとしか走ったりしていないのにかなり息が上がったり、太ももに疲労を感じたりした。久し振りのキャッチボールだったが、結構運動不足が深刻になっているようだ。

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2008年3月15日 (土)

「ズッコケ三人組」も卒業式

三寒四温と言いますが、
最近暖かい日が多くなってきましたね。
今年は本来の冬らしい寒い冬だったので、
余計に春が近付いてくるのが嬉しい気がします。
春は何となく浮き浮きしてくるので好きです。
この所卒業式や合格発表などが行われているためか、
昼間から街中で学生を見掛けることが多くなりました。
特に学生にとってこの時期は
色んな感情が交錯する複雑な時期だろうと思います。

卒業と言えば、今日、
『ズッコケ三人組の卒業式』(那須正幹著、ポプラ社)
という本を読み終えました。
この作品自体は3年余り前に発売されたものであり、
私が買ったのもそれからまもなくだと思いますが、
買ったきりほとんど読んでいなかったので、
ようやく今頃になって読み終えました。
080315




初めて「ズッコケ三人組」シリーズを読んだのは
私が小学3年生の頃だったと思います。
指定推薦図書か何かだったと思います。
その後10作余り同シリーズを読み漁りましたが、
内容的には児童文学のカテゴリーだと思うので、
中学2年頃になってから何となく読まなくなりました。

しかし、今作品はシリーズ第50作にして
完結編でもあったので是非読みたいと思いました。
大人になった今読んでも勿論面白いものでした。
こういったロングセラーの主人公たちは、
永遠に年齢が変わらず生き続けることが多く、
それがまた変わらぬ魅力であったりするのですが、
こうして小学校卒業という具体的なピリオドを示されると、
今後もずっと変わらず続いていくものだと思っていた
流れが断ち切られるようで、
何とも言えない寂しい気持ちになります。
何事も始まりがあれば終わりがあるものなので、
避けて通れないことではありますが、
読み終えて本を閉じた時、ふぅっと一つ息を吐きました。

特に意識していた訳ではないのですが、
偶然にも話の内容と実際の卒業シーズンとが
重なっての読み切りとなりました。

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2007年9月 3日 (月)

「サーベイ」シリーズ急増中

今日、本屋に行って偶然見付けてしまったのですが、
口コミ情報誌の「サーベイ」シリーズが、
いつの間にか物凄く増えていました。
半年くらいまではHPで調べた所によると
まだ5、6シリーズくらいだったのですが、
何と今日見たら全14シリーズに激増していました。
サーベイシリーズだけ並べられた段があって、
それを見た印象は、言うなれば「増殖している」
という表現の方が近いくらいでした。
都道府県別という枠組みには拘っていないらしく、
一部の地域限定のものも結構ありましたが、
数年以内に全国をカバーするのは
最早必至の情勢と言えると思います。

ところで、今日は天気が良かったので、
水田の風景をまた写真に収めてみました。
この程稲刈りを敬老の日辺りの連休に行うと
正式に決まったのですが、
黄金色になった稲穂の垂れ具合は
もういつでも刈り入れ出来そうな感じです。
田植えから水田の変化の様子を撮り続け、
この場で時折ご報告してきた訳ですが、
今回が最後となるかもしれません。
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2007年8月 2日 (木)

大学の教科書のその後

以前(7月6日参照)書きましたが、
処分に困っているという大学の教科書の件ですが、
そのまま捨ててしまうのも勿体ないなと思い、
どこか引き取ってくれそうな所はないかなと
ネットであれこれ探していると、
(有)エコカレッジさんという所で、
大学の教科書や専門書などを中心に、
買い取り販売を行っているということを知りました。

古本屋は結構あるのですが、
扱っているのは大概普通の小説や文庫本などであり、
なかなか専門書を買い取ってくれる所は
見付からなかっただけに、
まさに自分の探し求めていた相手が見付かり、
それだけでもうすっかり安心してしまいました。

ゴミにしないで済んだどころか、
1円でも2円でも値段を付けてくれるなら、
これ程嬉しいことはありません。
早速先方へ郵送し、査定結果を待ちました。
お忙しい時期だということで、
当初の予定よりだいぶ遅れてなかなか返事が来ず、
ちょっと不安にもなりましたが、
あれから3週間経った今日、
待ちに待った査定結果のメールが来ました。

昔、シングルCD(1,000円相当)を大量に
中古CDショップに売ったことがありますが、
新しいものでも200円~100円、
ほとんどが40円程度で中には10円なんてのもあって、
「折角保存状態を良くしていたのに
こんなもの(値段)にしかならないんだな」と
(確か25枚で1800円くらいだったような…)
がっかりしたことがあるので、
ある程度の値段は覚悟していましたが、
全冊に値段を付けて頂いて本当に良かったです。

そりゃ買った時の値段を考えれば
格安にはなってしまいましたが、
抑、引き取ってくれる相手が居るだけで有り難く、
その上買い取ってくれるなんてこんなに有り難いことはない
ということで本当に喜んだものですから、
贅沢な希望額など以ての外というものです。

本当は何冊か取っておきたい気持ちもありましたが、
この先何十年の間に何回開くことがあるかと考えた時、
持っているだけで見ないのなら宝の持ち腐れなので、
心を鬼にして手放すことにしたのです。

捨てる神あれば拾う神ありということで、
ほとんど可愛がられることのなかった教科書たちが、
この先誰かの手によって有効に活用されることを、
元所有者としては願ってやみません。

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2007年7月12日 (木)

名作『SLAM DUNK』

久し振りに『SLAM DUNK』(井上雄彦著、集英社)を
読み耽りました。
特に最後の26~31巻の山王工業戦辺りを、
連続で読破しました。

一言で「感動した」と言ってしまうと、
何となく軽い感じになりそうな気がしますが、
当時も、臨場感溢れる描写や
引き込まれるようなストーリーや、
登場人物の個性豊かなキャラクターや
細かな心境の変化などが魅力的で、
名作だなと感心しきっていました。

もう連載が終わってから10年以上経ちますが、
今読んでも色褪せることはなく、
むしろ当時以上に面白いと感じている気がします。
特にこの最後の山王戦は、
インターハイでバスケの名門であり王者でもある相手に、
無名の湘北高が何度も点差を広げられ
崖っぷちの状態に追い込まれながら、
最後まで勝利への執念を持ち続けて、
苦しい最後の時間帯にチームの力を結集させて
驚異的な追い上げを見せ、
終了のブザーと共に逆転ゴールを決めるという
劇的な試合を制するという白熱した闘いは、
作中で最高の試合だと言えると思います。

残り少なくなる時間と点差というプレッシャーや、
体力的に苦しくなって思ったように体がついていかず、
精神的にもいつ気持ちが切れてもおかしくない状況下で、
最後は己のプライドを捨ててチームプレーに徹し、
下馬評ではまるで注目されていなかったチームが、
死闘の末に王者を倒すという展開は、
「現実的に有り得ない」と揶揄する声もありましたが、
実際プレーをしているのは生身の人間であり、
今読むとむしろリアリティの方が強く感じられます。
自分まで「ぶわっ」と来そうになりました。

そして多分初めて気付いたと思うのですが、
今改めて目次を見てみると、
あまり見慣れないタイトルがずらりと並んでいました。
それもその筈、最後の数話はほとんど吹き出しがなく、
敢えて動きの描写だけで表現している所が
逆にその緊迫感をより一層引き立たせており、
それがこの作品の真骨頂とも言える部分だと思いますが、
よく見てみると最後の数話に関しては、
扉絵どころかタイトルの記載すら割愛されており、
一気に最終話まで切れ目のない構成に編集されています。

最終話の扉絵やタイトルまで出ていないとは、
なかなか大胆な編集ではありますが、
そうすることで伝わってくるものは確かにあります。

私の中で『DRAGON BALL』と『SLAM DUNK』は
揺らぎようのない二本柱ですが、
時代を超えて尚愛される作品だと思いますし、
そう在り続けて欲しいなと願っています。

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2007年7月 6日 (金)

大学の教科書

高校と大学の(入試)合格証が出てきました。
ちゃんとこういうのを貰って入れたんですねぇ。
何か捨て辛いので取り敢えず取っておきます。

相変わらず億劫で部屋掃除作業は
依然としてあまり進んでいませんが、
何もしないのも勿体ないので、
あまり開けたくなかった段ボール
(そういうのばかりですが)を恐る恐る開けてみました。
大学の教科書たちが入っているのは分かっていましたが、
他にも結構な参考書が入っていました。

今にして思うのですが
(在校時も途中から気付き始めましたが)、
教科書は先輩から譲り受ければ十分でした。
そして、ばか丁寧に買い揃えすぎました。
大学の教科書って1冊3000~6000円もするくせに、
どうせ半年か1年しか授業では使いません。
ちゃんと隅々まで読めるような秀才なら良かったですが、
ほとんど活用出来ないままお役御免の物ばかりです。
でも、内容が専門的で、値段も良かっただけに、
そのまま捨てるのも勿体ないですし、
かと言って古本として引き取って貰えそうもないですし。
一番良いのは後輩に
譲ってきてしまえば良かったんですが、
サークル等も入っていなかったので、
何となく譲る機会もないままになってしまいました。

今後、どこで役に立つか分からないとは思いますが、
でも多分持っていてもほとんど使わない気がしますしね。
本当に処分に困っています。

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2007年7月 5日 (木)

東京国際ブックフェア・文具展

今日は父と東京ビックサイトに行ってきました。
第14回東京国際ブックフェアと、
同時開催の第18回国際文具・紙製品展など
(他にも幾つかの展示会が同時開催されている)
を見に行ってきたのです。

3年前に親友のY氏と一緒に行ったのが
抑(そもそも)のきっかけでした。
でもそれきり行かなかったのですが、
毎年この時期になるとだいぶ早いうちから
展示会の案内メールが送られてきて、
毎年行っていないのに畏れ多いなぁと思い、
そのうちまた行こうと考えていた所へ
父が私宛ての案内状を見て、
「仕事上必要な物があるかもしれないから、
(自分も)見に行くかな」と興味を示してきたので
このような運びとなりました。

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ビックサイトは先月も仕事関係の展示会で
訪れたばかりなので、珍しくもないのですが、
相変わらず奇抜な形をしていらっしゃいます。

ただぶらぶら見歩くだけのつもりだったのですが、
結構面白くてついつい話なども聞きまくっていました。
また、当初は何も買うつもりはなかったのですが、
後で買おうと思っていたものを2つも発見し、
しかも会場限定割引だったりしたもので、
こりゃ棚から牡丹餅だと思ってすぐに買いました。
買いに行く手間が省けた上に割引料金で買えるとは。

更に、その後とあるブースに置かれていた本たちに
目が留まり、手に取って見入ってしまいました。
全国の昔話を各都道府県ごとに1冊ずつ本にしており、
試しに茨城の昔話を探してみるとちゃんとありました。
すぐに心を揺り動かされ、しばし買うかどうか考え、
前書きをちょっと読んだり、パラパラっと何ページか
捲(めく)って目を通してみたりしました。

方言の雰囲気をも残すため、
ある程度忠実な言葉で書かれていて、
これは面白いと思いました。
実際、私は茨城に住んでいながら、
意識しないと茨城弁が喋れず
(イントネーションなどは別として)、
しかもあまり流暢ではないのが
場合によっては逆にちょっと悲しかったりするので、
そういう研究にも役立つかなと思いました。
勿論、お国の昔話とはどんなものなのか
興味があったというのが純粋な理由ですが。

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結局買ってしまいました。
帰ってきてからちょっと読んでみましたが、
こういう昔話もまた味があって良いですね。
因みにタイトルは『読みがたり 茨城のむかし話』
(株式会社日本標準発行、茨城民俗学会編)で、
他の都道府県のものも置いてあったので、
ご自分の故郷に伝わる昔話に興味のある方は
一度読んでみては如何でしょうか。

一日中歩き回ったので疲れましたが、
なかなか良い気分転換になりました。

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2007年5月14日 (月)

続・『天国からのラブレター』

昨夜ブログを書き終え、
一旦は眠りに就こうとしたのですが、
どうにも続きを読みたいモヤモヤ感があって、
脳が興奮して眠れないので、
またガサゴソ起き出して続きを読みました。
そしてその勢いで一気に
最後まで読み切ってしまいました。
時計は今朝の4時近くになっていました。

私が物事を考える時、
大概一旦自分の身に置き換えてから、
自分なりに解釈したり、
自分の考え方と照らし合わせてみたりします。
喜怒哀楽全てにおいて
自然とそういう考え方をしてしまうようです。

ただ、この中で断トツで応えるのが「哀」です。
悩みの相談を受けると自分まで悩んでしまいますし、
悲しい話を聞けば自分のことのように悲しくなります。

だから、この本を読み終えた時、
それまでの幸せと愛情に満ちた人生と、
それを本当に残酷な事件によって
強制的にお仕舞いにされてしまったギャップとが
あまりに大きすぎて、
半分放心状態になっていました。

まだまだ生きたかっただろうと思います。
全く知らない人に命を奪われて、
自分の意志に反して
突然人生に終始を打たれてしまった無念。

そして遺された旦那さんも、
随分辛い日々を過ごされたと思いますし、
今尚辛さや悔しさは消えないと思います。
私も悔しさを感じずにはいられませんでした。
事件に巻き込まれたのは今の私より若い
23歳の時ですからね。

私の時より遙かに内容の濃い23歳
だったに違いありませんが、
もし私が当事者だったらその苦しみに
耐えられていただろうか、自信は持てません。

そして、もう一つ読んでいて思ったのが、
世の中にある様々な物が、
どういう人たちによって思い出となっているか分からない
ということでした。
服装にしろ、汚れた川にしろ、おんぼろな建物にしろ、
流行歌にしろ、テレビ番組やCMにしろ、有名人にしろ、
新しいテーマパークにしろ、街を行き交う人々にせよ、
誰がどこに気を留めて、何を思い、
そして何が思い出になっているか分かりません。

人によっては大した興味のないものでも、
人によっては凄く大切なものだったりするということが、
本当に他愛ない話題の中から感じられました。
人間にせよ、一人で生きている訳ではない訳で、
誰かが生きていれば色んな人がその人に、
何かしらの形でも関わっているのが、
世の中という摩訶不思議な世界の魅力でもあります。

最後になりますが、
私はかねがね「一番嫌いな漢字は何だろう?」
と考えているのですが、
やはり「殺」かなと思います。
全てではないですが、
良くない意味として使われる熟語の方が
圧倒的に多い気がします。
悪い意味でこの字が使われることのない
平和な世の中になってくれることを願ってやみません。

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2007年5月13日 (日)

『天国からのラブレター』

今日本屋さんに行ってきました。
目的の本も買ってきたのですが、
偶々ついでに文庫本なども見ていたら、
一冊の本が目に留まりました。

タイトルは『天国からのラブレター』(新潮文庫)で、
「光市母子殺人事件」の被害者である奥さんと
遺された旦那さんの、本村洋・弥生さん夫妻の
手紙のやりとりをまとめた本です。

ニュースなどで以前にこの本が出版されたことは
知っていましたが、
今年になって文庫本化されていたようです。
数ページ立ち読みして買おうと決めました。

現在196ページまで読み掛けた段階なので、
全てを通して読んだ感想ではないのですが、
こういう素敵な恋愛を経て結婚し、
幸せな家庭を築き出したばかりの夫婦が、
突然凄惨な事件に巻き込まれ、
永遠に別れることになってしまった
悲しさや喪失感には胸が締め付けられるような気持ちで、
いたたまれなくなります。

常識では考えられないような凄惨な事件や、
あまりの愚行に腹立たしさを感じる事件が後を絶たず、
その度に何とも行き場のない怒りを覚えますが、
被害者の奥さんにしても、
まさか自分の未来にこういう結末が待っているとは
思いも寄らなかったことでしょう。

先に「結末(事件)」を知っているからこそ、
この本村夫妻の幸せな様子が応えます。
何故彼らがこんな運命を歩まねばならなかったのか、
何の罪もない人たちが被害に遭わねばならないのか、
本当に遣り切れない思いがします。

本当はこうして感想をブログに書くことを
躊躇ったりもしたのですが、
読み進める度に感じる微笑ましさと、
同時に感じる何とも言えない深い悲しみから、
どうにも書かずには居られませんでした。

「人間、何が原因で何時死ぬか分からない」というのは
ニュースなどで事故や病気などで亡くなる方を知る度に
思うことですが、
自分の命も人生も大切にしなくちゃならないなと
感じさせられます。
「先のことは分からないから、
長期的な計画を立てるより今を懸命に生きよう」
と後先を考えずに生きようと考えた時期もありました。

それは極端にしても、
今を懸命に生きるというのは大事だと思います。
忘れかけつつありましたが、
改めてそう強く思いました。
人生の時間は無限ではないですから。

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